Neetel Inside ニートノベル
表紙

ミシュガルド冒険譚
されど愛しきその腕よ:1

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 その船は海洋にふさわしくないほどの漆黒であった。
 匣のような巨大な船体には数百もの砲門が並び、それがこの船を戦列艦であると知らしめる。
 通常あるはずの帆がこの船にはない。代わりに外輪と煙突がある。どうやら蒸気推進という最先端の技術を搭載しているようだ。
 勢いよく跳ねる水飛沫の白は、黒い船体によく映えた。
 唯一その船で金色の輝きを放つのは、髑髏を象った骨統一真国家―多くの者が甲皇国と呼ぶのだが―の国旗の文様。
 大海原の黒点はやはり黒い煙を立てながらとある目的地を目指していた。
 「――ミシュガルド大陸にはあと僅かで到着するようです」
 その目的地の名を口にした桃色の髪をした少年は甲板に立つ黒い後姿を見た。
 「……そうか」
 小さく応えたその声はしかし、重く厳か。
 纏うのは黒衣だ。その外衣からちらりとのぞく杖を持つ手は猛禽類の後ろ足の様。
 灰の毛皮が包む顔をすっぽりと覆う仮面は鳥の頭蓋骨を思わせる。
 この人間とも悪魔とも見える人物―便宜上“人物”と呼ぼう。それが虚実の虚であろうとも。―は王族たる甲家に仕える一族の1つ、丙家を束ねる大将軍。名をホロヴィズという。
 
 「当艦は大陸の西、我が国の駐屯所に入港します。スズカ・バーンブリッツ参謀幕僚の報告によればミシュガルドの探索は二大国の協力もあり概ね順調に進んでいるとのこと。ただ…」
 ホロヴィズの後ろで直立を保つ少年の名はシュエン。派手な髪色に反してその口調は無機質なものだ。
 中性的な顔立ち、翡翠色の目。どちらかというと礼装に近いそのいでたちは軍国家の人間にしては珍しい。
 彼はホロヴィズの秘書を務めている。常のように機械的に報告を続けていた彼の言葉が途切れた。
 一瞬の躊躇ためらいを見せた後、シュエンは続けた。
 「大陸内における勢力範囲の拡大は芳しくないようです」
 鋭い音がシュエンの言葉を遮るように響いた。
 ホロヴィズが杖をついた音だ。
 苛立ちを隠さないその姿にシュエンは内心竦みあがった。
 「その報告は聞き飽きた。儂は戦果以外何もいらぬと何度も言ったはずだが?」
 仮面の眼孔の奥でホロヴィズの眼がギラリと光った気がした。
 その声は冷え冷えとしていて、慣れているはずのシュエンでさえ心臓を掴まれたような気になる。
 だが、成果、否、戦果は何もない。
 シュエンは苦々しく目を閉じる。
 ホロヴィズの物言いが戦時中のそれなのはいつものことだ。
 きっとこの方の戦争は未だに終わっていない。
 
 なぜなら、丙家は先の大戦で敗北を喫したからだ。

 人類至上主義を掲げる骨統一真国家と非人間の種族から成る精霊国家アルフヘイムとの長きにわたる戦争が中断したのはつい数年前のことだ。
 終戦ではない。中断だ。
 停戦協定を結び、当面の平和を保とうとした。
 2つの国に勝ち負けはなかった。それにもかかわらず丙家は敗北したのである。
 
 「何か言わぬか」
 ホロヴィズの詰問。
 「…」
 しかしシュエンはなんと返せばいいかわからず黙り込む。
 苛立ちを醸す背中。
 ミシュガルド大陸の調査を現皇帝に進言したのは彼なのだ。だが、その真の目的は当然調査などではない。
 それにも関わらず、現在ミシュガルドで覇権を握るのは、他国と協力して大交易所を発展させているのは、あの乙家なのだ。
 目の前の将軍の憤怒は想像に難くない。

 何故なら丙家は乙家に敗北したのだから。

 敗北とは、対外関係の話ではない。国内における勢力関係の話だ。
 皇族に仕えるもう一つの家系、乙家。
 丙家は戦後その乙家に政治的影響力を奪われたのだ。
 元来他国との協調路線を貫く乙家は、帝国主義を是とする丙家とはそりが合わなかった。
 甲皇国がアルフヘイムの領海に侵入したことで始まった大戦にも、帝国議会で最後まで反対したのは乙家から輩出された議員たちであった。
 しかし、その当時の甲皇国はといえば自然を乱開発した結果国土が荒れ、自由経済の当然の帰結と言うがごとくに国内のには貧富の差が広がっていた。
 使い捨てられることがわかりきっている労働者階級はしかし、不毛の自然での農産業を捨てて都市に群がった。
 当然失業者は都市に溢れた。
 環境汚染、格差問題、失業、住宅難、社会保障の欠落。誰もが閉塞感の打開を望んでいた。
 募る不満がお上に向けば皇国そのものが傾く。
 そこで当時の皇帝はその不満を国外に向けることにした。
 この国家に渦巻く不幸の連鎖は精霊国家アルフヘイムによるものであるという根拠のない言いがかりをつけ、国民はそれを信じ切った。
 結果として世論は侵略を是とする丙家に寄り添った。
 そして自然豊かな土壌に文字通り骨と成り果てた国は牙を剥いたのである。
 しかし、それから数十年。
 一時的に国民の渇きを癒したはずの戦争によって彼らの生活は再び困窮することになる。
 彼らの喉を潤したのは犠牲者の血なのだ。渇きはいや増す。
 侵略を始めた以上退くこともできず、かといって決定打があるわけでもなく、甲皇国軍はアルフヘイムとの海上戦を続けていた。
 敵船を墜としたことは確かに戦果である。しかし、それでは国民に何の還元も得られない。
 厭戦感情は蓄積していた。
 総力戦のごとく働き手を奪われたため、国内産業は軍事産業以外成長が見られず戦争開始以前よりも国内は荒れた。
 何十年にも渡った膠着状態を打破し、ようやくアルフヘイム本土に上陸した皇国軍はその地で解放されたかのごとく蛮行の限りを尽くした。骨が生者の血肉を啜った。
 それは現在でもアルフヘイム内で口にするのもためらわれるほどの悪逆で、非人間たちの憎悪はいやました。
 沿岸の占領は数か月にわたった。そこでの攻防は熾烈を極めた。そんな好機にホロヴィズ将軍は皇国内の全勢力でもってアルフヘイムに進行するという大規模な作戦を敢行した。
 しかし、その大軍勢を待ち構えていたのはアルフヘイムでも禁断とされている凶大な魔法。
 それに飲み込まれ多くの兵士が消え去った。
 もはや世論は戦争の即時中断を訴える以外になかった。
 それにおされる形で皇帝は丙家に停戦を迫った。
 国民の丙家に対する評価は地に落ちていた。そして乙家が台頭した。
 丙家は戦果を挙げること叶わず敗北したのである。
 まだ少年のシュエンにとっては歴史であるそれはしかし、ホロヴィズにとっては人生の軌跡といって差し支えないものだ。
 これがホロヴィズ将軍がミシュガルド大陸の調査を我先にと提案した理由である。
 大戦の後突如として現れたミシュガルド大陸。そこに彼は復権を賭けた。
 調査兵団を率いるのは他ならぬ彼なのだ。
 未知の大陸を掌握することで再び評価を得る。そして必ずや甲皇国の、丙家の栄光を。
 しかしその思惑とは裏腹にミシュガルドの勢力範囲の拡大は進んでいない。
 それに業を煮やしたホロヴィズはついに自身がミシュガルド大陸に降り立つことにしたのである。
 
 経験則上下手なことを言わない方がいいのは分かっている。だからシュエンはそのまま嵐が過ぎ去るのをじっと待ち続けた。
 苛立ちを語る背中にそのまましばらく耐え続けただろうか。
 足音が近づいてきた。
 シュエンがそれに気づいて助かったとばかりに振り返る。
 そこにいたのは黒い軍服の青年。
 漆黒の外套、軍帽をその身に纏うがっしりとした体形の軍人であるが、何よりも彼を特徴づけるのは、顔の右半分を隠すように装着している髑髏の面だろう。
 しかしその面も不遜さにみちたどこか土気色の顔と残忍に煌めく左目は隠しきれていない。
 「あぁ…ゲルさん」
 シュエンにゲルと呼ばれた男はその場の緊張感を的確に読み取り口を開いた。
 「……将軍、まもなく大陸が見えてまいります。我々の新たな戦場であり、そして…いずれは我らの手中に収まるべき大地…将軍御自ら彼の地に降り立つのであれば必ずや全ての憂いは取り除かれましょう」
 再びホロヴィズが杖を甲板に打ちつけた。
 先ほどよりも力強く、高い音が響いた。
 ゲルの言葉を是としたということらしい。
 ホロヴィズは杖を船の進行方向へとつきつけ、呪詛のごとく唱えた。

 「…新天地をわが手に。世界を我が手に」

     

――――


 「ったく…面倒なことになったわね」
 「こればかりは予想外にして想定外だったyo。まさかアルペジオが失踪するなんて」
 ミシュガルド大陸甲皇国駐屯所。
 参謀幕僚たるスズカ・バーンブリッツはため息とともに報告書を作成していた。
 背中まで伸ばした淡い金髪、腰にさげた儀礼用の刀。左目は縦に痛々しく斬り裂かれた傷跡で塞がっている。
 悩ましげな彼女に飄々と応える顎髭を生やした男は、黒い帽子を深々とかぶり、目は遮光眼鏡で隠している。癖のある太い黒髪は外向きにはねている。紫色のローブを纏っているが、胸元は開放的だ。
 「レイバン…あんた悠長なことを言っている場合?あんたの催眠に問題があったんじゃないの?」
 レイバンと呼ばれたその男は薄気味の悪い笑みを返す。
 遮光眼鏡で彼の表情は上手く読み取れない。
 「Meの催眠が破られるとしたら…より強い洗脳か、脳に直接何らかの作用を与えるかのどちらかだne。エルフの魔法だとしたら相当の手練れだと思うyo」
 なにせアルペジオを操っていたのはこのMeなのだから、と言いたげなレイバンの言葉を半ば聞き流す形でスズカは報告書に目をやった。

 皇国が試験運用を行っている機械兵を含めた小隊が森で襲撃を受けた。その際消息を絶った一体の機械兵を探しに、先ほどから話題に出ているアルペジオという小娘と傭兵のラナタたちを森に向かわせたのが3日前のこと。
 しかし、駐屯所に戻ったのはラナタ一人だった。その上彼女は森へ向かった後の記憶を失っていたのだ。
 ラナタ曰く、森で一夜を過ごし、その次の朝辺りまではおぼろげに覚えているという。
 だが、その後何があったのか全く思い出せず、アルペジオを探しても全く姿が見えなかったために一度駐屯所に戻ったということだ。
 大方森でアルフヘイムの輩に襲撃を受けたのであろう。
 そこで何らかの魔法を受け記憶を失った、というのがスズカの見解である。何故殺されなかったのは疑問であるが。
 いずれにせよアルペジオの安否が不明なのだ。催眠が有効のままなら彼女は駐屯所に何とか戻ってくるはずなのがさらに状況を悪くする。
 実力者とはいえ所詮傭兵。スズカはラナタがどうなろうが対して問題と思ってはいない。
 しかし、洗脳されたアルペジオが戻らないのは非常にまずい。
 「あれは戦時中、乙家に与した有力議員の娘。要するに私たちの人質だったんだから」
 「But、その議員は結局丙家の刺客なにものかに暗殺され、もはや彼女の利用価値はもはやなかったはず」
 だからこそ彼女はこのミシュガルド大陸に降り立つことができたのだ。ただの人質ならここまでのことはできない。
 スズカはレイバンの意見に頷きつつも渋面を崩さない。
 「それもそうなんだけどね…将軍のご令嬢がえらく彼女を気に入っているのよ」
 「Oh、メルタ様が?」
 まだ彼女に人質としての価値があった頃、ホロヴィズは見せしめのようにアルペジオを身近に置いていたと記憶している。成程、その時に親しくなったのか。
 そうだ、とレイバンに向かって首を縦に振り、スズカはため息をついた。
 「で、そのホロヴィズ様がそろそろここにお越しになるのときた」
 ただでさえ難航している勢力範囲の拡大。それに加えて試験中の機械兵は相次いで破壊され、兵士は記憶を失い、挙句人質が失踪。
 降格もあり得るかもなぁ、とスズカはのろのろと歩みだす。
 「どこにお出かけで?」
 「モツェピ様のところよ。この報告はちゃんとしないといけないでしょ」
 「I seeなるほど
 「あんたも何か良い手立て考えときなさいよ」
 やつ当たりのようにレイバンにそう言いつけ、スズカは若干乱暴に扉を閉めた。


 ヤーヒム・モツェピは駐屯所の全指示を任された壮年の男性である。
 銀色の髪を後ろに撫で上げ、三つ編みにして垂らしている。耳を装飾具で隠し、普段は濃い灰色の外套を身に纏っている。
 今は室内にいるためさすがに外套は脱ぎ軍服姿だ。
 陰鬱な表情で部屋に入って来たスズカに向かってヤーヒムは目をすがめた。
 「うかない顔だな」
 スズカはヤーヒムには応えずただ、これを、と報告書を提出した。
 手渡された報告書を読み続けるにしたがってヤーヒムの表情が硬いものへと変化していく。
 「アルフヘイムの者の犯行の可能性が高い…か」
 報告書の結論を声に出し、ため息をつく。
 「不服ですか?」
 スズカの声は冷たく、固い。
 「いや、その可能性は捨てきれん。停戦協定が結ばれているとはいえ、皇国とアルフヘイムの間に走る亀裂は深いのだからな」
 だが、とヤーヒムは付け加える。
 「この大陸の原生生物の仕業の可能性もあるのんじゃないか?これではアルフヘイムを責める口実にもみえる」
 「…実際甲皇国以外の被害は出ていないです」
 「アルフヘイムの被害者などはなから数える気もないだろう?」
 スズカはヤーヒムをじとりと見つめた。
 その目が言外に不信を伝える。
 彼女が何を言いたいかなどわかっているヤーヒムは無理やり話を打ち切る。
 「…とにかくホロヴィズ将軍に大陸の探索を一任された手前、この体たらくではな。将軍はお怒りだ。まもなくこの駐屯所に現れるだろうに、合わせる顔がない」
 それについては同意だと言わんばかりにスズカは頷いた。
 「これ以上何も起きないといいですけど」
 「どっこい、それがそうともいかないんだなぁ」
 スズカの言葉に応じるように指令室の扉が乱暴に開かれた。
 見ると青年がドアを足蹴にしたらしい。そのままその男はつかつかと部屋へと入ってくる。
 ミシュガルド大陸甲皇国駐屯所の指令室であることを考えれば、その行動は無礼かつ粗暴なものである。
 「ビッグニュースだ。人魚のガキが逃げ出したぜ」
 挑発的な口調と言動。彼のいでたちはそれを体現している。
 短めのくすんだ灰色の髪を逆立て、ざんばらにはねる巨大な毛皮を背に纏う青年だ。
 その毛皮に守られるような彼の体躯は華奢で、上半身を装飾する骨を象った装具や身動きしにくそうな飾りのついた靴はそんな細い身体に箔付けをしているかのよう。
 土気色の顔、目の周りには黒い化粧が施されどこか道化師を思わせる風貌だ。
 
 青年の名はウルフバード・フォビアという。

 「海に造った生簀の中で飼っていたらしいが、その壁を壊して大海原へ、だとさ。いまに研究班から報告書が届くだろうぜ」
 それが愉快でたまらないというようにウルフバードはくつくつと笑みを浮かべる。
 不快そうにスズカはウルフバードを睨み付けて言った。
 「…あんたがやったんじゃないでしょうね」
 「おいおい、信用がないんだなぁ、俺は。そんなことして何になる?」
 大仰に肩をすくめてみせる。それがスズカのいら立ちを加速させる。
 「あんたのことだからどうせ単なる暇つぶしでしょうが。水の扱いには長けてるんでしょう?」
 それを聞いたウルフバードはそれはもう楽しげに声をあげて笑った。
 ヤーヒムとスズカの非難の目などどこ吹く風だ。
 ひとしきり笑うとウルフバードは腕組みをして口元を嘲笑的に歪ませた。
 「エルフの旦那、あんたも参謀殿と同じ意見だっていうのかい?」
 その言葉で部屋の緊張感がいや増した。
 参謀殿とは当然参謀幕僚であるスズカを指す。
 エルフの旦那、と呼ばれるべき人物は残ったヤーヒムのことということになる。
 ヤーヒム・モツェピの本来の種族はエルフなのだ。
 しかし、祖国であるアルフヘイムを去り、甲皇国についた。
 彼の手腕は確かなものでホロヴィズ自身が彼を大陸調査の指揮をとるように命じた。
 スズカはそんな彼を未だに信じていない。ヤーヒムもそれを知っている。
 先ほども言外に故郷アルフヘイムの肩を持つのか、とスズカになじられたヤーヒムである。だがそれを表沙汰にする必要はない。
 不和や摩擦はいざという時に互いの足かせにしかならない。
 だから何もないようなふりをしていたのだが、ウルフバードは飄々とそれを言ってのけたのである。
 安い挑発だ、とヤーヒムは己に言い聞かせる。
 「ウルフバード・フォビア、お前の普段の言動を考えれば参謀幕僚の言い分ももっともだろう」
 最低限の警告だ。大陸探索の司令と小隊長。立場はヤーヒムが上であるがあまり強くは出ることができない。ヤーヒムは苦々しくその理由を口にした。
 「いくら丙家の出身とはいえ、その筆頭たるホロヴィズ将軍がいらっしゃる今となっては好き勝手できないはずだが」
 「そう、まさにその通りよ!」
 ウルフバードは細く長い手足を大げさに動かしながら演劇のごとく反応をする。舞台上の道化師さながらだ。
 「俺だって馬鹿じゃない。あの耄碌が来るってぇ時にそんなおいたはしねぇよ。……それに丙家を盾にする気もない」
 最後の言葉は自嘲的に小さく発せられ、ヤーヒムとスズカには届かない。
 ヤーヒムはあくまで厳格に命じた。
 「ウルフバード・フォビア。小隊長としての任を全うしろ。貴様の責務をきちんと果たせ」
 「クハハ、ま、それもお偉いさん方には大事かもしれんがな」
 2人の表情を中和するかのようにへらへらと笑うウルフバードは、いったん息をついた。
 「…とにかく、今回の実験人魚の脱走は俺の関するところじゃない。かといってここにいて爺さんにどやされるのも嫌だからな。小隊長という比較的自由な立場の俺は司令殿と参謀殿を残して調査にでかけるとするさ」
 スズカの眼の剣呑さがいやました。
 ヤーヒムは思案するかのような目つきでウルフバードを眺めている。
 ウルフバードはそんな2人の視線を楽しげに受け流し部屋を出て行った。
 指令室には苛立ちが残される。
 「大したお坊ちゃんだ」
 ヤーヒムがため息と共にそう毒づいた。
 丙家の末家の出身と聞く。ホロヴィズ将軍の直系ではないにしろ丙家は丙家。下手なことはできない。
 スズカも同様に舌打ちをした。目の前の元エルフも信用できないが、あの男はそれ以上なのだ。
 「…報告するべきことが増えたな」
 「……えぇ」
 ここにまともな人間はいないのか、とスズカは内心問うた。


 「さて、と」
 部屋を出たウルフバードは先ほどの言葉通り外出の支度を整えようとした。
 ヤーヒムとスズカを挑発するための言葉ではない。ホロヴィズと関わりたくないのも事実だ。
 ヤーヒムの言葉通り、彼は丙家の出身である。だが本家から最も遠い血筋に当たるウルフバードは、直系の人間の見下す目つきや態度には卑屈にならざるを得ない。
 そうでなくとも彼は武人や軍人が嫌いなのだ。わざわざ近寄ることもあるまい。
 自嘲を浮かべながら廊下を歩いていると、一人の衛兵が目に入った。
 休憩の時間だろうか、衛兵はウルフバードを認めると立ち止まり敬礼をした。
 「…ふうん」
 品定めするようにその衛兵を眺める。
 視線を感じた衛兵は戸惑ったようにウルフバードを見た。
 ウルフバードよりも長身の体躯はしかしがっしりと頼もしい男性だ。年はウルフバードよりも少し上といったところだろうか。薄い青色の髪を背中まで伸ばし、変わった形の石がついた赤いチョーカーが落ち着いた雰囲気の彼と少し相反する。
 「あ、あの」
 衛兵が困ったようにウルフバードに問いかけの視線を向けた。
 「お前、名前は?」
 「私ですか?私はビャクグンと申します」
 「ビャクグン、ねぇ」
 ウルフバードはニヤリと笑った。そして予想外の言葉を口にする。
 「お前、俺にちょっと付き合えよ」
 ビャクグンと名乗った衛兵は瞠目した。
 「…っ、お戯れを…」
 だが彼はなんとか平静を取り戻し、ウルフバードに応える。
 「御覧の通り私は駐屯所の衛兵です。勝手に持ち場を離れるわけにはいきませぬ」
 どこか古めかしい言葉づかいだ、とウルフバードは思いつつ言葉を重ねた。
 「気にするものか。何か言われたら俺に無理やり引っ張られたと言っておけ。大体の者はそれで黙り込む」
 いたずらっぽく笑う小隊長に対し、衛兵は頑なだ。
 「そうは言っても…まもなく将軍様も到着されます。別に私など連れまわさなくとも小隊長殿には十分な数の部下がいらっしゃいましょう」
 ふん、とウルフバードは鼻を鳴らした。
 「うちの部隊なんぞ使えねぇ輩の寄せ集めよ。たいして役に立ちもしねぇ。それに比べてお前はどうだ。なかなか使えそうじゃねぇか」
 逞しい身体を小突く。
 「…それは褒めていらっしゃるのですか?」
 ビャクグンの苦笑にウルフバードは口角を釣り上げる。
 「当然だ。さぁ、ついて来いよ。ちょっくら辺りを探索する用事が出来たんでな」
 俺は好きなようにやらせてもらうぜ、とウルフバードは身を翻した。

     

――――

 「本当にやばかったんだっておっさん!」
 酒場の喧騒に負けないくらいの大音量で少年は興奮を口にする。
 その隣に座るエルフの少女もキンキン高い声で喚いた。
 「ほんっと、死ぬかと思ったわ!こんな奴についていくんじゃなかった!」
 「勝手についてきたのはお前だろ!?」
 局地的に勃発した人間対エルフの口喧嘩をもう一人のエルフが無感動な目で見つめている。
 「私が積極的に進言するに、必要であれば当時の記録を子細に述べますが」
 そんな3人の間を縫うように飛び回る妖精は無機質な声色でそう彼らの反対側に座る男性に尋ねた。
 「んー…っていうかさ、ケーゴ君」
 男は妖精の言葉に応えず、苦笑いをみせた。
 ぼさぼさの青い髪も背負われるほどの大きな荷物も上陸して以来変わらず、しかし彼の顔には若干のやつれが見て取れる。
 その男の隣にいる褐色肌の亜人女性はいつものようにすまし顔で彼の隣に控えている。
 「……いつの間にか賑やかになったねぇ」
 そう言われたケーゴとアンネリエ、そしてベルウッドはきょとんとしてロビンを見つめ返した。
 「私が条件付きで提案するに、この“2日間”に限り賑やかな道程をお伝えいたしますが」
 妖精は変わらず飛び回り、そう進言した。


 西の森で甲皇国の兵士との間に厄介事を起こして一週間。
 ロビン・クルーと従者のシンチー・ウーはどこかぎこちなく交易所を歩いていた。
 「……申し訳ありません、またあなたを守れなかった」
 生死の淵からなんとか生還したシンチーは目をさまし、開口一番そう言った。
 彼女の目覚めを誰よりも喜んだロビンはそんな彼女の言葉に表情を失った。
 「…全員無事だ。気に病むことはない」
 そうは言ったものの彼女の自責の念を払拭することはできないだろうとロビンは確信している。
 主を守る。それが彼女の存在意義であり生きる唯一の理由。
 それをなし得なかった自分がどうしてロビンの隣にいられようか。
 その負い目がシンチーの言葉を、行動を、気持ちを固くする。
 亜人ゆえの力だろうか、銃弾を腹部に何発も受けてなおシンチーは復活した。
 意識が戻ってからは怪我の回復も早く、交易所内を歩き回れるまでになった。
 しかし、ロビンがどれだけ軽口を叩こうとも、彼女は応じる素振りを見せない。
 酒場の前でどうしたものかと悩んでいた彼に、店から出てきて話しかけたのがケーゴだった。
 そういえばケーゴ君にもしばらく会ってなかった気がする、とロビンは同意を求めるようにシンチーを見た。
 どうやらケーゴの登場はシンチーの心情にある程度の変化を与えたらしく、それまで黙り続けていた彼女は懐かしむような声でケーゴの名を呼んだ。
 その様子に少し違和感を抱いたケーゴであったが、彼は自分の本来の目的をすぐに思い出し、2人を半ば強引に酒場に連れ込んだ。
 そしてあの会話につながるのである。

 ロビンはしげしげと目の前のパーティを眺めた。
 ケーゴは知っているから置いておく。
 右隣にいるエルフの少女は金髪で、自分を警戒するように睨んでいる。ケーゴに近づこうとして、近すぎるとはっとしたように身を引いている。
 もう片方のエルフの少女は長い灰色の髪で、椅子に座ると髪が床までついてしまうくらいだ。ケーゴとは相性が悪いのか事あるごとに言い合いを起こしている。
 シンチーが目で追っている妖精は自然豊かなアルフヘイムに生息していた、彼の記憶にあるような姿ではなく、体の一部が機械でできている。
 羽ばたかせている二対の羽は透き通っているようだ。抑揚のない声でその妖精はケーゴの周りを飛び回っている。
 甲皇国の人工妖精だろうか。確か生身の妖精やエルフを一部機械化する研究が行われているという根も葉もないような、それでも甲皇国だからという理由で信じてしまいそうな噂があったはずだ。
 完全に機械の兵隊よりもこちらの方がうまくいっているということか、妖精の動きは滑らかで、あの機械兵のような武骨さは全く感じられない。

 そういえばそうだった、と言うようにケーゴは仲間の紹介を始める。
 「えぇと、こっちはアンネリエ。ちょっと前に知り合って、この土地で人探しをしてるらしい」
 『どうも』
 ケーゴに合わせてアンネリエが簡単なあいさつをロビンたちに見せた。
 「一人じゃ何かと危なかったりするから、俺がついてる。俺もミシュガルドの探索がメインだからさ、一緒に探索がてら目当ての人物を探しているらしいよ」
 こくこくとアンネリエは頷く。
 探し人とはだれだろう、と思ったがケーゴにすら知らせていないのだから深入りしない方がいいだろうとロビンは口をつぐんだ。
 何となくだが、彼女に警戒されている気もするのだ。
 ケーゴは続けた。
 「で、今こうして飛び回ってるのがピクシーっていうなんかすごい機械」
 その言葉に反応してピクシーと呼ばれた妖精が空中で動きを止めた。
 「私がただ今のマスターの発言の訂正を要請するところによれば、私の名称はAS-002PIXYでありピクシーは通称です。正式名称を伝えないというのは初対面の彼らに誤解を与える恐れがあります。また、“すごい”という抽象的な形容では紹介としての意味をなし得ず不適当であり、“機械”という総称ではやはり多少の語弊を生む恐れがあります。マスターに慇懃に願うところによれば、私が自立性記憶装置であるということを彼らにお伝えくださるよう」
 「…もはや自分で伝えてくれよ」
 うんざりした様子でケーゴがそう言うと、ピクシーはそれを了承したらしく、目を覆うバイザーのようなものが緑色に点々と発光する。
 「かしこまりました。初めまして、と今更のように初対面の挨拶をする私が聞き及ぶところによるとお二人はマスター・ケーゴのご友人であるということですね。私が自身の仕事上の便宜のために必要とし、お尋ねしたいのはお二人の名前です。……ロビン・クルー様、シンチー・ウー様、ですね。登録完了いたしました。私はAS-002PIXY、通称ピクシーと称される骨統一真国家の軍事デバイスです。前述の通り自立性記憶装置であり、同時に人工妖精でもあります。基本的な性能を誇らしげに説明するのであれば、私が認識した事象を記憶回路に留め、聴覚と視覚上に再現することが可能です。現在マスターをケーゴ様と設定しているのは、2日と5時間24分53秒前に北緯65度23分2756秒東経10度04分1089秒、ミシュガルド大陸大交易所北東の森にて彼に初期設定を行われたからです。この2日間トレジャーハンターを自称するマスターに同行し、この大陸の北部を探索しておりました」
 「要するに落ちてたの拾ったんだよ」
 滔々と語るピクシーの言葉をケーゴが簡潔にまとめた。
 それについても妖精は何か言おうと口を開けたのだが、ケーゴはそれを手で制する。
 なるほど、とロビンは頷き最後の一人に目をやる。
 ケーゴは先ほどよりも面倒そうな顔で言った。
 「その辺の靴磨き。おしまい」
 「何よそれぇっ!?もうちょっとあるでしょ!?」
 「あでっ」
 激昂した少女がケーゴの頭をはたいた。
 気の強い子だなぁ、と目の前で繰り広げられる戦いを見守るロビンとシンチー。埒が明かないと思ったのか、アンネリエがピクシーに彼女の紹介を求めた文章を見せる。
 かしこまりましたアンネリエ様、と一礼した後、ピクシーのバイザーが光った。
 そして机に光が投射された。
 否、ただの光ではない。現在ケーゴと舌戦を繰り広げているエルフの少女が像としてそこに投影されているではないか。
 これにはさすがのロビンとシンチーも瞠目した。
 シンチーが息をのむ隣でロビンが小さく呟く。
 「カメラオブスクラみたいなものか」
 掌に収まる程度のこの機械にここまでの技術が搭載されていようとは。
 あるいは魔法を応用すればこの程度のことは造作もないのかもしれない。実際、人工妖精と言えども本当に一から妖精を造り上げたとは思えない。
 いずれにせよ、甲皇国の技術の粋に2人は感嘆したのである。
 「彼女はベルウッドと言います。マスターに同行するエルフの女性です。私が客観的に彼女の能力評価を下すのであれば、エルフでありながら魔法の素養はなく、体術に秀でているわけでもありません。ケーゴ様へは拙劣に行った靴磨きをアンネリエ様には懇切丁寧に行ったことから仕事に私情を持ち込みムラがあることが推察可能。彼女の性情が交友関係上難のあるものであると推察がします」
 机に投影されているベルウッドの像が次々に変わる。
 「以上、二日間の観察を経て得られた初対面では判断が難解であると思われるベルウッド様の為人ひととなりについて簡単な報告です。私が責任を持って伝えるに、自我が存在するといえども私の彼女への評価は客観性に富み、私情のないものであると断言いたします。気を利かせて提案するに、引き続き彼女の身体的特徴について客観的なデータを提供いたしましょうか」
 顔の美醜はもちろんバストウエストヒップのサイズから肌年齢まで網羅しております、と続けるピクシーを焦った声でベルウッドが捕まえる。
 黙ってそれを聞いていたロビンはシンチーの方を目を輝かせながら見る。
 「俺、これ、欲しい」
 3つの単語から成る単純な文はしかし、彼の欲求を率直に表していた。
 これがあれば確実に執筆作業は楽になりそうだ。と言うかむしろこの妖精に書いてほしい。
 見たもの全て正確に記録できないだろうか、考えたこと全部手を動かさずに紙に現れないだろうかなどという他愛のないことを時折思うロビンである。
 そんな妄想が形を成して目の前で飛んでいるのだ。
 喉から両腕が伸びるような代物である。
 普段のシンチーなら多少の興味を示しつつ、ロビンの申し出を却下しただろう。
 しかし、そんなロビンの予想を裏切り、彼女はただ弱弱しくええ、と呟いただけだった。
 それが無性に寂しい。
 そんなロビンの様子には気づかず、疲弊した様子でケーゴは続けた。
 「とにかく、昨日もこの4人で行動してたんだけど、変なことが起こったんだよ」
 「変なこと?」
 そういえばやばかったとかなんとか言っていたな、とロビンは意識を無理やりケーゴに向けた。
 うん、と真剣な顔でケーゴは続けた。
 「俺たちさ、北の森を歩いていたんだよ。そしたらさ、いきなり濃い霧が出てきて…何とか前に進んでたらいつの間にか…谷の中っていうのかな、崖に囲まれた場所に出てきたんだ」
 「で、その崖のところにでっかい蝙蝠みたいな化け物がメチャクチャいたのよ!もうビックリ!」
 ケーゴを引き継いでベルウッドが身振り手振りを交えて説明をする。
 「奥にはなんか塔?みたいなのがあったんだけど、あんまりよく見えなかったわね…とにかくその場から逃げないとやばかったから。あたしが冷静な判断を下さなかったら今頃全員あいつらに食われてたわね」
 「なに勝手に自分の手柄にしようとしてるんだよ!あそこから逃げ切れたのだっていつの間にかまた元の森にワープしてたからだろ!?大体お前、この前も歩く宝箱の中身独り占めしようとして――」
 また争いが勃発した。本当にこの二人は相性が悪いようだ。というか歩く宝箱ってなんだ。
 ため息をつきつつロビンはアンネリエの方を見た。
 頷きが返ってくる。どうやら話に間違いはなく、これ以上の情報もないということのようだ。
 ロビンは用紙に今聞いたことを書きとめ、頭上を飛ぶピクシーに声をかけた。
 「霧が発生した時刻と座標、渓谷に到達した時刻と座標は出るかい」
 「濃霧発生時刻、二―テリア歴1722年6月14日午前9時23分46秒。座標位置、北緯65度23分3056秒東経10度04分2090秒。渓谷への到達時刻、二―テリア歴1722年月14日9時32分23秒。座標位置北緯65度21分2098秒東経10度05分0044秒」
 正確な数値が口から発せられると同時に、ピクシーのバイザーから再び光が発し、机にミシュガルド大陸の一部の地図が投影された。
 大交易所とそれを囲むようにして広がっている森である。だが、多くの部分が灰色一色だ。
 恐らくピクシーが実際に記録した、つまりケーゴがこの2日間に行動した範囲だけが詳細に記録された地図なのだ。
 その地図に赤い点が2つ点滅している。
 「こっちの点が霧が発生した場所で…こっちが渓谷があった場所…か」
 確かに交易所の東部にも赤い点が存在している。しかし、その赤い点の周囲はまったく地図としての役割を果たさず、灰色の平面。交易所内の建物の形や森の形も正確にしかも立体的に映されているというのにである。
 「東部の赤い点の周囲を観測していない…何よりも突然この場所に移動したことの証左だね」
 ケーゴ達が歩いて移動したならその道程がこの地図にも記されるはずだがそれがない。
 そもそも、この2点の距離は10分程度で移動できるものではない。
 「…仮にこの2つ目の場所にその渓谷があるとして、また霧に包まれたら1つ目の場所に戻っていた、と」
 「私が首肯するところによればその通りです」
 まったく、不可思議な話だ。ロビンは唸った。
 「魔法では」
 ようやくシンチーが意見を述べた。
 「この中で転移魔法が使える人は…いないね」
 見回し、ロビンが確認する。
 当然首肯が返ってくる。
 「なら…他者の魔法にかけられたとか?」
 疑問符を浮かべながらロビンは口にする。
 我ながら反論がすぐ浮かぶ。すなわち、何のために。全くメリットがない。
 ロビンも魔術の類に明るい訳ではないのだが、魔法の発動と霧の発生に関連もよくわからない。
 と、そこでケーゴが待ったをかけた。
 「あ、待っておっさん、アンネリエが何か書いてる」
 曰く。
 『魔法ならその気配でわかります。あの時は魔法をかけられた感じはしなかったです』
 「…なるほど」
 抱える杖は伊達ではないということか。きっと魔法の素養自体はあるのだ。
 特に言及する気はなかったが、きっと声が出せないのだろうと思っていたロビンだ。
 『ところでお腹がすきました』
 「…………なるほど」

       

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