Neetel Inside ニートノベル
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 化け物、と形容するのが一番的確であると思われた。
 体躯は人を丸呑みにできるほど巨大。
 狩猟犬と牡牛を組み合わせたかのような頭、体は四肢を持っているが前脚を広げると蝙蝠のような翼が現れる。尾は長く先が二股に分かれている。
 吠える様は獅子の様。
 獲物に飛び掛かるさまは鷹の様。
 「ちぃっ!!」
 「小隊長殿!!」
 兵士の悲鳴に混ざりウルフバードとビャクグンの声が谷に響く。

 見覚えのない渓谷に足を踏み入れてしまったウルフバード達は原生生物の手洗い歓迎を受ける羽目になっていた。
 物陰に隠れてやり過ごすつもりだったが、動転した兵士が騒ぎ出したのが悪かった。
 練度の低い兵というのはこういうところで使えない。
 質の悪い兵隊をまわされる根本的な原因のウルフバードは舌打ちをしながら手を前にかざした。
 「“奔”!“障”!」
 叫ぶと同時にビャクグンが背負っていた甕から水が躍り出て激流の壁となり彼らを包み込んだ。
 魔力の性質変化の手助けとするためにウルフバードは自らの魔法に命名を行っている。
 水を自在に操るだけなら容易に行える。だが、干渉を行う対象にそれ以上の力を付与するのは簡単ではないため、命名することによって自らのイメージを確実にする。さらにその効力を強めることも期待できる。
 エルフの詠唱がこの効果を狙ったものである場合もあるのだが、第三者から見ればその区別はつきにくい。
 いずれにせよ、ウルフバードのそれは性質付与、具現化の際に必要なものである。
 「奔」は激流を生み出す魔法、「障」は水を壁のように形作る魔法だ。
 魔法効果によって「障」だけでも防御としての力はあるのだが、奔流の障壁にすることによって防衛力はいや増す。
 その防壁の水は地面を穿つことなく接地面で上空へと流れの向きを変えている。外側から見ると滝のようだが、内側から見ると水は重力に逆らって流れている。
 ビャクグンに甕を持たせていたことからもわかるように、ウルフバードのそれは水を操るだけの魔法であり、無から水を生み出すことはできない。
 故に水を無駄遣いすることはできない。
 半球状の形をした障壁はそれ1つが完結した水の流れなのだ。円環がいくつも集まり半球を成している。

 あぎとを開きながら迫りきた何頭もの蝙蝠に似た獣はしかし、その激流に阻まれ再び上空へと跳躍する。
 だが、我先にと小隊から離れて逃げ出していた兵士たちに狙いを定め、再び急降下。
 忠誠心のない兵士たちは獣になす術なく咥えられ、そのまま遥か上空へと連れ去られる。
 「“烈”!!」
 防護の内側からウルフバードが叫んだ。
 すると犠牲となった兵士が突如獣の口腔内で爆発し、獣の頭も吹き飛んだ。
 血で空に直線を描きながら獣の体は落下し、ぐちゃりと音をたてた。
 「…っ!!」
 その光景にビャクグンは血の気が引いた。
 かねがね聞いていた兵士を爆発させるというウルフバードの魔法。彼は何の躊躇いを見せることもなくそれをしてのけた。それが当然であるかのように。
 「いいか、てめぇら!てめぇらに飲ませた俺の酒は体外に決して排出されねぇ!俺の武器にされたくないなら勝手な行動もヘマもしねぇことだな」
 身に覚えのある兵士たちは真っ青な顔でがくがくと頷いた。
 これぐらいしないと精度の低い兵士たちは隊内での規律を守らないのだろうか。
 ビャクグンはそう考えて頭を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
 見上げると、獲物を狙って何頭もの獣が旋回している。
 しばらくすると獣は再び襲い掛かってくる。知恵があるようで消耗戦に持ち込もうという算段なのだろう。
 「キリがねぇ…」
 そうウルフバードが舌打ちした。
 魔法も無尽蔵に使えるわけではないのだ。
辺りを見回していたビャクグンはとあるものを見つけて進言した。
 「小隊長殿、あそこに塔、入り口のようなものがあります。我々は入り込むことができるでしょうが、あの大きさの獣には無理でしょう」
 「なるほど。敵地で籠城戦という訳か」
 皮肉っぽく返すが現状把握のためには落ち着ける場所が必要だ。それに塔に登れば交易所の位置もわかるかもしれない。
 だが、そこまでどう辿り着けと言うのか。
 獣は何度も体当たりを繰り返す。ただでさえ難しいのに、この不安定な状態ではさらに魔法を付与して障壁を操り移動するのは不可能だと思われる。
 ウルフバードは障壁の魔法を解除した。
 残されたのは形を持たず不定形に空中を漂う水だ。
 好機とばかりに獣たちが飛び掛かってくる。
 「小隊長殿!!」
 色を失ったビャクグンが剣を抜いた。その名の通り百群びゃくぐん色の目が本来の力を思い出すかのように発光し、顔の至る個所に竜鱗のような文様が浮き上がった。
 「“刳”!!」
 だが、それと同時に怒号にも似た雄叫びとがあがり、水が穿孔機のように回転する刺の形に変化した。
 それは小隊を守るかのように配列され、飛び込んできた獣たちはその刺に体を抉り削られた。
 すかさず干渉魔法の性質を変化させ実行する。
 「“混”!!」
 獣に突き刺さったまま形状を失い留まっていた水が一瞬で赤黒く染まった。
 自らの支配下にあった水と獣の血液を同化させ、操る「水」の量を増やしたのだ。
 僅かではあるが戦力が増えた。
 要するに、彼の操る水が傷口に触れれば相手を殺すことができる魔法だ。
 末恐ろしい男だとビャクグンは顔をしかめた。
 その惨状を目にした獣たちは様子を窺うように再び滞空にうつる。崖につかまり羽休めをしながら状況をうかがう獣もいる。
 「少々強引だが、奴らにも頭があるみたいだ。ビビってるうちに走り抜けるぞ!!」
 言うが早いかウルフバードは走り出した。
 ビャクグンも他の兵士もそれに続く。
 遅れた兵士はすぐさま化け物の餌食になった。
 「“烈”!」
 それを爆破させ、焼け石に水ながら敵の数を減らす。
 渓谷の底、足場は走るのに不向きで彼らの体力を奪う。
 獣たちは必死に走る人間を高みから見下ろし、隙あらば急降下し、小隊の上空を飛んでいく。
 ウルフバードはその都度立ち止まり、魔法を使って威嚇をする必要があった。
 そんな小隊長に合わせず我先にと塔へ急ぐ兵士たちは魔法の庇護から外れ獣に食いちぎられてしまった。
 「…っ!!」
 荒い息の中ウルフバードは再び魔法を行使した。
 もともと体力がない彼はすでに肺が焼けるように痛んでいた。
 それでも全力で走り、魔法を使わなければならない。
 脚ががくがくと震えている。心臓が暴れている。
 「はぁああああっ!!」
 柄にもなく気合で吠えて獣を一頭貫いて魔法を解除した時だ。
 その一瞬を狙っていたかのように一頭の獣がくわりと牙をみせ、術者であるウルフバードに食らいつこうと滑降してきた。
 刹那、ビャクグンが彼と獣の間に割り込んで剣を振り下ろした。
 獣の頭をぐしゃりと叩き潰した斬撃は衝撃波を放ち、そのまま獣の体を真っ二つにした。
 「…っ!!」
 ウルフバードは瞠目した。
 それは確実に人間わざではない。
 「やはり…っ」
 しかしそれを追及している暇はない。
 再び彼らは走り出し、半ば転がりながら塔に逃げ込んだ。

 荒い息の中ウルフバードは隊員を数える。
 どうやら三分の一はやられたようだ。
 失った兵はまた補充すればいい。それだけの話だ。もちろんここから生きて帰れたら、だが。
 それにしても、とウルフバードはビャクグンを視界に映す。
 あれだけ走ったにもかかわらず平然と涼しい顔でこちらを様子をうかがっている。
 そもそも先ほどの剣撃は一体なんだ。
 慣れない運動をしたせいで頭がうまく回らない。ウルフバードは自分を落ち着かせるように塔の内部を見回した。
 
 薄暗くひんやりとした空気が満ちてどこか厳かな雰囲気だ。
 外から見ると荒い岩肌が目立つ武骨な塔だが、内壁は磨き上げられていて光沢がある。
 釣鐘状の穴から光が差し込み、壁に沿って階段が螺旋状に造られている。階段の先は2階に続いているのだろうが、残念ながらその道は塞がれている。
 「人工物…一体誰が…?」
 誰ともなしに呟かれたウルフバードの問いに答えるものは当然いない。


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