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「アルペジオ、この張り紙をそこに貼ってくれる?ロビンさんは机を運んで、そこの通路をもう少し広くしてくれますか。シンチーさんはとりあえず物騒なのでその剣どこかに置いてください」
てきぱきとした指示の下、あたふたと動く。
ロビンは苦笑いしながら机を持ち上げた。
「それにしても、なんで握手会なんて思いつくかね」
「うちの売り上げが落ちてきているんですよ、ここで何かどかんと催しを行って売り上げ回復を狙おうかと」
回復するほどもとから売り上げはなかった気もするが、ロビンは何も言わずに机を運んだ。
頑なに剣を放そうとしないシンチーを何とか説得しようとしているローロに目をやる。
学校建設の話を進めていなかった自分にも非はあるのだから、と引き受けた訳だが何してるんだ自分、という気持ちがない訳ではない。
握手。どこか抵抗を感じる。
「握手会の間アルペジオさんは隠れているんですよね?」
「えぇ、裏方に徹してもらいます。普段から裏の事務所で働いてもらっているんですけどね」
さすがに顔が知られるのはまずいだろうからという配慮だろう。
が、そうしていつまで隠し通せるだろうか。
いつか彼女は堂々と交易所を歩き回ることができるようになるのだろうか。
ロビンの懸念に気づかないようにアルペジオは店内を歩き回っている。
「ロビンさん!机を運び終わったら早くそこの箱をどかしてください!」
ローロの言葉がロビンを思案から引き戻す。
「あぁ、ごめんごめん」
慌てて作業に戻る主の背中を眺めてシンチーはため息をついた。
「…大体、いきなり呼び出して明日開催は」
「こういうことは早い方がいいでしょう」
「もっと綿密な計画が」
言葉を最後まで言わないシンチーの癖をいかんなく発揮して不満がこぼされる。
要するに彼女は、唐突に呼び出したあげく主役に手伝いをさせてまで明日握手会を開催するのではなく、事前に打ち合わせをして準備を整えたうえで実行に移せと文句を言っているのだ。
「まぁまぁ…シンチー。たまには平和にいこうよ。こっちとしても本が売れる可能性があるしさ」
ロビンになだめられ、シンチーは大仰にため息をついた。
ローロは店内を見回し、よし、と声を発した。
「後はこの告知をいろんな場所に貼って回るだけですね」
「そこまでするんですか」
「ええ、しますよ。手伝ってくださいね」
シンチーの不満を軽く受け流し、ローロはアルペジオを見やった。
「アルペジオはどうする?私たちはこれから交易所を回るんだけど、ここで待ってる?」
「…そうですね。ここで皆さんを待ってます」
「うん、わかった。じゃあ早めに帰ってくるからね」
言うが早いかローロはロビンとシンチーを外に急かす。
店の看板を「close」に変え、足早に歩きだす。
「まずは酒場に行きましょう。あそこならいつもたくさんの人がいますから」
「酔っぱらいが告知なんて」
「いいから手伝ってください!」
絶妙にそりが合わないシンチーとローロの背中を眺めつつ、ロビンはため息をついた。
彼らがアレク書店を発った数刻後、2人の人物が店頭に貼られた握手会の告知文に気づいて立ち止まった。
「まぁ、ロビン・クルーの握手会ですって!」
「ロビン・クルー・・・?」
聞き覚えのない名前だ。
ラナタは顔を輝かせるメルタに疑問の表情を見せた。
メルタは信じられないというようにラナタに返す。
「ロビン・クルーを知らないの!?有名な冒険作家ですわ!私、甲皇国の外に出たことって今までありませんでしたの。彼の冒険小説を読んで私は見知らぬ世界に思いを馳せたものですわ」
「はぁ・・・」
戦い一筋で生きてきたラナタには全く縁のない憧れだ。
しかし、メルタの声の弾み様は本物で、きっと相当面白い本なのだろうと想像に難くない。
一度こういう娯楽に触れてみるのも悪くないかもしれないな、と一人ごち、ラナタはアレク書店に背を向けた。
「いずれにせよ、今店は閉まっているようです。先を急ぎましょう」
「えぇ…そうですわね」
後ろ髪をひかれている表情のメルタに対してラナタは苦笑した。
「握手会は明日なのですから、もし時間があれば来ましょうか」
「本当ですの!?」
喜ぶメルタがどうしてだろう、ラナタの目にはアルペジオと重なって見える。
それはきっと、アルペジオが自分に見せた笑顔が忘れられないからなのだろうと彼女は思い、目を伏せた。
「…という訳で、ここにも告知を貼らせてほしいのですが」
ローロの申し出にミーリスは快活に笑って返した。
「もちろんいいさ。沢山お客さんが来るといいね!」
「はい!ありがとうございます!」
ほっとした顔で頷いたローロから張り紙を受け取るとロビンは手ごろな場所にそれを貼りに行く。もちろん後にはシンチーが続く。
「これでこの前戦った皇国の軍人たちがやってきたりしてね」
苦笑気味にロビンは呟く。
シンチーは無言をもって返した。
と、そこにブルーがデッキブラシを持って近づいてきた。
ロビンとシンチーは何かとこの酒場で油を売ることが多いため、当然ブルーとも面識はある。
相変わらずヒュドールの樽の掃除に精を出しているらしいブルーにロビンは笑いかけた。
「やぁ、ブルー君。ヒュドールに水着を贈ったんだって?」
予想だにしない問いかけにブルーはブラシを落としかける。
青みがかった彼の顔は赤面したために少し紫色に傾く。
「ロ、ロビンさんにそんなこと言われるとは思わなかったなぁ」
「そうかい?いいじゃないか。ヒュドールも喜んでたし」
ブルーの顔が一転、輝いた。
「そうなんですか!?よかったぁ…。ヒュド、僕にはあまりそういう感想言ってくれなくて」
忙しい表情だなぁ、とロビンは内心ブルーに突っ込みながらヒュドールが入っている酒樽に目をやる。どうやら彼女は今眠っているようだ。
どこか焦っているような寝顔に見える。どんな夢を見ていることやら。
のんきに考えつつロビンはブルーに笑いかけた。
「きっと照れ隠しだよ」
「だったらいいんですけど。…その紙は?」
「あぁ、明日アレク書店で俺の握手会があるんだよ。ブルー君も来るかい?」
貼り付けをしているのはシンチーだ。ブルーとの会話に夢中になる主を目で責めているのだが、ロビンはそれに気づかないふりをしてブルーを誘う。
だが、ブルーは申し訳なさそうにその申し出を断った。
「あ、すみません…明日はヒュドと海に出かけるんです」
「ほぉ」
件の人魚とデートと洒落込むか。奥手なようでやるではないか、とロビンは言外にブルーをからかった。
そういえば海水浴場ができたんだったな、と会話を聞きながらシンチーは思う。
それにしても、半魚人と人魚が海に遊びに行くというのはどこか逆な気がする。もちろん口には出さないが。
2人の視線に慌ててブルーは取り繕った。
「い、いやいやいや!違うんですよ!?そ、そんな深い意味はなくて!せっかく水着を着てるんだから久々に海で泳いでみたいってヒュドが!だからちょっと遊びに行こうって」
世間ではそれをデートと呼ぶ。
ロビンはそこには言及せずに笑った。
「ま、楽しんできなよ」
「はい」
気持ちを隠しきれずにブルーは柔らかく笑った。