Neetel Inside 文芸新都
表紙

ミシュガルド戦記
14話 帰還

見開き   最大化      

14話 帰還








 ハイランドの遺跡を破壊し、浮上した天空の城アルドバラン。
 その壮大な姿は、ハイランド地方に住む多くの人々や、SHW政府やストライア兄弟が雇ったエージェント達に目撃されていた。
 ハイランドの遺跡は、その中に巣食う魔物達のこともあり、第一級の危険地域として指定され監視されていた。それまで多くの軍やエージェントが遺跡に送り込まれたが、魔物達に行く手を遮られて全滅の憂き目に遭ってきた。近代化するこの世界ニーテリアにおいて、未開の地は失われつつある中で、ハイランドの遺跡は残された数少ないフロンティアだった。それが遂に、遺跡が破壊され、アルドバランが浮上することで謎は明かされる。
「天空の城アルドバラン!? 古代ミシュガルドについて書かれた書物でも度々出て来る“古代兵器”か! もしアルドバランを手にすることができたなら、世界の軍事バランスはひっくり返るぞ!」
 アルドバランの出現の報せは、ただちにSHW政府やストライア兄弟の下に届く。彼らは歓喜の声をあげた。
 古代ミシュガルド文明の手がかりがあると思われるアルドバラン。その考古学的な価値は計り知れないし、古代ミシュガルドの財宝なども隠されているかもしれない。何より、アルドバランそのものが世界を滅ぼす程の“古代兵器”と伝説にはあったのだ。
 その数日後には、SHW空軍やストライア兄弟が雇った私兵が組織され、ハイランドに殺到する。
 ……だが、現地に着いた彼らの前に、アルドバランは影も形も消え失せていた。代わりに、崩壊したハイランドの遺跡に巣食っていた魔物達の生き残りが群れとなって襲ってきた。スライムなどの粘液系の魔物や、スケルトンなどの不死の魔物は、あの凄まじい遺跡の崩壊にあってもしぶとく原型を留め、遺跡から這い出てきたのだった。
 結局彼らは、その魔物達の掃討に苦慮するだけで、何の成果も挙げることができなかった。
 そしてアルドバラン出現の先駆けに、遺跡に入ったという甲皇国傭兵ゲオルク、盗賊商人ボルトリックは、行方をくらましたままであった。






 その更に数日後、ゲオルクとボルトリックは、SHWのとある港町にて目撃される。アルドバランで出会ったエルフの剣士シャムも共にいる。
 港町の宿場で泥のように眠った後だが、あの冒険での疲れや傷は取れていない。3人は気だるそうにしつつも、港へ向かう。
 ゲオルクは甲皇国へ、シャムはアルフヘイムへ、ボルトリックもSHWの別の港へ戻らねばならない。
「結局、目ぼしい成果はこれぐらいか…」
 赤い輝きを放つ宝玉を握り締め、ゲオルクが無念そうに呻いた。
「と言っても、もうその石には何の価値も無いがな…」
 と、シャムは顎鬚を撫でながら答える。
 シャムが持っていたアルドバランの宝玉。赤い輝きを放つその玉は、シャムがニコラウスから譲り受けたものだった。
 シャムがニコラウスから聞いた話をまとめると、宝玉はミシュガルドの各地の座標を光で指し示し導いてくれる。アルドバランの挙動を制御するにも必要であり、宝玉が無ければ城内に立ち入ることもできない。ただ宝玉は9つもあり、序列があり、シャムが譲り受けたのは最も序列が低いアスタローペの宝玉であり、単に城内へ出入りするのを許される程度の権限しか有していない。上位の宝玉は、ニコラウスが所有しているか、どこかの遺跡に秘匿されている可能性が高い。
「もう少し時間があればな…」
 ボルトリックも残念そうである。
 彼がアルドバランを探索していた最中、無人と思われた城内だが、プアーーンプアーーンと、突如として鳴り響く警戒音。
『侵入者を排除セヨ!』
 非人間的で、感情がまったくこもらない機械音声も併せて鳴り響き…。
 時を置かずして城内に、命を持たない機械で動くロボットの兵士──甲皇国が研究している機械兵そっくりの──が、わらわらと湧き出てきたのだった。
 実は、甲皇国で様々な近代的な兵器が開発されているのも…古代ミシュガルドの研究が元になっているのだ。どうも、ミシュガルドはかなり進んだ科学技術を有していたようだ。皇帝クノッヘン、丙家将軍ホロヴィズ。彼らが躍起になってミシュガルドを求めるのも…その進んだ科学技術を手に入れるためなのかもしれない。
 剣や槍を持ち、赤いスコープの光を輝かせた機械兵らは、一斉にゲオルクらに攻撃を仕掛けてくる。
 傷ついた体に鞭打ち、ゲオルクとシャムが立ち向かう。
 が、多勢に無勢。何百何千と無尽蔵に湧き出てくる機械兵は、個人の力でどうにかなる代物ではなかった。
 城内を駆け抜けつつも、3人は次第に追い詰められ、やがてシャムがアスタローペの宝玉を使うしかないと提案する。
 即ち、侵入することができるなら、脱出することもできる。
 城内に入った時と同じような赤い光が3人を包み───斯くして、彼らはアルドバランから脱出した。
 地上3000メートルからであったが、赤い光は彼らを無傷で地上へと送り届けてくれた。
 地上に降り立った3人がアルドバランを見上げると…城はすうっと霞がかって消えていく。雲に紛れたのではなく、完全に、忽然と姿を消したのだ。
「ニコラウスが上位の宝玉を使い…ミシュガルドへとアルドバランを召還したのであろう」
 序列の低いアスタローペの宝玉にはそうした強力な権限が無いので、目の前にアルドバランが見える距離になければ、また侵入するというのもできないらしい。
 これで再び、アルドバランは伝説のまま消え去ったのである。
「この宝玉はおヌシにくれてやる」
 シャムはゲオルクにアスタローペの宝玉を渡した。
「かたじけない」
「礼を言うのはこちらの方だ。ワシもミシュガルド伝説を聞いて、あの遺跡に挑んだものの…まんまとニコラウスに魅入られ、操られてしまった。その呪縛から解き放ってくれたおヌシは恩人だ」
 シャムはにやりと笑う。
「次に会った時は戦場かもしれんが…」
 シャムはアルフヘイム行き定期便船に乗り込もうとして、ふと振り返ってゲオルクの方を向き拳を突きつける。
「さらばだ。甲皇国の若きつわものよ。次に会い見えるまで、腕を磨いておれよ」
「言われるまでもない」
 ゲオルクはふんと鼻を鳴らした。若い彼は、これまで敵と会話した事など無い。会話などする暇も無く、彼の剣によって簡単に命を刈り取られるだけだったからだ。それが初めて、戦った後でもこうして軽口を叩いて生き延びている敵と出会った。
「そちらこそ、俺がその首貰いうけるまで死ぬなよ」
「カカカ……若僧が、言うではないか」
 初めての好敵手。それはシャムとて同じであった。エルフは長命であるが、彼も数十年に渡って様々な戦士と戦ってきており、それでも初めて対等に渡り合える相手と巡り合ったのだった。
 再戦を誓い、ゲオルクとシャムは互いの拳を軽く突き合わせた。
 帆が張られ、碇が上げられた。プアン!と汽笛が一度鳴らされ、アルフヘイム行き定期便船が出航し遠ざかっていく…。
 風が舞い、ゲオルクの鼻腔に潮の香りがくすぐった。
 海は平穏そうな姿を見せているが、遥か彼方の海では、まだ激しい戦いが繰り広げられている。
 甲皇国とアルフヘイムの戦争は既に40年に及んでいるのだ。
 第三国であるSHWに来なければ、敵国の人間とこうして和やかに会話することもできなかっただろう。
「さてと」
 ボルトリックはずだ袋を肩に抱え、ゲオルクの肩をぽんと叩く。
「俺もそろそろ行くぜ。じゃあな、ゲオルク」
「ボルトリック、手ぶらで帰る形になってしまったが…」
「なぁに、こんなこともあるさ」
 別に気落ちしている風でもないボルトリック。
 ゲオルクは自分だけがアスタローペの宝玉を手にしているので、何だか申し訳ない気分となった。
 特に別れを惜しむ風でもなく、ボルトリックはゆさゆさと大きな腹を揺らしつつも、軽快に定期便船に乗り込んでいった。程無くして船は出航する。
 ゲオルクは背を向け、さて自分も甲皇国行きの船に向かおうと思い、歩き始めたところで。
「ゲオルク!」
 ボルトリックが船上から叫んだ。
「まったく散々だったぜ! 苦労した割に得るものは少なかったしよ! だがまぁ…」
 そう言い、懐からじゃらり煌びやかな金銀が散りばめられた財宝を取り出して見せる。
「別に手ぶらじゃなかったんだがな! ムッハハハハハ!!!」
 アルドバランで拾ったらしい。機械兵に追いかけ回されている最中だったというのに、抜け目の無いことだ。
「何と…!」
「まぁ、その赤い玉だけじゃーあれだし、ほらよ!」
 と言って、ボルトリックは何かをゲオルクに投げつけた。
 ゲオルクの手の中に収まったのは、宝石がおさまるべきところに目玉のようなものがおさまっていて、輪の部分も真っ黒という不気味な指輪だった。その目玉の指輪は生きているようでもあり……ぎょろりとゲオルクを睨んだ……ような気がした。身につけたら指に食い込んで外れないとか、そんな感じで呪われていそうだ。
「好きな女にでもやるんだな!」
「むぅ…!」
 こんなものいるか!と叫びたい衝動に、ゲオルクは駆られた。パッと見て、その指輪が一番ゴミのようだったので、ボルトリックも簡単に手放したのだろう。
 一方、船上のボルトリックはにやにやと笑いながら金銀財宝をじゃらじゃらーっと景気良く見せつけた。肩に抱えていたあのずた袋も、中は財宝でいっぱいだった。 
「ふ…ふはは! 俺の分け前はこれだけか、盗賊商人ボルトリック!」
「そう言うなよ! 甲皇国の傭兵ゲオルク。あんたの強さは十分分かった。また何か儲け話があればよろしく頼むぜぇ~!」
「ふざけるな! 二度とお前となど組むものか!」
 そう言いつつも、ゲオルクはそこまで騙されたとは思っていない。
 あの苦しい冒険を共にしたのだ。口では憎まれ口を叩いたものの、そこまでボルトリックを憎むことはできない。
「ムッハハハハ!」
 実に憎たらしく笑うボルトリックの顔が、遠ざかる船の上からでも確認できた。
 ……いや、やっぱりあの大きな腹を蹴り飛ばしておくべきだったか……と、ゲオルクは物騒な笑みを浮かべつつ内心思う。彼の怪力で蹴られたら、腹の中の臓腑が捻転を起こしてしまいかねないだろうが。
 そろそろ甲皇国へ向かう定期便の船が出航する時間となる。
「よし、待っていろ。エレオノーラ」
 気持ちがはやる。凄まじい冒険を生き延びた後だからだろうか、無性に愛するエレオノーラの顔が見たかった。
 手土産は…不気味な目玉がついた黒い指輪に、何の役にも立たない赤い宝玉。得たのはたったそれだけ。
 だがその2つが、近々、ゲオルクの人生を大きく変えてしまうのである。





 ジーン女伯爵は目をしばたかさせ、疲れきったまぶたを指で押さえる。
「ふぅ……」
 執務室の椅子にもたれかかり、天井を仰ぎ見る。視界はぼやけていた。
 ここのところ視力の低下が甚だしく、いずれ機械の力を借りねば目も見えなくなってしまうのではと思われた。視力低下の原因は色々あるだろう。燃料不足からここ数年はずっと灯火管制がしかれている。広い執務室全体を明るく照らすには至らず薄暗い。そんな中で夜遅くまで執務に集中し、朝を迎えることも多い。年齢から来る衰えもある。だが一番の原因は、心労だ。
 乙家の大貴族である彼女だが、アルフヘイムとの戦争を推進する丙家に対し、乙家は和平の道を模索している。皇帝クノッヘンが提唱する人間至上主義についても、丙家はそのまま主張を受け入れているが、乙家は亜人も人間も変わらないと考える者が多い。
 だが皇帝クノッヘンを始めとする皇民は、苦しい生活から逃れたいがために、アルフヘイムへの侵略戦争に活路を見出そうとしている。人は余裕が無い時ほど排外的で利己的な思想に染まりやすいのだ。
「侵略戦争は、侵した国の恨みを買い、後世に更なる禍根を残してしまう…。争いは何も生み出しはしない…。国益のためにも、亜人とは協力し合っていかねばならない…。だが、陛下も国民も理解しようとしない…。おのれ、ホロヴィズめ…」
 現在のところ、丙家と乙家の勢力は拮抗しているが、皇帝クノッヘンにおもねる丙家の発言力が強いのは否めない。
「ハシタ」
 天井を見上げたままジーンがどこへとなく呟く。
 一見、部屋は無人のように見えていた。だがそれまで存在感を消していただけというように、部屋の暗がりからメイド服を着た少女が姿を現した。
「お呼びでしょうか、ジーン伯爵」
 薄紫色の頭髪に、同じ色の瞳。だがその白目があるべきところの部分は、闇のように漆黒。その風貌は、人ではない雰囲気を感じさせる。
 アルフヘイムのとある亜人の里から来たというハシタは、見かけは可憐な10代の人間の少女にしか見えないが、実はアルフヘイムでもかなり特殊な“妖怪”──鵺(ぬえ)──の亜人だという。正体を現した場合、その姿は恐ろしい蛇の尾を持つ虎のような化け物じみたものとなるが、変身能力のおかげでこのように人間社会に溶け込むこともできる。戦闘能力は並みの人間の兵士では到底太刀打ちできない程高いし、知性も高い。
 亜人差別が著しい甲皇国において、乙家のみがそうではなく亜人に対しても協力的な態度を取っていることから、戦時中の敵国同士でありながらアルフヘイムと乙家は密かな交流がある。丙家や熱心な愛国主義者から見ればそれは売国のそしりを免れないだろうが、ジーンはそれでも争いを止めるためには必要なことだと信じている。半ば、アルフヘイムに利用されているのではという自覚も、あるにはあるが…。
 このハシタも、ジーンのメイドとして仕えてはいるものの、本来はアルフヘイム軍の勇猛な兵士なのだ。
「エレオノーラはどうしている?」
「お嬢様は健やかにお休みになっておられました」
 ハシタは丁重に答える。兵士であるがゆえに、要人の警護も兼ねてのメイドだった。
「そうか…」
 ジーンは思案しつつ口ごもる。
「何を迷っておられるのでしょうか?」
 ふいに、ハシタとは別の声がジーンに呼びかけた。
「……トクサ」
 ハシタ同様、いつの間に部屋に入り込んでいたのであろうか。窓から差し込む月明かりが、ぼうっとその褐色の肌を映し出す。甲皇国文官の装束を痩身にまとい、両目を糸のように細めて笑みを浮かべる男だ。部屋の隅のソファに腰掛けていた。
「覚(さとり)のお前には、私の考えは読めているのだろう?」
「ええ。手に取るように…それでも、貴女の口から聞いておきたいのですよ」
 トクサと呼ばれた男は、片目だけを開け、口元をにやりと酷薄そうに歪めた。
 帽子をかぶっているので隠されているが、トクサの額には第三の目がある。覚とは、心を読み取る妖怪である。ハシタより更に化け物じみていることに、彼は何と400年だか500年だかも生きているという。長命ゆえにか、人間などより遥かにずる賢い生物となってしまっている。そんな彼もまた、第三の目さえ隠していれば人間にしか見えないので亜人であることを隠しつつ、甲皇国文官として重要な役職まで得ている。
「……っ」
 少しの躊躇いの後、ジーンはトクサに悟られている考えを口に出した。
「……エレオノーラを、陛下に嫁がせようと思う」
「え、でもクノッヘン皇帝ってもう60歳ぐらいのおじいちゃんですよね!?」
 ハシタが驚きの声をあげる。
「それでもハシタよりは年下ですよ?」
 トクサは軽口を叩く。
「もう! トクサ様ったら。それでもハシタはまだ乙女なんですよ!」
「ふふ、寿命が違うからね」
 トクサほどではないが、ハシタも長命である。彼女はもう70年は生きているという。ただ何百年と生きる者達の感覚で言えば、70歳はまだ青春時代に過ぎない。
「でもどうしてそんなおじいちゃんの皇帝に、大事なお嬢様を嫁がせようと?」
 70年生きていても、色恋とは無縁だったハシタは疑問に思う。
「政治的な話ですよ」
 代わりにトクサが答える。
「……そうだな」
 ジーンは重々しく、口を開く。 
「乙家の発言力を強めるには、陛下──甲家──との結びつきを強める必要がある。エレオノーラももう17だ。私が嫁いだのもそれぐらいの頃だった」
 苦渋の決断である。実際に口に出して言ってみると、それがいかに残酷なことかと思い知らされる。
 親が結婚相手を決めるのは普通のことだ。貴族ならそこに政略も絡むのは当然のこと。しかし、自分より3倍もの年の差がある相手となると、さすがに…娘が不憫に思える。
「貴女の判断は正しいですよ」
 だが、ジーンの迷いを打ち消そうと、トクサが言葉を重ねた。
「甲家の次期皇帝の座を狙う骨肉の争い。それも僕ら丙家監視部隊が動き、仕掛けてきました」
 アルフヘイムにとり、丙家は最も甲皇国の政治において危険な存在と見なされていた。それを監視し、可能ならば力を削ぐことが、トクサらに与えられた任務である。 
「クノッヘン皇帝は、丙家に連なる姫君との婚姻で子供を成してきましたが、丙家の危険な思想を受け継ぐであろう後継者は、このロウに命じて──」
 トクサがその名を呼ぶと、彼の影がすーっと生きているように伸び上がる。その影が、赤い目に黒い瞳がぎょろりとさせた。やはり妖怪──影法師というものらしい──特殊な亜人であるロウは、普段はこのようにトクサの影に潜んでいる。その特性は、暗殺に向いており…。
「───でも、乙家のように亜人差別をしない素晴らしい人達の思想を受け継ぐ皇子であれば、消しはしないし、僕たちとしても望むところです」
 逆を言えば、人間至上主義を受け継ぐ皇子であれば、暗殺も厭わないと…。いや、もう既に…。
 ジーンはトクサの酷薄そうに歪められた口元を見る。彼と目を合わせるのは避けたかった。覚の前では何を考えても見抜かれてしまうが、それでもあの目を見てしまうと、心の奥底まで引きずりだされてしまいそうになる。
「平和の為、互いの国の為、次代は憎しみあわない善き世界を築く為にも…」
 トクサがジーンの側まで近づき、耳元で囁く。
「平和を愛する乙家のご令嬢と皇帝陛下の婚姻。実に結構な事だと思いますよ?」
「……」
 ジーンは、そんなアルフヘイム側から派遣されてきた丙家監視部隊の所業を知りながら、看過してきた。
 平和の為、国民の為。…などと言いつくろっても、偽善だ。罪の無い子供を闇に葬ってきた。それは、許されざる行為だろう。地獄に落ちても仕方の無いことだろう。
「うむ…」
 ジーンの中では、もう覚悟はできている。
 他人の子供達を殺しておきながら、我が子だけ無事という訳にはいかないだろう。娘には過酷な人生を歩ませてしまうが…。
「今はもう、これしか争いを止める術は無い…」
「その通り。これ以上、罪なき子供達を殺させない為にも…」
 子の幸せを願わない親はいない。だがその親が考える幸せは、子が望む幸せとは違うこともある。
 そんなジーンの心の動きに合わせるように、トクサは尚も囁く。
「重ねて言います。貴女の判断は正しい、事は、急いだ方が良いでしょう…お嬢様に、妙な虫がつかぬ前に」
 まるで蛇のように狡猾に、悪魔的に…。
 アルフヘイムの手は、甲皇国中枢にもしっかりと根付いている。
 ゲオルクが甲皇国に帰還したのは、エレオノーラがクノッヘン皇帝の元へ嫁がされたその一週間ほども後のことだったのである。
  








つづく
 

       

表紙
Tweet

Neetsha