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「何だとぅ!?」
「何よぉ!!」
なおも言い争うケーゴとベルウッドを尻目にヒュドールは自分の入っている酒樽を磨くブルーに問いかけた。
「ブルーはさぁ、冒険とかしてみたいって思うぅ?」
声がとろりと柔らかい。
ブルーはとぎまぎと答えた。
「冒険、か…」
したくないとは言わない。
ただ、どうしても脳内に弾ける光景はヒュドールと一緒に海を泳ぐ自分。冒険と言うよりもバカンスだ。
樽を磨く手に力がこもる。恥かしさを払拭するようにごしごしと動かす。
「今は、冒険よりも…ここでゆっくりしていたい、かな」
この酒場で。違う、ヒュドールの傍で。
「へぇー、そうなんだぁ」
心なしか上機嫌にヒュドールは酒樽の淵に寄り掛かる。
ブルーはそんな彼女に尋ね返した。
「ヒュドは…外の世界に出たいとは思わないの?」
酒樽の中で毎日を過ごすヒュドール。
その樽がとても窮屈な檻に見える時がある。
彼女がこの酒場で一生を過ごすのかと思うとブルーの胸に焦燥が走る時があるのだ。
もし、彼女が外の世界で生きたいと言うのならその気持ちに応えたいとも思う。
薄い笑みを浮かべて目を閉じていたヒュドールだが、やがてゆっくりと呟いた。
「ここにいればみんなに会えるし、お酒も飲めるし…不満なんてないわよん」
いつまでもこんな日々が続けば、それだけで十分。
とろんと笑うヒュドールにブルーはそうなんだ、と顔を赤らめた。
果たして「みんな」に自分は含まれているのだろうか。
ブルーは心なしかいつもより念入りに樽磨きをするのだった。
――【喪失】した過去を顧みるのではなく、今をただ楽しみたい。
そう思っていたのだけれども。