6話 戦う理由

6話 戦う理由








 4頭立ての大型幌馬車とはいえ、幌の中は狭く息苦しい。
 にも関わらず、まるでピクニック気分の子供達が大はしゃぎして騒いでいた。
 深刻そうな表情の大人達は少し苛立っていたが、戦火を逃れて避難するのだ。
 大人達の都合で始めた戦争で子供達に大きな迷惑をかけている。
 そう考えると、子供達が能天気にはしゃいでいても叱ったりする気が起こらない。それに大人達は難民生活で疲れきっており、膝を抱えて項垂れていた。
「ちょっとちょっと、落ち着きなさいよアンタ達! みんな迷惑してるでしょ!」
 そんな中、背だけがひょろ長い青髪のエルフの少女が怒声を張り上げる。
 ラビット・フォスイレイザことラビは、眼鏡を持ち上げつつ、子供達の中でも年長者としての威厳を示そうとした。
「うるせード貧乳BBA!」
 しかし、年下の生意気そうな少年に罵声で返される。
「ひ…ッ バ…ッ!?」
 ラビはその神経質そうな眉間に皺を寄せ(──そうするとますます老け顔に見えるのだが──)無言でその少年のこめかみを両こぶしでグリグリした。
 13歳にしては成長が良くて背だけは大人並に高い。しかし胸だけはまったく発育していない。それはラビのコンプレックスでもあった。
「フッ…餓鬼どもが無邪気なものだな」
 その様子を眺めながら、11~12歳程度にしか見えない人間の少女シャルロットはいかにも老成した大人の女という口ぶりで呟く。
 腰まで伸びた長い銀髪、黒で固めたゴシック貴族風ファッション。
 黙っていればどこかの王侯貴族の娘のように見えないこともないが、シャルロットは何の力も無い平凡な少女だ。親がそこそこの小金持ちだから、大切にされてちょっと良い服を着ているというだけの。
「いざとなれば、この雷撃の姫君が甲皇軍なんて蹴散らしてさしあげますわ」
「ハァ? それマジで言ってんの?」
 さっきラビにこめかみをぐりぐりされた生意気そうな少年が、懲りずにシャルロットを茶化した。
「……ケーゴくん、そこは突っ込んであげちゃ可哀想だよ」
 赤い髪でツインテールの可愛らしい少女がくすくすと笑う。
「だってよドワール」
 ケーゴは不服そうに口を尖らせた。
「そんな力があるっていうなら、今すぐ見せて欲しいもんだぜ。そうすりゃ、ドワールの両親だって……!」
 言いかけて、しまったという表情をするケーゴ。
 少し生意気でやんちゃなところはあるが、性根は優しい少年なのだ。
「……ごめん」
「ううん、大丈夫」
 気丈に振る舞いつつも、ドワールは少し涙目になっていた。
 甲皇軍が突如として、彼ら少年少女の育った美しき花の都フローリアを襲ってきた。
 機械兵が、家々や畑を焼き払い、抵抗する大人達は情け容赦なく切り捨てられた。
 ドワールの両親は帰ってこなかった。
「元気出せよ」
 ケーゴが隠し持っていた白パンを半分にちぎり、ドワールに渡した。
「え、いいの?」
 黒パンよりも高価な白パンなど、ドワールは初めてだった。
「いいさ。あいつの荷物からくすねてきた」
 と、ケーゴはまた他愛の無い妄想に耽っているシャルロットを顎でさす。
「……っ」
 躊躇するドワールに、ケーゴは無理やりその口に白パンを押し込んだ。自分もがぶりと白パンを頬張る。
「旨いだろ!?」
「う、うん…っ」
 ドワールの家は貧しかった。
 パンというのは小麦やバターや牛乳といった材料を贅沢に使ったものだから、貧しい農民では中々手に入らない。
 普段は水分が多くて味気ない麦粥ばかり食べていた。
「美味しい……」
 ぽろぽろと、我慢していた涙がこぼれる。
 ドワールは、その時食べたパンの味を、一生忘れないだろうなと思った。
 ゴウン、ゴウン。
 馬車の車輪が岩に乗り上げたのか、幌の中も大きく揺れる。
「ひっ…」
 さっきまで年下の子供達を叱りつけていたラビが小さく悲鳴をあげる。
 ラビもまた、両親を甲皇軍の襲撃で亡くしていた。
(くそっ……私にもっと力があれば……)
 己の力の無さを悔やむ。
 この後、ラビは力を求めて傭兵を、ドワールはお金持ちになってお腹いっぱい食べられるようにとSHWに亡命した後はトレジャーハンターを目指すのだが、それはまた別の話で──。
「トロルの兵隊さん、甲皇軍はもう襲ってこないんだろうか?」
 大人の一人に不安そうに尋ねられ、そのトロル?の兵隊はこめかみに青筋を立てつつも、笑顔で答える。
「……シャーロットとお呼びください。そして一言断っておきますが、私は人間ですから!」
 幌馬車には一人だけ兵隊が、巨大な戦斧を担ぐ女戦士シャーロットが乗っていた。
 小さくて女性的で可愛らしいという意味の名前なのに、オークやトロルとの混血を疑われるような恵まれた巨体に成長してしまい、やむなく戦士となったのだ。
「あら、ごめんなさい。発音は違うけど、うちのシャルロットと同じ名前なのに……」
「娘さんは本当に小さくて女の子らしくて、羨ましいですわ」
 シャーロットは心底そう思って言った。
「そうねぇ、でもちょっとおかしな考えに取り付かれていてねぇ……」
 親としても、シャルロットの妄想癖は心配の種らしい。
「私が小さくて可愛いだと!?」
 シャルロットが聞き捨てならないという風に口を挟む。
「見た目で侮るな。難民に身をやつしてはおるが、実は雷撃の姫君、漆黒のプリンセスと────」
 胸を張り、大仰な言葉遣いで芝居がかった台詞を言い終わらない内に。
 ドン、ドン、ドン。
 至近距離から爆裂音。
 幌馬車は爆風に煽られ、馬が暴れ、御者が必死に馬達を御しようと苦闘している。
「きゃああ!」
 気丈なラビも、厨二病のシャルロットも、年相応の少女の顔で怯えた悲鳴をあげる。
「みんな、落ち着いて!」
 子供達とは違い、さすがに本物の戦士であるシャーロットだけは冷静だった。
「どこを狙っている、甲皇軍の下手糞め!」
 民間人を勇気付けようと、シャーロットはこぶしを振り上げる。
 胸も尻もでかいが、器量もでかい。
「ゲオルク様、御武運を……!」
 シャーロットはハイランドからゲオルクと共に来た兵士だが、まだ経験の浅い新兵ということもあり、避難民の護衛任務にあたっていた。
 既にフローリアでは、ゲオルク軍が丙武軍団と交戦状態に入っている。
 シャーロットが遠目にフローリアを見ると、その空の下はこうこうと赤く燃えていた。

 

 
 




「なぎはらえ!」
 丙武が義手を水平に切ると、その合図で機械甲冑兵が一斉に火炎放射器から火炎を放った。
 凄まじい業火が地獄のように燃え盛り、フローリアの美しい木々を燃やす。
「げげげげげぇっ、如何ですかな? 弟が開発した機械甲冑の威力は」
 丙武の側に、白衣の凸凹な背丈の二人が近づく。
 とてもそうは見えないが──Dr.ゲコ&ノッポ、この二人は兄弟だ。
 兄のゲコはヒキガエルのようにイボだらけの醜悪な面と背の低さ。そして下品な言葉遣い。
 弟のノッポは整った顔立ちで眼鏡で長身で2メートル以上もある。そして無口。
 ゲコは生物学、ノッポは機械工学を研究している。
「中々良い具合だ。もう少し早くこれが開発されていれば、俺の義手もあの火炎放射器にしていたところだ」
「そりゃあ僥倖ですなぁ。これで甲皇軍の進撃も止めようもないというもの。ただ、エルフだけは生け捕りにしてくだされよ。裸にひん剥いて、手足に釘を打って貼り付けにして、腹ン中かっさばいて、脳みそいじくって、膣ン中ほじくったりと、生体実験に必要ですからなぁ…げぇっげぇっげぇっ」
「そうかそうか」
 丙武は、下品で醜悪なゲコの顔など見たくもないというのもあるが、じっと炎を見つめて答える。
 ごうごうと燃え盛る炎に、丙武の顔は凶悪に歪む。
(いいぞ、もっと、もっと燃えろ。亜人を焼きつくすのだ……!)
 丙武は炎に魅入っていた。
 自身の四肢を奪い、義肢の為に家財を投げ売って家は没落、父親は呆けた。丙武には復讐しか残されていない。
 エルフは金になるから捕虜にして売るし、オークや兎人族は食料にし、人間は手足を切り取ってダルマにして自分と同じ目に遭わせてやる。それを阻む者は…!
 忌々しげに、丙武は目の前に広がる広大な密林を睨みつける。
 フローリア側も手をこまねいてはいなかった。
 ジィータ・リブロース率いる農業魔道士達は、植物の成長を促進させる魔法を広範囲に暴走させた。
 その結果として、侵入者を阻む巨大な密林が一夜にして出来上がったという訳だ。
 密林に先に入っていったメゼツ、ヴァルグランデらの突撃兵部隊は帰ってこない。
 恐らく密林の中でゲリラ的に攻撃を受け、苦戦していることだろう。
 そこで、業を煮やした丙武は、この秘密兵器を投入することにしたのだ。
 眼前に広がっていた密林の一部が焼き払われ、ようやく少しは見晴らしが良くなる。
「───よし、機械甲冑兵ども、進軍だ」
 丙武軍団に配属となった機械甲冑兵達が動き出す。
 ただの鉄板をつないだ板金鎧などと違い、魔道と機械工学が融合して造られた最新式甲冑。
 水と蒸気力でありながら1万オークパワーもあるという。
 蒸気や火炎を放出して武器として、更に通常の剣などでは刃が立たない防御力。
 まだ試作段階だから丙武軍団にも5体ほどしかないが、最前線での実戦テストを兼ね、本国から送られてきた。
「……了解です」
 機械甲冑に身を包んだガロン・リッタール一等兵は、がしゃんがしゃんと機械甲冑の歩を進める。
 ガロンはごくごく一般的な甲皇国臣民だ。
 末端の兵ゆえに、甲皇国上層部の丙家や乙家の派閥争いなどにも興味は無いし、人間至上主義というのも良く分からない。
 甲皇国に亜人は殆どいないので、亜人がどういうものかも良く分かっていない。
 クノッヘン皇帝の施策により、亜人を憎み蔑視する教育が本国で何十年も続いている。
 だが、ガロンは貧しい下層階級出身だから教育も受けておらず、読み書きもできない。
 軍隊に入ってからは徹底して亜人を憎むように上官に言われたが、やはり見た事もない亜人を憎むのは何だか違うような気がして、ピンとこなかった。
 しかしながら。長らく戦争が続き、ガロンの戦友も数多く死んでいった。
「これは命令だからな……」
 戦争だ。仕方が無い。お前達だって俺達を殺すんだ。俺達に殺されたって祟ってくれるなよ!
 ガロンはそう思いながら、密林の中へ入っていく。









 辺りに広がる血なまぐさい臭い。
 凄まじい激戦の後、流血の山河ができていた。
 死体の山が築かれ、湿気の高い密林の中だ。死臭に誘われ、早くも様々な虫や動物、蛆虫らが肉を求めてたかってきている。
 地獄絵図とはまさにこのことか──。
「おい、生きてるか…?」
「何とかな」
 ウォルト・ガーターヴェルトは、死体の山の中から立ち上がろうとする戦友のヨハンの手を握る。
 酷い戦いだった。
 これまで負け知らずだった丙武軍団だが、この密林での戦いは実に厄介である。
 各所に罠が仕掛けられ、伏兵による奇襲を受け、多くの仲間が犠牲になっていった。
「まさかヤタレッタ族までが来るとは思わなかったぜ……あいつら、しつこいったらねぇぜ」
「まぁな。しかし、やつらの島で大虐殺を行ったのは我々だ。恨まれていても仕方あるまい」
 ウォルトもヨハンも、丙武の部下にしてはまだ良心的な兵士である。
 強姦も亜人食いも、まだしたことはない。
 ウォルトは童貞だし、初めては好きな人としたいと思っているちょっとセンチなところがあった。
 一方ヨハンは、戦士として高みを目指したいという気持ちが強く、強姦や亜人食いで妙な病気を貰う訳にはいかないと思っていた。
 両者とも丙武軍団の中ではまともな精神を持つゆえに、気が合い、戦友となった。
 そしてつい先程は、密林の中で多数のヤタレッタ族の強襲を受け、何とか撃退できたが部隊がほぼ全滅という憂き目を見た。たった2人だけ運良く生き残ったが、日ごろの行いが他の兵士らに比べてましだったからかもしれない。
 後は、ヨハンがエルフから奪ったアルカトラスの剣が威力を発揮したというのもあった。
「あのエルフには、悪しき心を持つ者にはこの剣は使いこなせないと言われた。実際、俺はこの戦争で一度もこの剣を抜くことすらできなかった」
「でも抜けたじゃん。バリバリーって雷が出てきて凄かったぜ」
「何故、あの時抜けたのか、俺にもわからん。……ただ、ヤタレッタ族との戦いで無我夢中だったというのもあるが、ただ一人の戦友であるお前も殺されそうになった時。自身の身を守るためだけではなく、誰かのために剣を振るわねばと思った。だから抜けたのかもしれん」
「ははっ、嬉しいこと言ってくれんじゃないの」
 ウォルトと肩を並べ、ヨハンは足を引きずって立ち上がる。
 ヤタレッタ族から受けた槍が太ももに大きく食い込んでいた。激痛で顔を歪め、息を荒げつつも、ヨハンは呟く。
「……なぁ、ウォルト。この戦争って何なんだろうな」
「何が?」
「意味なんて無い……俺は、丙家の末流の生まれだ。と言っても分家のまた分家だから、経済的には下層民と変わらんがな」
「そうかい。うちも下層だったよ」
「ただ、教育は受けさせてもらったんだ。そこでは人間が一番偉い。亜人どもはクソだって教えばかりだったがな」
「ほーん。そんで?」
「しかし、人間は弱い。今さっきもそう思った」
「……だよなー。人間って数が多いだけで、亜人みたいに特別な力は何にも無いもんな」
「そうなんだよ。俺は育ちが貧しいから、強くなりたかった。だから兵士にもなった。しかし、アルフヘイムに来てから驚くことばかりだ。亜人どもは大して統率がなっちゃいねぇが、一人一人の力は目を見張るものがある。ちっとも人間は最強の存在じゃなかったんだ」
「闘技場かなんかで、最強戦士決定戦とかやったら、人間は勝てねぇだろうな……」
「それが俺は悔しい」
 ヨハンは歯噛みする。
「戦争じゃ、兵士で戦うだけじゃ駄目だ。俺は、もっと強くなりたい……」
「そうかい。俺も、もう戦争は飽き飽きさ。甲皇軍は、血を流しすぎだ……」
 ウォルトはヨハンの巨体を肩に担いで歩くのに疲れ、どさりとその場にへたりこんだ。
「ウォルト? 大丈夫か」
「ああ……俺も、さっきの戦いで、ちょっとしくじっちまってな」
 ウォルトの腹のあたりの悪趣味なシャツに血が滲んでいる。
「重傷じゃねーか」
「大丈夫さ。こんなところで死んでたまるかよ…! 戦争が終わったら……ど、童貞を捨ててやるんだ!」
「ど……ハハッ、お前ならやれるさ」
 ヨハンは苦笑いした。




────斯くして、フローリア側は意外にも善戦をしていたのである。
 逆に、連戦連勝で略奪や虐殺に明け暮れていた丙武軍団は油断をしており、ここで初めて苦渋を舐めている。
 だが、戦いはまだ始まったばかりであった。










つづく