Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 シンチーに斬り飛ばされ、転げ倒れたラナタの目の前には機械兵の残骸があった。
 機械兵の手には銃剣が握られていた。
 無我夢中で彼女はそれをもぎ取り、亜人に向けて撃った。撃ち続けた。
 あれ程自分を追い詰めたあの亜人はあまりにもあっけなく倒れた。

 ラナタはよろよろと立ちあがった。
 左腕が動かない。イかれてしまったか。また戦えるようになるだろうか。
 見ると男が亜人の傍に駆け寄り彼女を抱きかかえていた。
 不死身に思えた亜人であったが、どうであろうか。本当は心臓や頭を狙いたかったが、慣れぬ銃を倒れた状態から撃ったため腹部に何発も打ち込むのがやっとだった。
 ともすればアルペジオを殺すところだった。だが、それに賭けるしかなかったのだ。そこまでのことは考える余裕はなかったけれど。
 ともあれ、これであの亜人はもう戦えないはずだ。
 残りの男はもう駄目だ。仲間を失った人間は脆いのだ。
 亜人を抱えたまま動かない男にアルペジオが剣を向けた。
 「――その女は死んだ。諦めろ」
 その言葉の是非は分からないが、ラナタも痛みに耐えて剣を拾い上げた。
 

 腕の中、シンチーは微かに息をしていた。だがその身体は冷たく、いつその命の灯がかき消えてもおかしくはない。
 それでも彼女はきっと生きたいと願っていて。
 彼はそれを諦めるが出来なくて。
 彼女の血で腕が染まっていく。足元に血が広がっていく。
 抱きしめるその腕は命を繋ぎ止めるには無力で意味のないものだった。
 2度目だ。この光景を目にするのは。
 まだだ。まだ助かる。そう自分を叱咤する。
 今度も助けられるのは俺だけだ。
 ロビンの目がギラリと光った。
 「…ありがとう、シンチー。…十分だ」
 2本の剣がロビンに突き付けられていた。
 ラナタもアルペジオも後はロビンを拘束するだけであった。
 そうであるはずだった。

 シンチーの身体で隠すようにロビンの手が動いた。
 ラナタはそれを確認するや否やすぐさまロビンを斬ろうとした。
 だが、ロビンは人間とは思えないほどの速度で、ポケットの中にあった小瓶の中身を2人に向けてぶちまけた。
 
 「っ!!」
 顔に液体を思い切り浴びたラナタは怯み、その動きが止まる。
 これは劇薬か何かか。無味無臭のそれを急いで拭う。
 火傷や腐食の気配はない。
 アルペジオも急いでその液体を取り除いた。
 抵抗を試みる以上、斬り捨ててもやむなしとラナタは再び剣を握りしめた。
 
 その時である。

 「っ!?」
 性感の欲求が電撃のように全身を駆けた。
 全身が火照り、官能が口から洩れる。
 足がふらつき、内股のまま体制を整えようと踏ん張る。だが力を入れようとするたびに、それが刺激となって退廃的な甘い声を出してしまう。
 理性が必死に目の前の男を殺せと命令するのだが、溢れる性欲をせき止めることかなわず、秘部がしとどに濡れた。
 あらゆる場所が性的刺激を求めていた。
 切なさが身体を支配する。早く、早く自分を慰めなくては。

 ――あぁ、今欲しているのはこんな剣じゃない…!
 
 身体から力が抜けて剣と理性を落としてしまった。
 自由になった両手が乱暴にラナタの胸を、陰部を攻めようとする。
 下着越しであったがラナタは快楽に鳴いた。
 幾人もの男と交わってきたが、ここまで悦楽に浸るものだっただろうか。
 もはや欲望に溺れてしまい帰ること叶わない。
 邪魔だとばかりに彼女は鎧を脱ぎ捨てた。
 
 アルペジオは初めての欲求に打ち震えていた。
 顔は紅潮し、地べたに座りこんでしまう。
 純潔を守るかのように自らを抱きしめるが、欲するのもまた彼女自身なのである。
 たまらずアルペジオは禁忌に手を触れた。
 最初は少しだけ、恐る恐る触れていた手の動きが次第に激しく、大胆になっていく。
 初めての快感が全身を麻痺させる。
 それでもまだ足りない、まだ足りない、と全身の性感帯が彼女を堕落に誘う。
 いつしか軍服は乱れ、彼女の顔も官能に歪んだ。
 


――――

 少女が花を散らしているとはいざ知らず、ロビンはシンチーを抱きかかえて交易所まで走っていた。
 ロイカ曰く触れるだけで記憶がぶっとぶくらい強烈な媚薬だそうだが、果たしてその効能は。
 投げつけた直後、効果てきめんで2人の様子に変化が見られたが、本当に記憶はぶっ飛んでくれるだろうか。
 「くらい」という言葉に一縷の望みを賭けるしかなかった。そうでなければ今後甲皇国に確実に命を狙われることになる。
 甲皇国に狙われた時点で、ロビンには彼らの口封じをするしか手段はなかったのである。うまくあの場から逃げおおせたとしても、それはその場しのぎでしかない。しかし、彼にはそれができなかった。
 だから最善はシンチーが2人を始末すること。しかし、女剣士は思いのほか強敵であった。
 ならば彼女らに自分たちのことを忘れてもらうしかない。幸いなことにその手段がロビンのポケットに眠っていたのだ。
 身体検査でロビンが一番恐れたのは媚薬の存在がばれることであった。その意味でも機械兵に命令を叫んだあの一瞬が最後の好機であり、勝負の分かれ目だったのだ。
 彼の策の次点がこの媚薬による記憶の抹消。だがあまりにそれは綱渡りな作戦で、不安要素の多いものであった。
 最終的に2人を同じ場所に留まらせ、媚薬を躱すことができないほどの至近距離にまでは持ち込んだが、犠牲は高くついた。
 生者と死者の狭間を漂うシンチー。
 まだだ。まだ、その時ではない、とロビンは唇をかみしめた。



 ――――

 一足先に交易所に戻っていたロンドは泣きじゃくる子供たちをなだめ、一人病室で眠るフリオを見守っていた。
 西門にいた衛兵には西の森で甲皇国の兵士たちが調査を行っていて危険だから人を通さないようにしてくれと頼みこんでおいた。
 自分にできる最低限の仕事だ。
 
 ロンドは憔悴しきった表情でフリオを見下ろした。
 命に別状はないと言われ、胸をなでおろした。
 だが、彼は目覚めない。
 あまりにも多くの自責が押し寄せていた。
 もうこれ以上は駄目だ。子供たちと一緒にいるわけにはいかない。
 自分のせいだ。自分のせいなのだ。
 自分が甲皇国の人間であったばかりに子供たちを傷つけてしまった。
 荷物をまとめて明日にもミシュガルドを発とう。
 「すまない、フリオ君…」
 最初で最後の教え子の頭を軽くなでたその時だ。
 フリオが小さな声をもらし、ゆるゆると目を開けた。
 「せ、んせ…」
 「フリオ君!」
 思わず大声を出してしまう。
 フリオの声は弱弱しくもはっきりとロンドの耳に届いた。
 「せんせーの声…聞こえてたよ…」
 恐ろしい軍人から必死に自分たちを守ろうとする声が。
 助けられるのは2度目だ。
 フリオはようやくロンドの懸命さに気づいていた。

 「…せんせ…ありがと」
 

 時が止まったようだった。
 フリオの言葉にロンドは硬直し、やがてその意味が全身に染み渡り、頬に涙が流れた。
 単純なもので、あれだけ苦しんでいた自責の念がその一言だけで溶けていくようだった。
 どれだけ謝罪をしようともきっと彼は永遠に救われない。
 それでも彼は救いを求め続けたのだが、
 「へへ…せんせー泣き虫なんだな」
 その答えはすぐ近くで意地悪に笑っていたのだった。

       

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