67話 三頭の竜

第67話 三頭の竜






 焼けつくような砂塵が舞う。
 ゲオルク率いるアルフヘイム軍三万余りの前に、甲皇軍のゲーリング要塞がその威容を現していた。
 ボルニア北方に築かれたこの要塞は、規模こそボルニアに比べれば小さいが、山岳地帯の地形を巧みに利用し、土砂とコンクリートで造られた堡塁が連なり、そこに無数の銃眼が穿たれ、近寄るものに銃撃を浴びせかけられる構造になっている最新式近代要塞である。SHWの軍事技術を取り入れて作られたボルニア要塞に引けを取らないどころか、堅牢さでは遥かに上回ると予想された。甲皇国は精霊の存在自体を信じていないというが、反精霊主義的というか科学万能主義の極致である。
「あれがゲーリング要塞…。なるほど、これは攻略するのに骨が折れそうだ」
 ゲオルクは豊かな顎髭を撫で回しながら、「ふむ」と唸りながら思案する。その表情には焦りも恐れも微塵も感じられない。老練な傭兵王は、既にこの近代要塞の弱点を見抜いていた。
 ゲーリング要塞手前で停止したアルフヘイム軍は、陣幕を張って最後の大休止を取っていた。その間、主だった指揮官が集められ、作戦会議が開かれる。
「最後の作戦を説明する」
 アルフヘイム各地より集った戦士たちを前にして、ゲオルクはそう切り出した。敢えて「最後の」と強調することで、これが最終決戦であることを皆に印象づけていた。
「皆の者、よく集まってくれた。感謝する」
 厳めしくて表情が読みにくい顔を、ゲオルクは僅かにほころばせた。
 鵺の亜人ハシタは非常によくやってくれた。
 妖の里を通じ、アリューザでの敗戦以来、戦意喪失してボルニア要塞から離れてしまっていた戦士たちを呼び戻すことができたのだ。
 “竜の牙”で名高い竜人族最強戦士レドフィンの姿もある。
 対地攻撃の爆破呪文を得意とするエルフ族の竜騎士軍団をルーラ・ルイーズが率いている。
 防壁魔法や遠距離砲撃魔法を操る鬼兵隊をオウガ族のベルクェットが率いている。
 アルフヘイム正規軍からもエルフ族のメラルダが僧兵隊を率いている。
 英雄クラウスと共に戦ってきた歴戦の猛者が多くいる義勇軍を副官のオウガ族のニコロやサラマンドル族のトーチが率いている。
 北方でゲオルクが救った兎人族戦士らをノースハウザーが率いている。
 南方で独自に戦っていたという獣人族らを“氷の魔女”と異名を取る辺境軍士官ナイナ・ウェンディゴが率いている。
 アルフヘイム最高の戦士たちが勢ぞろいしていた。
「……傭兵王!」
 そして、戦場で聞くには幼すぎる少女の声。だがその声の主は、アルフヘイム軍でも1、2を争う最大戦力。
 クラウスが最も頼りにしているという精霊戦士ビビもポルポローロに連れ去られていたレダという少女を取り戻し、ビビに随伴させていたゴンザ小隊共々帰還していた。普通に行軍していてはとてもこの決戦には間に合わなかっただろうが、ハシタと妖の里がそれを可能とした。
「この要塞のどこかからか…クラウスとミーシャの気配がする!」
 戦線に戻ったビビは、ゲーリング要塞を一見して即座にそう言い切った。これにはゲオルクも驚かされる。
「精霊戦士とはそのようなことも分かるのか」
「ビビは特別なんです」
 そう呟いた声の主は、ビビの腕にぎゅっとしがみついている痩せぎすのエルフの少女だった。これがビビが大事にしているというレダという少女のようだった。確かに庇護欲を煽る雰囲気をしている。ボルトリックやポルポローロはこの少女を奴隷として売り飛ばすつもりだったようだが、救出が間に合って何よりである。
「ビビは精霊に愛されています。ビビが望めば、精霊はビビをクラウスの元へ連れていってくれるはず……悔しいけど」
 消え入りそうな声だが、その言葉の内容は確信に満ちていた。レダという少女もまた精霊に対する深いなじみがあるようだ。アルフヘイムびとというのは、魔法や武器にも精霊の加護を得ているが、戦いだけではなく普段の生活から精霊を身近に感じている。だから他国の人間には計り知れないほど、こうした直観力に優れている。
 そのため、ゲオルクも彼女らの言葉を信じた。
「相分かった。クラウスどのとその細君ミーシャどのを救出する部隊は、お主に頼むとしよう」
「了解!」
「ゴンザ。お主は引き続き、ハイランド軍五百を率いてビビどのをサポートしてやるがいい。いくら精霊戦士といえど、年端もゆかん少女に後れを取るなよ」
「イエッサー! ゲオルクさま!」
 ゴンザは威勢よく敬礼する。ハイランド軍でも最も熟練した傭兵であるゴンザをゲオルクは信頼している。ビビは強いといってもやはり子供である。彼女が気付かないこと、思い至らないところを大人で熟練しているゴンザがよくサポートしていた。レダの救出任務でもよく働いていたのだ。今回もうまくやってくれるだろう。
「クラウスを救出するのに異論はねぇが」
 口を挟んだのは竜人族のレドフィンだった。
「俺たちゃ人助けのために集まったんじゃねぇ。敵を倒すために集まったんだ。あの目障りな要塞を相手にどう戦う、傭兵王?」
「うむ」
 ゲオルクは頷く。
「かつてレドフィンどのが甲皇国本土を襲撃した事件は“竜の牙”と彼らに恐れられていた。ならば、それにあやかろうと思う」
「ふん…? どういうことだ」
 持ち上げられ、レドフィンは機嫌よさそうに牙を見せて笑う。
「“竜の牙”は確かに甲皇国のトラウマとなるほどのダメージを与えることができた。しかしレドフィンどのもきゃつらの反撃にあい、手ひどくやられて帰ってきたそうではないか。いくら強くても一頭の竜だけでは勝ち切ることはできなかった……。ならば、我らは“三頭の竜”となって敵要塞攻略へ取り掛かるのだ」
 ゲオルクの説明はこうだった。
 まずクラウスやミーシャを救出するビビたちの部隊が一頭の竜。
 次に要塞正面から派手に攻撃を仕掛け、敵の耳目を集めながら本気では要塞攻略にあたらず守備的に敵を引き付ける部隊が一頭の竜。
 そして要塞の裏手側から密かに接近して敵将ユリウスを討ちにいく別動隊が一頭の竜。
 アルフヘイム軍を“三頭の竜”と見立てて三部隊に分けるというのだった。
「敵を引き付ける部隊は俺が指揮を取ろう」
 名乗りを上げたのは義勇軍のニコロだった。彼はクラウスが義勇軍を立ち上げた当初からの古株であり、副官として兵からの信奉も厚い。そして縁の下の力持ち的な役割を担うことが多かった。まず順当なところである。
「うむ。お主が適任だろうな。ではこの部隊にレドフィンどの。そしてニコロどのやトーチどのの義勇軍、ルーラ・ルイーズどのの竜騎士隊、そしてベルクェットどのの鬼兵隊とメラルダどのの僧兵隊が力をふるってもらいたい」
「おいおい。囮部隊に俺を配属するのか?」
 レドフィンが不服そうに唸った。
「これが“主力部隊”だからな。当然だろう?」
「ふん、主力部隊か…それならしゃあねぇな」
 あっさりとレドフィンは機嫌を直した。
「そうだ、そして敵の耳目を集めるゆえ、最も激しく敵の攻撃に晒されることだろう。レドフィンどのやルーラ・ルイーズどのを中心にうまく敵を撃退しつつ、ベルクェットどのやメラルダどのが防壁魔法でサポートしてもらいたい」
 各々が頷いた。
「そして、私が率いるハイランド軍千五百、そしてナイナどのが率いる辺境軍が要塞裏手側へ渡り、そこから敵将ユリウスを討ちにいく」
 にわかにざわついた。
 別動隊とはいえ、敵将を討ちにいくのにそれだけで足りるのかという疑問である。ナイナが率いる辺境軍というのは南方戦線の激戦を潜り抜けた結果、既に百名にも満たない数まで減らしていた。千六百程度の寡兵では竜頭どころか竜尾ではないかと。
「者ども、案ずるな」
 ゲオルクは不敵に笑う。
「ナイナどのを選んだのにはわけがある。辺境軍というか、“氷の魔女”の力を借りたいのだよ」
 ゲオルクが話した策は驚くべきものだった。







つづく