【死闘編】43話 萌えの覚醒

43話 萌えの覚醒








「今は、その化物を倒したことに免じて見逃してあげる」
 俄かに優しさを帯びていた瞳は、一瞬だけ殺気を取り戻し、メゼツの瞳を射抜く。
「でも、ボルニアに攻めてくるというなら、その時は……」
 夕焼けが差し込む。
 太陽を背にしているビビは逆光となり、メゼツが立っている位置からはその表情は伺いしれない。
 スタスタとメゼツから少し離れて背を向け、ばばっと回転させながら全金属製ハルバードを高々と掲げたかと思うと、ビビの姿が蜃気楼のようにうっすらと霞んでいった。
「ビビ!」
 メゼツは叫ぶ。
「……助かったぜ。ありがとうよ」
 ぴくぴくとエルフの長い耳が嬉しそうにひくつく。
 ちらりと振り返り、ビビはメゼツの方を見る。
 戦時中でなければ、別の出会い方をしていれば……。
 そんな言葉も互いに喉奥まで出かかっていたが、詮方ないことだ。
 親しみと悲しみが混ざり合ったような表情を互いに交わし……。
 ───やがて、ビビは完全に消え去った。
 蜃気楼のように姿を消して敵を幻惑する魔導だが、今回は逃走のために使われていたらしく、周囲からビビが帯びていた濃厚な魔素の気配が失せていく。炎の化身のようだった彼女が去ったためか、あたりの空気が少し冷めた気がした。
「若様……」
 ロメオが言い出しにくそうに進言した。
「こたびのボルニア潜入任務、残念ながら続行不可能と思われます……」
「なぜだ、ロメオ軍曹」
「見て分かんねぇのかよ」
 ロメオの代わりに答えたのはウォルトだった。
 その表情は、メゼツへ対する怒りが込められている。捕虜としたハーフエルフの少女を虐殺したというメゼツを、ウォルトはまだ許した訳ではなかった。
「みんな、さっきの化物との戦いのために満身創痍だ。まだ戦いたがっているのはお前だけだぜ、戦闘狂」
 ウォルトの言う通り、ロメオもヨハンも深刻なダメージを負っており、ガロンの機械甲冑も修復と整備が必要な状態だった。
「それだけではありません。ボルトリックの奴めが姿を消しております。ボルニアに潜入しようにも、奴の手引きがなければ……」
「何? いないのか? 化物の近くにいたから下敷きになって死んだとか?」
「であればいいのですが、捕虜にしていたエルフなどもいなくなっておりますし、恐らく捕虜を連れて逃げたのでは」
「なるほど…」
 部下達の進言を受けながらも、メゼツにはまだ余力があった。一人でもボルニアへ潜入して目的を遂げる自信はある。が、このまま進めば部下達がすべて無事では済まないであろうとは、容易に予想もついた。
「……分かった。ロメオ軍曹、作戦は中止する。今後のことについてはアリューザに着いてから考えよう」
「はっ、メゼツ小隊、アリューザへ向け帰投するぞ!」
 妹を救いたいという気持ちはあるが、それは部下達の命を軽んじてまで成し遂げたいとは思わなかったのだ。メゼツの将としての成長であった。
(───戦えないこの身が恨めしい。若様の戦いについていけるよう、自分ももっと鍛えなければ……)
 メゼツが自分たちの命を優先してくれたことに気づいているロメオは、一人そのように自戒するのだった。
「……ロメオ軍曹! 聞いているのか?」
「あ、は、はい!」
 内省に沈んでいたロメオに、メゼツが舌打ちする。
「軍曹はどう思う? 俺も戦いにかまけて気づかなかったが、あのごうつくばりが消えたのがどうも気になる。…いや、ボルニアに行かないのであればあんな下種に用は無いが、奴は不気味だ。むしろ死んでくれていた方がせいせいするんだが」
 ロメオは首を振る。
「……分かりません。ただ、簡単に死ぬような男ではないでしょう。アリューザへ帰れば手配書を作りましょう。やつは二重スパイです。甲皇国ともアルフヘイムともつながっている……SHWの利のために動いているだけなのかもしれませんが、それも定かではない。利用できないのであれば、野放しにしておくのは危険です」
「そうだな……嫌な予感がする。早くアリューザへ帰ろう」
「はっ!」
 そして、メゼツの悪い予感は当たる。







「な、何だと……!?」
 その急報をもたらしたのは、アリューザに駐屯するバーナード少将からの伝令兵であった。
「それは本当なのか……!」
「はっ…! ざ、残念ながら、本当であります」
 クンニバルの戦死を知らない第三軍の将兵らは、生前のクンニバルからの命令が生きていたのでボルニアへ総攻撃をかけたものの、あっけなく返り討ちにあっていた。それだけでなく…。
 クンニバルが戦死したという情報は、さっそくビビによってアルフヘイム側にもたらされていた。
「第三軍に将無し。攻めるなら今だ」
 と、アルフヘイム軍の総司令官クラウスは、ボルニアの総兵力を動員して出撃し、完膚なきまでに第三軍を撃破したのである。将のいない第三軍が脆かったのか、クラウス率いるアルフヘイム軍が強かったのか…。クンニバルが戦死した後、そのたった二日後のことだった。
 また、第三軍を撃破しただけで、アルフヘイム軍の勢いは止まらなかった。
「冬ごもりは終わりだ。今こそ萌え出づる春の目覚めの時」
 クラウスはそう宣言し、一大反抗作戦を計画する。
 ───作戦計画は、〝萌えの覚醒”と、名付けられる。
 アルフヘイムにおける甲皇軍最大の根拠地アリューザを攻略せしめようと、ボルニアからだけではなく、アルフヘイム各戦線から兵力が回されていた。手強いユリウスやゲル・グリップなどが前線に姿を見せていない今こそ、甲皇軍を完全にアルフヘイム大陸から駆逐する絶好のチャンスだとして……。
「現在、クラウス率いるアルフヘイム軍はこの位置まで進軍しており……」
「アリューザまでもう間近じゃねぇか」
 メゼツが驚くのも無理はなく、アルフヘイム軍は異常な速度で進軍していて、メゼツ小隊が帰投するより早くアリューザへ辿り着きそうだった。
「第三軍が撃破されたといっても……ボルニア周辺には第四軍が築いた要塞や塹壕などの防御陣地が無数にあるはずだ。そこの奴らは何をしていたんだ?」
「はっ、それが……」
 クラウスの戦い方は巧妙だった。まず彼は部隊を二つに分けた。腹心の部下ニコロが率いる歩兵中心のB軍集団と、自身が率いる足の速い兵科が揃ったA軍集団とに。
 無数の要塞群のうち、本当に攻略せねばならない箇所だけを即座に攻略し、それ以外の大半の要塞群をニコロ率いるB軍集団が睨みをきかせて釘付けにしたのだ。
 また、常日頃から兵站の重要性について説いていた甲皇軍参謀スズカ・バーンブリッツが築いたアリューザ~ボルニア間の整備された街道が逆に利用されることとなる。アルフヘイム主力のA軍集団は、バーンブリッツ街道を通って電撃的に侵攻することに成功し、あと僅かでアリューザに殺到しようとしていた。
「そのクラウス率いる主力部隊は……かつてなく手強く、どこにそんな兵力を温存していたのか、魔力タンクまでが見られるそうです」
「魔力タンク!?」
「は、はい。それはもう動く鉄の城ともいうべき代物で…」
「父上から聞いたことがある。SHWで開発され、甲皇軍でも研究されている新兵器だな。陸における戦艦のような強力な兵器だというが…SHWの死の商人どもめ! アルフヘイムに武器供与をしているのだな」
「まさしく…。地上からは、その魔力タンクによる縦深突撃と、プレーリードラゴンにまたがって騎兵突撃するサラマンドル族やドワーフ族。それを支援するエルフ族の僧兵による長距離砲撃魔法。オーガ族の魔術鬼兵隊……。また上空からは、ブレス攻撃してくる竜人兵、リンクスドラゴンにまたがって爆破魔法を浴びせてくる竜騎士。こ、これらの立体的かつ波状的な攻撃によって我が方は包囲殲滅され、もはやなすすべもなく……」
「もういい」    
 メゼツは首を振った。
「分かった。とにかくアリューザに急行しよう。俺が、この強化兵メゼツがアルフヘイム軍のやつらなど蹴散らしてやる。だから安心して……もう休め!」
「はっ……ありがたき……幸せ……ぐふっ」
 そう言い、伝令の兵士はメゼツの腕の中に吐血しながら倒れた。気丈にふるまっていたが、伝令の兵士はズタズタに傷を負っており、彼は任務を果たしたことに満足し、そのまま永遠の眠りについたのである。
 アリューザからボルニアに至る街道も、既にアルフヘイム軍が抑えていて安全ではないということだ。
 うすら寒い一陣の風が吹く。
 名もなき皇軍兵士の流した涙は、風に乗っても故郷に届くことはない。
 俺は何を生温いことをしているのだ。
 己がアルフヘイムの亜人と協力して戦っている間に、多くの同胞がむざむざとやられているではないか。
 この大陸に来て、俺は何も成してはいない。
 戦いは、まったく終わった訳ではないのだ! 
「……ロメオ軍曹」
「はっ」
「俺は、一人でアリューザに急行する。小隊の奴らの面倒は頼む。敵に見つからぬようにアリューザへ向かい、もし……」
 ぐっと拳を握りしめ、メゼツは言った。
「もし、俺やバーナード少将が敗れ、アリューザが落とされるようなことがあるなら、その時はレンヌへ落ち延びろ。あそこならまだ敵の手も伸びてはいないだろう」
「それは…! しかし、若様……!」
「頼んだぞ」
 ロメオの返事も聞かず、メゼツは駆けだした。








 アリューザへ! 
 アリューザへ!
 それを掛け声に、クラウス率いるアルフヘイム軍が進軍する。
 ボルニアからだけではない。アルフヘイム各戦線から結集した戦力のうち、クラウスが特に選りすぐったA軍集団はまさに精鋭中の精鋭である。ニコロ率いるB軍集団二万を除いても、その数およそ三万。彼らは意気揚々とバーンブリッツ街道を突き進んでいた。
「今こそアルフヘイムの地から甲皇軍を叩き出す時だ!」
 その凛とした若い女性の声は上空からだった。
 ばさばさと羽音はためかせ、緑の軍服が紺碧の空に鮮やかに映えている。
 クラウス親衛隊主席(隊長)であるアメティスタ・ダ・ドラゴニアである。その名が示す通り、彼女は竜人族だ。といっても、背中に生えた翼ぐらいしか人間とは変わらず、その竜の血は相当薄い。ただ浅黒く日焼けした肌や、紫色の髪やきりりとした目は精悍そのもので、彼女が手練れの戦士であることを物語っていた。
「隊長、気合入っているな~」
「普段、クラウス将軍の前じゃ素っ気ないのにねー」
「せめて戦いで、クラウス将軍にいいところ見せたいんでしょうねー」
「…うるさい! そこ、静かに!」
 女ばかりの親衛隊というのは難しいものだ。口さがない部下達がはやしたてるのを、アメティスタがすかさず注意した。浅黒い肌はこういう時、便利なもので、仄かに紅潮した頬を分かりにくくさせる。
「ゆっくりやろうよ~アメティ~。今からそんなカリカリしてちゃ、部下達がもたないよ?」
 アメティスタと同じ緑の軍服を着たエルフがへらへらと笑って茶々を入れる。
「…サイファ、お前がマイペースすぎるんだ」
 首を振り、アメティスタは溜息をつく。
 だが、のんびり屋のエルフである親衛隊次席(副隊長)のサイファ・クワランタは、どこ吹く風といった感じだ。
 アメティスタが締め、サイファが緩める。
 この二人は案外良いコンビであった。
 また、竜人の隊長にエルフの副隊長…本来ならば水と油のような関係で成り立つものではない。竜人族とエルフ族は亜人同士でも特に仲が悪いことで有名だ。が、クラウス親衛隊はそれを敢えてやっていた。クラウスを熱狂的に慕う女ばかりが集まった親衛隊というとミーハーな印象が拭えないが、その実は多様な人種が混在しつつも協調してやっていく…そんなクラウスの理想が込められた部隊でもある。緑の親衛隊軍服は、即ちアルフヘイムの自然と調和を表しているのだ。



「そうだ。今こそ我々の力を見せてやる時だ。人食い共をこの大陸から駆逐するのだ!」
 また、別のところからも威勢の良い声が上がる。
 親衛隊に呼応して声をあげるのは、オウガ族の将校ベルクェット・マニュルーガである。さめざめとした青い肌に、こめかみから羊のような二本の角が生えている。黒目の中に白い瞳。オウガ族らしい特徴を備えているが、その顔つきは美形で知られるエルフ族に混じっていても遜色ないほどの美男子である。
 実際、ベルクェットはオウガ族でも特にエリートだった。オウガ族の中でも魔術に秀でた者達を集めた「魔術鬼兵隊」を組織しており、これらはエルフ族の僧兵隊にも匹敵する精鋭部隊なのだ。
 オウガ族は、おどろおどろしい悪魔のような風貌もさることながら、腕力だけは強いが残忍で知性に乏しく猜疑心の強い性格で、人の生肉を好んで食べる人食い族だと言われている。が、オウガと言っても様々だ。中には暴力的な者もいるが、このベルクェットのように英知に富んだ者もいる。アルフヘイムの長い歴史の中で、オーガ族も徐々に文明化されてきたので、未だに人食い人種だろうと言うのは大変失礼な話であった。それは数百年も昔の話なのだから。
「俺たちの同族は、自分たちの島をSHWに売ってしまい、自分たちだけが甲皇国の魔の手から逃れた裏切り者のそしりを受けている! だが、オウガ族の戦士はここにあり!」
「そうだ、俺たちがオウガ族の汚名をそそぐのだ!」
「ベルクェットに続け! オウガ族の心意気を見せてやるのだ!」
 やんやと歓声を上げる鬼兵隊。士気は旺盛である。



「お互い、思えば遠くに来たもんだ」
「まったくだ。南方戦線、ホタル谷、ボルニア、ナルヴィア…今度はアリューザか。この戦いはいつ終わるのか」
「なんだフメツ。やっと戦いに飽きてきたか?」
「まさか。人間どもを駆逐できるのならどこにでも行くぜ。お前もそうだろ、トーチ?」
「さぁな。エイルゥ隊長ももういねぇし、俺はもう疲れたぜ。だが、戦いの後のメシは旨いからな…」
 いかつく、やさぐれ、男臭い連中が闊歩している。
 竜人でありながら羽が無く地を這う者という意味があるサラマンドル族…。が、羽が無くても彼らには頑丈な鱗に覆われた強靭な肉体があり、戦火にも耐え抜く力強さがあった。そんなサラマンドル族が、プレーリードラゴンにまたがって抜刀突撃する騎兵隊は、数々の戦場を切り抜けてきた。かつて、精霊戦士エイルゥが指揮していたその部隊は、今は副隊長トーチが受け継ぎ、「松明」部隊として戦場をまだ生き延びていた。
 そして、そんなトーチたちと肩を並べて歩くは、いかめしい髭面、背は低いが固太りした筋肉の鎧に覆われたドワーフ族の戦士たち。フメツ・バクダンツキ率いるドワーフ戦闘工兵隊、別名「不滅」であった。
 戦闘工兵の活躍はこの戦争全体で目覚ましいものがある。甲皇軍は各地で執拗なまでに杭に鉄条網を張り巡らせ、そこに高圧電流を流すという野戦陣地にて防御を固めているが、「不滅」のような工兵隊が塹壕を掘り、鉄条網を切断していっているのだ。ナルヴィア大河の戦いでも塹壕やトーチカを築いていたのは彼らだった。
 戦場で華々しく突撃する突破力に秀でたサラマンドル族騎兵隊。
 地味ながらも戦場では欠かせない役割を果たしてきたドワーフ族工兵隊。
 南方の火山帯を住処としてきた両者は仲が良く、南方戦線でも共同戦線を張り、ゲル・グリップ率いる甲皇国第一軍を苦しめてきたのだ。
 




「……ちっ、右を向いても左を向いても獣人どもだらけ。臭くてかなわんわ!」
「仕方あるまい。エルフ族だけの力で甲皇国の悪魔どもを駆逐するのが理想だが、戦力が足らんのだ。せいぜい獣人どもも利用するだけ利用せねばな」
「しかし、誇り高いエルフ族としては…!」
「フェデリコよ、無理を言ってこの戦列に加わるようにねじ込んだのだ。手柄を上げろよ」
「分かっていますよ。叔父上」
 悪態をつくのは、クラウスを終生のライバルと敵視するエルフの将軍フェデリコ・ゴールドウィン。
 そしてその後ろ盾たるエルフ族の名門であるゴールドウィン家や、アルフヘイムの支配者気取りのラギルゥー族との関係が深い男、ニコラエ・シャロフスキー将軍。
 エルフ族でも特にガラの悪いことで有名なサウスエルフ族を主体としたエルフ黄金騎士団を率いる彼らは、その素行の悪さは別として、戦力としては中々侮れないところがあった。金ぴかの鎧や高価なレイピアを装備している彼らは、実力もそれなりにあるし、何より装備がいいから強い。
「ひひ、我慢汁が溢れてきましたよ。アリューザに辿り着いたら、当然略奪も許されるんでしょうねぇぇ?」
「程々に、な」






「それにしても、本当に凄い顔ぶれがそろったものだ」
「僧兵長、これはあの時以上の…」
「そうだな。これはあの五年前、甲皇軍が初めてアルフヘイムへ上陸してこようとしてきた時、奴らを水際で防ごうとアルフヘイム全ての民が立ち上がった時と、状況は似ている。だが、あの時よりも───」
 感慨深げにつぶやくは、エルフ僧兵長メラルダ・プラチネッラである。
 アルフヘイム正規軍のエリートである彼女は、五年前の甲皇軍によるアルフヘイム上陸作戦の際、アルフヘイム側の司令官を務めたこともある。が、その時のアルフヘイム軍は一致団結しておらず、レドフィンの暴走もあって思うように戦えず惨敗してしまったのだが…。
 ばさばさ、ばさばさ。
 上空では、あの時暴走したレドフィンも、今回は大人しくアルフヘイム軍と共同歩調をとって行軍している。レドフィンの仲間で南方戦線から生き延びてきた竜人族の戦士も複数名共に羽ばたいていた。
 その周囲には、高名な竜騎士ルーラ・ルイーズ率いるリンクス・ドラゴンの竜騎士部隊まで共にいる。
 紺碧の空を、赤と緑とで覆いつくさんばかりに。
「豊かなアルフヘイムの一年分の国家予算をこの一戦に注ぎ込んでいますからね。装備、弾薬、糧食…かなりの部分をSHWからの武器・物資供与に頼っているとはいえ、無償ではありませんから」
「物なら容易くお金で換えられるけど、命までは中々換えられるものではない。でも、あなたは武器や食料を届けるだけではなく、自身の命を賭けて、傭兵として残ってくれた。感謝しているわよフェア・ノート」
「アリアンナさん。SHW商業連合の格言をご存知か? 利は逆張りにあり、そして信用は高くつく…と!」
 地上では、きゅらきゅらと魔力タンクの覆帯キャタピラが大地を踏みしめる走破音が響きわたっていた。
 SHWから供与された魔力タンク装甲集団は、SHW出身のエルフ族の女傭兵フェア・ノートに指揮され、随伴歩兵集団として、精鋭たる精霊戦士アリアンナを長としたエルフ族だけで構成された傭兵集団ペンシルズがあてがわれていた。
「勘違いなさらないでください…今さら、アルフヘイム騎士道に倣って死ぬ気などありません。私は単に投資の回収と人種的な同情のために戦うだけです…!」
「ふ、素直じゃないね……」
 空から、陸から、アルフヘイムの戦士たちが戦列をなしていた。
 勇壮で、実に見ごたえのある光景。
 だが、このどれだけが生き残れるものだろうか。
「……そうだ。今度こそ、戦いは終わらせねばならない。クラウス英雄 の元でなら、それは……」
 並みいる戦士たちは、熱い視線を、軍の中央に注ぐ。
 プレーリードラゴンにまたがりながら、クラウスは静かに目を閉じている。
 その瞼に映る光景とは。
 この戦いの終焉を、結末を、クラウスは見切っていた。
「…クラウス」
 クラウスの背後には、今やクラウスが最も頼りとする精霊戦士ビビの姿があった。
 数々の戦いを潜り抜けてきて成長してきたビビ。若さゆえに恐れも疲れも知らぬ勢いで駆け抜けてきた。
 そんな彼女も、甲皇国の強化兵メゼツとの戦いを経て、心境に少しの変化があった。甲皇国の連中はみんな悪魔と思っていたが、そこまでではないのかもしれないと。
「今度こそ、これで戦争は終わるのかな?」
「そうだな。いつまでも永遠に戦えるものではない。誰かが、どこかで止めてやらないとな」
「どうやって止めるの? 奴らは、殺しても殺しても、止まらないじゃないか!」
 ビビは、そんなことをクラウスに言っても仕方ないというのは分かっている。だが、まだまだ幼い子供の素顔をさらけだし、体裁など構わず泣きじゃくるのだった。
「殺して、血まみれになって、その先に何があるっていうんだ…!」
 この戦争は、余りに過酷で、余りに長く続きすぎた。
 ビビはもう、すっかり摩耗し、疲れ切っていた。
「そうか…ビビ、お前はまだ十四歳になったところか」
 背後を振り返り、クラウスは優しくビビの頭を撫で、涙を拭った。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「クラウス……でも……」
「この戦争はもうすぐ終わる。俺が終わらせる。ビビ、子供のお前がもう手を汚さなくても済む時代が、もうすぐ訪れるのだ」
「ほ、本当に……?」 
「───アリューザを陥落せしめ、甲皇軍をこの大陸から完全に駆逐する。五年前の勢力図に戻す。それが、アルフヘイムにとって有利な条件で和平交渉に臨める最後のチャンスとなるだろう」
 その時、前方から歓声が上がった。
 アメティスタが羽ばたいてきて、クラウスの元に降り立ってから報告する。
「……総司令! アリューザ市街が見えてきました!」
「よし」
 クラウスは目を見開く。
「アルフヘイムの勇敢なる将兵の諸君! これが最後の戦いだ! アルフヘイム全民族の願いが、精霊と大地への祈りが、我々をここにいざなったのだ!」
「おおおお!!!!」
「今こそ、甲皇国の闇を打ち払い、アルフヘイムに光を取り戻す時!」
「おおおお!!!!」
「いざ、アリューザへ!! 突撃せよ!!!!」
 斯くして、アルフヘイム軍史上最大の作戦が開始されたのである。
 だがこの時、地獄の釜が開こうとしていることを、クラウスはまだ知らない。








つづく