「フードをかぶったダークエルフ、ですか」
「そうそう、何か知らないかな」
酒場で働く黒髪の女性に話を聞いてみた。
営業スマイルを見せるロビンに、女性は考えるそぶりを見せる。
「確か、西の森でダークエルフに荷物を奪われたって報告がいくつかあったはずですよ」
「西の森、ねぇ」
拠点は交易所の外ということか。まさかとは思うがあの二人も外に出てはいないだろうな。シンチーが子供一人見失うこともないだろうし、杞憂か。
従者が交易所のシステムに阻まれているなど知る由もなく、ロビンは給仕に礼を言った。
彼女もほかの客に呼ばれたため、その場を離れようとした。
「あ、ただ、西の森に行くなら気を付けてくださいね」
だが、何かを思い出したように振り返る。
「え?」
「最近、西の森へといった開拓者が帰ってこないということが多くて。だから、そのエルフに荷物を奪われるって話、ちょっと忘れちゃってました」
「…そう、ありがとう」
これは本気でボディガード案件になりそうだ。まずはシンチーと合流しなければ。
ようやくまくことができたようだ。
肩で息をしながらケーゴは辺りを見回した。濃い緑が辺りに広がっている。ずいぶん奥まで走って来たらしく、道も舗装されておらず獣道のようなかろうじて人間が歩ける程度のものだ。日の光もあまり届かず、鳥の鳴き声がやけに大きく響いている。
薄気味悪さにケーゴは腰に手を伸ばし、剣がないことを思い出した。慌てて辺りを見回し落ちていた棒を手にした。丸腰よりはましだろう。
交易所に戻ることも考えたが、またあの二人に見つかると面倒だ。それに、自分だって伊達にトレジャーハンターを名乗っているわけではない。ほとぼりが冷めるまでこの辺りを散策してやろうではないか。
シンチーやロビンの言葉を思い出し、ケーゴは棒で乱暴に木々を折りながら、かろうじてあった小さな道を外れ、森の奥へと進んでいった。
どれくらい歩いただろうか。交易所の石壁は既に見えない。そろそろ、帰ることを考えた方がいい頃合いか。
森の中をぐるぐる回ってみたが何一つ見つからなかった。モンスターに襲われずに済んだだけましかもしれない。
特に帰り道のことなど考えずに歩いてきたが、今来た道を戻れば何とかなるだろう。そう楽観的に考えてくるりと後ろを向いた時のことだ。
「そ、そこの少年…助けてくれ…」
どこからかかすれた声が聞こえた。
ケーゴは思わず跳ね上がってしまったが、何のことはない、人間の声ではないか。
辺りを見回しながら尋ねる。
「誰?何があったんですか!?」
「こっちの茂みだ…膝に矢をうけてしまってな…動けないのだ…」
荒い息遣い。ケーゴは声の主がいる方向を特定し、駆ける。
「大丈夫ですか!?」
胸のあたりまである茂みを分け入って声の主のもとへと急ぐ。
突然、がくんと足が空を踏んだ。
驚く間もなく、ケーゴは前のめりになって倒れる。茂みの先は小さな崖になっていたのだが、木々に囲まれた景色と、茂みで足元が見えなかったせいでそれに気づくことができなかったのだ。
顔面から派手に転げ落ちた。腹を打った衝撃で息ができない。必死に立ち上がろうとしたが踏み外した際に左足をひねったらしく、激痛が立つことを拒んだ。
「カッ…ハッ…」
いったい何が起きたのかわからない。吐きそうだ。全身が痛い。動けない。
うつぶせで苦痛に耐えるケーゴのもとに一頭の動物が近づいてきた。
狼のような体躯をした生き物だ。縦長の目が額にもあり、黄色い3つの眼にケーゴは睨まれる。
獣はケーゴを見てにたりと嗤った。
「この手にまんまと引っかかるのもヌシで何人目かのう」
人間の言葉を発する獣にケーゴは目を見開く。
「な…ん…」
必死に喉から声を絞り出す。だが何も意味をなさない音が漏れるだけだ。
「不思議か?ワシがヒトの言葉を解することが。この大地ではウヌらの知恵など役に立たぬということよ」
クツクツと下品な笑い声を立てながら近づく。
「ウヌらはワシの飯じゃ。こうやって今までも何人もワシの腹に収まったものよ」
もっともウヌの場合はまず息の根を止めねばな。そう言って舌なめずりをする。
そうか、この獣がさっきの声を出していたのか。そしてそれにまんまと引っかかってしまったのだ。なんとか状況を理解し、立ち上がったケーゴは先ほどの落下で折れてしまった棒切れをしかし、剣のように構えた。だが、ズキンと体が痛み、一瞬こわばる。
その隙を見逃さず、獣はケーゴに飛び掛かった。