Neetel Inside 文芸新都
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 ローパーの大量発生による帝都擾乱も、徐々に秩序が取り戻されつつあった。ローパーは男達が攻撃してくるのを物ともしていなかったが男臭いのは嫌がっており、女達を犯かすのに飽きてくると悠々と帝都郊外へと逃れていったのだ。
 秩序が取り戻されてくるとなると、皇居に侵入したゲオルクとダンディも危うい。二人は早々に脱出を図らねばならなかった。
「何をぐずぐずしている。急げ、ゲオルク!」
「ああ…」
「触手の化け物どもの数が減ってきている。手が余った衛兵どもが集まってくると厄介だぞ! 俺は、お前を生きたまま、ハイランドに連れて帰らねばならんのだからな!」
「分かって…いる…」
 叱責するダンディに対し、ゲオルクは力なく項垂れながら答える。動作もこれまでとは別人のように鈍い。
 エレオノーラに拒絶されたことが、こたえていた。





「結婚に真実の愛なんて無いわ。全てが計算され、要求され、強制されているだけ。虚飾に満ちた形だけがあって、あなたが言う“愛”というものもたちまち堕落していくのだわ」
 女は冷たく突きはなすように言った。瑞々しい唇が動いているのに、喉から押し出される声も、老婆のように低く、どすがきいたものとなっている。
「そ、そんなことは無い」
 男も抗弁するが、意志を固めた女のエメラルドグリーンの瞳は少しも揺らがない。
「私を愛しているのね?」
「もちろんだ。何百回何千回だって言ってやる。愛しているんだ、エレオノーラ」
「ならゲオルク、私を信じて。結婚なんて強いられた義務に縛られることなく、私はあなたを愛する」
 愛の結実としての結婚ではない。ただ愛したいから、男を愛する。与えたいから、男に与える。エレオノーラはそのような無償の愛、何も見返りを求めない愛を思っていた。愛と結婚は別なのだと。親から政略結婚を強いられた彼女ならではの考えであった。そう、女を政治の道具としてしか考えない女性蔑視の社会への、これは反逆なのだと。
「大丈夫。愛の証は、もう私は手に入れた」
 腹を撫で、エレオノーラは微笑む。
「私はあなたの子を産むでしょう」
「むぅ…」
「あんなに出しておいて、妊娠していない訳ないでしょう」
 と言って、エレオノーラは頬を薔薇色に染める。
 ゲオルクは瀕死に近い重傷を負っているというのに、いやだからこそか、子孫を残そうとする本能が働いていた。
 エレオノーラは、そっと白魚のように華麗な指先をゲオルクの鷲のような大きな鼻へあてがう。そうして、まるで子供をあやすように諭してくるのだった。
「だから安心して。今じゃない。今じゃないのよ、あなたの元へ行くのは。この子をこの国で産み、育て、それからじゃないと……私は、乙家の伯爵ジーンの娘エレオノーラ。甲皇国の皇后として、その義務を果たさなければならないのよ」
「だが!」
 ならば、ハイランドの王妃となってくれ。ゲオルクはSHWのストライア兄弟から出資を受け、新国家を建国するという話があることまで明かし、必死に説得した。
 ───お前を他の男に渡したくない。
 つまるところ、ゲオルクがしきりに結婚を口にするのはそれが理由に他ならない。
 愛したいから、愛するのだと言われれば、この女の心を失いはすまいかと心配になる。与えたいから、与えるのだと言われれば、この女は他の男に身を委ねてしまわないかと気が気でない。なんとなれば、意志を持った女達は、心から愛しているのだから、なにも恥じることはないと、迷わずにセックスを肯定してしまうのだ。
 恋愛至上主義というのは、だから浮気者の男にとっては都合が良いが、独占欲が強い男にとっては都合が悪い。
 だが、道具であることを否定し、自立した女はもう迷わなかった。
「そんな夢物語には乗れないわ」
 そして女は、現実的だった。
 ハイランドなどという成立してもいない零細国家ではなく、世界の三大国の一角である甲皇国皇后である立場で子を産みたいと考えた。
「もう、行ってちょうだい。ゲオルク。ここにいてはまずいわ。ええ、邪魔よ。私の、女の戦場に、あなたは必要ないの」





 皇居グデーリアン城を脱出したゲオルクとダンディは、そのまま帝都マンシュタインの郊外へ向かう。そこで待っていたのは、あのSHWの奴隷商人ボルトリックであった。
「おーう、待っていたぜ~! さぁ、こいつに乗りな!」
 ボルトリックが親指を背後に向けて示したそこには、SHW製の飛行船があった。飛行船技術で甲皇国に後塵を喫しているものの、そこは商業国家SHWらしく、技術をぱく…研究して、独自に開発していた。
「ボルトリック!?」
 意外な人物の登場に驚くゲオルクに、ボルトリックはにやりと笑う。
「ゲオルクよ、傭兵国家の話は聞いているぜぇ? 俺も協力してやるよ。その代わり、俺をお前の国の御用商人にしてくれや」
 功罪併せ呑むことができるボルトリックは、お人よしのゲオルクにはできない悪徳にしてぼったくりの商業手腕を発揮し、大いにハイランド建国の役に立ったのだが、それはまた別の話で…。
 ともかく、ボルトリックが手配した飛行船に乗り込み、慌しく甲皇国を出発した。向かうは東方大陸の辺境ハイランド。
「……」
 ゲオルクの失意は深い。
 しかし、あれはエレオノーラの選択だ。あれ以上、もう俺に口を挟むことはできなかった…。
「み、見ろよ……ゲオルク」
 ボルトリックが驚いたような声を出し、飛行船の窓の外を指し示した。
「おお……」
 ゲオルクの運命を変えたものがそこにあった。
 天空城アルドバランが、飛行船の近くを悠々と浮遊していたのだ。
 いつの間に現れたのか。
 しかし、ゲオルクの懐にあるアスタローペの宝玉は反応しない。
「いや…これは蜃気楼のようなものだな」
「そう言われてみれば、輪郭がぼやけているな」
 ミシュガルド大陸にアルドバランは行ってしまったのだ。
 しかし、何かの力が作用したのか、姿形だけが幻影となり、彼らの前に姿を現していた。
「思えばあれとの邂逅が、俺の運命を変えたのだな……」
 感慨深く、ゲオルクは呟いた。
(───私の、女の戦場に、あなたは必要ない)
 エレオノーラの言葉が脳裏に蘇る。
「ならば俺も、男の戦場に赴くとしよう」
 そしていつか、お前を取り戻す。






 ───斯くして、ゲオルクはハイランドの傭兵王として即位した。
 ミシュガルドやアルドバランへの手がかりとなるであろうゲオルクは、世界の重要人物として認識されていたが、王となったことで容易に手出しできない存在となる。
 アスタローペの宝玉を取り付けた王の錫杖、愛用の王剣を手にしたゲオルクの肖像画が各国の王達に届けられ、ハイランドに傭兵王ありと名を知られることとなる。
 その後、数年の時をかけ、ゲオルクはハイランドにはびこる魔物を一掃し、治安を回復させ、ストライア兄弟からの出資金を受けたままなので彼らの傀儡と思われ、SHWの衛星国家にしか過ぎない存在ではあったが、主権を持った独立国としての地位を確立する。
 ハイランド建国から10年。徐々に世界的にハイランドの地位が向上していく中、エレオノーラは潮時と考えたのか、我が子ユリウスを置き去りにして、突如として甲皇国から出奔し、ゲオルクの元へ走った。
 ゲオルクは涙してエレオノーラを受け入れ、王妃とした。
 その後、二人の間にはもう一人の息子アーベルが産まれる。
 エレオノーラが、置き去りにしてきたユリウスについて語ったところによれば、彼は産まれてすぐに母から引き離され、皇帝やホロヴィズの元で管理されて英才教育を受けてしまったという。あらゆる手段を講じて我が子を取り返そうとするエレオノーラだが、すべての努力は徒労に終わった。
 丙家監視部隊という存在を知り、彼らの力も借りたものの、我が子を相次いで暗殺されてきた皇帝は、決してユリウスを手放さなかった。
 10歳のユリウスが久しぶりにエレオノーラに会いに来た時には全てが手遅れだった。彼はすっかり皇帝やホロヴィズに洗脳されきっていたのだ。即ち、亜人を差別し、人間至上主義とし、アルフヘイムとの戦争を終わらせるには彼らを絶滅させるべきだと力説する甲皇国次期皇帝に相応しい皇子となっていた。
 乙家の平和への願いは踏みにじられ、エレオノーラの政略結婚は失敗に終わった。失意のまま、彼女が国を去ることを決意したのはその時であった。






 それから更に20年の時が流れた。
「───傭兵王! 傭兵王!」
「ハイランド万歳! アルフヘイム万歳!」
 アルフヘイムの都セントヴェリアの民衆の歓呼がこだまする。
 アルフヘイム北方戦線での戦いで、衛星国家フローリアが陥落したものの、その民達の多くはゲオルクによって逃れることができた。また、亜人食いをして悪鬼のごとく恐れられた甲皇国の丙武軍団も退けられた。今や、ゲオルクは紛れもなく、アルフヘイムの希望の光だった。
 亜人の国アルフヘイムは瀕死の危機にある。甲皇国の魔手は今やアルフヘイム最後の砦・セントヴェリアにまで伸びようとしている。ここが陥落すれば、もはや亜人達に永遠に明日は訪れない。
「俺達を、あなたの元で戦わせてください!」
 フローリアの戦いで多くのハイランド兵を失い、失意にあったゲオルクの元へ、アルフヘイムの民は立ち上がり、多くの者達が志願兵として名乗り出てきたのだ。
「ありがたい。これでまた戦える……」
 過去と現在。全ての決着をつけるために。
 傭兵王ゲオルクは、最後の決戦に赴こうとしていた。








つづく






※余談

設定ちょっと変えてしまいました。
特にエレオノーラのキャラシートにあった初夜権がどうのというくだり。
書いている内にこっちの方が面白いかなーと思いまして。
しかし丸っきりエレオノーラが確信的に托卵する悪女になってしまったw
例えるなら大企業社長の男と結婚しつつ、零細自営業者の愛人の子供を産むみたいなw
あと、丙家監視部隊のロウ君が関西弁という設定は単純に忘れていました。
申し訳ありません。
なお、書きなおしはしない模様。

       

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Neetsha