10話 ミシュガルド計画

10話 ミシュガルド計画







 甲皇国帝都マンシュタイン。
 皇居グデーリアン城にて観兵式が行われていた。
 内庭に、最新式の大砲、飛行船などの兵器が陳列され、威勢を放つ。
 そして幾千、幾万もの整列した将兵らが整列している。
 装甲を施された騎馬に跨り、突撃槍を掲げる重装騎兵。
 軽装の騎馬と胸甲とサーベルと小銃のみの軽騎兵。
 鉄鎧と鉄剣や鉄槍の歩兵。
 一部の身体を機械化された兵士もいる。
 何かと誤解されやすいが、甲皇国に徴兵制度は無い。彼らは全て志願兵である。
 徴兵などせずとも、食べるために職業軍人になろうとする男子はとても多い。
 破壊された自然環境の甲皇国だが、その代償としての工業力には目を見張るものがある。
 農地など無くとも、工場で生産された加工食品(原材料はお察し)で食を満たすことができる。
 甲皇国に生まれた者は、男は兵士、女は工員になるのが一般的と言われている。
 軍は勿論のこと、工場も国営である。
 殆どの平民は、国に頼らなければ生きていけない統制経済。
 厳しすぎる自然環境と日々の苦しい生活が、豊かな敵国アルフヘイムに対する羨望と嫉妬と敵愾心を煽り…。
 ゆえに国民国家としての意識も高く、恐らく世界でもっとも「愛国心」をもった人々の国となる。
 皇居のバルコニーに、陸軍大将ホロヴィズが姿を見せる。
 眼下の将兵らを睥睨し、サッと右手を掲げ…。
 と同時に、将兵らも一斉に右手を掲げる。
「ボーン・ダヴ!(万歳、甲皇国!)」
「ボーン・クノッヘン!」
「ボーン・ホロヴィズ!」
 地鳴りのように鳴り響く歓声。
 骨統一真国家とも呼ばれる甲皇国は、骨を意匠としたデザインの装束を好んでいる。
 将軍、兵士らの装備は、骨をあしらった兜や鎧や軍服に統一されており、実に壮麗だ。しかし黒色と白い骨をあしらった軍服や鎧の人々は、地獄の悪鬼か死神かと思わせる。
 それはまるで盛大な葬式のようであった。
 ずり、ずり、ずり。
 重たそうで豪奢な法衣を引きずり、皇帝クノッヘンがバルコニーに現れる。
 クノッヘンもまた右手を掲げる。
 と同時に、ピタッと兵士達は歓呼の雄たけびを止め、一糸乱れぬ動きで直立不動で静止する。
 まるで、幾千、幾万もの彫像が立ち並んでいるようである。
「……開戦から40年……」
 クノッヘンは、しわがれた低い声で、演説を始める。
 その声は拡声器により、皇居中に、いや帝都各所に設置された音管を伝い、帝都中に鳴り響く。
「……数多の将兵の命が失われ、だが尚、戦いは半ばである……」
「……嘆き、怒り、絶望が諸君らを襲っているであろう……」
「……だが、皇民達よ。膝を屈してはならぬ……」
「……今一度、思い出して欲しい。何故、皇国がアルフヘイムと戦端を開くに至ったのかを……」
「……栄光ある甲皇国軍将兵諸君! ミシュガルド計画は最終段階に差し掛かっている!……」
「……この世界ニーテリアは、急速に滅びを迎えようとしている。大地は腐り、生きるために体を機械に換えなければならず、人心は乱れ、安寧とは程遠い……」
「……だがすべては、古代ミシュガルド文明の謎を解き明かすことで、滅びは避けられるのだ!……」
「……悪辣にも、アルフヘイムの亜人どもは……」
「……精霊国家などと自称し、古代ミシュガルド文明と敵対していた黒歴史を隠蔽しておるが……」
「……古代ミシュガルドは、野蛮なるアルフヘイムによって滅ぼされたのだ!……」
「……このニーテリアで、唯一豊かな土壌を誇るアルフヘイム……」
「……だがそれは、古代ミシュガルド文明からの遺産を不法に独占しているからに他ならない!……」
「……亜人どもは、この世に害悪を撒き散らし、文明の歩みを止める癌なのだ!……」
「……我々、ダヴの民は、古代ミシュガルド文明の正統なる後継者である!……」
「……文明に目覚めた我ら先進人類こそが、野蛮に自然のままに生きる亜人どもを駆逐し、世界を導く責務がある!……」
「……そう、アルフヘイムの闇を払い、失われたミシュガルド大陸を復活させ、この世界ニーテリアを救うには……」
「……今一度、今一度、諸君ら将兵の力を貸して欲しい!……」
「……行け、甲皇軍の忠節にして勇猛なる将兵たちよ! 亜人どもを根絶やしにするのだ!……」
「……それこそが、失われたミシュガルド聖典に記された、我らがダヴの神の教えである!……」
「……皇国を、世界を救え!……」
「ボーン・ダヴ!」
「ボーン・クノッヘン!」
 熱狂的な歓呼の嵐が、グデーリアン城に、帝都マンシュタインに鳴り響く。
 真実はどうであれ、その熱気だけは本物であった。
「……ボーン・ダヴ!」
「……ボーン・クノッヘン!」
 音声管を伝い、鳴り響く歓呼の雄たけび。
 帝都マンシュタインの下町の酒場。
「フン…」
 不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、ゲオルクは麦酒をあおる。
 今年もアルフヘイム麦は中々甲皇国まで出回らない。
 庶民の酒と言われる麦酒でさえ高嶺の花となり、工業用アルコールや靴磨き用クリームや接着剤まで代用酒として摂取する者も現れているという。
 その中で、傭兵騎士として稼ぎは良いゲオルクは、何とかまともな麦酒にありつくことができていた。
 甲皇国の庶民の生活は、実に厳しい。
(ミシュガルドだの、ダヴの神の教えだの。くだらねぇ)
 口には出さないが、内心そう毒づく。
 クノッヘン皇帝の演説は、概ね甲皇民に支持されているが、それはミシュガルドや神の教えについてではない。
 豊かなアルフヘイムへ侵攻・植民地化することで、その富を収奪し、今の底辺な生活を楽にしたい。
 庶民はそれを期待しているから戦争を支持しているのだ。誰もミシュガルドやダヴの神など信じてやいないし、戦争の大義名分だろうと思っている。
 そしてゲオルクのような傭兵は、戦争が続けば続くほど、成り上がって富を築く機会も増える。
 ゲオルクが皇軍兵士ではなく、傭兵という道を選んだのにも理由がある。
 甲乙丙という貴族階級の下に存在する平民階級…即ち「丁民」にも序列があった。
 それを説明するには、甲乙丙家の成り立ちについても語らねばなるまい。
 数百年前、甲皇国がまだその名前になっていなかった頃、甲皇国のある西方大陸は幾つもの王家によって分裂していた。
 それらをまとめあげたのが甲家一族だが、最後まで覇権を巡って争ったのが乙家と丙家だった。
 乙家と丙家はそれぞれ甲家に降伏し、臣下となる。
 甲皇国に多額の税を納めねばならないが、乙家も丙家も広大な領地を保有したままだ。
 世が世がであれば、乙家と丙家の当主は一国の王だったのだ。
 つまり、甲家から一目置かれている存在である。
 それに引き換え、乙丙以外の弱小国は完全に滅び去った。
 それら弱小国は、甲家に併合されていく過程で次々と奴隷化され、蔑視されるようになる。
 ゆえに、「丁民」にも序列ができたのだ。
 甲乙丙家が支配する領地の丁民は、甲皇国臣民として貴族や士官になれる。
 だが、それ以外の弱小国の丁民は、殆どが下層民として差別され、軍隊に入れても下士官までにしかなれないし、殆ど一般兵卒で終わることが多い。傭兵か娼婦にでもなった方が、マシな生活ができるのだ。
 ゲオルクもまた下層民出身であった。
 そこから19歳にして傭兵騎士として成り上がるまで、文字通り何度も血反吐を吐く思いをして、死線を潜り抜けてきた。
 貴族の最下級の騎士身分、領地も持たない平の騎士。
 それでも下層民出身としては破格の出世なのだ。
 だが根底では、「俺は下層民だ。己の腕一本だけが信じるものだ」という思いは抱えたままだ。
 貴族など上流階級に対して鬱屈した劣等感を持ち、決して信用していない。
(────エレオノーラに近づくな、薄汚い傭兵め!)
 ヒステリックな女の叫びが、ゲオルクの耳朶にこびりついていた。
「……クソババアめ」
 エレオノーラの母である乙家の重鎮ジーン女伯爵。
 ジーンの家系は典型的な女系一族であり、代々女性が家の当主となってきた。
 エレオノーラも将来は家督を継いで女伯爵となる可能性が高い。
 傭兵と伯爵ではそれこそ虫と人間ほどの差がある。
 だが、平騎士と伯爵でも獣と人間ほどの差がある。
 ゲオルクはエレオノーラに強く惚れていたが、現状では正面から近寄ることもできずにいた。
「どうすればいい。どうすれば…」
 ゲオルクは焦っていた。
 一ヶ月ほど前のことだ。
 ゲオルクは海軍のペリソン提督の傭兵として雇われており、海上戦で活躍した戦功によって傭兵騎士として取り立てられたばかりだった。
 海軍は乙家の影響力が強く、ペリソン提督はジーン女伯爵の元にも夜会に招かれたりしていた。
 丁民出身のペリソン提督は、ゲオルクに何かと目をかけてくれ、その夜会にも護衛と称して同行させたのだ。
 そこで、ゲオルクはエレオノーラに出会い、一目ぼれをする。
(────何といっても胸がでかいのがいい)
 気品があり、胸も尻も豊満で、柔らかそうな肉。
 ゲオルクが戦場で相手してきた娼婦などとは比べ物にならない。
 ゲオルクとは何もかも正反対の生まれ育ちで、本物のお嬢様だ。
 ゲオルクはエレオノーラを楽しませようと、庶民の暮らしぶりや傭兵生活について大いに語った。
 エレオノーラは驚きつつも、好意的にとらえ、ゲオルクとの会話を楽しんでいた。
 その時は、ゲオルクも上手くいくと思っていたのだが……。
「やっぱあの時、強引にいったのがまずかったか」
 ゲオルクは深々と嘆息した。
 花も恥らう17歳の乙女エレオノーラは本当に見目麗しい。
 そのため、彼女に言い寄る年頃の貴族は数多い。
 ゲオルクはその言い寄る貴族らと衝突してしまう。
「決闘だ!」
 貴族のボンボンがいきり立ってゲオルクに剣を向けた。
 ゲオルクはせせら笑い、その剣を素手で掴む。
 そいつが剣を引こうとするが、ゲオルクは強く剣を掴んでびくともしない。
「へなちょこが」
 ゲオルクはばしん!と一発、そいつの頬を平手打ちしてやった。
 だがその衝撃で、そいつは目玉が一個飛び出て顎が外れていた。
 とんでもない流血沙汰を起こしてしまったゲオルクは、即座に夜会を追い出されてしまったのだ。
 追い出されていく際に、エレオノーラの悲しそうな表情が目に焼き付いて離れない。
「……あああ、やっちまったなぁ……」
 項垂れるゲオルク。 
 若さゆえのあやまち。血気盛んなのも問題である。
「くそっ!」
 やけになって麦酒をあおろうとして、その杯を掴む手を止められた。
「そのへんにしておけ」
 驚くゲオルク。
 酒場で一人で飲んでいたが、すぐ隣に人が座るのに気がつかないとは。
「何だ、てめぇ」
「小僧。口の利き方に気をつけろ」
 ゲオルクはその男が軍人であることに気がつく。
(────中尉か)
 ばつが悪そうにしつつも、ゲオルクは舐められないようにと悪態をついてみせる。
「お、俺なんかに…何の用だよ!?」
「私ではない」
 紙巻煙草を胸ポケットから取り出し、マッチで火を点ける。
 そのマッチ箱には、丙家の紋章。
「ふー」
 煙草をふかす中尉。
 傭兵騎士など見下しているのだろう。
 ゲオルクの顔を見もしない。
「────私などより、もっと上の御方が、貴様に用があるのさ」



「まぁ、楽にせよ」
「……」
 ホロヴィズに気さくに話しかけられ、ゲオルクは硬い表情のままソファに腰掛ける。
 ホロヴィズの屋敷。大きくはあるが、驚くほど飾り気が少なく、殺風景ですらある。
 先日、ゲオルクが脅しをかけた乙家の貴族が煌びやかな装いだったことに比べると……良く言えば質実剛健。悪く言えば貧乏臭い。
 ゲオルク自身もそう華美を好む趣味はなく、数々の戦功を挙げて傭兵騎士として成り上がった現在も、平民にありがちな粗末な麻の服をまとっているだけである。
 貴人に会う際の礼儀として、剣や鎧は預けている。
 身軽だが少々落ち着かなかった。
「バーンブリッツ中尉、例のエドマチから取り寄せた…あの珍しい菓子でも持ってきなさい」
「は」
下町の酒場でゲオルクを呼び止め、ホロヴィズの元へ連れて来た中尉が席を立つ。
 厨房に行き、小さな盆に茶と菓子を乗せて戻ってくる。
「我が丙家に代々仕えるバーンブリッツ家は、彼らのルーツでもあるエドマチという小国と関わりがあってな。そこの茶葉や菓子をよく持ってきてくれるのじゃよ」
「緑色の茶に、黒いのに甘い菓子だ。貴様など、見た事もあるまい」
 バーンブリッツ中尉は「貴様などには勿体ないわ」と言いたげにしつつも、ゲオルクに茶と菓子をすすめる。
「中尉、これは何と言ったかね? そう、マッチャにヨーカン?」
「……」
「遠慮しておるのか?」
 ゲオルクは差し出された奇妙な茶や菓子には手をつけない。
「用件を聞こう」
「ほっほっ、気が短い男だ」
 ホロヴィズは爪楊枝に突き刺したヨーカンを食べながら、骨仮面に隠された目を細める。
「その前に、儂のことは知っておるな?」
「無論だ」
 丙家総本家当主、貴族としては公爵位。
 甲皇国における貴族爵位制度は…。
 上から皇帝、公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵、騎士とされている。
 今でこそ皇帝の臣下だが、丙家当主といえば元は一国の王にあたる。
 世が世であれば、このホロヴィズこそが皇帝となっていたかもしれないのだ。
 皇帝以外では皇子や皇女と同等となる「公爵」を名乗ることが許されているのも丙家当主と乙家当主のみで、「丙家公」とも呼ばれる。
 さて、そのホロヴィズだが、甲皇国でも皇帝に次いで諸外国でも名が知られる人物であろう。
 ガチガチの主戦派・人間至上主義者であり、現在の甲皇国陸軍大将。
 皇帝クノッヘンと同世代だから、既に齢60ともなる。
 アルフヘイムとの開戦初期からいる歴戦の老将軍。
 いつから付けているのか不明だが、骨仮面で素顔を隠している。
「ゲオルク。そなた、ペリソン提督の下で、アルフヘイム海軍を相手に中々活躍しておるようじゃな。敵船に乗り込んで切り込み、多くの亜人どもを血祭りにあげておるとか」
「仕事だからな」
 ただの傭兵は派遣社員やアルバイトのようなフリーの存在であり、甲皇国でもアルフヘイムでも関係なく仕事を請ける。
 だが傭兵騎士となると、つまり正社員であり、仕事は剣を捧げた国からしか請けられなくなるが、国から定期的な俸給が支給されるし、確かな身分が認められ貴族の端くれとなる。更に戦功を挙げれば、領地も与えられるかもしれない。
 戦場で数々の戦功を挙げたゲオルクを見て、他国に流出されては危険と判断したペリソン提督により、傭兵騎士にならないかと取り立てられたのだった。
 ゲオルクも特に所属や身分にこだわりがある訳ではないが、騎士とならねばできないこともある。
 例えばそう、貴族の娘と知り合うこともできない。
「結構なことじゃ。これからも甲皇国のため、骨身を惜しむなよ」
「フン…。それで? 俺に何の用だよ」
 思わず素が出て、ゲオルクは軽口を叩く。
 骨仮面に隠されたホロヴィズの目が、鋭く光ったような気がした。
「儂を舐めるなよ──小僧!」
 髑髏をあしらった杖を持っていたホロヴィズは、その杖の鋭く尖った先端をゲオルクへ突きつける。
「乙家の密命を受け、我が丙家の同胞を暗殺した件、儂が知らぬと思っているのか!」
「……!」
 ゲオルクは驚きつつも、それは表情に見せない。
 見せれば、その杖の先端が、ゲオルクの喉を刺し貫いたかもしれなかった。
「いい度胸じゃ」
 ゲオルクが表情を変えなかったことに、ホロヴィズは笑みを見せて杖を下げた。
「貴様も騎士となったとは言え、まだ丙家・乙家どちらの派閥に与しているという訳ではない。どちらの仕事を請けようが貴様の自由ではある。だがこれからは丙家の仕事だけを請けた方が賢明じゃぞ」
「……」
 ゲオルクは答えない。
 ホロヴィズの真意をまだ測りかねていた。
 ぐさり。
 ホロヴィズが爪楊枝でヨーカンを刺し、その四角いフォルムの奇妙な菓子をゲオルクの目の前でひらひらとさせる。
「食わんのか?」
「結構だ」
「ほっほっほっ、旨いのにのぅ」
 ヨーカンを口に入れつつ(骨仮面は口元だけ外している)、ホロヴィズは続けた。
「中々、なびかぬな」
「……」
「だがまぁ良かろう。丙家の者を殺したお主を許さんと言うべきところじゃが、儂が殺された訳ではないからのぅ。その暗殺理由も下らん。乙家の者が夜会での女の取り合いで、丙家の者に恨みを抱いて暗殺者を差し向けたという」
「夜会で、女の取り合い…」
 ゲオルクも身に覚えがある話だ。
「派閥にしてもそうじゃが、貴族というのはいつの時代も陰湿じゃ。貴様も端くれとはいえ騎士となったのじゃから、覚えておくといい」
(食えないジジイだ)
 ゲオルクは内心毒づく。
 拳の中にじっとりと汗が滲んでいた。
「貴様を呼びつけたのは、そのような下らん件ではない」
「……」
「貴様の腕を見込み、チャンスを与えよう。儂ら丙家のために働くというなら、先日の件は水に流しても良い」
「それはありがたいな」 
「それほど丙家と乙家は仲が悪い。元は宿敵同士じゃからな」
「今は、仮にも同じ国の者同士なのに……」
「主戦派の丙家、和平派の乙家と言われておるが……事はそう単純なものではないのじゃ」
「俺が知っているのは」
 ゲオルクは冷静に答える。
「甲皇軍の中での派閥も絡んでいるのだろう? 即ち、陸軍は丙家がおさえているが、海軍は乙家がおさえている。現在、アルフヘイムとの戦争は主に海戦と空戦だ。乙家は消耗激しく疲れている。一方、陸戦がないばかりに出番がない丙家は地位低下を恐れ、何としてでも戦争を継続してアルフヘイム上陸までもっていきたいと考えている」
「ほう」
 ホロヴィズは愉快そうに目を細める。
 ゲオルクは一見すると、力はあっても礼儀知らずで頭も良くなさそうに見える。
 だが、目端はきくようだ。
「正しい現状認識じゃな。そう、丙家も乙家も、自分達の家の利益を第一にして、戦争を続けたいだの、止めたいだのと言っているに過ぎん」
「で、チャンスというのは……?」
「ほっほっ。我ら丙家が、無知蒙昧なる売国奴の乙家を出し抜き、野蛮なる亜人どもを殲滅するために、一つ働いて欲しいのじゃ」
「……」
 やっと仕事の話である。
 ゲオルクはひそかに嘆息する。
 老人は話が長い。
 ひとしきり用件を伝えてから、ホロヴィズは追加のヨーカンをバーンブリッツ中尉に頼む。
 どうも気に入ったらしい。
「あ~~ホロヴィズさまばかりずる~い!」
 厨房から、元気の良い少年の声が響く。
「こら、ゲル! これはホロヴィズさまと客人に出す菓子だ」
「ぼくも甘い物が食べたい~!」
 甲皇国の食のまずさは世界一と言われている。
 特に甘味は不足がちで、子供たちは輸入物の甘味に目がない。
「ほっほっほっ、またゲルの小僧が甘い物を見つけて駄々をこねておるようじゃな」
 好々爺の表情を見せるホロヴィズ。
 彼の家族関係は不遇である。
 過去何人か生まれた息子たちは、いずれもアルフヘイムとの戦争で、亜人に殺された。
 それもあって、亜人への憎しみを益々募らせている。
 後に、更に老齢になったにも関わらず、メゼツやメルタといった子供たちを得るものの…。
 当時は、ゲルのような戦災孤児を引き取り、自身の養子として育てていた。
 彼らはやがて成長した時、当たり前のようにホロヴィズに忠実な軍人となっていく。
「ん? ほれ、ゲオルク。食わんのか?」
 再び、爪楊枝に刺したヨーカンを差し向けられ、ゲオルクは閉口する。
「……甘い物は苦手だ」
 毒でも入っているのかと思い、遂に菓子には手をつけなかった。
 乙家の依頼で丙家の貴族を暗殺してしまい、それをネタに何か要求されるのではないかとも思った。
 が、ホロヴィズはそういうことを匂わせつつ、ゲオルクが裏切れないような外堀を埋めつつ依頼を頼んだだけだった。
 丙家当主という大人物にしては用心深い。
 下手に脅してきたなら、ゲオルクはホロヴィズを素手でくびり殺して逃げるつもりだったのだ。
 ホロヴィズの提示した報酬は破格だった。
 乙家の姫君であるエレオノーラとの関係もあり、乙家に肩入れしようと思っていたが、今回は丙家に力を貸すのも仕方がない。
 そうゲオルクは考え、ホロヴィズの屋敷を後にする。
「信用できるのですか? あの若者は」
 屋敷の中から、窓に映るゲオルクの後姿を眺めながら。
 バーンブリッツ中尉が心配そうにホロヴィズに尋ねた。
「人物として信用はできんが、仕事は信用できる。やつには野心があるからのぅ」
「そうですな。ただの傭兵とは思えない迫力は感じました」
「更に手柄を立て、乙家の姫君エレオノーラ嬢を娶りたいと思っておるようじゃ」
「何と。身の程知らずな。私も今度、結婚するのですが…」
「軍人の名家たるバーンブリッツ家でも、エレオノーラ嬢は高嶺の花じゃな」
「……まぁ、普通は親の決めた相手と結婚するものですし」
 甲皇国に限らず、この時代の男女の結びつきは主に見合いである。恋愛結婚は珍しい。貴族は貴族、平民は平民同士。結婚相手も身分相応なのが一般的である。 
「親からも早く跡取りをと急かされておりまして…」
「軍人の宿命じゃな。娘が生まれるといいのぅ」
 戦争で多くの息子を失くしてきたホロヴィズなりの気遣いだった。男だと軍人になってしまう。
 もっとも、最近は甲皇国では出生率の低下が見られ、軍人不足から女性士官というのもぽつぽつ見られており…。
「は…。しかし、娘が生まれたとしても」
 この数年後、バーンブリッツ中尉には本当に娘が生まれるが、軍人となった。
「あのような血なまぐさい男を婿に迎えたくはないですな」
「ほっほっほっ。親としてはそうじゃろうな」
 ホロヴィズは愉快そうに笑う。
 骨仮面の老将軍、その真意は果たして…。
 彼もまた、底知れない人物だ。
 皇帝に従って亜人を絶滅させるべしと主張していることさえ、何らかの政治的ポーズではないか。
 腹心の部下であるバーンブリッツ中尉でさえ、骨仮面に隠された素顔は見たことがない。
 即物的で現実主義者の軍人の誰もが単なる大義名分・眉唾ものと感じる「ミシュガルド計画」についても、ホロヴィズだけは積極的に推進している。ミシュガルドについて、彼だけが知る何らかの秘密があるのかもしれない。
(だが、一つだけ明白なことがある)
 長年仕えてきたバーンブリッツが知るホロヴィズとは。
(閣下の前では、すべては盤上の駒に過ぎない。そう、皇帝陛下でさえ────)
 いつか、ホロヴィズが本性を露す時が来るのだろうか。
 願わくばその日が来ないように。
「旨いか?」
「うん!」
 バーンブリッツはやんちゃ坊主のゲルにヨーカンの余りをこっそりと与えながら、子世代の甲皇国の行く末を案じるのだった。





「ミシュガルド。失われた大陸か」
 実に胸躍る話だが、眉唾物でもある。
 軍人以上に見た物しか信用しない即物的な傭兵のゲオルクとしては、そんなものは伝説上の存在に過ぎないだろうと考える。
 ホロヴィズからの依頼に従い、ゲオルクは甲皇国空軍基地へと向かう。
 丙家の仕事で、対立する乙家の支配する海軍に頼むことはできないので、中立的な立場の空軍に頼むのだ。
 甲皇軍の中でも空軍は新しい軍隊である。
 空軍大将のゼット伯爵は、甲家が西方大陸を統一する以前から甲家に仕える由緒正しい貴族である。
 貴族の道楽として始めたグライダーや気球などの開発が高じて、自ら気球を操縦して超高高度からのアルフヘイム偵察にも成功し、「人類が亜人を越える飛行能力を持つことを証明した」と称し、「空中の騎士」と称えられた。その後、甲皇国の空軍設立の立役者となる。
 皇帝直轄地からの貴族なので、丙家や乙家に対しても何らしがらみがない。金次第でどちらにもつくという。(飛行船の開発・維持には金がかかるので)
 ある意味、傭兵のようでもあるが、政争には興味がないという立ち位置は何かと便利なのだ。
 そのゼット伯爵には、既にホロヴィズから話がつけられている。
「機関始動!」
「計器、各数値異常なし!」
「抜錨!」
 戦闘飛行船Z1号の機関士達の掛け声が響く中。
 プロペラが唸りを上げ、巨大な船体がゆっくりと地上から飛び立つ。
 海軍の所有するガレオン船を改造し、船本体の数十倍の大きさの巨大気球と帆柱、プロペラなどを取り付けている人類史上初の「飛行船」だ。
 今や中央公海はアルフヘイムの勢力圏となっている。防壁魔法の結界が張られ、空戦魔道士や竜騎士がはびこっている。ここを避け…。
 北方海上周りの航路にて、東方大陸の中立国であるSHW(スーパーハローワーク)商業連合国へと向かうのだ。
「……それにしても、生きた心地がしない光景だ」
 飛行船の甲板の欄干に手を置き、ゲオルクは眼下を見下ろす。
 昼間なのになお暗い。
 北方海上は一寸先も見えないような濃密で不気味な黒い霧に覆われている。
 噂では、その霧の向こう側にミシュガルド大陸があると言われているが……。
 黒い霧の中に入って生きて帰ってきた者はいない。
 霧だけではなく、海上は海流が激しく、乱気流も渦巻いている。
 常に暴風雨にあるような状態らしい。
「船内に入っていろ、小僧」
「…ゼット伯爵」
「もう少しすれば霧は更に深くなる。そうなれば、とても生身では耐えられない超高高度へ上昇せねばならん。船内にいなければ死ぬぞ」
「は」
 誇り高い武人であるゼット伯爵は、平民出身で提督となったペリソン提督と同じ匂いがする。
 ゲオルクは素直に従い、船内へ戻る。
 東方大陸はSHWが支配する領域だ。
 新興の中立国SHWは、甲皇国とアルフヘイムから逃れてきた亡命者達が建国、様々な小国が商業上の結びつきで連合している。
 現代において金は力だ。
 世界貿易額の半分以上を独占するSHWは、今ではアルフヘイムなどより余程強大な国だろうと、ゲオルクは思っている。
 その東方大陸にて、ミシュガルド大陸復活の手がかりになると思われる遺跡を探索し…。
 古代ミシュガルドの遺産を手に入れ、ホロヴィズの元へ持ち帰る。
 それができれば、丙家から領地を割譲され、更なる爵位を得られる……と、ホロヴィズから約束されていた。
 エレオノーラの母ジーン女伯爵にも認められるような男になる。
 そうすれば、エレオノーラとも……。
 ゲオルクは大望を胸に、東方大陸、その一地方であるハイランドへと向かう。
 後に、そこが自身の王国となるとは夢にも思わず……。
 ────時に、ダヴ暦427年のことであった。








つづく
★補足

ミシュガルド戦記における年表

ダヴ暦紀元前1000年以上~ 古代ミシュガルド文明が栄え、突如滅び去った
ダヴ暦元年 甲家が丙家と乙家を従え、甲皇国が成立
ダヴ暦387年 甲皇国がアルフヘイムに対し宣戦布告、開戦
ダヴ暦427年 ゲオルク19歳で甲皇国の傭兵騎士となる(9~10話)
ダヴ暦427~452年? ゲオルクがハイランド建国
ダヴ暦452年 甲皇軍がアルフヘイム上陸(プロローグ)
ダヴ暦457年 ゲオルク軍がアルフヘイム軍に加わる(1~8話)
ダヴ暦457年 終戦・ミシュガルド大陸の出現
ダヴ暦462年 ミシュガルド大陸の探索が進む

戦記本編となるダヴ暦457年ごろでのキャラクターの年齢
クノッヘン 90代
ホロヴィズ 90代
ゲオルク 49(ダヴ暦407年生まれ)
ゲル 30代後半
スズカ 20代後半
ラビ 13
シャルロット 11~12

※キャラクター登録時に年齢設定されているキャラは少ないので、独自解釈でやっています。パラレルってことで!w
sage