Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルド冒険譚
穢れに捧げ、癒し歌:5

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 必死に走って交易所の南門にたどり着いた。
 すでに多数の魔法使いが地上で、空中で、魔法を使って防御壁を築いていた。
 その種類は実にさまざまで、樹木が絡み合って壁と化しているかと思えば、円形の魔法陣が展開されてもいる。
 金色の壁が創り出されたかと思えばその周囲は激しい風でもって津波の襲来に備えているようだ。
 いくつもの魔法がまるでパッチワークのように一つの壁となり交易所を守っていた。
 その中で。
 「あ…」
 ケーゴは見覚えのある二人組を見つけた。
 アマリとイナオだ。
 「禁!!」
 イナオが指で星を空中に描く。
 するとそれが霊力の壁となって顕現し、交易所を守る要の1つとなった。
 エルフが大多数を占める中で人間の、それも少年のイナオは懸命に交易所の守護に関わっていたのだ。
 「…っ」
 それが無性に羨ましかった。
 焦燥を胸に短剣を構えた時だ。
 「来たぞおおおおおお!!」
 緊張が絡みついた怒号が響いた。
 その場の空気が重く、硬直した。
 轟音が近づいてくる。
 負けじとばかりに心臓もうるさい。
 地響きがする。
 身体が重い。
 顔をあげても波は見えない。交易所の城壁があるからだ。
 それでもはっきりと死の圧力を感じた。


 「…っ!」
 フロストは固い表情で精神を集中させた。
 音が次第に近づいてくる。
 もう、近くまできているのだ、と直感した。
 空を飛びながら防御壁を作り出すことはできればそれが一番安全だ。
 しかし、同時に二つの魔法を繰ることができる者は少ない。
 故にフロストたちは地上から津波に対応しなければならなかった。
 城壁に阻まれて外の実際はわからない。
 それが恐怖を加速させる。
 それでも、とフロストは顔を上げた。
 今、津波と交易所の間には駆けつけてくれた者たちによって織りなされた魔法の守りが存在している。
 これが破られなければ交易所は安泰だ。
 逆に言えばこの魔法が最後の砦だ。
 その重圧に負けてはならない。
 疑いを持った瞬間、魔法は脆くなる。
 今魔法を使っている者たちは多かれ少なかれ、死の恐怖と戦いながら自分にできることを精いっぱい行っている。
 フロストもアルフヘイム領を覆った結界の存在には気づいていた。
 あれであちらは安全が保障された。
 悔しいことにあの結界は皆が協力して完成させた防御壁など無意味だと言わんばかりの守護の力を持っている。
 問題は術者の性格に難があることなのだが。
 いずれにせよその術者は今この場にいない。だからこそ。
 「一人一人の力を合わせて大きな力にしないといけない!みんな、全力でいくわよ!!」
 フロストの決意にも似た叫びに言葉に雄たけびがあがる。
 その雄たけびをかき消すばかりの轟音が響いた。
 これまでにないほどの衝撃が魔法壁を通じて術者たちに襲い掛かる。
 ただの自然災害と思われたそれは、しかし意思があるかのように交易所に牙をむく。
 押しとどめようにも、波の勢いが強すぎる。一瞬でも気を抜けば壁は破壊されてしまうだろうと誰もが予感した。
 そんなことになれば縫い合わせの様相を呈する防御壁に穴が開いてしまう。そこから押し流れてくる海水に気を取られればおそらく防御壁は崩壊する。
 「負けるかぁーっ!!」
 フロストの魔力が防御壁の全てを包んだ。
 瞬間、押し寄せる波が凍り付き動きを止めた。
 「フロストさん!」
 彼女の隣で土壁を作り上げていた術者が身を案じるように叫んだが、フロストは気を散らさないで、と一喝した。
 「私の魔法で津波を氷に変えているけどこれもいつまでもつかわからない…!絶対に気を抜かないで!」
 一人一人が小さな防御魔法で作り上げた交易所の守りを包み込みようにフロストは氷の魔法を行使した。その魔法により襲い掛かる波は氷像と化す。
 分厚い氷の壁で津波の勢いを削ごうというのだ。
 しかし、その大きすぎる規模故に魔力はすぐに底をつくだろうと彼女はわかっていた。
 さらに、波が動きを止めるのは一瞬のことで、凍り付いた波の後からも激流が押し寄せるのだ。それはいともたやすく氷を破壊して、そしてフロストの魔法により凍りつく。その繰り返しだ。
 「…っ!」
 恐ろしいほどの勢いに魔力の消耗が激しい。
 ゆっくりとだが、彼女の魔法の効力が弱まっていることに誰もが気付いていた。
 フロストは顔を歪めた。力が尽きかけているからではない。
 自分が無力だからだ。
 彼女はアルフヘイムの中でも指折りの魔法使いであると評価される。
 それでこのざまなのだ。
 どれだけ魔法が使えようとも、万能ではないことがよくわかる。
 アルフヘイム領に結界魔法をかけたエンジェルエルフのような、そして、今も甲皇国の侵略と戦っているニフィルのような、あの桁外れの魔力が心底羨ましかった。
 脂汗がにじむ。
 いつまでそう激流を押しとどめていただろうか。
 時間にすればさほど経っていないのかもしれない。
 それだけ津波の勢いが、力が強いのだ。
 辺りには潮の匂いが満ちていた。
 僅かながら防御壁全体に残されている魔法の効力でもって波は凍結している。が、もはや薄い氷の壁にしかならず、津波の勢いを殺すことはできない。
 よくもった方だ、と悔し紛れにフロストは自身を評価した。それに、自分の魔法のおかげで術者たちの消耗はある程度軽いものになった。
 これ以上は限界だ。魔力が完全に底を尽きてしまったら命に関わる。
 フロストは魔法を解除した。
 気持ちばかり残っていた凍結魔法の効力が消え、再び激流は本来の勢いを取り戻した。
 「…っ、後は…」
 フロストがよろめいた。
 その光景に先ほどの土壁の術者が色を失う。
 「フロストさん…っ!」
 一瞬、そちらに気を取られたせいで、土壁は面白いほど簡単に崩れた。
 勢いのままに噴き出す海水が交易所の城壁に激しくぶつかる。
 失態をやらかした術者が再び土の壁を作り上げようとするが、焦っているのかうまく魔法が使えない。
 周囲の者は自分の展開する魔法壁の維持に精いっぱいで他の部分の修復などに気は回せない。
 このままでは、魔法壁と城壁の間に海水がたまり続け、いつかはその水圧で城壁が倒壊するか、海水が城壁を超えて交易所に流れてくるだろう。
 そうすれば全てが文字通り水の泡だ。
 このままでは、とフロストは己を叱咤して再び魔法を使おうとした。
 しかし、その力すら残されていないかのようにくらりと後ろによろめいた。
 絶望的なまでに緩慢に時間が動いたように感じた。
 目の前では海水の勢いが止まらず、しかしそれになす術もなく自分は倒れようとしている。
 その刹那を、その無力を、ゆっくりとフロストは噛みしめた。
 そんな緩慢な絶望の中で。
 ふいに彼女は肩に手をまわされ、そのまま抱き止められた。
 それが誰の腕なのかわからないままのフロストを抱きかかえ、その人物は叫んだ。
 「――操!!」
 強く放たれた言葉。
 その言葉に従うかのように激流が動きを止めた。
 魔法壁の穴は未だ存在している。それでも海水はぴたりと流入を止め、その場に留まり続けているのだ。
 そこでフロストはそれが不可視の壁によるものではなく、水そのものを操っているものであると気付いた。
 水を操る魔法使いに心当たりがあった彼女は眼を見開いた。
 「…あなたは……っ」
 背丈はフロストよりも頭一つは高い。しかし、体は思った以上に華奢で身を覆う毛皮の方が質量を持っていそうだ。
 アルフヘイムでは悪名高いその男の顔は土気色で、しかし不遜さを隠さない。
 「おい、お前」
 フロストを抱えたままウルフバードは近くの術者を睨んだ。
 「何をしている。早くさっきの土の壁で穴をふさげ」

       

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