Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
45話 負の遺産

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45話 負の遺産







 かつて、古代エンシェントエルフに支配されていた骨大陸。
 古代エルフにとって、人類は何の取り柄もない野蛮人だった。
 エルフを最上位として、様々な亜人よりも下、劣等種族・無知な動物・奴隷として蔑んでいた。
 それが今日まで続く「エルフ至上主義」である。 
 古代エルフの増長は留まるところを知らなかったが、彼らの保有する古代ミシュガルドの技術は先進的で圧倒的であり、人類との差は大きかった。
 それに対し、人類は蛮性を極めることとした。
 戦い、戦い、戦いの連続。
 うず高く積まれゆく人骨。
 この大陸が「骨大陸」と呼ばれるゆえんである。
 苦難の戦いの末、骨大陸の人類は辛うじて古代エルフの支配を覆したものの…。
 ───野蛮人に明け渡す土地などない!
 古代エルフの置き土産呪い
 土壌を永遠に腐らせる呪術により、骨大陸は本当に骨しか出てこない不毛の地となる。
 その負の遺産により、慢性的な飢饉と貧困に喘ぐ骨大陸の人類。
 僅かな蓄えを巡り、略奪と長きに渡る内乱に苦しめられることとなる。
 やがて数々の小国が入り乱れる大陸を統一したのは、ダヴ統一真国家とも呼ばれ、人類国家たる甲皇国。
 古代ミシュガルドの遺産を発掘し、正統なミシュガルドの後継者を自認する。
 だが、後継者を自認する国はもう一つあった。
 その名は精霊国家アルフヘイム。
 今や骨大陸より遥かに豊穣で、精霊樹の加護の下、繁栄を謳歌するエルフたちの国。
 ───我々が貧しいのはやつらのせいだというのに……!
 ただ、苦しみから解放されたいだけだった。
 ただ、子供たちの笑顔が見たいだけだった。
 人類には自由も繁栄も許されないというのか。
 やがて、祈りは呪いへと変わる。
 この歴史を知る者は、決してエルフを、亜人を許すことはない。
 エルフを殺せ!
 亜人を殺せ!
 精霊樹を我が物とし、骨大陸に肉を!
 例え、再びうず高く骨を積むこととなっても……。
 斯くして、怒れる骨の民は千年の恨みを晴らすべく、亜骨大聖戦は始まったのである。






 アリューザ周囲の塹壕や鉄条網が突破され、戦場が市街戦に移ってからも、甲皇軍の抵抗は続いていた。
 一人一殺の気合で、名もなき皇軍兵士たちは突撃していく。
 それに意味はあるのか、誰も教えてはくれない。誰も答えてはくれない。
 この世に生きとし生けるものの、すべての命に限りがあるのならば…。
 何のために生きて、苦しみ、悲しみ、老いて、病み、戦い、そして死にゆくのか。
 愛する国。
 愛する故郷。
 愛する人々のために、なのか。
「ウオオオーーーーー!」
 裂帛の気合を込めて、皇軍兵士の一群が、爆弾を抱えて魔力タンクへ突っ込んでいく。
「機銃掃射!」
 フェア・ノートが叫ぶ。
 魔力タンクに備え付けられた機関銃が火を噴き、皇軍兵士の群れを寄せ付けない。
「あ。あああ……あああ!」
 穴だらけとされ、脳を露出させ、片足がちぎれた皇軍兵士は、それでも。
 小銃を杖にし、死んだ味方の肩を抱えながら、魔力タンクへ近寄ろうと手を伸ばす。
 が、敢え無く力尽き、ばたばたと倒れていく。
「……何故だ」
 随伴歩兵として、魔力タンクを護衛する精霊戦士アリアンナが呟いた。
 野砲部隊すら壊滅し、決死の白兵戦を挑むしかない甲皇軍など物の数ではない。
 特に一騎当千の精霊戦士にとっては、皇軍兵士らの抵抗は、はっきりと無駄としか思えない。
 なのに。
「何故、無駄に殺されると分かっていて、攻めてくる……!?」
「あああああ!」
「うっ…!」
 アリアンナの足元にいた死んだと思われた皇軍兵士が、突如立ち上がって彼女を引き倒した。
 皇軍兵士はアリアンナの首を鷲掴みにして、万力のような力で絞め殺そうとする。
 よく見るとその兵士の顔は、半分以上削れている。
「───狂人どもが!」
 兵士を蹴り飛ばし、アリアンナはレイピアを振るう。
 その兵士は首を突き刺され、絶命した。
「不注意ですな。死んだふりをして襲ってくるやつもいますよ」
 ブス、ブス、ブス。
 槍や短剣を使い、ドワーフ工兵らが倒れる皇軍兵士にとどめを刺していた。
「……こいつらは、何のために、何故戦えるのだ」
「考えるだけ無駄ってもんですぜ。アリアンナさん」
 アリアンナに話しかけたのは、ドワーフ工兵を率いるフメツだった。
「フメツ…な、何だその姿は」
「ああ、これですかい?」
 フメツの腰回りに、じゃらじゃらと“耳”があった。
 皇軍兵士の死体から削ぎ落した耳の数々を、アクセサリーのようにぶら下げていたのだ。
「故郷のガキどもに見せてやるんでさ。武勇伝になりますからね」
「……」
 薄気味悪いものを見るように、アリアンナは顔をしかめる。
 エルフの美意識からは考えられない。
 友軍とはいえドワーフの野蛮に吐き気がした。
 だが他方では、そのエルフの仲間が、フェデリコやシャフロスキー率いるサウスエルフ黄金騎士団が、アリューザ市街で民間人の財産の略奪や強姦に及んでいた。 
 ───敵も味方も、狂っている!
 しかし、そう思うアリアンナもまた、戦場に魅入られていた。
 切って、切って、切って。
 吹き飛ばして、刻んで、細切れにして。
 既に全身は真っ赤に、返り血に染め上げられていた。
 そんな戦場を駆けていくうちに、やがて戦いを楽しむようになっていく。
 敵を殺している今この時こそが当たり前であり正常なのだ。
 そう、思わねば、気が狂いそうだった。




「勇敢なる甲皇軍将兵の諸君!」
 クラウスの声は、大勢の魔導士による精霊魔法のテレパシーによって、拡声されて戦場に響き渡った。
「もはや、アリューザは制圧されつつあり……」
「諸君らの抵抗は無意味である!」
「我々は無駄な殺生は好まない!」
「武器を捨て、速やかに投降せよ!」
「さすれば、こちらは騎士としての礼節に従い、諸君らの生命や尊厳を……」
 ドン、ドン、ドン!
 クラウスの声を遮るように、銃声が鳴り響く。
「無駄ですよ、司令……」
 親衛隊主席のアメティスタがそう進言する。
「彼らは本当に、最後の一兵となっても戦うつもりなのでしょう。であるなら、死なせてやらねば戦いは終わらせられない……」
「人は俺を英雄と呼ぶが……」
 クラウスは痛恨の表情だった。
「英雄とは何だ。なぜ、そこまでして。人をこれほどにまでに殺し、英雄と呼ばれる資格などあるのか」
 アメティスタが、ビビが驚いていた。
 これまでのクラウスは本当に立派な人格者であり、誰にもこのような弱音を見せることはなかったのに。
 本当は恋人のミーシャにだけはその姿を見せていたのだが、今はミーシャも身重でボルニアにいる。遠く離れたこのアリューザで、クラウスは思わずありのままの姿を部下たちに見せてしまっていた。
「……いえ! あなたは英雄だ!」
 アメティスタは怖い顔をして、クラウスの両肩を掴む。
「しっかりしてください! 今やあなたは反甲皇国の旗印、そう“象徴”なのです。時代が英雄を求めていて、その求めに従い、みながあなたを英雄に仕立て上げた。大変かとは思います。しかし、英雄とは自らの意思でなるものではなく、必要に応じて作り上げられるもの。そして、誰もがなれるものではない」
「では、俺は君たちに作られたのか……」
「そう考えて頂いても結構! ですが、この際はっきり申し上げます。甲皇国人によってアルフヘイムはこれまでどのような目に遭ってきたのかお忘れか!? 攻めてきたのは奴らですよ。同情することはありません。そこにいるビビどのの尊敬するエイルゥどのは、なぜホタル谷で戦死したのですか? なぜそのようなことになったのですか?」
「……」
 クラウスは黙ったままだった。
 アメティスタは涙を流し、クラウスと鼻先を突きつけるようにして叫んだ。
「あなたはなぜそこまでして生かされるのか。人を殺してなぜ英雄と呼ばれるのか。その意味をよくお考えください!」
「分かった。アメティスタ……俺も覚悟を決めよう」
 クラウスは首を振る。
 これが俺の運命なのだ。
 無理矢理にでも、そう思わねばやりきれない。
「敵司令部を落とすぞ。抵抗する者は容赦するな。みんな、あと一息だ!」
「はい!」
 アルフヘイム軍は総力をあげ、甲皇国第四軍司令部へ向けて進軍していった。







 一方、甲皇国第四軍司令部では。
「……いよいよか。アリューザの露と消える時が」
「閣下、今からでも遅くはありません。どうか司令だけでも脱出を…!」
 参謀が進言するが、バーナードは首を振る。
「それはできんよ。多くの部下を失った。私にはこの敗戦の責任を取る役目が残っている」
「閣下…」
「君たちには済まないと思っている。だがもう戦いは終わりだ。むしろ私だけを残し、君たちだけでも脱出したまえ。まだ輸送船は少しは残っている。本国に戦場からの脱出が露見すれば危うい。ここはレンヌか、いっそのことSHWにでも落ち延びるがいいだろう」
「そんなことは……我々も、閣下と共に!」
「いや。君たちはまだ若い。これは命令だ。参謀、生き残りを連れ、ただちにアリューザを脱出せよ」
「閣下ぁ…!」
 男たちのすすり泣きが司令部にこだました。
「───閣下!」
 その時、切迫した兵士の一人が叫びながら司令部に入ってきた。
「大変です。“鬼ヶ島”の空軍が…!」
「何ッ!?」
 バーナードはみるみるうちに怒りの表情を滲ませた。
「……そういうことか。ふ、ふふふ……。そういうことか」
 バーナードは怒りから悲しみの表情へと変わり、やがて皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「ユリウス殿下、ホロヴィズ閣下……お恨みしますぞ」
 






「かつて骨大陸の人類は、古代エルフの支配を脱するために蛮性を極めたという。製鉄技術すら知らず、石斧や石槍を手に、毛皮の服をまとって戦ったのだ」
「はぁ……」
「乙空くん。だが人はいつの時代も変わらぬ。使う兵器が石斧から航空兵器となっても……」
 ごほ、ごほ、ごほ。
 甲皇軍第一航空艦隊司令官・ゼット伯爵は、口に手を当て咳込んだ。
「司令、お体は」
 伯爵の身を案じる若い女性は、平和主義で知られる乙家出身だが飛竜の扱いに慣れているということで空軍に派遣された士官だった。柔和な表情を心配そうに曇らせながらも、彼女は伯爵のために治癒草を煎じた清涼水を注いで渡す。
「大丈夫だ。この戦いの間ぐらいは、保つさ」
 杯を受け取りながら、伯爵はにやりと笑う。
 彼の目線は人よりかなり低い。病弱で背が伸びない体質と診断され、百センチにも満たない背丈にしかならなかった。無骨の国で軍人としては不適格だと言われ、誰からも相手にされず、上位貴族の出でありながら一人で過ごすことが多く、夢見がちな少年となった。無線機、機械人形、自動車など。一人で遊べるおもちゃを弄る青春。それが自動車事故とそれに続く肺の病を期に、体を高高度に耐えられるまでに機械化した。御年七十歳に至った今でも、機械化された肌は瑞々しく、その目は少年のように輝いている。夢見がちな少年が次に選んだおもちゃは、空に舞う気球だったのだ。
 ───翼を持つ亜人のように、自由に空を飛び回りたい!
 病弱な少年の祈りは、やがて巨大飛行船を幾つも擁する空中艦隊空飛ぶサーカスとなった。
「“鬼ヶ島”より竜戦車搭載飛行船アルコンへ。敵アルフヘイム陸・空混成部隊三万がアリューザ市街を既に制圧した・・・・・・。卑劣なる亜人どもは、我らの同胞の死体を辱め、アリューザ市街にいた民間人へ対する虐殺と略奪に興じている。軍人の風上にも置けん連中だ。遠慮はいらん。そして、バーナード少将の敵討ちだ。英雄どもの頭上へどでかいのを食らわせてやれ」
「将軍、アリューザは、まだ…!?」
 戸惑いの表情を見せる乙空に、伯爵は背を見せた。
「まさか、民間人の居住区もあるというのに、味方ごと爆撃なさるのですか!?」
 乙空の問いに、伯爵は半身を向けて振り返った。
 軍帽で目を覆いつつも、鋭い眼光が漏れて乙空に突き刺さる。
「乙空くん……これが我々空軍の戦争の仕方なのだ。わかってくれ」
「…はい」
 乙空が悲し気に呟く。
 祈りだけでは、思いは届かない。
 戦いを終わらせるためには、手段は選んではいられない。
 例え、友軍を捨て駒にしてでも───!
 アルフヘイム大陸の西端に位置するオウガ族の島は、甲皇軍がアルフヘイム大陸侵攻の橋頭保とするには絶好の地だった。アルフヘイム軍も絶対国防圏として防壁魔法でオウガ族の領土を守っていた。ところが五年前の敗戦で、アルフヘイム軍は島を守れ切れなくなり……オウガ族は自分たちの身を守るべく、甲皇軍と単独講和をしてしまう。そして、自分たちの島をSHWに売り渡して部族ごとSHWのある東方大陸へと移住してしまった。SHWはそのオウガ族の島を高く売れるからと甲皇軍へ転売し、甲皇軍はそこに秘密裏に航空基地を建設した。オウガ族がまったくいなくなった後も、その島は甲皇軍からは「鬼ヶ島」と呼ばれた。
 鬼ヶ島の甲皇軍航空基地から、巨大なZB-29級戦略飛行船の群れが飛び立っていく。超高高度から大量の爆弾を投下し、都市を焼き払える空飛ぶ要塞スカイ・フォートレス
 そのZB-29を護衛するべく、竜戦車搭載飛行船アルコンを母船とし、甲皇国原産の胴長飛竜に羽や砲や座席を取り付けた竜戦車の群れが随伴している。
 空飛ぶサーカスによる興行大量殺戮が始まろうとしていた。








つづく

       

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