「む…」
ウルフバードが珍しいことに不服そうに口を曲げた。
手にした書簡に厳しい視線を注ぐ彼に傍に控えていたビャクグンが尋ねた。
「どうかされたのですか?その文は…」
「新たに俺の隊に組み込まれた奴らの名簿だ。不思議なことに前回より人数が少なくなっている。少数精鋭と信じていいんだろうな?」
あぁ、とビャクグンは合点がいった。ウルフバード隊はあの渓谷の探索で全滅してしまったのだ。
それと同時に苦笑も浮かべる。
「降格処分が下らなかっただけでも良しとする他ありますまい」
「まぁな」
ホロヴィズ将軍がミシュガルド大陸に上陸したということで、その日は多くの甲皇国貴族が駐屯所を訪れていた。
甲家、乙家、丙家が同席する珍しい機会だ。ウルフバードも本来であれば丙家の端くれとしてその場にいなくてはならなかったのだが、なにせ渓谷から命からがら戻ってきて、その後森で休息をとっていたものだから駐屯所に戻った時にはすでに夕刻。
既に挨拶やら演説やら儀礼やらは全て終わっており、甲皇国の今後の発展を願って、ということで小さな宴が催されていた。
そう一般兵に教えられウルフバードはそれはぜひともお断りしたい、とため息をついた。
それでも爺歓迎会には顔を出さないとマズいよなぁとぼやいて仕方なしに顔を出したのである。
その時の貴族の皆々様ときたら。
侮蔑、軽蔑、憐憫、差別、軽視、憤怒。それはもう、あからさまに見下された。
それらを全て無視してウルフバードはホロヴィズにたった今謎の地から帰還した旨を奏上した。
「この場に遅れたことをお許しください。探索中、まったく座標の異なる地点に転移してしまいまして」
その物言いにホロヴィズの隣にいたゲルが激昂した。
「ウルフバード!貴様、ぬけぬけと下らぬ戯言を!!」
「ゲル大佐、あんたは知らねぇと思うがこのミシュガルドは人智を超えた地だ。あんたも最期には身を以てそれを知ることになるだろうぜ」
「きっ、貴様ぁっ!!」
要するに客死してしまえということである。ゲルの怒りはいや増した。
飛び掛かりそうなゲルの勢いをホロヴィズが片手をあげて制した。
「ウルフバードよ、して、何か戦果はあったのだろうな?」
冷え冷えとしたその言葉に脅えることなくウルフバードは偽りを答えた。
「いえ、全く何も」
「ならば貴様の報告に価値などないわ。儂の顔に泥を塗りおって。失せろ」
そう言い捨て身を翻す。
ゲルはウルフバードを睨みつけながらも将軍に従った。
短いやりとりであったが、周囲の者はいつホロヴィズが激昂するかと気が気でなかっただろう。
その場の空気は確実に凍てついていた。
我関せずとばかりにウルフバードは口角をわずかに釣り上げてその場を去った。
そして現在に至る。
「勝手な行動は今後慎まなければなりますまい」
「そういう意味もあるんだろうな、この隊員縮小は」
命からがら帰還したなら自室でしばらく静養していろ、と実質的な謹慎を命じられたウルフバードである。
この駐屯所での態度は確実にホロヴィズ将軍の耳にも入っているだろう。もともと低い評価をさらに
だが、とウルフバードは懐から藍色の宝玉を取り出した。
「それでも釣りがくるほどの結果を得た」
クツクツと笑いをこらえる。
ミシュガルドの玉座。その実態は分からない。
しかしはったりではないだろう。確実に存在しているのだ。この地を統べる力が。
「そうとも、何を犠牲にしようが構わねぇ。変わる。確実に世界が変わるぞ。この力で」
――例えそれが万の【喪失】だったとしても、たった1つの目的のためならば。