Neetel Inside ニートノベル
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ロビンも彼の従者の不利を悟っていた。
 こちらもナイフを取り上げられてしまい、ほぼ丸腰状態。
 それでも機械兵さえどうにかできればまだ勝機はあるのではないだろうか、とロビンは考えていた。
 勝機といえども、それは綱渡りの連続で実行するのは正気の沙汰ではない。それでも何もしないよりはましだ。
 周りに目をやる。機械兵たちは相変わらず銃剣を構えたまま自分たちの周りに立っている。そう、この機械兵が、そして銃が厄介なのだ。
 ロンドは記憶を辿り、推理を組み立てる。
 
 ――ヌルヌットの言葉。
 ――あの軍人の言葉。
 ――今シンチーと戦っている女剣士の言葉。

 ――そして何よりも先ほどのロンドの言葉。

 
 間違っているかもしれない。だが、それに賭けるしかないのだ。
 アルペジオがロンドを黙らせ、こちらに向かってくる。
 予想外の時間稼ぎであったが、それがロビンの仮説の立証に一役買った。
 とはいえどももうあの軍人がこちらの身体検査の続きをしに戻ってくる。
 だから、この一瞬。この一瞬が最後のチャンス。
 ロビンの強い意志を秘めた目つきにアルペジオは違和感を抱いた。
 しかし、杞憂だろうと前進を続けた。確かにまだ武器を隠し持っているかもしれないが、こちらは既に剣を抜いている。何か不審な動きをしたらすぐに斬りつけてやる。
 それに機械兵たちもいる。案ずるな、自分。ラナタさんに言われたことをしっかりとやり遂げてみせるんだ。
 「何だその目つきは」
 威嚇と共にアルペジオはその一歩を踏み出し、ロビンの目の前に立った。
 その時だ。

 「機械兵!!」
 ロビンが叫んだ。
 

 『機械兵を撃て!!』
 

 叫ぶが早いか、ロビンは子供たちの方へと横っ飛びに駆け、彼らを地面に抱き倒した。
 軍人が自分の目の前に来たその時こそ、彼女に邪魔されず子供らのもとへと飛び込める一瞬であったのだ。
 頭上を弾丸が掠めていく。
 命令に従い機械兵たちは銃でお互いを撃ち始めていたのだ。甲皇国の技術と魔法が銃剣の連射を可能としているために、弾丸は飛び交い続ける。
 「なっ!?」
 突然の事態にアルペジオは狼狽え、しかし身の安全のためにまずは身を伏せた。
 「アルペジオ!?」
 鳴り響いた銃声にラナタも反応する。そこでシンチーが反撃に転じた。
 「ちぃ…っ!!そこをどけぇっ!!」
 2人の剣が激しくぶつかる。
 一騎打ち。確かにラナタはそう言った。
 2人だけの命のやり取りの世界。確かにラナタはそう思っていた。
 だがアルペジオの存在が彼女を揺るがせた。
 彼女は知らなかったのである。誰かを守ろうとして戦ったその時点で、それはもはや自分と敵だけの問題ではないということを。
 初めてだったのだ。誰かを守ろうと試みたのは。
 最初の一撃をシンチーが受け止めたその時からラナタは彼女の実力を感じ取っていた。
 だからこそ率先して戦おうとした。もちろん、戦える喜びはあったけれども。
 結果として彼女はその動揺の隙を突かれ、一気にシンチーに攻め込まれることになった。
 「亜人、邪魔をするなぁっ!!」
 怒りに任せて剣をふるうラナタのその太刀筋はつい先ほどまでとは違い、乱れている。
 だが力負けはしていない。両者は剣を交え、にらみ合いを続けた。
 「私は…私はアルペジオのもとに行かなければならないんだっ!!」
 そのラナタの叫びにシンチーはようやく合点がいった。
 あぁ、親近感の正体はこれか。

 彼女もまた、誰かを守りたかったのだ。

 だから強いのかもしれない。だから弱いのかもしれない。
 それは自嘲でもあるのだけれども。

 一方拮抗する力比べの中でラナタは残念そうに、しかし興奮冷めやらぬ様子で舌打ちをした。
 ここまで激しくぶつかり合った相手だ。不意打ちで勝負を決するというのはなんとも味気ない。
 
 だが、事態が事態だ。

 「死ねぇっ!!」
 ラナタの叫びと共に彼女の剣の切っ先から赤い刀身が飛び出した。
 「蛇の剣」の真骨頂、自在に動く第二の刀身である。
 さすがのシンチーもこれを回避することはできず、剣先は彼女の左目を刺し貫いた。
 「あ゛ぁあ゛あ゛っ!!」
 濁流のごとく左目から血が流れる。シンチーは苦痛にのた打ち回りそうになったが、精神力でそれを持ちこたえ、死角となった左からの攻撃に備えた。
 果たしてラナタはシンチーの左側から切りかかって来た。これで首を斬り落とそうと一閃が放たれる。
 それを受け止め再び膠着状態に一瞬陥りかけたが、シンチーはすぐさま敵から間合いを取った。同じ轍は踏まない。
 予想通りラナタの剣の先から再び赤い剣筋が伸びていた。あのまま鍔迫り合いを続けていれば今度は右目を失っていた。
 「ちぃ…」
 とっておきだったのだが、とラナタは忌々しげに顔を歪めた。

 2人の間を弾丸が掠めていく。
 シンチーは今この瞬間彼女の主が何を考えているかを読み取っていた。
 すなわち、この2人の兵士の分断。
 今戦っている剣士がロビンの方へ合流してしまうと彼が劣勢に立たされる。
 恐らく彼の仕業であろうが、どういう訳か機械兵が同士討ちを始めたのである。それでロビンの相手は実質的にあの1人なのだから。
 「だから、お前をロビンのもとへは…っ」
 「亜人風情がぁっ!!」
 ラナタが剣をふるった。シンチーからは十分に間合いが取れていたはずが、彼女めがけて赤い刀身が鞭のようにしなり襲い掛かってくる。
 跳躍してそれを回避した隙にラナタが懐に潜り込んだ。再び左から斬りかかる。
 シンチーはそれを肩の防具で防いだ。防いだはずが骨折しそうなほどの衝撃を与えられる。
 加えて出血がひどく、彼女は眩暈がした。だが、ここで倒れる訳にはいかない。
 激昂するラナタはなおも激しい攻撃を続けた。
 「どけ!!どけぇっ!!私は朋友(とも)を助けなければならない!!」
 鞭声。
 回避。
 「それは、こちらも…っ!!」
 衝突。
 間合。
 「同じだとでも言いたいのか!?亜人ごときが!!」
 一閃。
 旋回。
 防御。

 そして。
 
 「お前は、あの男に飼われているだけだろうがぁああああっ!!」
 「…っ!」
 何度目かの剣と剣のぶつかり合い。
 怒鳴り声が火花と共に弾けた。
 半亜人は瞠目した。女傭兵の言葉は本気だった。
 どくん、と何かが胸の内で脈打った。思考が、理性が、何かに染められていく。
 
 常時の彼女ならそんな言葉は無視した。
 人間なんて、亜人なんて、そんなものだろうと。半ば諦め気味に受け流していた。
 
 「………お前たちが…っ」

 だが、子供たちは種族にこだわらず遊びまわっていて。
 誰もが仲良く笑っていて。
 彼らの言葉に嘘はなくて。

 「お前たちみたいなのが…っ」

 そして、何よりも、


 ――種族は関係ないだろっ!?


 その言葉が彼女の胸の内で響いていた。

 
 「お前たちみたいなのがいるから…っ!!」

 シンチーの3本の角が鈍い光を発した。

 「世界は!!救われないっ!!!!」
 
 激しい音を立て、シンチーの剣がラナタを弾き飛ばした。
 「ぐぅぅっ!」
 初めてシンチーに意味のある反撃を許したラナタは驚きながらも即座に体勢を立て直す。
 今の隙を狙って相手が自分の懐まで接近してくると考えたからだ。
 だが、憎むべき亜人は仁王立ちで立って自分を両目で睨み付けていた。
 金色の目は怒りに輝き、角は紅く煌めいている。
 両目。その意味を理解したラナタは吐き捨てるように言った。
 「化け物め…」
 本気で殺しにいったにもかかわらず、不意打ちまでかけたにもかかわらず、命を奪うどころか与えた傷まで再生している亜人にはぴったりな称号であった。
 背後の銃声がいつの間にか鳴りやんでいた。
 どうやら何か進展があったらしい。
 「アルペジオ…」
 小さく呟いたその言葉はしかし、彼女には届かない。
 
 
 ――――

 ヌルヌットは言った。「人間の命令に忠実に従う」と。
 女軍人は言った。「機械兵、拘束せよ」と。
 女剣士は言った。「機械兵たちも止まれ」と。
 ロンドは言った。「機械兵たちも、撃つなら私を撃て」と。

 ロビンはまず最初の3つの情報から機械兵は口頭で下された命令を遂行する機械であると考えた。
 そこまではよかった。だが、それが甲皇国の軍人の命令だけを聞くものなのか確証がなかった。だから下手に動けなかった。
 だが、ロンドが思わぬところで機械兵たちに命令を下し、女軍人はそれを慌てて止めていた。
 確信した。この機械兵たち、そこまで性能が良くない。
 かくしてロビンは機械兵たちを相打ちにまで持ち込んだのであるが、彼はどうしても機械兵に「そこの軍人を殺せ」とは命令できなかった。
 

――――


 機械兵たちの銃撃の中、アルペジオはなんとかその場を離れた。
 命令を止めようにもあの男が妨害してくるのだ。
 実力行使というわけではない。ただ、彼女の命令を妨げるように別の命令を下してくる。
 だから一度機械兵たちから、しいては拘束対象たちから離れざるを得なかった。
 機械兵の命令システムを見破ったらしい男は匍匐前進で子供たちと一緒にその場から離脱していた。
 機械兵たちは彼らなどお構いなしに銃撃を続けている。当然だ。今機械兵たちに下されている命令は「機械兵を撃て」なのだから。人間には目もくれず、機械兵を狙い続けるのだ。
 まったく、まだまだ、実践投入はできそうにない。少なくとも敵の前では使えない。
 そうアルペジオが悪態をついているうちに一体の機械兵がついに倒れた。続いて二体目と三体目の機械兵が同士討ちのようにお互いを射抜いた。
 ロビンはそれを確認するやいなやアルペジオの方へと駆けだした。
「!」
 アルペジオが剣を構える。まだ武器を隠し持っていたのか。
 だが予想外にもロビンが繰り出したのは蹴りだった。それを躱してアルペジオは剣を振った。
 まさか、この男肉弾戦を挑もうというのか。
 余程の達人…否、違う。この男、囮だ。
 アルペジオがロビンが駆けてきた方向の反対方向へ眼をやると、果たして子供たちが怪我をした大人ともう一人、意識のない子供を一生懸命運んでいる最中だった。
 彼女が信頼するラナタは何事か叫びながらいまだに亜人と戦っている。
 となればここは自分しかいないのだ、とアルペジオは彼らを追おうとするが、当然ロビンがその邪魔をする。
 「ここを通しはしないよ」
 「…通ってみせる!!」
 気合と共に剣を構えた。

       

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