Neetel Inside ニートノベル
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 「今日はケーゴ君のところにはいかないのかい?」
 「…」
 質問してきたロビンに対してシンチーは無言で返した。聞くなということらしい。
 ロビンはため息を軽くついてたき火に木をくべた。
 テント生活もどれくらい経つだろうか。最近はカミクイムシも怖くなくなってきた。
 現在2人がテントを張っているのは交易所の北門近く。西の森で出会ったヌルヌットを警戒して西門近くには近づかなかった。
 しかし、よく考えたら大交易所の東、西、北の全てを同じ森が囲んでいるのである。「西の森」というのは正確には「西門から歩いて到達した森」で、交易所を中心とした方角を指し示すための便宜上の呼び名でしかない。
 また、ミシュガルド大陸の西部には甲皇国の駐屯地があり、東部にはアルフヘイムのアーミーキャンプがあることから、2国の勢力範囲を指して東西を分ける場合もある。
 いずれにせよ、ヌルヌットは入植者目線の「西の森」という言葉は使わずに「この森」と言っていたのである。それが交易所の西側部分の森であるというのは考えが甘いのではないだろうか。
 とは言えども宿無しのロビンたちには選択肢がないのである。治安維持のため交易所内での路上生活は禁じられている。なら、交易所の出入り口にできるだけ近い場所を拠点とするしかないではないか。
 幸い北門から森までは少し距離がある。そして、北の森はその又さらに先にある山脈へと続く道がきちんと舗装整備されているため、最も危険が少ないといえる。だからその場所をキャンプ地としている冒険者は多い。ロビンもそれに加わった形である。
 ミシュガルド上陸後以来宿泊せずにここまで来たが、ここらでいったん宿泊も考えてみようか、と何の気なしにロビンは考えた。
 だが、ケーゴが泊まっている酒場にシンチーは泊まりたがるだろうか。
 変に不器用な彼女は思いもよらないところで意地をはるのだ。長い付き合いだ。それくらいは手に取るようにわかる。
 ロビンの見立てでは、2人は別に相思相愛ではない。ケーゴのシンチーへの思いはどちらかというと憧憬だろうし、シンチーもケーゴに惚れているわけではない。
 ただ、彼のまっすぐな性格に戸惑っているだけだろう。
 ただ、このまま二人が変にお互いを意識したままだと、その感情を恋だと誤解してしまうのかもしれない。
 ロビンは一瞬思案した。
 そして、それはそれで面白いな、と結論づけた。
 一方のシンチーは何でもないように木の実を採取している。うむ、家庭的だ。
 勝手に想像して勝手に納得するロビンを冷たい目で見ながらシンチーはいつものように尋ねる。
 「今日は何を」
 「昨日言った通り冒険らしい冒険をそろそろしないとね」
 「…ですが西の森にはしばらく」
 向かわない方がいい、とまでは言いきらない癖のある言い方。
 それを心得ているロビンは彼女の意図を理解してうなずく。
 「そうだ、交易所内には調査報告所があるっていうじゃないか」
 ミシュガルドは大きな力を持つ三国の他にも多くの国が調査隊を派遣している。その調査結果を各国が共有するために合同調査報告所が交易所内に建設された。
 調査中に発見された遺跡や発掘物がそこに報告され、別の国の調査隊や冒険者が更なる調査を行うことが可能だ。
 もちろん全てのものが報告されているとは考えにくいが、何事にも建前があるものだ。
 調査所の役割はそれだけにとどまらない。自国の文化や歴史についての報告もみられる。
 国家同士の友好、相互理解にも利用したいということだろう。
 「面白そうな場所があったらさ、そこに行ってみよう」
 悪くはない、とシンチーは異論を唱えずに頷く。
 ロビンとシンチーは少な目の朝食を胃に収めると交易所の門をくぐった。
 「あぁ、ロビンさん!」
 と、そこで呼び止められた。
 見ると昨日遠足に同行させてもらったロンドがいるではないか。
 「ロンドさん、どうかしましたか?」
 ヌルヌットとの対話後、ロビンはロンドにこの森には危険な動物がいるから近づかない方がいいと警告した。
 それを聞いたロンドは顔を真っ青にして文句を言う子供たちを交易所まで連れ戻したのである。
 気苦労の多そうな壮年の男は申し訳なさそうにロビンに打ち明けた。
 「その…大変申し訳ないのですが、昨日行った森に落し物をしてしまった子供がいまして…」
 見るとロンドの後ろにはお供のように子供たちが隠れている。
 昨日ロビンに話をするようにせがんだフリオとその仲間たちである。フリオを入れて人の子供が3人。犬型の亜人が1人。
 フリオだけはロンドから少し離れた場所にいる。
 この子は授業を抜け出して風俗街へと潜り込もうとしていた子供だ。
 それを思い出したロビンは確認するような目つきで子供たちを見下ろした。子供たちはさっと目をそらす。
 この4人の子供たちの考えはなんとなく見当がつく。
 シンチーも思い当たる節があるようで、冷めた目つきだ。
 ロンドだけが困ったように2人に頼み込む。
 「落としたものを拾いに行きたいのですが、昨日あなたがあの森近辺には近づかない方がいいと言っていたものですから困り果ててしまって…。2人を探していたんです。申し訳ないのですが、一緒について来てはくれませんか…?」
 子供たちの言葉を鵜呑みにしているのだ。この人教師に向かないな、とシンチーは内心毒づいた。
 ロビンを見ると、彼は少し考えたそぶりを見せた後にこう提案した。
 「それじゃあその落し物ってのを教えてくれませんか?そうすれば我々だけでそれを探してきますよ」
 悪くない考えだ。
 子供たちは肩を寄せ合ってこそこそと何かを話し合っている。意見がまとまったのだろう。犬の顔をした子がフリオに背中を押される形で前に出た。
 3人の大人たちの視線が1人の子供に注がれる。
 亜人の子はできるだけ地面を見ながら必死に言葉を探した。
 「えっと、その落し物ってのが…えー、その、ちょっと分かりにくて。えっと…僕たちじゃないと、わからない…と思うんだ」
 ようやくロンドの顔が疑念に染まった。
 彼を助けようと他の子供たちが口々に騒ぐ。
 「秘密の物なんだ!」
 「俺らが見ればすぐわかるの!」
 「だからさ、俺たちも連れて行って!ね!先生!」
 だが、そんなことに負けるロビンではない。子供たちに諦めさせるように語りかける。
 「あの森には人を食べる怖い化け物がたくさんいるからね。君たちを連れていくわけにはいかないんだ」
 「そうですよ、みんな。ここはこのおじさんたちに任せて…」
 「おじさん!?」
 「そこはいいでしょう」
 説得の間に要らないやり取りが挟まれるが、どちらにせよ子供たちのわがままは止まらない。
 「先生ぇー、本当に大切なものなんだって!」
 「森に行かないと…見つからなくなっちゃう」
 「ね、先生!今日勉強頑張るから!」
 「ちょっとだけ!一瞬だからさ!」
 ロンドは困った顔でロビンとシンチーに助けを求める。
 その間にも子供たちはロンドを押して交易所の門へと連れて行こうとする。
 たとえ森の奥に行くことがないとしても、あの森のヌルヌットはまだ生きていたのだ。安全は保障できない。
 ロビンはため息をついた。このまま押し問答を繰り返していてもロンドが子供たちに負けるのは目に見えている。
 「仕方ない、5分だけ探しに行きましょう。5分で見つからなかったら帰るからね」
 子供たちのにんまりとした顔を見て、
 「甘い!」
 シンチーが凛と吠えた。

       

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