Neetel Inside ニートノベル
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 問題児を率いた遠足というのはここまで胃が痛くなるものなのか、今度ロンドに聞いてみようと思いつつロビンは東門をくぐった。
 後ろに続くのはシンチー、ゼトセ、ヒザーニャ、そしてピクシーも一緒だ。
 あの後ゲオルクに押し切られる形でパーティ結成となってしまったが、どう考えても失敗である。
 心なしか激しい殺気を放つシンチーに対してヒザーニャが隙あらば口説こうとする。ゼトセはゼトセで不信の目つきを自分に浴びせ続け、あたりを落ち着きなく見まわして、ともすればロビン一行とは別の方向へと進んでいく。それも気に入らないシンチーの苛立ちはさらにつのり、先ほどから2人の言い合いが何度も勃発している。ケーゴから借り受けたピクシーは我関せずという風に飛び回っている。
 なんという不協和音。
 俺が何をしたんだ、というようにロビンはため息をついた。
 こんな不和が渦巻く中であのヌルヌットに襲われたらもしかしなくともまずい。
 できれば早いうちに探索を終えて切り上げたいところである。

 ロビンたちはまずケーゴ達が突然飛ばされてしまった場所に向かうことにした。
 霧が自然発生するものにしろ人為的なものであるにしろ、その霧を待つよりも直接そこに出向いた方がいいと判断したのだ。
 「ただなぁ…地図を見る限りこんなところにいきなり渓谷があるってのも考えにくいんだよなぁ」
 何となく呟いたロビンの独り言にヒザーニャが反応した。
 「彼らの話だと塔があるってことだろう?だがそんな塔があるなら遠目に見えそうなものだが」
 「そうなんだよ…」
 ロビンはヒザーニャに対して特に嫌悪感を抱いてはいないため軽く頷いて返す。
 どちらかというと疑わしげな表情のゼトセと普段以上の無口仏頂面シンチーの2人に睨まれる中で気軽に話ができるヒザーニャは貴重だったりする。
 ヒザーニャがどれだけ本気でシンチーに「君は美しい」と言っているのかはわからないが、そこまで危惧することではないだろう、多分。
 ゲオルクに痛いところを突かれて黙り込んでしまった間にシンチーは非常に面白いことになっていた。
 仮にシンチーにその気があったとして、自分はどう応えるのだろうか。
 わかっているとも、これは再び「ロビン・クルーというSHW出身者が信用に足り得るか」という議論、もとい生産性のない応酬をシンチーとゼトセが始めたことに対する現実逃避だ。
 それでも、今は取り留めもなく考えているがいつかはそういった事態とも向き合わなくてはならないんだろうか、と考えるとロビンの足取りはさらに重くなるのだった。

 2時間ほど歩いて、ピクシーが記録した場所にたどり着いた。
 だが。
 「…ただの森だね」
 「…ですね」
 「森である」
 「何の変哲もないね」
 「私が首をかしげるところによると、不思議でなりません」
 特別なものはまったく見当たらない、森が延々と広がっているだけだった。
 ロビンは辺りを見回す。
 木々に囲まれて空はよく見えない。今歩いてきた道なき道も、眼前に広がっているのも誰が何と言おうと森だ。360度緑一色。少なくとも渓谷とは呼ばれない。
 ゼトセがロビンを睨む。
 「おい、貴様、まさか迷ったのではあるまいな。やはり俗物国家の人間である。読めるのは帳簿だけであるか」
 反応したのはシンチーだ。
 「…黙りなさい。地図は確かにここを指示している」
 「レディー、あまり怖い声を出すものじゃないよ」
 「あなたはもっと黙ってなさい!」
 シンチーとヒザーニャの言い合いが始まったためゼトセは矛先を変えた。
 「ふん…ならこの人工妖精が故障しているのであるか?」
 胡乱に飛び回るピクシーに視線を投げかけた。
 ピクシーはバイザーを赤く点滅させ抗議の声を上げる。
 「私が憤慨しながらゼトセ様にお答えするところによれば、私の動作状態は良好そのものです。設定した目的地は確実にこの地点であり―」
 「あぁー、もういいである!…どうなってるであるか!?」
 後半の疑問はロビンに向けられたものだ。
 苛立ちを隠さずにそう詰問するゼトセに、しかしロビンも明確な回答を出せるわけではない。
 その場の全員を見回し、思案顔で慎重に口を開く。
 「……だからあくまで推測なんだが…」
 「推測でも遠足でもいいから早く言うのである」
 「……ピクシーの記録に改竄も誤謬もないという前提において話す」
 「私が念押しをするところによれば、それは当然のことです」
 やっぱりシンチー1人だとの方が静かでいいなぁ、と内心泣き言を並べながらロビンは続けた。
 「渓谷は、やはりこの場所にある、ないしあった、ということだろう」
 全員の頭上に疑問符が浮かんだ。
 「一体何を言っているであるか?」
 最初に食いついたのはやはりゼトセだ。
 「小説書き過ぎて頭の中がファンタジーであるか?」
 「…いいから説明を聞きなさい」
 ぴしゃりとシンチーが言い切る。
 にらみ合う二人。
 彼女らを無視してヒザーニャが尋ねた。
 「……つまり、ここに渓谷への入り口が隠されているということかい?」
 「入口じゃないさ。ピクシーは渓谷の緯度経度を記録し、その場所はこの森と合致していた。考えるべきは“谷そのもの”を記録したんじゃなくて、“地点”を記録したということだ」
 ゼトセが何かに気づいたように目を見開いた。
 「貴様、同じ座標に2つの場所が存在しているというのであるか!?」
 「実は俺もそう思ってたんだ」
 「少し黙っていろである」
 ヒザーニャとの小競り合いの後、ゼトセはロビンを睨んだ。
 「ありえないのである。金に目がくらんで常識が見えなくなったか?」
 詰るような声は冷え冷えとして、ロビンも思わず確かに非常識な考えだ、と同意しそうになる。
 だが、とできるだけシンチーの方を見ながらロビンは反論した。
 「俺たちの常識が通用する場所なのかな、ここは」
 大戦後突如として現れ、その全貌は未だに不明。それが彼らが今立っているミシュガルド大陸なのだ。
 端的ではあるが、絶大な説得力がある。
 ゼトセも顔をしかめた。
 「……なら…仮にこの場所が渓谷でもあったとして、ならばこの森を渓谷に変える何か仕掛けがあるということであるか?」
 「…霧」
 「そうか、霧が入り口か!霧の中を通らなければ渓谷ではなくこの森にしか立ち入れない訳だね!レディー、君は強かなだけではなく、なんて聡明なんだ!」
 ゼトセ、シンチー、ヒザーニャが連鎖反応のごとく仮説を組み立てていく。
 ロビンはそうだ、と頷いて足元を見た。
 普通の森にしか見えないこの場所がなんだか空恐ろしい場所に思えてくる。ともすればここが谷底で自分たちを化け物が狙っているかもしれないのだ。
 「濃霧を通ることで初めて渓谷への至ることができる。我々が探すべきはその濃霧ということだ。…これが1つ目の仮説。“ある”といった方だね」
 「そういえば“あった”とも言っていたね」
 ヒザーニャがロビンの言葉を受けて口を開いた。
 「つまり君はもう渓谷はなくなってしまったと?この森に飲まれてしまって」
 「…いや、それも考えられなくはないが…」
 というかこっちの方が突飛だな、と思いつつロビンは2つ目の仮説を口にした。
 「渓谷そのものが移動している」
 さすがにこれには3人が胡乱気に目を細めた。
 「…絵空事ばかりであるな。つまり、昨日の時点ではこの場所が渓谷であったと?」
 「そう。霧は渓谷が移動するときに発生するものでケーゴ君たちはそれに巻き込まれたということか…もしくはやはり霧は入り口で移動する渓谷に常にたどり着けるようになっているか、というところだね」
 1つの地点に2つの場所か、1つの場所が様々な地点に出現するか。
 いずれにせよあり得ない話だ。魔法でもそんなものは聞いたことがない。
 本当にミシュガルドだから、で済ませていいのだろうか。
 「…いずれにせよ霧を」
 「マイレディーの言う通りだね。どちらの仮説にしろ我々は霧を探さなければならない。仮にそれで渓谷に辿り着けたとして、その場所の座標を調べればおのずと答えは出るだろう」
 ねっ、と同意を求めるようにシンチーにウインクをしてみせるが彼女はそれを黙殺した。
 「しかし、霧を探すなどそれこそ無茶苦茶な話である」
 「そうだね。…霧は常に定点にあればいいのだが」
 ロビンの言葉からヒザーニャは次の目的地を割り出す。
 「今度は濃霧が発生した地点ということだね」
 あぁ、とロビンが答えようとした時だ。
 固いものを打ち鳴らす音が辺りに響いた。
 はっとシンチーが臨戦態勢にはいる。
 遅れてゼトセとヒザーニャも辺りを警戒するように各々の得物を構えた。
 くさむらから蜘蛛が躍り出た。
 体調は1メートルほど、体毛に覆われて脚は通常の蜘蛛よりも短い。
 その体躯からは想像できないほど俊敏な動きで顎を鳴らしながらロビンたちの周りを動き回る。
 その動きに合わせるように別の蜘蛛がわらわらと現れる。子蜘蛛だ。
 数が増えると顎を鳴らす音が耳障りで仕方ない。それは威嚇かもしくは獲物をみつけた歓喜か。
 蜘蛛に囲まれたロビン一行は背中合わせになって話し合う。
 「どうするのであるか?」
 「どうするもなにも!」
 ヒザーニャが親蜘蛛むけて槍を繰りだした。
 それが合図になったかのように蜘蛛たちが一斉に飛び掛かって来た。
 ゼトセが長い柄の先に沿った刃のついた武器を振り回す。
 確か薙刀という武器だったか、昔エドマチに行った時に見たことがある。
 取り留めのないことを考えているロビンをシンチーが守る。
 銀槍が、薙刀が、剣が蜘蛛を蹴散らしていく。
 とはいえ多勢に無勢だ。子蜘蛛の動きはさらに俊敏で、攻撃を躱すだけでも難しい。
 ロビンは自らの参戦の意思を見せるかのようにナイフを取り出した。
 「ロビン、あなたは…っ!」
 「大丈夫だ、蜘蛛の一匹や二匹!」
 とはいえ得意の投擲はできない。毒蜘蛛かもしれないから接近戦は避けたいところだ。
 「ロビン様」
 「ん?」
 緊迫した状況の中無機質な声がロビンの耳に入って来た。
 「私が観察したところによればあの蜘蛛たちは跳躍の前に一瞬の硬直時間があります。また、地上では皆様がとらえきれない動きも跳躍中は一直線な動きです」
 「なるほど…っ!」
 ちょうど目の前の蜘蛛が確かに動きを止めてロビンめがけて跳んだ。
 紙一重でそれを躱して蜘蛛の腹めがけてナイフを突き上げた。
 一瞬の抵抗感の後ナイフはずぶりと蜘蛛の腹に入り込み、ロビンの手に生暖かい液体がまとわりついた。
 跳躍の勢いのままにナイフを刺された蜘蛛は跳び続け、体を真っ二つに裂かれた。
 「成程、カウンターが有効ということであるな!!」
 合点がいったようにゼトセは叫び、薙刀を構え直した。
 「だが気をつけろ、何匹も飛び掛かってきたら…」
 「小生に指図するなっ!!」
 どこまでもロビンの言葉を聞こうとしない。
 連携は無理そうだな、とロビンは個人の力を信じることにした。
 ゼトセの薙刀捌きはなかなかのものだ。ヒザーニャは無茶苦茶な動きではあるが力があるおかげで何とかなっている。
 シンチーの実力は分かっているから今更心配しなくていいとは思う。
 だが、どうしても銃で撃たれた時のあの光景が頭に浮かんでしまうのだ。
 親蜘蛛と対峙しているシンチーが視界に入る。
 蜘蛛はがちがちと顎を鳴らし、シンチーの出方をうかがっているようだ。
 正直蜘蛛にはいい思い出がないシンチーは顔をしかめて剣を構えた。
 とはいえどもあの時捕まった蜘蛛よりも小柄で糸もはかないようだ。冷静に対処すれば何とかなるだろう。
 ロビンは頭を振った。
 人の心配ばかりしている場合ではない。こちらも戦わなければまたゼトセになんと言われるかわからない。
 
 そのゼトセは自らのいら立ちをぶつけるかのように蜘蛛を切り伏せていた。
 SHWの人間は嫌いだ。人を簡単に裏切る拝金主義者だ。
 ゲオルクの手前、しかもあんなことを言われたらさすがに断ることはできなかった。が、それが失敗であったのは明らかだ。
 何が悲しくてこんな男と共に森で蜘蛛に襲われなければならないのか。
 この戦いが終わったら絶対こんな輩とはお別れだ、そう苦々しく決意しながら再び薙刀を蜘蛛に叩きつけた。
 視界の隅で蜘蛛が跳躍した。
 すぐさま体をひねり、跳んでくる蜘蛛の胴を斬り裂こうとしたその時だ。
 
 「…っ!?」


 匂いがした。
 懐かしさが鼻をくすぐる。

 知っている。覚えている。
 これは。


 目の前に小さな子供がいたような気がした。髪の色は緑、悪戯っぽい笑みをしているように見えた。
 だがそれは本当に一瞬のことで、認識したと同時に消えてしまっていた。
 残されたのは戦いのさなかで刹那の呆けを許したゼトセだけ。

 気づくと蜘蛛が迫っていた。
 「しまっ…!」
 「…っ!シンチー!」
 辛うじて反射したが、薙刀は飛び掛かって来た子蜘蛛の脚を切り裂くだけにとどってしまい、子蜘蛛はゼトセの背後で戦っていたシンチーの背中に無理やりしがみついた。
 「なん・・・っ!?あぅっ…!!」
 突然の感触に身を振ったシンチーの首を突如激痛が襲った。
 子蜘蛛が噛みついたのだ。
 その間に親蜘蛛が飛び掛かる。
 「っ…!!」
 痛みで行動が鈍る。だが、とシンチーは剣を振り上げようとする。
 と、全身が突然重く、動かなくなった。
 必死に腕を振ろうとするが全く言うことを聞かない。
 これは。
 シンチーがその状況を察したその時、親蜘蛛は既に眼前で牙をむいていた。 
 「レディィイイイ!」
 刹那、ヒザーニャが両者の間に割り込み、槍で親蜘蛛を貫いた。
 その間にゼトセが子蜘蛛をシンチーから引き離し、とどめを刺す。
 「シンチー、大丈夫か!?」
 そうして蜘蛛を駆除し終え、ロビンがシンチーのもとに駆け寄った。
 シンチーは地べたに座り込んだままのろのろと首を横に振った。
 「…申し訳ありません。どうやら毒蜘蛛だったようです」
 ロビンの顔がさっと青くなった。
 シンチーは息を荒げながら震える手を眺める。
 「…全身が痺れて…うまく動きません。目も霞んで…」
 「すまないである!!」
 言葉を遮ってゼトセが頭を下げた。
 シンチーはぎりぎりと首を上げた。
 「小生があの蜘蛛を仕留め損ねたせいで…小生の責任である…!!」
 「……いえ…あの程度で後れをとる私が」
 自己嫌悪の主張が繰り返される前にロビンは話を打ち切った。
 「すんだことだ、今はどちらの責任かを言い合っている場合じゃない。シンチー、少し横になっていろ。さっき解毒効果のある木の実がなっている木があったな。あの蜘蛛にも効くかどうかは分からないが…」
 そう言い残して身を翻す。
 ゼトセがロビンの後を追った。
 「小生も手伝うのである!先ほど道を少し外れた時、小川があったのである」
 その必死そうな表情から、彼女が本当に悔いていることがわかる。
 ロビンは重々しく頷いた。
 「…わかった。ならヒザーニャ、シンチーを見ていてくれ」
 「任されよう。さぁ、レディこちらへ」
 さりげなく姫抱きでシンチーを木陰に移動させたヒザーニャを見ていたロビンは相変わらず飛び回っているピクシーにも声をかけた。
 「ピクシー」
 「この地点を登録し、帰路のナビゲートを致しますか」
 「いや、ヒザーニャを見張っててくれ」
 不信感についてゼトセに文句を言えないロビンであった。

       

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