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「アンネリエ!大丈夫だったか!?」
安全が確保されたと聞いてケーゴはすぐさまアンネリエのもとにとんでいった。
既に北門から逃げ出そうとする人混みは解消されていた。間もなく高台に逃れた者たちも帰ってくるだろうということだ。
アンネリエとベルウッド、そしてピクシーは城門から少し離れた広場でケーゴの帰りを待っていた。
ケーゴが顔を見せるとアンネリエは一瞬安堵の表情を見せたが、すぐに無表情に戻る。
それに気づいたケーゴが彼女に声をかけようとする前にベルウッドが彼の頭を思い切り叩いた。
「あだっ!何すんだよ!」
「それはこっちのセリフよバカケーゴ!!」
どうやら本気で怒っているようだ。今までの小喧嘩とは訳が違うほどに眼光が鋭い。
助けを求めるようにアンネリエの方を見ても目をそらしてしまう。
何故ベルウッドがここまで怒っているのか、アンネリエはどうしてしまったのか、ケーゴには見当がつかない。
むしろ交易所を守ってきたのだから労いの言葉をかけてほしいくらいだ。
ベルウッドはいつもの高い声をさらに高くして怒鳴る。
「あんたねぇ、変にカッコつけるのはいいけど何でアンネリエを放って行っちゃうのよ!あんたがカッコつけて見せる相手はこの子でしょうが!」
ケーゴは赤面して逆上した。
「なっ、お前こそ何言ってんだよ!俺はアンネリエを守ろうと思って交易所の防御に協力してきたんだぞ!?それにアンネリエのことはお前に任せたって言っただろ!?」
「守りたい女の子を他人に任せる馬鹿がいるかーっ!!あんたは交易所とアンネリエのどっちが大切なのよ!」
「交易所を守らないとどっちにしろアンネリエは守れないだろ!」
「あたしはどっちが大切なのか、って聞いてるのよバカケーゴ!」
次第に視線が集まってくる。2人の言い合いもさらに激しくなっていく。
「大切かとかそういう問題じゃないだろ!?交易所が津波に襲われたら死ぬっていうから!」
「その死ぬかもしれないって時にあんたがどっかに行っちゃってどうやってアンネリエを守るつもりなのよ!?」
「だから!交易所を守りに行ったんだろ!?そうじゃなかったらアンネリエだってお前だって死んでたんだぞ!?」
「だから何でそこで交易所を優先するのかって聞いてるのよ!!」
ここまで来ると平行線だ。しかも円を描くように同じ話題を繰り返すだけで解決は望めない。
激しい口論のさなかで、どうしてだかアンネリエはケーゴとベルウッドと過ごしてきた日々を思い出してしまう。
一緒にサラマンドル族のお店で焼肉を食べたり、調査報告所に簡単そうなクエストを探しに行ったり。
口喧嘩ばかりだった訳じゃなかった。
ベルウッドがにんまりと笑い、ケーゴが不満気に彼女を睨む。そんな彼の周囲をピクシーが少しずれた物言いをしながら飛び回り、そんな彼らを眺めているとケーゴはふわりと自分に笑いかけてくれた。
こんな時に思い出すことではないはずなのに、どうしても脳内のケーゴとベルウッドはすぐに口論を終えて子供の様に頬を膨らますばかりで。
それは今目の前で起こっている本気の言い争いとは全く違う、むしろアンネリエが羨ましく思っていたほどのもので。
これまでにないほどの惨めな気持ちでアンネリエが2人の口論から耳を塞いでいた時だ。
「おいおい、どうしたんだ2人とも」
ロビンが慌てた口ぶりでケーゴとベルウッドの間に割って入った。
やけに人が多いと思ったら、どうやら高台から人々が戻ってきたらしい。
ロビンが間に入ってもケーゴとベルウッドの言い合いは続く。
「おっさん!聞いてくれよ!こいつ俺の言うこと何にもわかってくれないんだ!」
「はぁ!?それ本気で言ってるの!?何にもわかってないのはあんたの方じゃない!もういいわ、行きましょ、アンネリエ」
「おいちょっと待てよ!」
ケーゴの言葉を無視してベルウッドはアンネリエを引っ張って行ってしまう。
アンネリエが彼の方を見ることはなかった。
「…っ」
追いかけようとして伸ばした手を弱弱しく引っ込めた。
ケーゴをマスターとして登録しているピクシーだけが彼のもとに留まった。
「…あー、ケーゴ君。申し訳ないけど俺はまだ高台に残ってる人たちの方に行かないといけないから、ごめんね。話ならまた聞くからさ」
そそくさとロビンは北門へと行ってしまった。
見れば先日酒場であったゲオルクと言う男とゼトセという女性が一緒だ。
女性と言ってもゼトセは自分より少し年上というくらい。そこまで変わらないはずだ。
彼女はああして立派に働いて、必要とされている。
一方自分はこれだ。
「…何でだよ」
力なく座り込んだケーゴの肩にピクシーがとまった。
「マスターケーゴ。私が人間の感情を計算するに、アンネリエ様は寂しかったのではないかと」
「…寂しかった?」
わからない。
どうしてだ。
守ったはずなのに。
寂しいってなんだよ。
アンネリエは何を考えているんだ。
ケーゴが胸の内を吐露するにはピクシーは小さすぎた。