Neetel Inside ニートノベル
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 「・・・して、現状はどうなっておるのだ」
 冷え冷えとした声が部屋に響く。責められているのがよくわかる。
 スズカは指令室に呼ばれた我が身を呪った。
 せめてヤーヒムが全ての責任を背負ってくれればいいのだが、この男はそんな性格ではない。この3年間でよくわかっている。
 今ホロヴィズ将軍の前に立っているのは自分を含めて4人。ヤーヒム副指令とゲル大佐と秘書のシュエンだ。
 指揮系統が再編成され、将軍の身辺も整い、ようやくミシュガルド大陸調査兵団総指揮官を中心とした体制が始動した。
 だが、問題は山積み。ホロヴィズは改めてそのふがいなさに静かな怒りを見せているのだ。
 そして、改めてその詳細を報告せよとの命令。
 なんというか、ここが自分の墓場ではなかろうかと真剣に考えるスズカである。
 彼女の隣で、責任を全て背負うことこそしなかったヤーヒムが、部下に負担をかける訳にもいくまいと口を開いた。
 「最も懸念すべき問題としては先日起こった我が軍への襲撃があげられます。一度目は一小隊が全滅。二度目の襲撃の際の生還者は傭兵のラナタ1人のみ。しかし記憶を失った状態で当時の状況を聞き出すことはかないません。機械兵は破壊されており、彼女と共に行動していたアルペジオの消息も不明です。我々はこれをアルフヘイムの者の犯行の可能性が高いと判断、現在調査中です」
 スズカは眉をひそめた。
 この男、以前は散々ミシュガルドの原生生物の可能性を言っておきながら今はこれだ。
 世渡り上手と言うかなんというか。
 下手なことを言って将軍を怒らせるとこちらまでマズいことになりかねないから構いはしないが。
 そんなスズカの思考を読み取ったがごとくホロヴィズは怒りを机にぶつけた。
 「アルフヘイムめ…メルタがあれだけ可愛がっておった小娘を…。手がかりくらいは掴んでおろうな?」
 「…申し訳ありません。今のところ全く」
 「戯けが!」
 回答が否と知るや一喝。
 その迫力にシュエンはやはり心臓が冷える。
 老体と言われているホロヴィズはしかし、鬼神の如き威圧を放つ。
 「…忌々しき亜人共め、儂の娘を悲しませおって。貴様らも同罪だ!」
 怒号を浴びてスズカは縮こまった。
 ヤーヒムの表情も硬い。
 ゲルがなだめるように話し合いに参加した。
 「…停戦協定があるとはいえ、相手はあのアルフヘイム。どんな姑息な手を使ってくるかわかりませんな。もしくはあのテロリスト集団エルカイダやもしれませぬ」
 「エルカイダ…」
 スズカがゲルの言葉を繰り返す。
 シュエンが思案顔で頷いた。
 「確かにあの集団は停戦協定そっちのけで我が国に報復と称して攻撃をしてきますからね。可能性は高いでしょう。アルフヘイムもあの集団と直接の関与を否定していますし、エルカイダ自体もアルフヘイムとは独立した武装集団と自らを称している以上、有益な情報は得られないでしょう」
 もちろんそれが建前であることは誰もが知っている。だが、外交上それをつまびらかにするわけにもいかないのである。
 いずれいせよ結論が出る話ではない。ホロヴィズは息を荒げながら次の報告を促した。
 「失態はこれだけではないと聞いておるぞ」
 「…丙家の技術班が極秘裏に進めていた亜人機械人形化計画、その1つである人魚型機械兵が湾に造った生簀を破壊して脱走しました」
 「その機械兵が我ら丙家以外の者に発見された場合は」
 「恐らく、詳細な観察を行えば甲皇国の、丙家の仕業であると確実に知られてしまうでしょう。理性を失っていたため近づくこと自体困難ではありますが、いち早く捕獲することに越したことはないでしょう」
 可能性は低い。が、ともすると襲撃事件よりも引き起こされうる結果は厄介だ。
 襲撃事件と脱走が関係している可能性もある。
 「…」
 黙り込んだホロヴィズに変わってゲルがヤーヒムをなじった。
 「貴様、亜人の餓鬼に肩入れしたのではあるまいな」
 「くだらない言いがかりはよしてもらいたい」
 「どうだかな。私はこの駐屯所にアルフヘイムの間者が紛れ込んでいないか心配でならんよ」
 別の冷え冷えとした空気がたちこめ始めた時、ホロヴィズが口を開いた。
 「この辺りの海域はどうなっておる」
 すぐさまシュエンが甲皇国駐屯地周辺の地図をホロヴィズの前に広げた。
 ヤーヒムが近づき、指し示す。
 「ここに件の生簀が建造されていました。そしてこの辺りは黒い海と呼ばれ、終始波が荒れ狂っている海域です。そして、この赤い線。これが甲皇国に認められた領海です。これより外はSHWが管理する海域、特にここから東へ航行するとSHWのミシュガルド領海に該当するため、領海侵犯にあたり国際問題になってしまいます」
 「なるほど、な」
 ホロヴィズの仮面の奥、残忍さが煌めいた。
 「だが、いずれにせよその機械兵の存在が他国に漏れる訳にはいかぬ。ミシュガルド海域において亜人機械兵の捜索を行う。ヤーヒムよ、SHWに連絡を取り奴らの海域での調査を可能にせよ。それと乙家の外交官に連絡を取りアルフヘイムと会談を。奴らは恐らく我ら丙家の捜索を是とはするまい。良好な関係を築いておる乙家を仲立ちにしようではないか」
 ヤーヒムは軽く瞠目した。
 この捜索の裏にホロヴィズの真の狙いがあるのは明らかだ。
 「そのような申し出に二国が応じるでしょうか。…乙家が間に入れば警戒はされにくいかもしれませんが、常に乙家の監視がつくことにもなります」
 「乙家の腑抜けどもなど後でどうとでもなる。機械兵の捜索を口実に我が国の艦を彼奴らの領海に入れてしまえ」
 「ですが…」
 ヤーヒムはなおも食い下がった。
 「丙家が国内に公にしている機械兵は陸戦型の0参型のみ。亜人の改造兵など…」
 「それこそエルカイダの捕虜ということにすればいいですね」
 そこにスズカが割って入った。
 「エルカイダの人魚亜人を捕えていたが、脱走。非常に危険なテロリストであるため見つけ次第殺害せよ、というのが最善かと。あの機械亜人を捕まえることができればもちろんそれが一番いいですが、他国の協力を仰ぐ以上破壊もやむなしでしょう」
 「なるほど、エルカイダならアルフヘイムも公的には関与を否定しているから我々も大腕を振って捜索ができるわけですね」
 シュエンが頷く。
 これが単にアルフヘイム兵の捕虜という話になると捜索の主導権がアルフヘイムに移りかねないのだ。
 決まりだとばかりにホロヴィズが立ち上がった。
 「ゲルよ、艦隊の増援を要請せよ。スズカはヤーヒムと共に二国との会談に備えよ」
 指令室に杖の音が鳴り響く。
 「儂が来たからにはこの大陸、必ずや丙家のものとしてくれようぞ」


――【喪失】さえも次の一手のための手段。


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