23話 差別主義者たち

23話 差別主義者たち






 ダヴ歴456年1月…。
 ゲオルクがアルフヘイムに上陸するちょうど1年前である。
 甲皇国とアルフヘイムの戦いは、いよいよ激しさを増しつつあった。
 甲皇軍は、橋頭堡となる沿岸部の要塞を建設し、そこから兵站を確保するため周辺地域の制圧作戦を行い、それは概ね完了しつつあった。
 北方・南方戦線にそれぞれ侵略の手を伸ばしてはいたが、アルフヘイム軍主力の根拠地があると思われる大陸中央のボルニアやセントヴェリアまで進軍することは控えられていた。
 アルフヘイム軍を叩くよりも、占領地域の地盤固めを優先していたのだ。
 それがホタル谷の戦いでの敗北をきっかけに、〝亜人侮り難し”と甲皇軍は再認識する。
 また、長引く戦時体制によって甲皇国本土は疲弊しきっていた。
 ホタル谷の戦いでの敗北により、本土の和平派たる乙家が息を吹き返し、厭戦気分が蔓延するのも避けたい。
 早急に、大きな勝利、確固たる戦果を必要としていた。
 西方戦線の甲皇軍は第三打撃軍を失ったことから再編成が行われ、増援部隊として甲皇国本土からも新たな兵(傭兵や機械兵を含む)や新兵器が続々と送り込まれていた。
 翌2月には、西方戦線の甲皇軍は1万人の兵力の損失をカバーし、ボルニア攻略のために必要と思われる7万の兵力を回復させていた。
 北方戦線に回されたエントヴァイエン皇子と丙武大佐の第四打撃軍団を除き、それ以外の軍団のほぼ全てがボルニア戦へ投入されるのだ。
 それだけボルニアを守る〝宿将”アーウィンとその麾下のアルフヘイム正規軍たる魔法騎士団、そして英雄クラウスの存在を警戒してのことであった。

 




「英雄クラウスか……」
 失った右目に付けられた眼帯を触りながら、葡萄酒がなみなみと入ったグラスを男は傾ける。
 かつて〝竜の牙”の災禍により、帝都マンシュタインを暴れまわった暴火竜レドフィンにより失われた右目が疼くのだった。
 そこはかつてアルフヘイム西方の要と言われたアリューザの街。
 現在は甲皇軍に支配され、周辺の甲皇軍小要塞の基点となる大要塞へと改築。
 アルフヘイムには石作りの家というものは少なかったが、占領されてから3年余り。すっかり甲皇国風の石壁の街へと変貌していた。
 その中心にそびえるのはアリューザ領主の館。グロテスクなまでに装飾過剰で華美な、いわゆるバロック調建築である。
 領主の玉座に足組をしながら座るのは、この街の支配者となった男。
 鍛え上げられた大柄な体躯を、豪奢でゆったりとした漆黒の軍服に身を包み、傲岸不遜な冷笑を張り付かせている。
 彼こそが、このアリューザだけでなく、アルフヘイムに上陸した甲皇国軍すべての支配者。
 ホロヴィズも、丙武も、クンニバルも、すべての甲皇国軍人が跪く存在。
 甲皇国皇太子、第一皇位継承権者ユリウスであった。
「……甲皇国では私が、同じようにアルフヘイムではやつがそう呼ばれるというわけか」
 ぐいっと葡萄酒を飲み干し、ユリウスはグラスを床に叩きつけた。
 グラスが割れ、破片が飛び散る。
「気に食わんな。まるでやつが私に並び立ったかのようではないか」
 ユリウスは典型的な人間至上主義者であり、人間以外のすべての種族を絶滅させることをよしとしている。
 和平派の乙家出身の母を持ちながらそうした過激な考えになったのは、幼い頃に母と引き離され、皇帝とホロヴィズから英才教育を受けたためである。
「この世に英雄と呼ばれる者は、二人もいらん」 
「仰る通りです。兄上」
 男に追従するのは、細身ながら程良く筋肉がついた体を甲皇軍の軍服で包んでいるが、顔はあどけなさを残した金髪碧眼の美少年。 
「ですが、しょせんは獣と変わらぬ亜人どもが勝手にそう呼んでいるだけ。栄えある甲皇国人に称賛される兄上とはまったく異なります。お気になさるほどのことでもありますまい」
「アウグストよ……」
 ユリウスの残された左目が鋭く光り、くいくいと人差し指だけでアウグストを手招きする。
「は」
 アウグストがユリウスに近づくと…。
 ユリウスは、思いっきりアウグストを平手打ちにした。
 アウグストの整った顔がひしゃげ、彼は口内を切ってしまう。
 豪奢な絨毯に顔を埋めたアウグストに対し、ユリウスはその顔を容赦なく軍靴で踏みにじった。
「愚か者が。なぜ私が殴ったのかも分かるまい」
 ユリウスは気に食わないと言った。だがその論点をずらし、気にすることじゃないと否定するようなことを言ってしまった。自分の意を軽んじられたと思い、ユリウスはアウグストを殴ったのだった。
「それに」
 ユリウスはアウグストの顔を踏みにじったまま、ぎりりと足に力を込めた。
「私のことを、兄と呼ぶなと言ったはずだ。例え、二人きりの場だとしてもな……」
「ううう」
 アウグストは苦痛の呻きを漏らし、ユリウスの足に縋る。
「お許しください! 兄上!」
「あぁ?」
 ユリウスは更に足へ力をこめる。
「あ──で、殿下! お慈悲を……!」
「ふん」
 ユリウスは足を離し、玉座に座りなおした。
 この歪な関係の二人は、血を分けた実の兄弟であるが、数奇な運命によりまったく違う環境で育てられていた。
 兄は、甲皇国皇帝クノッヘンの息子という形で、甲皇国の皇子ユリウスとして。
 弟は、ハイランド王ゲオルクの息子という形で、ハイランドの王子アーベルとして。
 だが実は、二人ともゲオルクとエレオノーラの息子だった。
 だから本来であればユリウスに正統な皇位継承権などは無いが、事情を知るのはごく僅かな人間であるし、今となってはユリウスが誰の子であるかを証明することもできない。
 それに、ユリウス自身も自らは甲皇国皇帝クノッヘンの息子であると信じて疑っておらず、周囲も彼の能力や思想は次期皇帝に相応しいと見なしていた。
 そんな兄の事情を、弟は14歳の時に母から聞かされていた。
「アーベル、だからユリウスは、本当はあなたのお兄さんなのよ」
 ユリウスを自らの手に取り戻せなかったことを、エレオノーラはハイランドに来てからもずっと悔いていた。
「アーベルよ、お前はもう一人前だ。戦場を自らで選ぶこともできる」
 ゲオルクは、ハイランドの王子らしく傭兵として生きることができるよう、アーベルを育てていた。
「では父上、私は───」
 アーベルは甲皇国傭兵となることを選ぶ。
 皇帝クノッヘンとは確執があるゲオルクとしては大反対であったが、アーベルは押し切り、家出同然にハイランドを出奔した。
 そしてハイランドの王子であることを隠すため、アウグストと名乗ったのである。
 ボクはあなたの弟なんです!
 初めてユリウスの元を訪れたアウグストは、自分たちの出自について兄に熱弁したが…。
「私を皇位継承権争いから脱落させようとする他の皇子どもの差し金であろう?」
 ユリウスはとりつくしまもない。
 当然である。弟といっても証明するすべは何一つない。
 だが、それでもアウグストは諦めなかった。
 家族の温もりを知らず、幼少期からクノッヘンの慰み者となりながら、偽りの地位と偏った思想を植え付けられた兄を、救いたいと思っていた。
 だがそれはもはや不可能なことであり、様々な葛藤の末、アウグストは兄の下僕となることを選んだのだ。
「兄の幸せのためなら、私はこの命などいらない」
 がむしゃらに傭兵として働いた。
 そしてようやく、ユリウスの元で仕えることを許された。
 傭兵騎士アウグストといえば、甲皇国でも一目置かれる存在となったのである。
 ───だが、いつまでたっても兄は私を認めてはくれないのか……。
 どれだけ尽くしても、兄の頑なな態度は変わらない。
 4年かかってようやくユリウスの側仕えとなれたが、これ以上どうすればいいのか、アウグストには分からなかった。
「アウグストよ」
 そんな弟を、兄は優しく抱き起こす。
「あ、──で、殿下」
 兄は弟の耳朶を噛み、ぼそぼそと小声で話す。
「うむ。痛かったか? 悪いな。お前が私を兄と呼ぶことについてだが、まぁ義兄弟のようなものならば別に構わんとは思ってるのだ。しかし私はこの通り立場がある。いつどこで誰が聞いているかもわからない。隙あらば私を蹴落としたいと思っているエントヴァイエンやガデンツァなどの耳に入れば大変なことだろう?」
兄のこのような優しい声を、弟は初めて耳にした。
「は、はい……」
「ゆえに、お前を弟と認める訳にはいかない。だが内心ではお前を認めてやりたいと常々思っているのだ」
「あ、ありがとう……ございます」
「そのためにも、私は今まで以上に自分の地位を確固たるものとせねばならない」
「はい」
「私の障害となる者どもを、排除してくれ」
「兄上の……望むままに……」
 それからアウグストは、ユリウスから幾つかの指示を受ける。
 報酬は、兄の寵愛である。





 〝クリスタルパレス”ボルニア。
 ウッドピクス族が領地とするその街は、普通の石壁や木造の家が建ち並ぶのではなく、ウッドピクス族固有の能力によってクリスタル洞窟造りの家々となっている。
 この街を守るのは、ウッドピクス族の戦士たちがおよそ2千。
 主力となるのがアルフヘイム正規軍たるエルフ族の〝宿将”アーウィン率いる魔法騎士団2万8千。
 そしてクラウスと義勇軍だった戦士たち──今はクラウス親衛隊とクラウス騎士団と名乗っている──が、5千。
 アルフヘイム西方戦線の最前線となる街には、これだけの数の戦える人間がそろっている。
 街中を見渡すと、義勇軍が連れてきた1万の疎開民がすっかりボルニアに溶け込み、明るい表情を見せていた。
 ウッドピクス族は意外にも寛容な種族で、疎開民を温かく迎え、彼らのクリスタル造成技術によって新たな家々が用意されていた。
 もうすぐ恐るべき甲皇軍がやってくる。
 アルフヘイム正規軍3万5千が、倍の甲皇軍7万に勝てる保証はない。
 かつてない激戦が予想されるし、民間人にも被害が出る恐れは高い。
 だが今は、この一時の平和を享受しようと、人々は笑顔を見せているのだ。
「やぁ! はぁ! とーー!」
 ボルニア中央広場に、可愛らしい少女の元気な声が飛ぶ。
 ビビが、身の丈を超す全金属製ハルバードを振り回し、訓練に励んでいた。
 今まで身に着けていた皮鎧ではない。赤いビキニアーマーを身に着けていた。
 エイルゥの忘れ形見シェーレの破片を取り付けたハルバードを持ってからというもの、ビビは体の中に精霊の力が湧き出てくるようだった。
 鎧で全身を覆わなくても、意識を集中すれば体が強靭になり、素肌でも剣や槍を通さない。
 だからといってビキニアーマーになる必要はないのだが、ビビは男性の目線を気にしたことがなかったのだ。
 ビビ自体が見目麗しいエルフ族の少女な上に、ビキニアーマーに巨大ハルバードととても目立つ光景である。
 周囲に兵士や民間人が集まり、やんやと喝采の声を上げている。
「……ほう、なかなかの腕前だ」
 そんな集まってきた群衆の中に、一人の長身のウッドピクス族がいた。
 貴族的な物腰で、実際に高貴なウッドピクス族なのかもしれない。派手な装飾の豪奢な絹服をまとっている。左右対称で小さくまとまった口元に微笑をたたえている。
 ウッドピクス族は他の種族からすると個体差の判別がつきにくいが、体が大きいのが戦闘タイプで、小さいのは民間人タイプだという。とすると彼は戦闘タイプのようだった。
「そこのエルフの少女よ」
 ウッドピクス族の青年が声をかけると、ビビは訓練の手を止め、額に滲んだ汗をぬぐった。
「え? なぁに、おじさん」
「───おじ……私はまだおじさんと呼ばれる年齢ではないのだが……まぁいい。君が持つそのハルバードから、大きな精霊の力を感じるのだが」
「ああ、これは……」
 ビビはエイルゥとのいきさつを、そのウッドピクス族の青年に話した。
「ふむ、なるほど。通りで……」
 合点がいったように、青年は頷く。
「我がウッドピクス族は……死んだ者の魔力をクリスタルに封じ込める力があるのだが、それと同じ原理がそのハルバードにも働いているようだ」
「え、そうなんだ」
「左様。ゆえに、そのハルバードは、いわばエイルゥどのの魂の結晶とも言うべきものだ」
「……そうなんだ」
 ビビはぎゅっとハルバードを小さな胸に当て抱きしめる。
「大事にすることだ。エルフ族とはいえ、エイルゥどのも、そして君も、素直でとても善良な心を持った少女のようだから、余計な心配かもしれないが」
「おじさん、エイルゥさんと知り合いなの?」
「うむ。といっても一度きりしか会っていないが……彼女はエルフ族でも名高いシャム翁という剣士の孫娘でな」
 シャムはこのボルニアにて戦闘員として戦列に加わっている。
 たまたまエイルゥはシャムの元に訪れていたが、その時に青年にも会っていたのだ。
「我が名はアッシュ。ウッドピクス族の誇り高い戦士だ。アルフヘイム最強の剣士と名高いシャム翁よ。どうか私と手合わせを───」
「100年早いわ、小僧が。まずはそこの小娘と戦ってみろ」
 すげなく断られ、侮辱を受けたと感じたアッシュはエイルゥと戦ったのである。
「で、結果はどうなったの……?」
 ビビが手に汗握り、はらはらと心配そうな表情を見せる。
 それを見て、アッシュは愉快そうに肩をすくめた。
「ふふ、残念ながら……。エイルゥどのとはなかなか良い勝負だったのだが、横からシャム翁が〝こらこらエイルゥ、脇が甘いぞ、ああもう未熟なことだ。見ておれんなぁ”などと嫌味ったらしく口を挟むものだから、エイルゥどのが切れてしまってな……」
 余計なお世話だジジイ!とエイルゥは激高し、アッシュそっちのけでエイルゥとシャムが喧嘩を初めてしまったので勝負は流れてしまったのだった。
「あはは!」
 ビビは腹を抱えて明るく笑う。
「エイルゥさんらしいや」
「ああ、気持ちの良い連中だった」
 過去形であることに、ビビはふっと顔に陰りを見せる。
「そう、エルフ族といっても、別に差別主義者ばかりではない。善良で気持ちの良い者たちもいるのだがな……」
「……?」
 アッシュが何を言おうとしているのか分からず、ビビは首を傾げた。
「なに、君のような子供が気にすることではない。せいぜい訓練に励め。そしてくれぐれも、そのハルバードは大事にするのだぞ」
 含みを持たせつつも、アッシュはその場を立ち去って行った。







「……ですから、何度も申し上げてるじゃあ~りませんか。ねぇ、アーウィン将軍? ねぇ、みなさん?」
 厭味ったらしい声だった。
 群青色の頭髪の前髪部分だけを少しだけ垂らし、そこを指先で弄っている。
 三白眼で陰険そうな目つきを細め、周囲を睥睨する。
 身にまとうは金ぴかで悪趣味な鎧。
「ねっ、このフェデリコが! 言った通りでしょう?」
 フェデリコ・ゴールドウィンは、セントヴェリアからボルニアに派遣されてきたエルフの将軍である。
 彼はアルフヘイム政府の実権を握る大貴族ラギルゥー族の血縁者だった。まだ若いのでアーウィンよりも軍での地位は低いが、貴族としての格はアーウィンよりも上なのだ。
 それがクラウスの台頭により、軍での地位が更に低下したことに怒りを募らせていた。
 また、クラウスがボルニア全軍の指揮をとると知らされたセントヴェリアのアルフヘイム政府上層部は、いくら義勇軍での功績があるといってもそれは軽率に過ぎるのではないかと意見が出され、ラギルゥー族からの指令も受けたフェデリコはクラウスを厳しい目で見ていた。
 このフェデリコ、見た目の印象通りの陰険でつまらない男である。はっきり言えば無能だった。元義勇軍、つまりクラウス騎士団の粗探しばかりして、神経質に細かいことを大げさに喚きたてる。
 だが、大貴族出身のフェデリコに意見できる者は少ない。
 平民出身だが有能なクラウスと貴族出身だが無能なフェデリコ。
 わかりやすいぐらいに水と油な二人だったのだ。
 フェデリコはクラウスに嫉妬と反感を抱き、貴族出身の自分こそがこのボルニア全軍を率いるのに相応しいと思っている。
「いやいや……実際、クラウスどのはよくやっているよ」
 それに対し、毎度のようにクラウスを擁護するのは〝宿将”アーウィンだった。
 鎧は身に着けず、アルフヘイム魔法騎士団の青と赤のツートンカラーの軍服姿。
 長命のエルフとはいえ既に老齢に差し掛かっているが、何度も甲皇軍とも渡り合い、ギリギリのところで踏みとどまってこれたのは彼のおかげと言われている。
 その彼が、次世代のアルフヘイムを担うであろうと、カリスマ性に富むクラウスを総司令に推薦したのだった。
 無論、アーウィン自身もクラウスを補佐するつもりであるし、クラウスに足らない経験を補うつもりである。
 ボルニアに到着したばかりのクラウスを一目見て、アーウィンは彼のことをそれだけのことをするに値する男だと見抜いていた。
 だが、アーウィンにそこまでさせるクラウスに対し、フェデリコの嫉妬は燃え上がるばかりだった。
 喧々諤々。
 あーでもないこーでもないと、ボルニア軍の首脳陣たちの軍議は紛糾する。
「……」
「……」
 そんな中、クラウスとウッドピクス族の幹部として出席しているアッシュは腕組みをしてるだけで口数は少ない。
 クラウスは新参の将軍として、余り面と向かって意見を出すとフェデリコに睨まれるからと考え、事前にアーウィンに自分の考えを伝えるに留めていた。
 一方、アッシュは下手に意見を出すと、フェデリコに〝この樹人ふぜいが!”と、容赦ない差別の言葉を浴びせられるので、うんざりして何も話さなくなっていた。
 ゆえに、よく意見を出すのはフェデリコとアーウィンだけだ。
 だが二人の意見はいつも相反する内容で、ほぼアーウィンの言ってることの方が正しい。 
 つまり軍議はフェデリコ一人のために引っ掻き回されている状態だった。
 しかしながら、大貴族ラギルゥー族の影がちらつき、誰もが表立って反発することが難しいという状況である。






「……今日も軍議は実りがない話ばかりだったな」
 軍議を終えて、宿舎に戻ってきたクラウスは疲れたようにため息をつく。
「お疲れさま」
 ミーシャが冷たいおしぼりとお茶を出してくる。
 こういう気配りがすぐにできるため、クラウス親衛隊という女性ばかりで構成された軍団ができてなお、ミーシャの地位は安泰だった。
「ああ。ニコロがなぜすぐに将軍の地位を降りたのか良く分かったよ……」
「元気を出して、クラウス」
 クラウスの背後からぎゅっと彼を抱きしめるミーシャ。慎ましい膨らみがクラウスの背に当たっていた。
「ああ、ミーたん」
「あ、だめよクゥちゃん」
 クラウスが振り返ってミーシャにキスをしようとすると、ミーシャは慌ててそれを遮った。
「何だよ、いいじゃないか」
「いや、その」
 ミーシャは真っ赤な顔で、背後を指さした。
「……いえ、お構いなく」
 クラウスとミーシャのほんのすぐ近くから。人間の少年が、沢山の毛布や食料などの荷物を運びながら笑顔を見せていた。
 ウッドピクス族が作ったクリスタル状の家というのは洞窟になっていて、あちこちに出入り口がつながっている。
 個室が余りなくて、プライバシーを保つには適していなかった。
 クラウスたちにとってボルニアは仮住まいだから余り贅沢は言えないのだが…。
「あー、ごほん」
 必死に体裁を取り繕い、クラウスは将軍の顔に戻る。
「君は? 最近、騎士団に志願入隊したのかな? 見かけない顔だが」
 少年は平服を着ているが、クラウス騎士団の腕章を身に着けている。
「……アーベルと申します。以後、お見知りおきを」
 金髪碧眼の美少年は、虫も殺せない笑顔で爽やかに笑うのだった。







つづく
sage