「まぁ、楽にせよ」
「……」
 ホロヴィズに気さくに話しかけられ、ゲオルクは硬い表情のままソファに腰掛ける。
 ホロヴィズの屋敷。大きくはあるが、驚くほど飾り気が少なく、殺風景ですらある。
 先日、ゲオルクが脅しをかけた乙家の貴族が煌びやかな装いだったことに比べると……良く言えば質実剛健。悪く言えば貧乏臭い。
 ゲオルク自身もそう華美を好む趣味はなく、数々の戦功を挙げて傭兵騎士として成り上がった現在も、平民にありがちな粗末な麻の服をまとっているだけである。
 貴人に会う際の礼儀として、剣や鎧は預けている。
 身軽だが少々落ち着かなかった。
「バーンブリッツ中尉、例のエドマチから取り寄せた…あの珍しい菓子でも持ってきなさい」
「は」
下町の酒場でゲオルクを呼び止め、ホロヴィズの元へ連れて来た中尉が席を立つ。
 厨房に行き、小さな盆に茶と菓子を乗せて戻ってくる。
「我が丙家に代々仕えるバーンブリッツ家は、彼らのルーツでもあるエドマチという小国と関わりがあってな。そこの茶葉や菓子をよく持ってきてくれるのじゃよ」
「緑色の茶に、黒いのに甘い菓子だ。貴様など、見た事もあるまい」
 バーンブリッツ中尉は「貴様などには勿体ないわ」と言いたげにしつつも、ゲオルクに茶と菓子をすすめる。
「中尉、これは何と言ったかね? そう、マッチャにヨーカン?」
「……」
「遠慮しておるのか?」
 ゲオルクは差し出された奇妙な茶や菓子には手をつけない。
「用件を聞こう」
「ほっほっ、気が短い男だ」
 ホロヴィズは爪楊枝に突き刺したヨーカンを食べながら、骨仮面に隠された目を細める。
「その前に、儂のことは知っておるな?」
「無論だ」
 丙家総本家当主、貴族としては公爵位。
 甲皇国における貴族爵位制度は…。
 上から皇帝、公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵、騎士とされている。
 今でこそ皇帝の臣下だが、丙家当主といえば元は一国の王にあたる。
 世が世であれば、このホロヴィズこそが皇帝となっていたかもしれないのだ。
 皇帝以外では皇子や皇女と同等となる「公爵」を名乗ることが許されているのも丙家当主と乙家当主のみで、「丙家公」とも呼ばれる。
 さて、そのホロヴィズだが、甲皇国でも皇帝に次いで諸外国でも名が知られる人物であろう。
 ガチガチの主戦派・人間至上主義者であり、現在の甲皇国陸軍大将。
 皇帝クノッヘンと同世代だから、既に齢60ともなる。
 アルフヘイムとの開戦初期からいる歴戦の老将軍。
 いつから付けているのか不明だが、骨仮面で素顔を隠している。
「ゲオルク。そなた、ペリソン提督の下で、アルフヘイム海軍を相手に中々活躍しておるようじゃな。敵船に乗り込んで切り込み、多くの亜人どもを血祭りにあげておるとか」
「仕事だからな」
 ただの傭兵は派遣社員やアルバイトのようなフリーの存在であり、甲皇国でもアルフヘイムでも関係なく仕事を請ける。
 だが傭兵騎士となると、つまり正社員であり、仕事は剣を捧げた国からしか請けられなくなるが、国から定期的な俸給が支給されるし、確かな身分が認められ貴族の端くれとなる。更に戦功を挙げれば、領地も与えられるかもしれない。
 戦場で数々の戦功を挙げたゲオルクを見て、他国に流出されては危険と判断したペリソン提督により、傭兵騎士にならないかと取り立てられたのだった。
 ゲオルクも特に所属や身分にこだわりがある訳ではないが、騎士とならねばできないこともある。
 例えばそう、貴族の娘と知り合うこともできない。
「結構なことじゃ。これからも甲皇国のため、骨身を惜しむなよ」
「フン…。それで? 俺に何の用だよ」
 思わず素が出て、ゲオルクは軽口を叩く。
 骨仮面に隠されたホロヴィズの目が、鋭く光ったような気がした。
「儂を舐めるなよ──小僧!」
 髑髏をあしらった杖を持っていたホロヴィズは、その杖の鋭く尖った先端をゲオルクへ突きつける。
「乙家の密命を受け、我が丙家の同胞を暗殺した件、儂が知らぬと思っているのか!」
「……!」
 ゲオルクは驚きつつも、それは表情に見せない。
 見せれば、その杖の先端が、ゲオルクの喉を刺し貫いたかもしれなかった。
「いい度胸じゃ」
 ゲオルクが表情を変えなかったことに、ホロヴィズは笑みを見せて杖を下げた。
「貴様も騎士となったとは言え、まだ丙家・乙家どちらの派閥に与しているという訳ではない。どちらの仕事を請けようが貴様の自由ではある。だがこれからは丙家の仕事だけを請けた方が賢明じゃぞ」
「……」
 ゲオルクは答えない。
 ホロヴィズの真意をまだ測りかねていた。
 ぐさり。
 ホロヴィズが爪楊枝でヨーカンを刺し、その四角いフォルムの奇妙な菓子をゲオルクの目の前でひらひらとさせる。
「食わんのか?」
「結構だ」
「ほっほっほっ、旨いのにのぅ」
 ヨーカンを口に入れつつ(骨仮面は口元だけ外している)、ホロヴィズは続けた。
「中々、なびかぬな」
「……」
「だがまぁ良かろう。丙家の者を殺したお主を許さんと言うべきところじゃが、儂が殺された訳ではないからのぅ。その暗殺理由も下らん。乙家の者が夜会での女の取り合いで、丙家の者に恨みを抱いて暗殺者を差し向けたという」
「夜会で、女の取り合い…」
 ゲオルクも身に覚えがある話だ。
「派閥にしてもそうじゃが、貴族というのはいつの時代も陰湿じゃ。貴様も端くれとはいえ騎士となったのじゃから、覚えておくといい」
(食えないジジイだ)
 ゲオルクは内心毒づく。
 拳の中にじっとりと汗が滲んでいた。
「貴様を呼びつけたのは、そのような下らん件ではない」
「……」
「貴様の腕を見込み、チャンスを与えよう。儂ら丙家のために働くというなら、先日の件は水に流しても良い」
「それはありがたいな」 
「それほど丙家と乙家は仲が悪い。元は宿敵同士じゃからな」
「今は、仮にも同じ国の者同士なのに……」
「主戦派の丙家、和平派の乙家と言われておるが……事はそう単純なものではないのじゃ」
「俺が知っているのは」
 ゲオルクは冷静に答える。
「甲皇軍の中での派閥も絡んでいるのだろう? 即ち、陸軍は丙家がおさえているが、海軍は乙家がおさえている。現在、アルフヘイムとの戦争は主に海戦と空戦だ。乙家は消耗激しく疲れている。一方、陸戦がないばかりに出番がない丙家は地位低下を恐れ、何としてでも戦争を継続してアルフヘイム上陸までもっていきたいと考えている」
「ほう」
 ホロヴィズは愉快そうに目を細める。
 ゲオルクは一見すると、力はあっても礼儀知らずで頭も良くなさそうに見える。
 だが、目端はきくようだ。
「正しい現状認識じゃな。そう、丙家も乙家も、自分達の家の利益を第一にして、戦争を続けたいだの、止めたいだのと言っているに過ぎん」
「で、チャンスというのは……?」
「ほっほっ。我ら丙家が、無知蒙昧なる売国奴の乙家を出し抜き、野蛮なる亜人どもを殲滅するために、一つ働いて欲しいのじゃ」
「……」
 やっと仕事の話である。
 ゲオルクはひそかに嘆息する。
 老人は話が長い。
 ひとしきり用件を伝えてから、ホロヴィズは追加のヨーカンをバーンブリッツ中尉に頼む。
 どうも気に入ったらしい。
「あ~~ホロヴィズさまばかりずる~い!」
 厨房から、元気の良い少年の声が響く。
「こら、ゲル! これはホロヴィズさまと客人に出す菓子だ」
「ぼくも甘い物が食べたい~!」
 甲皇国の食のまずさは世界一と言われている。
 特に甘味は不足がちで、子供たちは輸入物の甘味に目がない。
「ほっほっほっ、またゲルの小僧が甘い物を見つけて駄々をこねておるようじゃな」
 好々爺の表情を見せるホロヴィズ。
 彼の家族関係は不遇である。
 過去何人か生まれた息子たちは、いずれもアルフヘイムとの戦争で、亜人に殺された。
 それもあって、亜人への憎しみを益々募らせている。
 後に、更に老齢になったにも関わらず、メゼツやメルタといった子供たちを得るものの…。
 当時は、ゲルのような戦災孤児を引き取り、自身の養子として育てていた。
 彼らはやがて成長した時、当たり前のようにホロヴィズに忠実な軍人となっていく。
「ん? ほれ、ゲオルク。食わんのか?」
 再び、爪楊枝に刺したヨーカンを差し向けられ、ゲオルクは閉口する。
「……甘い物は苦手だ」
 毒でも入っているのかと思い、遂に菓子には手をつけなかった。
 乙家の依頼で丙家の貴族を暗殺してしまい、それをネタに何か要求されるのではないかとも思った。
 が、ホロヴィズはそういうことを匂わせつつ、ゲオルクが裏切れないような外堀を埋めつつ依頼を頼んだだけだった。
 丙家当主という大人物にしては用心深い。
 下手に脅してきたなら、ゲオルクはホロヴィズを素手でくびり殺して逃げるつもりだったのだ。
 ホロヴィズの提示した報酬は破格だった。
 乙家の姫君であるエレオノーラとの関係もあり、乙家に肩入れしようと思っていたが、今回は丙家に力を貸すのも仕方がない。
 そうゲオルクは考え、ホロヴィズの屋敷を後にする。
「信用できるのですか? あの若者は」
 屋敷の中から、窓に映るゲオルクの後姿を眺めながら。
 バーンブリッツ中尉が心配そうにホロヴィズに尋ねた。
「人物として信用はできんが、仕事は信用できる。やつには野心があるからのぅ」
「そうですな。ただの傭兵とは思えない迫力は感じました」
「更に手柄を立て、乙家の姫君エレオノーラ嬢を娶りたいと思っておるようじゃ」
「何と。身の程知らずな。私も今度、結婚するのですが…」
「軍人の名家たるバーンブリッツ家でも、エレオノーラ嬢は高嶺の花じゃな」
「……まぁ、普通は親の決めた相手と結婚するものですし」
 甲皇国に限らず、この時代の男女の結びつきは主に見合いである。恋愛結婚は珍しい。貴族は貴族、平民は平民同士。結婚相手も身分相応なのが一般的である。 
「親からも早く跡取りをと急かされておりまして…」
「軍人の宿命じゃな。娘が生まれるといいのぅ」
 戦争で多くの息子を失くしてきたホロヴィズなりの気遣いだった。男だと軍人になってしまう。
 もっとも、最近は甲皇国では出生率の低下が見られ、軍人不足から女性士官というのもぽつぽつ見られており…。
「は…。しかし、娘が生まれたとしても」
 この数年後、バーンブリッツ中尉には本当に娘が生まれるが、軍人となった。
「あのような血なまぐさい男を婿に迎えたくはないですな」
「ほっほっほっ。親としてはそうじゃろうな」
 ホロヴィズは愉快そうに笑う。
 骨仮面の老将軍、その真意は果たして…。
 彼もまた、底知れない人物だ。
 皇帝に従って亜人を絶滅させるべしと主張していることさえ、何らかの政治的ポーズではないか。
 腹心の部下であるバーンブリッツ中尉でさえ、骨仮面に隠された素顔は見たことがない。
 即物的で現実主義者の軍人の誰もが単なる大義名分・眉唾ものと感じる「ミシュガルド計画」についても、ホロヴィズだけは積極的に推進している。ミシュガルドについて、彼だけが知る何らかの秘密があるのかもしれない。
(だが、一つだけ明白なことがある)
 長年仕えてきたバーンブリッツが知るホロヴィズとは。
(閣下の前では、すべては盤上の駒に過ぎない。そう、皇帝陛下でさえ────)
 いつか、ホロヴィズが本性を露す時が来るのだろうか。
 願わくばその日が来ないように。
「旨いか?」
「うん!」
 バーンブリッツはやんちゃ坊主のゲルにヨーカンの余りをこっそりと与えながら、子世代の甲皇国の行く末を案じるのだった。