Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 「ぎゃああっ」
 また一人兵士がやられた。
 機械兵が兵士から剣を引き抜く前に、その兵士が爆発し機械兵の首が飛んだ。
 ウルフバードが死体を爆発させたのだ。
 そのまま舌打ちをして別の敵兵を貫く。
 操る水は既に赤黒い。
 死んだ兵士たちの体液を全て吸収して操る水の量を増やしているのだ。それが余計に負担になるが致し方ない。
 額に汗がにじむ。大分消耗しているのが自分でもわかる。
 もともと“刳”はかなり消耗する部類の魔法なのに、それを連発しているのだ。無理もない。
 こんな長時間水を行使し続ける日が来るとは思わなかった。だが、自分が今この塔攻略の鍵を握っているのだ。倒れる訳にはいかない。
 そのためには。
 「ビャクグン!お前、出し惜しみしてるんじゃないだろうな」
 唸りにも似た呼び声にビャクグンは敵を切り捨ててウルフバードに応える。
 「恐れながら、これでもやってる方ですよ!」
 よく見れば彼の顔には竜鱗が発現している。それなりに力は開放しているということだろうか。
 再び舌打ちをしてウルフバードは現状確認をする。
 もう大半の兵士が死んでしまった。残っているのは自分とビャクグン、それに。
 「シンチー嬢!」
 ヒザーニャの槍が機械兵の目を突いた。
 視覚を失った機械兵の背後に回り込み、シンチーが剣をふるう。
 そのシンチーを狙って腕が弩になっている機械兵が矢を放つが、ロビンがナイフを投擲し、矢と相殺させた。
 なかなかどうして、あちらの一般人たちが生き残っている。
 動きがたまに鈍る女を2人の男が全力で支えているのだ。
 あの女が蜘蛛の毒にやられていなかったらもっと活躍したはずなのに、とないものねだり。
 ウルフバードはそれまでとってきた作戦通り、入って来た階段から真反対側に造られている次の階への階段へ急いだ。
 先に次の階にたどり着いた者たちはそこで待ち構える機械兵たちが下りてこないように必死で抑え込んでいる。
 そして、全員が階段に避難したところでウルフバードが水を床一面に浸し、それを“烈”で爆発させた。
 床が崩れ機械兵たちは激流ごと階下へ落下していく。
 そこでウルフバードが水だけを回収した。
 しばらくしてぐしゃりと破壊音が階下から響いてきた。
 「…これで七階クリアってとこか?」
 「えぇ、急ぎましょう小隊長殿、兵士たちも限界です」
 ビャクグンの後に続きウルフバードは階段を駆けた。


 その妙案を思いついたのはロビンだった。
 二階から大量の機械兵が下りてきて防戦のさなか、シンチーをうまく上階に避難させたのだ。
 つまり、二階からやってくる機械兵たちが全員降りてきたならそこは安全だろうということである。
 それを見たウルフバードは全員に二階に行くよう指示した。そして全員が上階にたどり着いたところであの大岩を再び移動させて封をしたのだ。
 全員がほっと一息ついた時、今度三階へ続く階段からあのキルキルキルという金属音が下りてきた。
 先ほどと同様に二階に機械兵を引きつけてから三階に避難したのだが、今度は封印の大岩がなかった。
 思えばあの大岩は機械兵達を封じておく最後の良心だったのではないだろうか。
 そう思いつつ階段を見やると今度は四階から機械兵が下りてくる。
 下からも機械兵が上がってくる。
 ロビンがその時ウルフバードに尋ねたのだ。
 「床に大穴を開けて奴らを階下に落下させられないか!?」
 「あぁ!?そんなことしたら俺達まで帰れねぇぞ!?」
 二人とも事態が事態だけに声が荒い。
 「そこは上手く調整してくれよ!一階まで奴らを叩き落とせば戻ってはこれないし、一階に残っている奴らも落ちてきた機械兵につぶされるかもしれない!」
 「成程ね…!」
 兵士に指示を出して四階からの侵攻を死守させる。そして何とか四階に至る螺旋階段に全員が避難したところで“烈”の魔法を使ったのだ。
 うまいこと床に大穴を開け、機械兵たちは落下していった。
 
 かくして七階まで辿り着いたわけだが、この作戦はウルフバード一人に負担がかかりすぎる。
 そして上の階からの侵攻を防ぐための兵士たちは次々死んでいくために上階への避難がままならなくなっているのだ。
 「くそっ…」
 ジリ貧に近い、と荒い息で階段を上りきり、乱戦の中次の階への階段を探す。
 「…?」
 と、そこで気づいた。
 
 階段がない。
 
 つまり。
 「最上階…!!」
 隣でビャクグンが息をのんだ。
 これまでの階層と違い、螺旋階段がない。
 ドーム状の天井にはひびが入り光が差し込んでいる。
 様々な石像や壁画が神聖さを醸している。
 そして階段から最も遠い地点に藍色の宝玉が安置されている。
 だが、その宝玉を守るように今までの機械兵よりも一回り大きな機械兵が仁王立ちしている。
 手にする剣はルビー色に煌めき、他の兵士たちと一線を画していることがよくわかる。

 「あれがこの塔の主ってところか?」
 「そしてあの宝石がここのお宝ってところだろうね」
 背中合わせになって機械兵を睨むウルフバードとロビン。
 声には出さないが、考えていることは同じだ。
 宝石が何の役に立つ。
 彼らの絶望など歯牙にもかけず、ゆらりと機械兵が動いた。
 それを水で受け止めたウルフバードの脚がぐらつく。
 「くっ…」
 体力が限界に近いのだ。
 それを補うかのようにロビンが機械兵の目にナイフを刺した。
 素材が違うのだろうか、装甲は無理でも機械兵の目に相当する部分には普通のナイフも有効だ。そして、それだけで相手をほぼ無力化できるのだ。
 もちろん、機械兵に近づくことはできないため、ナイフを正確に投擲できるというのが前提であるのだが。
 視覚を奪われてもなお機械兵は目の前にいるであろう敵に向かって剣を振り上げた。
 寸でのところでそれを躱す。同時にウルフバードはロビンが別の機械兵と交戦を開始したことを確認した。
 「小隊長殿!!」
 一人で片づけるしかないか、と構えたウルフバードと機械兵の間にビャクグンが割って入った。
 顔の文様が光る。
 そのまま剣を振り下ろし、斬撃が機械兵共々壁を崩した。
 「ビャクグ…っ!!」
 ウルフバードがビャクグンのもとに駆け寄ろうとした。
 しかし、一回り大きな機械兵の斬撃がそれを阻んだ。
 ゆらりと首を回しウルフバードを標的とする。
 「“刳”…っ!!」
 放った水の穿孔はしかし叩きつけられた剣撃によって弾かれる。
 「はぁああっ!!」
 背後をとった形になるビャクグンが剣を払う。
 だが胴体を回転させて機械兵は彼の剣を受け止めた。
 「なっ…」
 ビャクグンは瞠目した。
 まさか受け止められるとは思っていなかったのだ。
 じりじりと間合いをとろうとする2人に対し機械兵はあくまで冷徹に目を光らせた。


 「シンチー嬢、大丈夫か!?」
 「えぇ…っ」
 左腕を思い切り裂かれてしまったシンチーはしかし、痛みを表に出さず機械兵たちと応戦していた。
 体が思うように動かず反応が遅れる。その一瞬が命取りだと言わんばかりに機械兵たちの猛攻は続いていた。
 シンチーもヒザーニャも手にする武器は機械兵から奪った剣と槍である。
 これなら何とか機械兵たちに太刀打ちできるのだ。
 ぐらつく脚に叱咤を駆けながらシンチーは立ち上がる。
 こんなところで足手まといになってはならないという思いが彼女を突き動かす。
 左腕の傷はもう塞がろうとしている。
 いつまでも守られたままではいけない。
 「ヒザーニャ!」
 「っ!」
 彼をかばうように機械兵の斬撃を受け止める。
 その間に回り込んだヒザーニャがとどめを刺した。
 「いつまで続くんだ、この戦いは…っ」
 ヒザーニャが吐き捨てる。
 もう生き残っている兵士はほとんどいない。
 ウルフバードとビャクグン、ロビンと自分たちも何とかこの場に立っているというところだ。
 機械兵の数の方が圧倒的に多い。
 ウルフバードとビャクグンはここの主のような機械兵と戦っているためこちらまでは気が回らないだろう。
 それでも、戦うしかないのだ。
 「シンチー嬢のためにぃいいいいい!」
 振り下ろされた槍が機械兵の頭を砕いた。
 それを確認するとシンチーはもう一体の機械兵に向かって駆け出した。
 剣を構える敵に対して、虚を突くように姿勢を崩す。
 その動きを追った相手の体に隙ができる。刹那、体を回転させてそこに剣を突き刺した。
 そのまま次の敵を探すシンチーの目にナイフ一本で機械兵に立ち向かうロビンが映った。
 心臓が跳ねた。
 戦いのさなかであることを忘すれ、叫んだ。
 「ロビン…!!」

 何故だろうか。ヒザーニャの言葉が彼女の頭を駆けた。

 ――レディー、君は何がしたいんだい?

 答えを求めるがごとく、思いを確かめるがごとく、走り出したシンチーの目にはロビン以外映らない。
 「シンチー嬢、危ない!!」
 ヒザーニャが叫ぶと同時に弩を腕に装着した機械兵がシンチーに狙いを定めた。
 反射的にヒザーニャは駆け、シンチーを押し倒した。
 「ぐっ…っ」
 「なっ…!?」
 ぐらりと世界が揺れ、床に打ち付けられた。
 全身に痺れが走った。が、こんなところで倒れている場合ではない。
 押し倒されたシンチーはすぐさま立ち上がる。
 彼女をかばったヒザーニャも立ち上がろうとした。
 だが。
 「っ…ぐぅう」
 激痛が走り、再び倒れた。
 放たれた矢が膝を貫いていた。
 「ヒザーニャ!!」
 シンチーが悲鳴を上げた。
 ようやく、なぜ自分が押し倒されたのか理解した。
 が、理解できなかった。
 どうしてこんな無茶をした。
 自分ならこんな矢に刺されてもすぐ回復するのに。
 どうして。
 ヒザーニャは不敵に笑って見せた。が、顔は青ざめ、脂汗が浮かんでいる。
 「前にも言っただろう…ただ、俺がこうしたいってだけなのさ」
 弱弱しい声で。それでもいつものように芝居がかっていて。それが当然だと言わんばかりに彼女のことを想っていて。
 「馬鹿ですか…っ。昨日会ったような半亜人に…っ。動けなくなったらどうするんですか…っ」
 衝撃に声を詰まらせる。ヒザーニャはあくまで軽口をたたいた。
 「動けなくなったら…ま、田舎で大根でも育てるかね」
 目を閉じ、懐かしむようにふっと笑みを浮かべる。
 「…っ」
 シンチーは唇をきつくかみしめた。そうしないと湧き上がった感情が目から溢れてきそうだったから。
 ふらりと立ち上がった。
 3本の角が仄かに発光する。
 覚悟を決めたがごとく金色の目がぎらりと煌めく。
 まだ完全ではない。
 それでも、守らなければ。
 この馬鹿な男を。
 一緒に帰って、医者に見せて、また危険な冒険野郎に戻ってもらわなければ。


 「くっ…」
 ロビンは苦戦を強いられていた。
 実は投擲に使い過ぎてナイフはもう右手の一本しか残っていないのだ。
 そして目の前には何体もの機械兵。
 これはもはやどうしようもないのではないだろうか。
 「くそ…っ。どいてはくれなさそうだね…」
 忌々しげにロビンは機械兵を睨んだ。
 機械兵たちも同様に、侵入者の排除を完遂すべくロビンに狙いを定めていた。
 『私が沈痛に伝えるところ、勝率ゼロパーセントです』
 「…言ってくれるな」
 汗が頬を伝う。
 心臓が暴れている。
 視界にちらりと入る二人の姿。
 冷静さを取り戻すべく、彼らの安否を確かめる。
 シンチーは無事なようだ。ただヒザーニャの様子がおかしい。
 どうにかしてそこまで行きたいのに。
 彼女が心配で仕方ないのに。
 それでも機械兵によって前には進めず、気づけばもう後退すらできなくなっていた。
 「…っ」
 こうなったら捨て身で突破してやろうか。
 そう考えた時だ。
 
 背後が爆発した。

 轟音を立てて壁が崩れ何かが飛び込んできたのだ。
 「うわぁああああっ!?」
 見事に吹き飛ばされたロビンはそのまま地面にたたきつけられ転がり頭をしこたまぶつけた。
 だが機械兵の包囲から逃れられたことも事実だ。
 耳をつんざくほどの咆哮が塔内に響いた。
 空気が震え、天井がばらばらと崩れた。
 一体何事かと目をむければ、あの蝙蝠型の化け物が暴れているではないか。
 あの化け物がこの塔に突入してきたのか。だが何のために。
 と、そこで気づいた。
 化け物の尾に誰かが掴まっている。
 ぶんぶんと振り回され、必死の形相だ。
 あれは。
 「ゼトセ!?」
 シンチーが驚愕の声を上げた。
 その声が聞こえたからなのか限界が来たからなのか、ゼトセはぱっと化け物の尾を離しそのまま勢いよく飛ばされた。
 「きゃああああああ!」
 「ゼトセ!」
 シンチーがゼトセを受け止めたが勢いを殺しきれず、そのまま機械兵と甲皇国兵の亡骸の中を仲良くごろごろと転がっていく。
 ようやく壁に激突し、ぐしゃりとその動きが止まる。
 「……痛いである」
 「何故こんなことに…!?」
 瓦礫の中から這い出てきたゼトセはよろよろと立ちあがった。
 「この化け物に襲われてどうしようもなくなって背中に乗ってやろうとしたのである。そしたら予想外に暴れられてこのザマである」
 なんとまぁ、無謀な。
 だが化け物が暴れているおかげで機械兵たちもそちらに注意が向いているようだ。
 ロビンはうまいこと機械兵の間をすり抜け、三人と合流した。
 「ゼトセ、無事かい?」
 「ロビン殿!こちらはなんとか生きているである!だが…この状況は芳しくないようであるな」
 ゼトセに頷いて返し、今度はヒザーニャを見る。
 「大丈夫か?歩けるか?」
 「…っ、なんとか無理やりってところだな…」
 顔を歪めるヒザーニャにシンチーが心配そうに寄り添う。
 と、そこで獣の咆哮が轟いた。
 床に亀裂が走る。
 四人は顔を見合わせた。
 ピクシーの声が頭上から聞こえる。
 『私が計算を終えたところによると、この塔が崩壊する確率は百パーセントです』
 一難去ってまた一難と言うところだろうか。

       

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