21話 キビダンゴ

21話 キビダンゴ






 ダヴ歴455年10月。
 ホタル谷に潜むクラウス義勇軍は戦闘を控えていた。
 副司令のニコロを欠いたことが、彼らの動きを鈍らせていたのだ。
 いなくなって初めて、ニコロが義勇軍で果たしていた役割の大きさに気づかされていた。戦士5千に非戦闘民1万という大所帯になった義勇軍において、軍団指揮や細かい差配など、地味だが縁の下の力持ちとなる仕事をニコロが一手に引き受けていたのだ。
 そんなニコロの代わりに実務を引き受けるのはやはりクラウスしかおらず、彼の重圧は並々ならぬものとなる。
 クラウスの性格的に、そんな状態で積極的に甲皇軍を襲う余裕は持てなかった。
 そんな中、義勇軍に更なる衝撃が走る。
 ───遂に、アルフヘイム南方戦線が敗れ去ったのだ。
 アルフヘイム大陸は広く、主戦場となっている西方戦線と北方戦線以外にも、規模は小さいながら激戦が繰り広げられた南方戦線というものがあった。
 ちなみに東方は余りに甲皇国から遠いため、さすがにそこまでは戦線は広がっていない。
 アルフヘイム大陸南部は、険峻セレニア山脈と活火山帯が広がっており、獰猛で知られる竜人族やその亜種サラマンドル族の領域であり、一筋縄では攻め落とせないと思われていた。
 ゆえに、セレニア山脈を避けるように、西部沿岸地域に甲皇軍の要塞群も建設されていたのだ。
 だが、甲皇軍ホロヴィズ大将配下の〝独眼鉄拳”ゲル・グリップ大佐による甲皇軍第一打撃軍が、踏破不可能と思われたバルモア砂漠を越えてセレニア山脈へ進軍し、竜人族とサラマンドル族を強襲した。
 ゲル・グリップと竜人族…その戦士レドフィンには、少なからぬ因縁があった。
 かつて3年以上前、甲皇軍がアルフヘイム大陸に上陸を果たした際に、アルフヘイム最強とうたわれたレドフィンが単独で甲皇国本土へカウンターアタックを仕掛けたのだ。
 当時、甲皇国陸軍のほぼすべてとなる10万余りの軍勢がアルフヘイム大陸上陸作戦に投入され、本土の守りは薄かった。
 レドフィンの猛威は凄まじく、彼一人のために帝都マンシュタインは火の海とされたのだ。
 甲皇国の軍人だけでなく、多くの民間人を巻き添えにしたこのレドフィン強襲事件は、〝竜の牙”と呼ばれ後々まで禍根を残す。
 例えば、ホロヴィズの娘であるメルタは生死の境を彷徨う重傷を負い、現在は寝たきりの生活となっている。
 ホロヴィズの腹心であるバーンブリッツ元少将は、レドフィンに戦いを挑むも敗れて軍を引退した。
 その娘スズカも、顔半分を焼かれ、左目を喪失した。
 またある者は、亜人の戦闘能力の高さに瞠目し、狂気に憑りつかれた。
 レドフィンに殺された者は数多に上り、その遺族や生き延びた者たちは、亜人に対する敵愾心を強めた。
 ……と、様々な甲皇国人の人生が狂う原因となったのだ。
 ───〝竜の牙”を忘れるな、やつらの巣穴を滅ぼせ!
 甲皇国の国家宣伝省は大々的にそう喧伝し、長引く戦争で厭戦気味だった甲皇民はこの戦いが聖戦だと疑わなくなったのである。
 ちなみに、このレドフィンを撃退したのが丙家思想を色濃く受け継ぐ第一皇位継承権者・皇太子ユリウスだった。彼は〝父親譲り”な戦闘力で、ただの生身の人間でありながら長剣一本でレドフィンの尻尾を切り落とした。
 そしてユリウスと共に戦ったのが、右半身を負傷して独眼と義手になったばかりのゲル・グリップであった。
 ゲル・グリップは、装着したばかりの義手でレドフィンを殴り飛ばし、〝独眼鉄拳”の異名はその時に付けられたものである。
 それから1年、大切な者たちを傷つけられたゲル大佐はレドフィンへの復讐に燃えていた。
 未だ〝竜の牙”で撃退された時の傷を癒していたレドフィンは万全な状態にあらず、翼を持たない徒歩の竜人族たるサラマンドル族も高い戦闘能力を持っていたが、装備は旧来の刀剣ばかり。
 一方、ゲル大佐の率いる第一打撃軍は、甲皇国本土で開発されたばかりの最新鋭の装備を優先的に回される部隊で、練度も士気も間違いなく甲皇軍最強の精鋭部隊である。
 アルフヘイム側は、竜人族がエルフ族と仲が悪いということもあり、増援はまったく見込めず自分たちだけで戦わざるを得なかった。
 甲皇軍側は、西方戦線から回してきた増援部隊が続々と送られ、物量も豊富と万全の状態。
 それでも南方戦線は激戦となり、2年続いた。
 そして先月、遂に甲皇軍の勝利に終わったという。
 竜人族とサラマンドル族の領土のすべてに甲皇軍の…丙家の旗が翻った。
 まだ俺は戦える!と吠えるレドフィンを、仲間の竜人族たちが必死にいさめ、竜人族は北方へと飛んで逃げていった。
 多数の戦死者を出したサラマンドル族の生き残りもまた、自らの村を捨てて徒歩で落ち延び……。





「とにかく飯だ、酒だ!」
 どっかと地べたに胡坐をかき、えらそうにミーシャに食料を要求するのは、若きエルフ族の女戦士。
 ミーシャが慌てて食事を運んでくる。
「何だァ? こンな貧相なモン食ってンのかよ……」
「むっ…口に合わないのなら」
「へッ、もう腹に入れば何でもいいヨ!」 
 目の前に出された食事──山菜入りの麦粥──を、女戦士は不平を言いつつも即座に口へかっこんだ。
 まだグツグツと煮え立っていたのに、女戦士は熱くないのか意に介さない。
「おかわり!」
 と、女戦士は空となった木杯をミーシャに向けるが、ミーシャは首を振る。
「あなただけたくさん食べたら、他の人の食べる分が無くなってしまうわ」
「ええ~~! ケチケチすンなよ! あたしたちは戦ってきたから疲れてンだよ!」
「でも、負けたんでしょ!」
「うぐっ……」
「な~~にが〝飯だ、酒だ!”よ。そんなえらそうな態度するなら、ちゃんと勝ってきなさいよ!」
「うぐぐ……」
 女戦士は事実を指摘され、だが言い返せず、鼻水を垂らして悔し涙を浮かべる。
 何の力も無いただの人間の小娘だというのに、ミーシャはちっとも逞しい女戦士に恐れを抱いていなかった。
「ご、ごめン……謝るから、おかわりください」
 女戦士はぐずぐずとべそをかきながらミーシャに謝る。
「ふん!」
 そんな女戦士にそっぽを向いて、ミーシャは膨れっつらをして木杯を片づけて立ち去ろうとする。
「まぁまぁ…ミーシャ」
 その様子を見ていたクラウスは笑いを噛み殺しながらいさめる。
「エイルゥどのも何も負けたくて負けたわけじゃない。自分たちの村を守るために必死に戦ったのだ。それに、腹が減ってはいくさはできない。彼女たちには再び戦ってもらわねばならないしな……」
「はいはい!」
 文句を言いながらも、クラウスに言われては仕方ないと、ミーシャはおかわりを取りに行った。
「…あ、ありがたい。クラウスどの! この御恩はいずれお返しする!」
 相当腹が減っていたのか、エイルゥは涙を流してクラウスの手を取って感謝している。
「いやいや……」
 クラウスは微笑しながら目の前の女戦士を見つめた。
 エイルゥはサラマンドル族を率いている部隊長である。
 クラウスの記憶が確かなら、サラマンドル族は竜人族の亜種で、翼を持たないだけで爬虫類的な見た目をしている。いわゆるリザードマンというやつだ。
 だがエイルゥ自身は純粋なエルフ族で、手甲と脛当てぐらいしか鎧を付けず、布面積の小さなサラマンドル族の民族衣装をまとい、健康的な褐色の肌を惜しげもなく晒していた。同じエルフ族のクラウスの美的感覚から言っても、見た目は非常に美しい。ただ振舞いが野蛮というか粗野というか、貴族っぽく上品な振舞いを好むエルフ族らしくない。
「あたしの爺は、竜人族とは少なからぬ因縁があってね」
 エイルゥは赤髪の頭をぼりぼりとかきながら、口を尖らせた。
「本当なら、爺が来るはずだったンだが、西方戦線が忙しいということで、サラマンドル族の村で生まれ育ったあたしが隊長を任されたンだ」
 エイルゥの言う爺とは、エルフ族最強の剣士と名高いシャム翁のことである。
 エルフ族と竜人族は仲が悪いとされているが、シャムとレドフィンは互いにアルフヘイム最強の座を巡って喧嘩をする好敵手同士だという。だが決着は付かず、99戦して99分け。
「爺が言うには、レドフィンとは遂に1対1では決着が付かなかった。でも互いの戦場でどちらが多く甲皇国兵を殺せるかで勝負しようとなったらしいンだわ。それが100戦目だとヨ」
「は~~豪快なお爺さんですね……」
 ミーシャがおかわりを持ってきて、それをエイルゥはひったくってすぐに食べる。
「おかわり!」
 豪快さではエイルゥも祖父譲りらしい。
 レドフィンたちのように飛んでいく訳にもいかず、サラマンドル族の戦士の生き残り200名を率いたエイルゥは、ホタル谷のクラウス義勇軍に合流していた。
「貴女が戦列に加わってくれて、正直ありがたい。歴戦の戦士は一人でも多く欲しいところだった」
「ウム。とは言えだナ……」
 エイルゥは髭もないのに顎を撫でながら、思案顔となる。どことなく爺臭い。クラウスは知るべくもないが、その仕草はシャムに瓜二つであった。
「ゲル・グリップとやつの率いる軍団は、占領した南方地域を部下に任せ、また西方の要塞群に戻っているらしい。そして次は、クラウス義勇軍を潰すと公言しているゾ」
「……ボルニアに軍を進める前に、喉に刺さった小骨を取り除くというところか」
「言いえて妙だナ。まさしくそンな感覚だ……しかし!」
 エイルゥは、床に置いていた自身の剣を取る。身の丈を遥かに超える巨大な剣。刀身が分厚く、鍛えているとはいえ女性のエイルゥの細腕には持つのも不可能と思えるほど重そうだ。
 それを、エイルゥは軽々と振り回す。
「小骨は案外大きい。無理に取り除こうとすれば、喉を突き破ってしまうだろう! 我が精霊剣シェーレの力、存分にお見せしよう!」
「……実に、頼もしいことだ」
 言葉を選びながら、クラウスはエイルゥを歓迎した。
 はっきりと本音を言えば、敗軍の将であるエイルゥが加わったところで、絶望的な状況であるのは変わらなかった。
 エイルゥや義勇軍の斥候部隊がもたらした情報が本当であれば、義勇軍討伐のために甲皇軍は1万以上の兵力を割いているという。
 例えそれを撃退できたとしても、西方戦線に投入されている甲皇軍は全部で7万もいるのだ。
 まだホタル谷に義勇軍が潜んでいるとまでは察知されていないにせよ、時間の問題だろう。
 ボルニアからの使者ナイアの要請を断ったものの、クラウスは義勇軍ごとボルニアへ行くべきではないかということも考えていた。






「えい! やあ! はっ!」
 月明かりとホタル谷の仄かな光源を頼りに…。
 谷間の中でも少し開けた場所が戦士の訓練場となっており、深夜だが眠れなかったビビが、体を動かせば眠れるかもと訓練をしていた。
 身の丈を超す巨大な戦斧を軽々と振り回すビビ。
 精霊の加護を得てからというもの、その身体能力は常人離れしたものとなっていた。かつて持っていた木こり用の小さな斧ではなく、戦うための斧を持つようになっていた。
 ───パパ、ママ、ロー、ニコロ……あたしは……。
 悲しみを振り払うかのように、ビビは戦斧を振るう。
 一向に疲れが体に現れない。眠れそうにない。もっと子供の頃は、いつも寝ている子供だと呆れられていたほどなのに。
 ビビの褐色の肌から玉のような汗が飛び、月光がそれをきらきらと光らせていた。
「精が出るナ」
 ビビに近づく影は、精霊剣シェーレを肩に担ぐエイルゥ。
「エイルゥさん……?」
「どうだ、一つ手合わせでも」
 返事を聞かないうちに、エイルゥはビビに躍りかかった。
「ええっ!?」
 ビビは驚きつつも、切りかかってきたエイルゥの大剣を戦斧で受け止める。
 衝撃音が鳴り響き、ビビの足元の土がぶわっと舞い散った。
「……ホゥ」
 エイルゥは嬉しそうに口端を歪める。
「す、すごい力…!」
 一方、ビビに余裕はない。口を食いしばり、必死に力負けしないように耐えている。
 それから二合、三合と。エイルゥとビビは互いの得物を交差させた。
「ははははは!」
 エイルゥは実に楽しそうに大剣を振るう。
「ぎっ! ぐっ!」
 打ち合う度に、ビビは苦悶の表情を浮かべる。
「辛気臭い顔をしおって! いっそ一思いに殺してやろうか!?」
 祖父のシャムを彷彿とさせる…まるで獣のような獰猛な表情を見せ、エイルゥが大剣を振り下ろす。
 その表情に、ビビは理不尽な暴力へ対する怒りを感じる。
「何を…するんだ!」
 ビビは戦斧でエイルゥの大剣を受け流すと、そのまま体をひねり、回し蹴りをエイルゥに浴びせた。
 びりびり。
 脇腹を手で押さえながら、エイルゥは苦悶の表情を浮かべる。鎧で守られていないところにビビの蹴りを受け、赤い痣になっていた。
「はははは!」
 しかし、苦悶の表情を浮かべたのは一瞬のことで、エイルゥは高笑いする。
「やはり筋がいい。お前は強くなるだろうナ」
 にやりと笑うと、エイルゥはどっかと胡坐をかいて地べたに座った。
 どうやらもう襲ってはこないようだ。
「あの……エイルゥさん……」
 おずおずと、戦斧を後ろ手に両手で隠しつつ、ビビは心配そうにエイルゥに近づく。
「すみません。痛くありませんでしたか?」
 本当はものすごく痛い。
「ははははは! 子供が気を遣うンじゃあない!」
 しかし、エイルゥはやせ我慢をしていた。
 それからビビはエイルゥの隣に座り、彼女を心配そうに見つめながら、何でこんなことをしたのか尋ねた。
 エイルゥは涼しい顔でただの訓練だと答え、それから仰向けになって地べたに背をつける。
 空は月が高く、満天の星々が煌いていた。
「……お前、まだ人を殺したことは無いナ?」
「え……あ、はい」
 エイルゥに質問され、ビビは戸惑いながらも応える。
「それでいい。お前のような子供が戦場に出ようというので少し驚いた。できることなら戦わせたくはないだろうナ、クラウスどのも」
「はい。でもあたしは……」
「それでも戦う理由があるというのなら」
 ビビの答えを待たず、エイルゥは厳しい顔つきでビビを見つめた。
「あたしの命はもう長くはないンだ」
 衝撃の事実を伝える。
 本来ならば、エイルゥはとっくに死んでいておかしくない傷を幾たびも受けてきたという。
 だがエイルゥの持つ、サラマンドル族の宝剣たる精霊剣シェーレの加護のおかげで、彼女は強靭な身体能力と治癒力を得ていた。
 それが南方戦線の崩壊で、サラマンドル族の村、精霊剣と同じ名前のシェーレ村は占領された。そこにある精霊樹は精霊剣とリンクしている。精霊樹が折れる時、精霊剣に流れる魔力も失われる。
「ゲル・グリップのやつは……精霊樹を切り倒していきやがったんだ。甲皇国で研究するからとかでサ」
 今や、精霊樹からの魔力の供給は絶たれ、精霊剣は装填された弾丸しかない銃のようなもの。予備のマガジンは無く、魔力の補給は難しい。このまま精霊剣を使い続ければ、いずれ砕け散る。
「──その時、あたしの体に幾重にもかけられてきた精霊の加護も力を失う。そうなれば、とっくに死ンでいてもおかしくないあたしの体もまた……」
「そ、そんな……」
「あンたは、あたしに似ている」
 エイルゥが戦場に出たのは2年前、17歳のことだったという。右も左も分からないままに戦った。戦って、殺して、血まみれになって。
「気が付けば、もうこの手は、洗っても洗っても、血の匂いが取れなくなっちゃったンだ……」
「……」
 ビビは何も言えなかった。
「あンた、それでもあたしと同じようになりたいのか?」
「それでも、あたしは……」
 ビビは澄んだ赤い瞳で、じっとエイルゥの少し陰りのある赤い瞳を見つめる。
 偶然ながら、二人とも女エルフで、褐色の肌で、赤髪と赤眼である。何も知らない者が見れば、姉妹のように見えたかもしれない。
 エイルゥはにこっと笑い、ビビの頭を撫でた。
「キビダンゴをあげよう」
 エイルゥは、腰につけた革袋から携帯固形食を取り出し、ビビに分けた。
 祖父のシャムは東方の島国エドマチかぶれで、そこから得た文化をこよなく愛していたという。
 エイルゥもその影響を受け、携帯固形食(チーズだったり乾パンだったりするが)を、すべてキビダンゴと称し、気に入った者に分け与えるのだった。
「キビダンゴ…?」
 意味が分からないビビが不思議そうな顔をする。
「ははは、友情の証という意味さ。この本に描いているンだけどね…」
 祖父シャムに与えられたキビダンゴにまつわる絵本をエイルゥはいつも持ち歩いていた。何度も読み返しすぎてボロボロになったその絵本には、悪い鬼を倒す勇者の話が描かれていて、彼女はその話が大好きだった。
「……こうしてモモタロウは、お爺さんお婆さんといつまでも平和に暮らしましたとさ」
 エイルゥはビビに、絵本を読んで聞かせる。
 すーすー。
 寝息が聞こえた。いつの間にか、ビビはエイルゥのむっちりした太ももを枕に寝入っていた。 
 エイルゥは優しく笑い、ひそかに決意する。
 例え精霊剣が砕けたとしても、自らの命尽きようとも。
 ───この小さな少女だけは守ってみせると。








つづく
sage