Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルド冒険譚
微かに燻る戦禍の火種:5

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 ロンドは子供に支えられながらも交易所を目指していた。
 ロビンは言った。自分が時間を稼ぐから逃げろ、と。
 それは無謀な提案に思われた。だが、ロビンはどうしても逃げてくれ、と言った。ロンド自身ではなく、子供たちのためにも、と。
 だから今、必死に足掻いているのだが。
 「…っ」
 撃たれた足が痛む。流れる血が逃走の軌跡を刻む。
 交易所にいれば最低限の保護はされるだろう。こちらに落ち度はないはずだ。それとも、さしものアルフヘイムも甲皇国との諍いは面倒だと我々の味方はしないだろうか。
 子供たちが2人で必死にフリオを運んでいる。自分も亜人の子に支えられて歩いている。
 果たして逃げ切れるだろうか。あの敵から。この現実から。
 歩みは鈍く、交易所まではまだ遠い。

 
 ――――
 「やぁあああっ!!」
 アルペジオの剣がロビンの鼻先を掠めた。
 空振りに終わったが彼女はさらに一歩前に踏み込み新たな一閃を放つ。
 それをもロビンは躱し、目の前の敵を鋭く睨む。
 「…まったく、うら若き乙女が振り回すものかね、それ」
 その口調には呆れが混じる。それを挑発と受け取ったアルペジオはむっとなって言い返す。
 「老若男女問わず我ら皇国民は国のため戦わなければならない。我ら一人一人が将軍様の剣となるっ!」
 「あぁ、そういう考え方…っ!」
 アルペジオの剣を再び寸でのところでかわす。
 「国のためなら他者どころか自分をも殺す。皇国のお偉いさんが気に入りそうなセリフだね!」
 「貴様、甲皇国を馬鹿にするのか!?」
 「馬鹿にもされるさ!そのお国の威厳のためにお前たちがしたことはなんだ!?差別と虐殺だろう!!」
 いつになくロビンの声が荒んだ。
 アルペジオはそれに一瞬ひるんだがすぐさまロビンに斬りかかる。
 「偉大なる甲皇国を理解できない愚か者っ…!」
 「理解なんてしたくもない」
 2人の価値観が交わることはなく、ただ敵意だけが交錯する。
 相手が剣を持っているだけに迂闊に近づくことはできないが、軽々と攻撃を避けるロビンをアルペジオも捉えることができないのである。
 機械兵の流れ弾にあたってくれていれば、とロビンは顔をしかめた。
 
 ――そうすれば、この手で人を傷つけずに済んでいたかもしれないのに。


 一方のラナタとシンチーは互いに守りたい者が戦い始めたことに気づいていた。
 それが彼女らの剣に焦りを生む。
 だが、焦燥はラナタの方が大きい。シンチーの怒りも相まって、彼女は徐々に不利になりはじめていた。
 「くっ…」
 シンチーの剣がラナタの頬に傷をつけた。
 このままではまずい、と必死に剣を振るがシンチーは多少の傷なら意に介さずに向かってくる。
 時間経過と共に傷は再生していく。血を流している以上消耗はしているはずなのだが、気力がそれを補っているようだ。
 だがラナタとてここで倒れる訳にはいかないのだ。
 視界の隅にまたアルペジオが映る。そうだ、彼女のためにも勝たなければならない。
 「だからぁっ!!」
 蛇の剣の赤い刀身が鞭のようにしなるが、それに怯むことなくシンチーは剣を振る。
 実際、ラナタのその攻撃をシンチーは躱すことができないのである。直線的な剣筋と違い自在な動きで予想がつかない。
 恐らくシンチーが激昂していなければそれは勝機であったのだ。
 彼女はラナタの鞭状の剣をあえて腕で受け止めた。
 勢いに任せて刀身は腕に巻きつく。
 「っ…!!」
 すなわち、剣の自由が奪われたのだ。
 シンチーの剣先がラナタを貫かんとする。
 身を翻してそれを避け、一度蛇の剣の刀身をもとに戻す。
 ラナタは自身が後退していることにすでに気づいていた。
 遠くでアルペジオの声が聞こえる。初めて守ろうと思った戦友の声が。
 「よそ見を…!!」
 シンチーが叫び、剣を振り下ろす。
 それを剣で受け止めたが、力比べに負け徐々に腕が下がってくる。
 歯を食いしばり、睨み合う2人。
 本気で殺そうとしたにもかかわらず、蛇の剣の真の姿を見せたにもかかわらず、この亜人は全てを受け止め、逆に憤怒の剣が自分をここまで追い詰めている。
 それでも。

 押し切られる寸前、ラナタは鍔迫り合いから離脱し敵から間合いを取った。
 そしてそれが最後の一騎打ちであるがごとく彼女は駆けだした。シンチーもまた構え、走った。

 「亜人めぇえええっ!!」
 「黙れぇっええええ!!」

 全力が激突した。
 ラナタの力はシンチーにあと一歩及ばず、蛇の剣は弾かれた。
 「何っ!?」
 彼女が弾き飛ばされた剣に気を取られた隙を狙って斬りかかる。
 辛うじてそれを避けた。だが、もはや剣を拾っている余裕はない。
 ラナタは必死にシンチーから間合いをとった。
 だがシンチーはその間に息を整え、新たな一撃への準備を確実に済ませている。
 じりじりと動きながら間合いを維持する。
 「……怒り狂った畜生如きが…。…ここまで…私を追い詰めるか…」
 乱れた呼吸の中そう毒づく。
 理性を失った者の処理は容易いという彼女の説はすでに崩れている。

 ――もはやここまでか。一体どこで間違ったというのか。
 あぁ、アルペジオ、せめてお前だけでも。

 そう願い、もう一人の男と対峙している友に目をやる。
 アルペジオが視線に気づき、そこで彼女は初めてラナタの窮状を知った。
 「っ!?ラナタさん!!」
 驚愕して、しかし反射的にアルペジオは駆け出していた。
 そしてラナタとシンチーの間に割って入り、剣を構える。
 「亜人め、よくもラナタさんを!」
 「駄目だ、アルペジオ!」
 ラナタが叫んだ時には既にシンチーは剣を携えて走り出していた。
 固い表情のアルペジオ。ラナタが追い詰められた相手に勝てるとは思っていない。
 それでも守りたかった。
 ラナタがそう戦ったように、彼女もまた、それを願った。
 互いに思い合う2人の剣士。その気持ちに気づくことなど一切なくシンチーは剣を振り上げた。
 その表情はさながら獣のようで、殺気にアルペジオの身体は萎縮した。
 剣が唸り死が牙をむいた。
 
 「アルペジオォオオッ!!」
 瞬間、ラナタが吠え、その身をアルペジオとシンチーの間にねじ込んだ。
 しかし、剣を持たない彼女は腕の防具でシンチーの剣撃を受け止めざるを得ない。鎧は砕け、左腕の骨が折れた。
 そのままラナタはシンチーに吹き飛ばされてしまった。
 それは一瞬の出来事で、アルペジオは眼前の展開の理解が遅れた。
 敬愛する女傭兵が自分のために何をしたか、ようやくそれが頭に描かれた時には既に亜人が目の前で剣を振り上げていた。
 



 乾いた音が響いた。


 死を覚悟したアルペジオの目の前で、今まさに斬り殺さんと力を込めたシンチーもその音を聞いた。
 聞き覚えのある音。それが意味するものは。
 脳がその答えを導き出す前に嫌な違和感が衝撃と共に腹を抉ったことを知覚した。
 その音は続けざまに鳴り響く。
 音に合わせるかのようにシンチーの身体は弾かれ、そして倒れた。
 えも言われぬ気持ち悪さに襲われ、口からごぼりと血が溢れた。
 生暖かい液体が身体を浸し始めている。それなのに四肢が冷たい。
 呼吸の方法を忘れ、喘ぐ。目がかすむ。体は動かない。

 ――あの…音は…

 ロビ…ン……――
 
 そしてシンチーの意識は途切れた。
 
「シンチィイイイイイ!!!!」
 色を失い叫んだロビンの声はもう彼女には届かなかった。

     

 シンチーに斬り飛ばされ、転げ倒れたラナタの目の前には機械兵の残骸があった。
 機械兵の手には銃剣が握られていた。
 無我夢中で彼女はそれをもぎ取り、亜人に向けて撃った。撃ち続けた。
 あれ程自分を追い詰めたあの亜人はあまりにもあっけなく倒れた。

 ラナタはよろよろと立ちあがった。
 左腕が動かない。イかれてしまったか。また戦えるようになるだろうか。
 見ると男が亜人の傍に駆け寄り彼女を抱きかかえていた。
 不死身に思えた亜人であったが、どうであろうか。本当は心臓や頭を狙いたかったが、慣れぬ銃を倒れた状態から撃ったため腹部に何発も打ち込むのがやっとだった。
 ともすればアルペジオを殺すところだった。だが、それに賭けるしかなかったのだ。そこまでのことは考える余裕はなかったけれど。
 ともあれ、これであの亜人はもう戦えないはずだ。
 残りの男はもう駄目だ。仲間を失った人間は脆いのだ。
 亜人を抱えたまま動かない男にアルペジオが剣を向けた。
 「――その女は死んだ。諦めろ」
 その言葉の是非は分からないが、ラナタも痛みに耐えて剣を拾い上げた。
 

 腕の中、シンチーは微かに息をしていた。だがその身体は冷たく、いつその命の灯がかき消えてもおかしくはない。
 それでも彼女はきっと生きたいと願っていて。
 彼はそれを諦めるが出来なくて。
 彼女の血で腕が染まっていく。足元に血が広がっていく。
 抱きしめるその腕は命を繋ぎ止めるには無力で意味のないものだった。
 2度目だ。この光景を目にするのは。
 まだだ。まだ助かる。そう自分を叱咤する。
 今度も助けられるのは俺だけだ。
 ロビンの目がギラリと光った。
 「…ありがとう、シンチー。…十分だ」
 2本の剣がロビンに突き付けられていた。
 ラナタもアルペジオも後はロビンを拘束するだけであった。
 そうであるはずだった。

 シンチーの身体で隠すようにロビンの手が動いた。
 ラナタはそれを確認するや否やすぐさまロビンを斬ろうとした。
 だが、ロビンは人間とは思えないほどの速度で、ポケットの中にあった小瓶の中身を2人に向けてぶちまけた。
 
 「っ!!」
 顔に液体を思い切り浴びたラナタは怯み、その動きが止まる。
 これは劇薬か何かか。無味無臭のそれを急いで拭う。
 火傷や腐食の気配はない。
 アルペジオも急いでその液体を取り除いた。
 抵抗を試みる以上、斬り捨ててもやむなしとラナタは再び剣を握りしめた。
 
 その時である。

 「っ!?」
 性感の欲求が電撃のように全身を駆けた。
 全身が火照り、官能が口から洩れる。
 足がふらつき、内股のまま体制を整えようと踏ん張る。だが力を入れようとするたびに、それが刺激となって退廃的な甘い声を出してしまう。
 理性が必死に目の前の男を殺せと命令するのだが、溢れる性欲をせき止めることかなわず、秘部がしとどに濡れた。
 あらゆる場所が性的刺激を求めていた。
 切なさが身体を支配する。早く、早く自分を慰めなくては。

 ――あぁ、今欲しているのはこんな剣じゃない…!
 
 身体から力が抜けて剣と理性を落としてしまった。
 自由になった両手が乱暴にラナタの胸を、陰部を攻めようとする。
 下着越しであったがラナタは快楽に鳴いた。
 幾人もの男と交わってきたが、ここまで悦楽に浸るものだっただろうか。
 もはや欲望に溺れてしまい帰ること叶わない。
 邪魔だとばかりに彼女は鎧を脱ぎ捨てた。
 
 アルペジオは初めての欲求に打ち震えていた。
 顔は紅潮し、地べたに座りこんでしまう。
 純潔を守るかのように自らを抱きしめるが、欲するのもまた彼女自身なのである。
 たまらずアルペジオは禁忌に手を触れた。
 最初は少しだけ、恐る恐る触れていた手の動きが次第に激しく、大胆になっていく。
 初めての快感が全身を麻痺させる。
 それでもまだ足りない、まだ足りない、と全身の性感帯が彼女を堕落に誘う。
 いつしか軍服は乱れ、彼女の顔も官能に歪んだ。
 


――――

 少女が花を散らしているとはいざ知らず、ロビンはシンチーを抱きかかえて交易所まで走っていた。
 ロイカ曰く触れるだけで記憶がぶっとぶくらい強烈な媚薬だそうだが、果たしてその効能は。
 投げつけた直後、効果てきめんで2人の様子に変化が見られたが、本当に記憶はぶっ飛んでくれるだろうか。
 「くらい」という言葉に一縷の望みを賭けるしかなかった。そうでなければ今後甲皇国に確実に命を狙われることになる。
 甲皇国に狙われた時点で、ロビンには彼らの口封じをするしか手段はなかったのである。うまくあの場から逃げおおせたとしても、それはその場しのぎでしかない。しかし、彼にはそれができなかった。
 だから最善はシンチーが2人を始末すること。しかし、女剣士は思いのほか強敵であった。
 ならば彼女らに自分たちのことを忘れてもらうしかない。幸いなことにその手段がロビンのポケットに眠っていたのだ。
 身体検査でロビンが一番恐れたのは媚薬の存在がばれることであった。その意味でも機械兵に命令を叫んだあの一瞬が最後の好機であり、勝負の分かれ目だったのだ。
 彼の策の次点がこの媚薬による記憶の抹消。だがあまりにそれは綱渡りな作戦で、不安要素の多いものであった。
 最終的に2人を同じ場所に留まらせ、媚薬を躱すことができないほどの至近距離にまでは持ち込んだが、犠牲は高くついた。
 生者と死者の狭間を漂うシンチー。
 まだだ。まだ、その時ではない、とロビンは唇をかみしめた。



 ――――

 一足先に交易所に戻っていたロンドは泣きじゃくる子供たちをなだめ、一人病室で眠るフリオを見守っていた。
 西門にいた衛兵には西の森で甲皇国の兵士たちが調査を行っていて危険だから人を通さないようにしてくれと頼みこんでおいた。
 自分にできる最低限の仕事だ。
 
 ロンドは憔悴しきった表情でフリオを見下ろした。
 命に別状はないと言われ、胸をなでおろした。
 だが、彼は目覚めない。
 あまりにも多くの自責が押し寄せていた。
 もうこれ以上は駄目だ。子供たちと一緒にいるわけにはいかない。
 自分のせいだ。自分のせいなのだ。
 自分が甲皇国の人間であったばかりに子供たちを傷つけてしまった。
 荷物をまとめて明日にもミシュガルドを発とう。
 「すまない、フリオ君…」
 最初で最後の教え子の頭を軽くなでたその時だ。
 フリオが小さな声をもらし、ゆるゆると目を開けた。
 「せ、んせ…」
 「フリオ君!」
 思わず大声を出してしまう。
 フリオの声は弱弱しくもはっきりとロンドの耳に届いた。
 「せんせーの声…聞こえてたよ…」
 恐ろしい軍人から必死に自分たちを守ろうとする声が。
 助けられるのは2度目だ。
 フリオはようやくロンドの懸命さに気づいていた。

 「…せんせ…ありがと」
 

 時が止まったようだった。
 フリオの言葉にロンドは硬直し、やがてその意味が全身に染み渡り、頬に涙が流れた。
 単純なもので、あれだけ苦しんでいた自責の念がその一言だけで溶けていくようだった。
 どれだけ謝罪をしようともきっと彼は永遠に救われない。
 それでも彼は救いを求め続けたのだが、
 「へへ…せんせー泣き虫なんだな」
 その答えはすぐ近くで意地悪に笑っていたのだった。

     


――――
 

 初めて会ったのは雨の日だった。戦場から少し離れたアルフヘイムの森の中。
 腹を斬り裂かれて倒れていた彼女の目は虚ろで、生を諦めているようだった。
 そのまま見捨てれば彼女は確実にこの森に骨を埋めることになるだろう。
 それが出来なかったのはきっとそれが戦時中のことで、彼女が亜人で、自分が人間だったから。
 雨と血に濡れながらも彼女を抱きかかえ診療所へと急いだことを覚えている。
 

 ――私があなたの剣となり盾となりましょう

 ――私の命をあなたに捧げます

 ――だから…っ、生きさせてよ……


 約束をした。その約束は唯一2人を結びつけていて、しかし何よりも代えがたいもので。

 あの時彼女の手を握り、誓った自分の手はどこへ消えてしまったのだろうか。

 病室でシンチーの手を握るロビン。かつてと同じようで、違う。
 明かりはついていない。彼女にかけられた魔法を維持するためのタリスマンだけが淡い山吹色の光を発している。
 
 ――肉奴隷を拾って善人面をするな
 ――偽善者、消えろ
 ――所詮商人国家の人気取り作品
 ――金を数えた口で平和を語るな
 ――こんな本、この国で売れるものか


 ロビンは1人うなだれ、一瞬でも平和を描こうとした自身を呪った。


――――

 アルペジオはのろのろと上体を起こした。
 倦怠感が全身を覆っていた。体の色々な場所が痛い。
 「ここは…」
 見覚えのない森だった。
 ここはどこだ。何故こんな場所にいる。
 見ると服が乱れている。そのあられのない姿にアルペジオは赤面した。
 ラナタさんはどこだ。そう辺りを見回す。
 見覚えのある鎧が近くに落ちていた。
 「ラナ…」
 声をかけようとして絶句した。
 全裸のラナタが倒れていた。
 彼女の身体は汚れて、ぐったりとまだ起きそうにもない。
 「酷い…何でこんなこと…」
 涙を浮かべながら呟き、アルペジオは自分たちが男に乱暴されたのだと思った。
 「嫌…そんな…」
 思えば自分もその場所が痛い。呆然と涙を流した。
 
 しばらく泣き続けた。怖くて、悔しくて、わんわん泣き続けた。
 そしてようやく考える余裕が生まれた。
 すなわち、何故こんな森の中に、いつの間に連れてこられたのだろうか、ということである。
確か私は甲皇国の駐屯所にいて…
 思い出そうとした、その瞬間。

 「っ!!!!」
 激しい頭痛が彼女を襲い、頭の中で記憶が爆ぜた。
 「あぁ・・・っ!!」
 断片的な声、映像。
何か。
忘れていた何かがある。
 今までも時折自分を苦しめていた頭痛や違和感が強烈な抵抗をみせている。

 あぁ、そうだ。今までも何かを思い出そうとするたびにこの違和感が頭を覆っていた。
 ようやくそれに気づいた。
 そしてその何かとは。

 ――私が軍人になる前のことだ。


 「あぁうっ…!!」
 頭痛。

――違う。

 私軍人なんかじゃない。


私、軍人なんかじゃないよ…!!


 「痛い…痛いぃいいいっ」

 断片的な記憶、映像。





――【    】家の娘

――乙家に与する売国奴め

――拘束しろ



――嫌ぁっ!嫌ぁっ!!














――Youも来なyo 。漆黒の世界に




 「あ…」
 
 体の震えが止まらない。

 そうだ。違う。

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

思い出した。
私は捕まったんだ。

私は、私は…





「っ…」


 これ以上思い出せない。
 まだ思い出さないといけないことがたくさんあるはずなのに。
 思い出せない。

 再び目から大粒の涙がこぼれた。
 「嫌だよ…帰して…」
 あったはずの幸せな暮らしに。
 そこでふとラナタのことを思い出した。

 彼女なら何か助けになってくれるかもしれない。
 それに、もしかしたら彼女も自分と同じように…




 …違う。


 このラナタと言う女傭兵は私を監視するために同じ部屋で一緒に暮らしていたのではないだろうか。

 「…嫌……」
 
 全て嘘だったのではないだろうか。
 初めて会った時から、騙されていたのではないだろうか。
 
 「…嫌ぁあ……っ」

 甲皇国の傭兵。もし私と同じ境遇なら正規の軍人とされるのではないだろうか。
 なら、記憶が戻ったことが知られたら…

――殺されるのではないだろうか。

「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 



 金切声をあげ、アルペジオは夜の闇へと消えて行った。



 数刻後、目を覚ましたラナタは自分の状況に混乱しつつも、大切な友人の安否をまず気遣った。
 だが、周りには誰もいない。
 何故自分だけがここにいるのだろうか。

 「…アルペジオ……?」

 そう呟いたラナタの声はもう届かない。

     

謝辞

今回のエピソードはユミキチ様の「~03~」を参考にしました。

~03~/ユミキチ http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18179&story=51

ロンド先生もフリオ君もユミキチ様が登録してくださったキャラクターです。
ユミキチ様、ありがとうございました。

       

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