82話 メゼツとウンチダス

82話 メゼツとウンチダス






「何と神々しいお姿でしょうか。アルフヘイム南方では知らぬ者はおりません。ドワーフ族の間で主に信仰されているゴドゥン教は、争いを避ける賢者の教えということで、竜人やエルフにも信徒が多いんですよ。私も幼いころからゴドゥンバドゥンバさまの聖なるお姿が描かれた聖像に祈りを捧げてきたものです。神話では、いつか来る終末の日にゴドゥンバドゥンバさまが世界を反転させ、善人は反転した世界の表側で幸せに暮らし、悪人は裏側で永久に世界を支え続けると言われているのです。だからこそ無益な争いを避け、慎ましやかに生きましょうという教えで。ああっ、まさかその神話が、奇跡が、自分の前に現れるだなんて…感動のあまり身震いすらしますよ!」
「正気か、アメティスタ…」
 本人が感じ入っているところに水を差すのも悪いので、その呟きは小さなものだったが、クラウスは唖然としてしまった。
 いや、アメティスタ以外の全員が同じ思いである。
 緊張感の欠片もない(排泄を我慢しているような妙な緊張感はある)表情。
 白濁としてのっぺりとした体つき。
 両手はなくて、僅か1メートル程度の体長。
 まったく何の役にも立ちそうもなく、何のために存在しているのかも不明。
 それが伝説の魔神獣とは。
 ましんじゅう…。
 果たして、そんな大層な肩書がつけられる存在なのだろうか。
 ゲオルクが複雑そうな表情をしていた。
「……わしは、長年の間、こやつを振るって戦っておったのか」
「そういうことだ、傭兵王。驚いただろう?」
 ゴドゥンバドゥンバ=オンドゥルルラ=ウンチダス…いや、長いので通称ウンチダスは、やはり緊張感の欠片もない幼児のような声でしゃべった。
「ああ……。ルネスの聖剣というのは古代ミシュガルドから伝わるらしい伝説の聖剣だ。その正体がまさかこんな姿をしているとはな」
 どっしりと疲れた老人の声で、ゲオルクは深々とため息をついた。
 伝説だの神話だのは、実際に目にするとこの程度のものだったのかというものもある。これがまさにそうだろう。
「……待てよ。聖剣の正体がおぬしだったということは、対になる存在である魔剣フォデスはいったい?」
「さすがは傭兵王だ。いいところに気が付くな」
 ウンチダスは得意そうに胸(と、呼べそうな部位)を反り返らせた。 
「魔剣フォデスについて教えてやる前に、まず聖剣ルネスと呼ばれていた俺について教えてやるよ。お前たちが内心思っている通り、俺自身に戦う力なんてものはまったくない。せいぜいテレポートが得意というぐらいだ。それも争いを避けるための技だしな。それがなぜ伝説の魔神獣と呼ばれているかと言えば、俺はウンチダスと名乗りつつも排泄行為なんて滅多なことではしない。だが、いざした時には……その“うんち”には強力な念力が備えられてあって、一つの大陸を軽々とひっくり返すほどだ。お前たちが古代ミシュガルドって呼んでいる大陸がひっくり返ってその衝撃で四つに分かれて滅んだのは、俺の“うんち”のせいなんだよ」
「………」
「………」
「………」
「ゴドゥン教で言い伝えられている通りですね…」
「ΩΩΩ<な、なんだってー!?」
「信じられん…こんな無害そうなゆるキャラみたいなのが???」
「話を続けるぞ?」
 とんでもない事実を聞かされ驚く一同をよそに、ウンチダスは何でもなさそうに話を続けた。
 ちなみに、ウンチダスは話を省いているが、SHWのある東方大陸・ハイランド地方に天空城アルドバランが埋まっていたのも、空に浮かんでいたものが地中に埋まってしまっていたのは、つまりそういう訳なのである。
「俺の“うんち”にはそれだけのパワー、つまり魔素が帯びられている。だが、俺が誕生してから初めてした排泄によってミシュガルドは滅んだわけだが、それだけの魔素があったのは“最初のうんち”だけさ。“次のうんち”にそれだけの魔素を溜めさせるには数万年にも及ぶ時間が必要だ。だからより魔素を吸収しやすいよう、剣の姿に変化していたんだ。使う者次第だが、戦いに身を置くことで生き物を殺し、その魔素を吸収していくことができる。古代ミシュガルドを滅ぼした後、すぐに俺は剣の姿となり、色んな戦士に使われ、おびただしい魔素を吸収してきたのさ。古代ミシュガルド滅亡から一万年もの間ずっとな。その過程で、いつしか聖剣と呼ばれるようになっていた」
 ウンチダスの説明を聞きながら、クラウスが思案顔となっていた。
「…その、あなたは生き物なのか? どうもその生態を聞くに、とても雌雄があって繁殖していく“生物”のようには感じられない。どちらかといえば…」
「さすが英雄だな。いいところに気が付いた。そうさ、俺は古代ミシュガルド人が開発した生物兵器なんだ。雄も雌もない、ウンチダスを名乗る個体は俺だけだ。ゆえの“魔神獣”ってわけさ」
「合点がいった」
 そう呟くのはゲオルクである。
「わしはかつて、甲皇国の帝都マンシュタインで、古代ミシュガルドから伝わるらしき指輪を落としたことがあってな。意図せず、それがとんでもない数のローパーを召喚してしまったのだ。あれも古代ミシュガルドから何万年もの間ローパーを召喚する力を溜め続けたせいであんなことになったらしく…帝都に、百万体ものローパーを放ってしまった」
「ええっ! 帝都でそんなことがあったのかよ!?」
 その時には産まれていないメゼツは大変な驚きようである。
 ゲオルクによるローパー大量召喚事件は、甲皇国では国辱ものであるということで歴史書から抹殺されている。
「古代ミシュガルド由来のものと聞いて合点がいったわ。つまり、おぬしはあの指輪のようなものというわけだな」
「ローパー…ああ、魔触王の指輪のことだな? そうだな。俺もあの指輪と似たようなコンセプトで造られたってわけさ。長年魔素を溜め、我慢汁が溢れてきたものを放出するって意味ではな」
「な、なんかさぁ~…」
 ビビがちょっと辟易した顔で言った。
「もしかしなくても、古代ミシュガルド人って変態ばっかじゃない? 滅ぶべくして滅んでない?」
「然り」
「同感だ」
「まさしく」
「絶対に自業自得だよな」
 一同からは、古代の先人への畏敬が失われつつあった。
「それはそうとして。ゴドゥンバドゥンバさま。このたびの顕現は、もしや…」
 唯一、ウンチダスへの畏敬を失っていないアメティスタが膝をついて伺う。
「おう。俺の力が必要とされている。俺の宿命のライバルが姿を見せようとしているからな…」
「しゅ、宿命のライバルとは?」
 大陸を丸ごと滅ぼしてしまう魔神獣のライバル…。
 一体どのような恐ろしい存在なのか。
 ごくりとアメティスタが生唾を飲み込む。
「魔剣フォデスの正体であり、俺の宿命のライバル、それは…」
 ウンチダスは、彼(?)にしては低く迫真がかった声で呟く。
「マン・ボウだ」
「……」
「……」
「……」
「それって…」
「海に漂ってるあの大きな魚のこと? なんか寄生虫がいっぱいついていて、その寄生虫を払いのけるためにジャンプして海面に体を叩きつけるけど、その衝撃で死んじゃうっていう」
「海にいるマンボウなら結構大きいが、二本足が生えて陸での活動も可能となった陸マンボウというのもいる。どちらにせよフグの仲間だから、丸い目と小さな口で、間抜けな顔をしている。陸マンボウの方なら体長80センチぐらいだな。やはり海マンボウのように体を叩きつけてくるが、それで死ぬので、最弱の生き物とか言われている」
「へーそうなんだ。さすがクラウス物知り~」
「おまえら、ばかにしているな…」
 緩み切った空気に、ウンチダスがちょっと不機嫌そうに呟く。
「こ、こら! お前たち、恐れ多いぞ!」
 アメティスタがフォローしようとしているが、一同は「だってなぁ…」と納得できない表情を浮かべていた。荒唐無稽にもほどがあるし、次々と明らかにされる事実に頭がついていかない。
「これは、深刻な事態なんだぞ?」
 ウンチダスは眉をきりっと吊り上げる。
 やはり、余り威厳はなかった。
「マン・ボウは…その陸マンボウの仲間ではあるけどさ、俺のライバルは“闇マン・ボウ”だ。こいつはこいつで俺と同じく、世界を滅ぼすことができる力を持っているんだぞ!」
 相変わらず緊迫感のない幼児のような声だが、ウンチダスの話す内容は、衝撃的な事実ばかりである。
「な、何と…! それは大変な事態ですね…!」
 アメティスタが最も熱心に、膝をつきながら話を聞いている。
 それにつられ、他の者たちも一応は神妙な顔をしつつもウンチダスの話に耳を傾ける。
「……お前らが良く知る通り、マンボウって生き物は寄生虫だらけだ。それと同じように、闇マン・ボウには闇の魔素というものがまとわりついてくる。闇の魔素っていうのは、俺が吸収している“生命のエネルギー”とは反対に、何もかもを死に至らしめる“死のエネルギー”の性質を持っている。そんなものが拡散してしまえば、世界は跡形もなく滅び去る。俺は、かつて古代ミシュガルドを舞台に、やつ…闇マン・ボウと死闘を繰り広げ、その結果、俺の放った“うんち”によって闇マン・ボウを封じ込めることに成功したんだが、その余波で大陸がひっくり返ってしまったんだ。だが、そうしなければ、もっと多くの命が失われていただろうし、当時は仕方なかった。で、そうまでして封じ込めた闇マン・ボウが…どうも禁断魔法によって再び召喚されてしまったようだな」
「質問!」
 手を挙げたのはゴンザである。
「おう、なんだ?」
「じゃあよぉ…アルフヘイム軍の切り札として、散々発動するかしないかで揉めていた禁断魔法ってのは……つまるところ、マンボウを召喚する魔法だったってわけか?」
「だから、そう言っただろう」
「マジか……」
「さっきも言った通り、ただのマンボウじゃないからな。闇マン・ボウ対抗できるのは、この俺だけってわけだ」
「なぁ、それじゃあよ…」
 手を挙げたのはメゼツである。
「おう、なんだ? ゼロ魔素の小僧」
「それだ。俺が一番お前を上手く使えるというのはどういう意味だ? 確かに俺は、身体に魔素が全然ない特異体質らしいが…」
「うん。魔素っていうのは生き物なら誰もが持っているものだ。それが無いってのは非常に珍しいことだな。魔素の量が多ければ魔法が使えるし、魔法に対する抵抗力にもなる。そして大抵の生き物は、一つの属性の魔素しか持たない。炎、水、土、風、雷といった魔素だな。例えば炎の魔素を持つ者は、土の魔素を持つ者には強いが、水の魔素を持つ者に弱かったりする。だが、闇マン・ボウの放つ“闇の魔素”や、俺の持つ“光の魔素”というのは、炎、水、土、風、雷といった自然の魔素よりも上位かつ異質なんだ。どんな生き物も、光や闇の魔素は持っていない。だから、どんな生き物も、光や闇の魔素にはかなわないのさ。高位の魔道士なら光や闇の魔法を使うこともできるが、それらは超高等魔法とされているだろう?」
「ふむふむ…」
「で、ゼロ魔素ってのは別に魔法に弱いって訳じゃない。魔法が使えない代わり、魔法が効かないということでもある。だからお前は、俺と共に、闇の魔素を持つ闇マン・ボウと戦うにはうってつけの“兵器”になりうるんだ」
「なるほどなぁ…って、ええええええ!!!!????」
「さぁ、ゼロ魔素の小僧よ! ミシュガルドを救ったように、俺を使え。お前は“光の精霊戦士”として戦うのだ!」
「マジか」
「マジだ!」
 メゼツは頭をがしがしと掻いて、いやそうにウンチダスを見る。
 こんなゆるキャラの言うことを聞いて戦うのは不本意だし、こんなのをどう使えばいいのかという不安もある。
 だが、周りを見渡すと、「お前が指名されたんだから、やるしかないんじゃないか?」という目で見ている。
 この場にいるのはメゼツ以外は全員がアルフヘイム関係者となるが、世界が滅びようと言う時に国同士の争いも関係ない。
 高名なハイランドの傭兵王ゲオルクも腕組みをして頷いている。
 ゲオルクを筆頭に、名だたる歴戦の戦士たちが期待を込めて見ているのだ。
 戦士としては、逃げるわけにはいかないだろう。
「……」
 ちらりと、メゼツはビビの方を見た。
 ビビまでが、「良く分からないけど、あんたなら大丈夫なんじゃね?」という感じで、笑顔でぐっと親指を突き出している。
 これまで多くの戦場で戦ってきて、戦いもしたし、背中を預けてもきた相手だ。
 少なからず……妹のメルタ以外では、仄かに好意を抱いた相手でもある。
 男としては、ちょっといいところを見せてやりたい。
「……いいぜ。俺が、やってやる。世界を救ってやろうじゃねぇか」
「その返事を聞きたかった」
 ウンチダスが発光した。
「!……な、なんだ」
「さぁ、力を抜け…俺と同化するんだ!」
「ど、同化ぁ!?」
 おい、俺を使えって言ってたじゃねぇか。
 同化ってどういうことだよ。
 こんなゆるキャラと……!!??
 光は強くなり、ウンチダスの方へ、メゼツは引き寄せられていき…。
 次の瞬間、メゼツはウンチダスとなっていた。







つづく