Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
57話 傭兵王、決戦場へ

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57話 傭兵王、決戦場へ






 ボルニアへ!
 西方戦線へ!
 甲皇軍をアルフヘイムから追い払うため!
 いざ、決戦場へ!
 傭兵王! 傭兵王!
 ゲオルク! ゲオルク!
 アルフヘイム万歳!
 銀の槍の穂先が煌いている。
 馬蹄がざっざと地を踏みしめ、鎧がガチャガチャと擦り合い、それらが戦歌のように勇壮な響きを立てている。
 整然と行進するのはハイランド王ゲオルク率いる精鋭二千の軍。
 半年前にアルフヘイムへ上陸以来、正規軍が弱体化したために首都セントヴェリア周辺にも野盗が跳梁跋扈するようになっていたが、悉く鎮圧して治安を回復せしめる。さらに北方戦線で甲皇軍との数々の戦いに勝利してきた。その名声は広くアルフヘイム全土に響きわたり、甲皇軍の侵攻に苦しむ人々の希望となっていった。
 一時は丙武軍団との激戦で大きく痛手を被っていたが、セントヴェリアで新たな志願兵を加えることができ、その新兵の調練も終え、いよいよゲオルク軍はアルフヘイムの危機を救うべく、主戦場たる西方戦線、ボルニア要塞へ向かおうとしていた。
 北方からもフローリアを制圧した甲皇軍は迫っているが、そちらはセントヴェリアにまだ残っているアルフヘイム正規軍に任せることとした。ラギルゥー族はあてにならないが、まだセントヴェリアにはキルク・ムゥシカなど心あるエルフ族の将軍はいる。簡単に破られはしないだろう。
 それより状況が逼迫しているのは西方のボルニア要塞である。ゲオルクが聞くところによれば、総司令クラウスが病に伏せっており、辛うじて難攻不落のボルニア要塞のおかげで侵攻を食い止めてはいるが、いつ破られるか分かったものではない。
 更にその甲皇軍には、ゲオルクの息子アーベルことアウグストが見られる。そして、甲皇軍の総司令となっているのは……甲皇軍第一皇位継承権者、皇太子ユリウス。この二人は表向きは甲皇国の人間だが、その実はどちらもゲオルクとエレオノーラの間にできた実子であるというのは、一部の事情通の人間であれば知っていることだ。つまり、この戦争は空前絶後の親子対決によって決着をつけられようとしているのだ。
(───俺には、この戦争を終わらせる義務があるのだ)
 ゲオルクの癖だが、対外的には「私」と己のことを言うが、ごく個人的なことを考える時は若かりし頃のように「俺」となる。
 義侠心からアルフヘイムを救わんと参戦したと公言してはいるが、内心では彼の息子たちを止めるために立ち上がった部分は大きい。
 わああああ。
 わああああ。
 さざなみのように、街道から歓声が響き渡った。
 街道を進む軍勢を一目見ようと、アルフヘイムの様々な種族の民たちが見物に訪れていた。彼らは軍勢が通り過ぎるたびに歓声をあげる。だけでなく、野盗の被害に遭って彼らも窮乏しているにも関わらず、食料や様々な物資を軍のために用立てて提供しようとしてくる。提供できるものが何もないという民が、自分の娘を差し出そうとまでしてくる。
「食料や物資はありがたいが、さすがにそこまで受け取るわけにはいかん」
 と、ゲオルクもそこは辞していた。
「お堅いことで。貰えるもんは貰っておけば良くありませんか?」
「ばかなことを言うな、ゴンザ」
 ゲオルクは顔をしかめて言った。
 威圧感からか、巌のように巨大な体躯が二倍にも膨れ上がったようだ。灰褐色の頭髪や豊かな髭と、銀色の輝く重装鎧の組み合わせで、ゲオルクの見た目は巨木や巨石のように例えられることが多い。弱き者を見捨てておけないと、姫騎士ジィータの求めに応じて農業国フローリアを救ったりと、その性格も木石のように堅物だと思われがちだ。
「うちの妻ほど、良い女はおらんしな」
 にやりと今年で五十歳となるハイランド王は笑う。かつて若かりし頃、戦いの後は生きている実感が欲しいからと必ず女を抱いていたような男なので、実はそれほど堅物というほどでもなかった。
「ははは、しかし行く先々でこうだと気分も良いですな」
 ゲオルクの話し相手はハイランドからゲオルクに付き従ってきた古参の傭兵ゴンザ。真っ黒に日焼けした精悍な顔を崩し、快活に笑っている。陽気で気持ちの良い男である。
「ゲオルク様!」
 緊迫した声をあげ、行軍する本体の先を行っていた伝令兵が軍馬を走らせてきた。
「どうした」
「この先で、異様な集団を発見いたしました」
「異様では分からん。正確に伝えよ」
「はっ……子供です。子供ばかりの集団が……」
 報告をする伝令兵も、奇妙なものを見て戸惑っている様子がありありである。
「子供だと」
 治安が回復したとはいえ、ボルニア要塞という甲皇軍との決戦場の付近である。子供ばかりの集団とは……ゲオルクも不可解そうに首を捻った。




「まさかこんなところでお主の顔を見ることとなるとはな」
 ゲオルクは忌々し気に言った。
「おうおう、我が親友よ。ここは一つ、数々のハイランドへの財政貢献に鑑みて見逃しちゃくれねぇか?」
 対するは、縄で両手両足を拘束されて芋虫のように地面に這いつくばる奴隷商人ボルトリック。手下の亜人兵を何人か護衛にしつつ、ボルニア要塞から攫ってきた子供たちを引きつれてSHWへと向かうところだったが、その企みはゲオルクによって粉砕された。
「財政貢献? どういうこと? こいつとおっさんは友達なの?」
 剣呑な声をあげるは、そのボルトリックを追ってボルニアから来た少女戦士ビビ。彼女がボルトリックの手下の亜人兵と戦っている時に、ゲオルク軍までが登場し、さすがのボルトリックも降参することとなったのだ。
「いや、こやつとは昔からの腐れ縁だが……」
 ビビの気迫に押され、ゲオルクは困惑気味に言い淀む。
「利用するだけ利用しておいてそりゃねぇだろぉ!?」
「てめぇ! ボルトリック! 人聞きの悪いことを言ってんじゃねぇよ!」
 ぼかり、とボルトリックを殴り飛ばすのはゴンザである。
「ハイランドでは誰もが不満に思ってたんだ。貴様はハイランドで傭兵や娼婦派遣業を営んでいたが、いつも暴利を貪っていたじゃねぇか。働けど働けど豊かにならねぇので、国を捨てていった連中は多いんだぞ」
「そのへんにしておいてやれ、ゴンザ」
 ゲオルクは溜息をつく。
 が、言いたいことはゴンザが代弁してくれた。
 すらり、と腰の剣帯から長剣を抜き放つ。
「ボルトリックよ。これで最後だ」
 ゲオルクが剣を振るうと、ボルトリックを縛っていた縄が両断される。
「命だけは助けてやろう。だが、二度とその汚い面を見せるな」
「ゲオルク! てめぇ…」
「腐れ縁もここまでだ。ハイランドにおける御用商人の地位も剥奪する。ゴンザが言うように、確かにお主には若い頃に受けた恩もある。私もアルドバランを浮上させてしまった後始末として、ハイランド国内に巣食う魔物の討伐のために忙しく、お主が暴利を貪っているのは知っていたが見て見ぬふりをしてきた…。だが、そのつけを払ってもらう時が来たようだ。罪なき子供を捕まえ売り飛ばそうなど、もはや見過ごせるものではない。殺されないだけ、ありがたく思え」
「へっ、そうかよ」
 悪党はふてぶてしく笑う。
「後悔するなよ。俺を敵に回したことをよ……」
 杖を手に、ボルトリックはよろよろと立ち上がり…じっとゲオルクの目を睨みつける。
 若かりし頃、天空城アルドバランで共に冒険し、甲皇国から命がけで亡命しようとするゲオルクを救出し……誕生したばかりの傭兵国家ハイランドでは貧しい民を救うために奔走した。ボルトリックも悪意や我欲だけで動いていたわけではなく、ゲオルクに対する友情もそこには確かにあったのだ。ゲオルクの后のエレオノーラに横恋慕したり、色々と複雑な思いも抱えてはいたが、それはともかくとして。
「……俺のような小物より、てめぇの息子共の方がよほど大悪党だろうが」
 捨て台詞を吐き、ボルトリックは去って行った。
「殺さなかったのは生ぬるい気がしますぜ」
「そう言うな。大事の前の些事だ」
 尚も不服そうなゴンザをとりなしつつ、ゲオルクはボルニアから来たという少女戦士ビビに向き合う。
「その風貌。噂に聞く“緋眼”か」
「ハイランドの傭兵王…! どうか力を貸してください!」
 ビビは切々と訴えた。
 ボルトリックが捕えていた子供たちの中に、ビビが大切に妹のように守ろうと決めたレダの姿はいなかった。ボルトリックともう一人いた悪党、ポルポローロも大勢の亜人兵を引き連れて逃げていったので、恐らくそちらにいるのかもしれない。
「私はレダを助けたい。だから……!」
「あい分かった。卑劣な連中の始末は任せておけ。……ゴンザ!」
「イエッサー、ゲオルク様! 何なりとお申しつけを!」
 ゲオルクは軍の一部、五十名ばかりの小部隊をゴンザに率いさせ、逃亡しているポルポローロの足取りを追わせることにした。
「レダのことも心配だけど、クラウスやニコロたちのことも心配だ。傭兵王! どうかみんなのこと、お願いします!」
 ビビから聞かされたのは、クラウス親衛隊のアメティスタが要塞内の非戦闘民の子供たちを亡命させようと働きかけたことを口実に、フェデリコら黄金騎士団が暴挙に出たという話であった。なぜか、それに対して正規軍やウッドピクス族らは傍観していて、クラウス義勇軍の面々だけが黄金騎士団と対決しているという。
「うむ。ボルニアへ急ぐとしよう。噂に聞く英雄クラウスどのか。間に合えば良いのだが…」
 再び馬上の人となり、ゲオルクはボルニアへ急ぐ。




 一昼夜かけ、ようやくゲオルク軍はボルニアへと到着する。
 だが既に、そこは戦場だった。
 甲皇軍七万による総攻撃が始まっていたのだ。
 要塞の周囲に築かれた小要塞から次々と甲皇軍の部隊が出撃し、攻城砲が火を噴き、要塞の稜線を削り取っていく。対するアルフヘイム側は動きが鈍い。総司令クラウスが不在な上に、要塞内部では未だ混乱が続いているようだった。
 誰もが見て明らかなほど、ボルニアは風前の灯。
 フェデリコとやらが要塞内で混乱を起こしたとなれば、それは甲皇軍の扇動なのではないだろうか。
 そう、ゲオルクは予想したうえで、事態は猶予を許さないと判断する。
「甲皇軍の前衛部隊を蹴散らし、要塞内へ入る!」
 ゲオルクは長剣を抜き放ち、軍勢へ突撃を命じた。
 敵は、満を持して侵攻する無傷の甲皇軍七万。
 味方は、要塞内にアルフヘイム正規軍など三万弱いるが混乱の中であてにならない。
 此方は、僅か二千の小勢。
 だが、恐れ知らずの彼らは躊躇なく前進していった。
 ここに、亜骨大聖戦における、最後の大決戦が切って落とされたのであった。






つづく

       

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