Neetel Inside ニートノベル
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――――
 

 初めて会ったのは雨の日だった。戦場から少し離れたアルフヘイムの森の中。
 腹を斬り裂かれて倒れていた彼女の目は虚ろで、生を諦めているようだった。
 そのまま見捨てれば彼女は確実にこの森に骨を埋めることになるだろう。
 それが出来なかったのはきっとそれが戦時中のことで、彼女が亜人で、自分が人間だったから。
 雨と血に濡れながらも彼女を抱きかかえ診療所へと急いだことを覚えている。
 

 ――私があなたの剣となり盾となりましょう

 ――私の命をあなたに捧げます

 ――だから…っ、生きさせてよ……


 約束をした。その約束は唯一2人を結びつけていて、しかし何よりも代えがたいもので。

 あの時彼女の手を握り、誓った自分の手はどこへ消えてしまったのだろうか。

 病室でシンチーの手を握るロビン。かつてと同じようで、違う。
 明かりはついていない。彼女にかけられた魔法を維持するためのタリスマンだけが淡い山吹色の光を発している。
 
 ――肉奴隷を拾って善人面をするな
 ――偽善者、消えろ
 ――所詮商人国家の人気取り作品
 ――金を数えた口で平和を語るな
 ――こんな本、この国で売れるものか


 ロビンは1人うなだれ、一瞬でも平和を描こうとした自身を呪った。


――――

 アルペジオはのろのろと上体を起こした。
 倦怠感が全身を覆っていた。体の色々な場所が痛い。
 「ここは…」
 見覚えのない森だった。
 ここはどこだ。何故こんな場所にいる。
 見ると服が乱れている。そのあられのない姿にアルペジオは赤面した。
 ラナタさんはどこだ。そう辺りを見回す。
 見覚えのある鎧が近くに落ちていた。
 「ラナ…」
 声をかけようとして絶句した。
 全裸のラナタが倒れていた。
 彼女の身体は汚れて、ぐったりとまだ起きそうにもない。
 「酷い…何でこんなこと…」
 涙を浮かべながら呟き、アルペジオは自分たちが男に乱暴されたのだと思った。
 「嫌…そんな…」
 思えば自分もその場所が痛い。呆然と涙を流した。
 
 しばらく泣き続けた。怖くて、悔しくて、わんわん泣き続けた。
 そしてようやく考える余裕が生まれた。
 すなわち、何故こんな森の中に、いつの間に連れてこられたのだろうか、ということである。
確か私は甲皇国の駐屯所にいて…
 思い出そうとした、その瞬間。

 「っ!!!!」
 激しい頭痛が彼女を襲い、頭の中で記憶が爆ぜた。
 「あぁ・・・っ!!」
 断片的な声、映像。
何か。
忘れていた何かがある。
 今までも時折自分を苦しめていた頭痛や違和感が強烈な抵抗をみせている。

 あぁ、そうだ。今までも何かを思い出そうとするたびにこの違和感が頭を覆っていた。
 ようやくそれに気づいた。
 そしてその何かとは。

 ――私が軍人になる前のことだ。


 「あぁうっ…!!」
 頭痛。

――違う。

 私軍人なんかじゃない。


私、軍人なんかじゃないよ…!!


 「痛い…痛いぃいいいっ」

 断片的な記憶、映像。





――【    】家の娘

――乙家に与する売国奴め

――拘束しろ



――嫌ぁっ!嫌ぁっ!!














――Youも来なyo 。漆黒の世界に




 「あ…」
 
 体の震えが止まらない。

 そうだ。違う。

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

思い出した。
私は捕まったんだ。

私は、私は…





「っ…」


 これ以上思い出せない。
 まだ思い出さないといけないことがたくさんあるはずなのに。
 思い出せない。

 再び目から大粒の涙がこぼれた。
 「嫌だよ…帰して…」
 あったはずの幸せな暮らしに。
 そこでふとラナタのことを思い出した。

 彼女なら何か助けになってくれるかもしれない。
 それに、もしかしたら彼女も自分と同じように…




 …違う。


 このラナタと言う女傭兵は私を監視するために同じ部屋で一緒に暮らしていたのではないだろうか。

 「…嫌……」
 
 全て嘘だったのではないだろうか。
 初めて会った時から、騙されていたのではないだろうか。
 
 「…嫌ぁあ……っ」

 甲皇国の傭兵。もし私と同じ境遇なら正規の軍人とされるのではないだろうか。
 なら、記憶が戻ったことが知られたら…

――殺されるのではないだろうか。

「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 



 金切声をあげ、アルペジオは夜の闇へと消えて行った。



 数刻後、目を覚ましたラナタは自分の状況に混乱しつつも、大切な友人の安否をまず気遣った。
 だが、周りには誰もいない。
 何故自分だけがここにいるのだろうか。

 「…アルペジオ……?」

 そう呟いたラナタの声はもう届かない。

       

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