66話 いざ、決戦

66話 いざ、決戦





「こ、こいつぁ…」
 ごくりと唾を飲み込み、ジョワン・ヒザーニヤは声を震わせる。
 ハイランド傭兵として本国からゲオルクに付き従ってきたが、他の熟練兵に比べると今までろくに活躍できたことはない。だが足の早さには自信があった。それでゲーリング要塞の偵察任務に名乗りを挙げたが、まさかこんな光景を目にすることになるとは。
 石も鉄もバターのように焼けただれ、酷い焦げついた臭いが立ち込めている。サイファが放った鬼火による延焼によるもので、ゲーリング要塞のこの一角はまだ激しく燃え盛っていた。
「どうすんだい? ジョワン…といったか?」
「どうするって言っても……ガザミの姉貴。これじゃあ…」
「見たままを報告すればいいだろう」
「そんな…そんな酷なこと、俺には…」
 偵察は二人一組で、それも特に今まで関わりが無かった者同士を選抜して行われる。利害が特に一致しないであろう二人ともが同じ証言をするならその偵察結果はそれなりに信用ができるからだ。彼と共にチームを組んで偵察に来ていたのは魚人族の熟練女傭兵ガザミだった。
「しっかりしな、男だろう!」
 ガザミは苛ついているような口調だったが、その目は悲しげだった。
「……あたしだって辛いんだ。あのミーシャって子は、まだ産まれたての小さい子供がいるって話だしね…。それがこんなことになってしまって、辛くない女なんていないよ! でも、見てしまったもんはしょうがない。辛くても報告に行かないと」
「ああ…そうだな、姉貴…」
 ジョワンは偵察するために頭を低くしており、片膝をついていた。だがガザミの言葉に鼓舞され、立ち上がろうとする。その時だった。
「ぐわぁっ!」
 ジョワンの右膝に鈍痛が走る。
 ボウガンの矢が突き刺さっていた。
「な、何だと!? 馬鹿な、殺気なんてしなかったぞ…」
 ガザミが驚き、痛がるジョワンを横目で見ながらも身構える。
 間もなく、ガチャガチャと不気味な足跡を響かせ、集団で近寄って来る兵士たちの姿が見えてくる。
「なるほど、通りで殺気がしないはずだ…」
 ガザミは低く呟き、敵集団を睨みつける。
 鈍く光る眼光には何の意思も感じられず、ただ命令をこなすだけの魂の入っていない兵士たちの一団。即ち機械兵である。
 度重なる戦いで、甲皇軍も補充の新兵が払底してきていると聞く。遂にはこうした機械兵が前線に送られるようになっているのだ。この機械兵、過去に北方のフローリアでも目にしたことがある。あの時は川を氾濫させて押し流してやった。しかし、山間にあるゲーリング要塞にそんな水源もないし、ここはまともに戦わねばならない。
「ふん。数は多いが、一機一機は大したことないらしいね…」
 だが、ジョワンは片足を引きづっている。ろくに動けない。自分が好きに動き回って戦えば、動けないジョワンはなぶり殺しにされるだろう。
「ガ、ガザミの姉貴…俺に構わず、好きに戦ってくれよ! 俺は、足手まといにはなりたくねぇ…!」
「さて、どうするかね…」
 ガザミは不敵に笑うが、甲羅の中で冷や汗をかいていた。
(───クラウスの妻・ミーシャの安否を確かめ、可能ならば救出せよ)
 というゲオルクの命令だが、これはもう果たせる気がしない。
 ガザミはジョワンが「俺に構うな!」と叫ぶのも構わず、彼を守りながら獅子奮迅の戦いぶりを見せた。流石に熟練の傭兵である。精霊戦士もかくやという一騎当千の働きぶりを見せる。ガザミのカニバサミで何体もの機械兵がバラバラにされ、更に彼女が使う水魔法を食らって回路をショートさせて動きを止めた機械兵が何体もいた。だがそれでも、機械兵は無限と思われるように次々と現れるのだった。
「ぐあああ!」
「───ジョワン!?」
 血だらけになったガザミが背後を振り返ると、既にジョワンは後ろから忍び寄った機械兵に次々と群がられており、さくさくと槍で刺されてまくっていた。
「ガザミの姉貴ーーー! もう俺は駄目だ! こ、故郷の兄弟に…」
「ふざけるんじゃないよ!」
 手遅れかもしれないが、ジョワンを助けに駆け寄ろうとするガザミ。
 ドン! ドン! ドン!
 その時、地鳴りのような砲声が鳴り響いた。
「!?」
 近くからではなかった。
 ガザミたちはゲーリング要塞の反対側へ回り込んでいた。
 砲声は要塞正面の方から聞こえてきた。
「始まったのか…」
 ガザミたちの偵察結果の報告を待たず、開戦の火ぶたは切って落とされていたのである。




 数時間前に時間はさかのぼる。
 ガザミらがゲーリング要塞裏手側で偵察任務についていたように、傭兵王ゲオルクに率いられたアルフヘイム軍三万余りは、既にボルニアから出撃し、ゲーリング要塞正面付近に布陣していた。
「あれに見えるがゲーリング要塞か。なるほど、これを攻略するのは骨が折れそうだ」
 ゲオルクは豊かな白い顎髭を撫でまわす。
 これまで歩んできた傭兵人生の中でも、幾たびも要塞攻略には挑んできている。だがこれほどまでに火砲などの銃火器とコンクリートで固められた近代的な要塞を見るのは初めてのことだった。規模はボルニアよりも遥かに小さいものの、攻略難易度は上かもしれない。  
(だが、どれほどの犠牲を払おうとやるしかあるまい…)
 ゲオルクは目を閉じ、部下の傭兵たちの顔を思い浮かべる。これまでも無理な戦いは幾たびもしてきており、そのたびに多くの部下を死なせてきてしまった。ここでも部下たちに「死ね」と言わねばならないのか…。
 ボルニアに立てこもれば何か月、もしくは何年かでも持ちこたえることはできるかもしれないが…戦いに最終的に勝つことはできない。そして英雄クラウスを欠いたままでは、いくらゲオルクがいたとしても士気が維持できるかは分からない。
(───ゆえに、この戦局を打開するには…)
 ゲオルクの脳裏に、ダート・スタンの声が響く。
 魔力通信でセントヴェリアから連絡してきたあの老エルフは、アルフヘイム側の最終手段の存在を知らされていた。
(“禁断魔法”か……)
 それはかつて千年以上昔に、古代ミシュガルドを滅ぼしたとされる大魔法である。今よりも遥かに進んだ文明を持ち、栄華を誇ったミシュガルド文明が、文字通り海の藻屑と消えたのは、その禁断とされる魔法のためだという。失われていたミシュガルドの文献がボルニアで発見されたものの、多くのエルフの賢者でも解読することはできなかった。だが、SHW出身の考古学者ハルドゥ・アンロームが、不可能とされたミシュガルド文字の解読に成功し、その禁断魔法についても全容が明らかとなったのだった。
(──甲皇軍を撃退するには禁断魔法を使うしかあるまい)
(──しかし、そんなかつてのミシュガルドを滅ぼした恐るべき魔法を使えば、敵を滅ぼすだけではなく、我々も危ないのでは?)
(──そのために精霊の巫女ニフィルを召喚した。禁断魔法は入念な準備が必要であり、優秀な巫女によって制御される必要がある。かつてのミシュガルドではその制御が上手くできなかったために禁断魔法が暴走したのだ。だが、ニフィルほど才覚ある巫女ならば制御はできる) 
(──それでも未知の大魔法に頼るのは…)
(──通常戦で臨むならば、ここはゲオルクどのに甲皇軍を撃退して頂くしかない。それもクラウスどのを欠いた我々では、あと一度きりの戦いしか全軍を動員することはできぬだろう…)
(──承知仕った)
 ゲオルクは目を開く。
 部下の一人が報告のために目の前に跪いていた。 
「先程起こった敵要塞における火炎嵐について。メラルダ僧兵長が、魔術で敵要塞を魔力探知したところ…」
 そうゲオルクに報告するのは、ハイランドの若き女戦士シャーロットであった。人間族の女にしては大柄で、トロル族に見間違えられることが多く、本人はそれをコンプレックスとしているが、主君のゲオルクは彼女の秘めたる潜在能力を高く評価している。いずれ経験を積めばかなりの戦闘能力を発揮するだろうと。が、今の彼女はまだ新兵であり、余り前線には出してもらえていない。主な任務は伝令や後方の守りばかりだった。
 ゲーリング要塞の地下牢獄で起きたサイファの鬼火による爆発は、ジョワンやガザミが間近で視認するまでもなく、ゲーリング要塞正面側からも視認できるほど大規模なものだった。
「…何者かによる強力な魔力反応があり、それと共に数十人もの敵兵士が死に絶えるイメージが探知できたそうです。魔力を放ったのが何者かは分かりませんが、甲皇軍に魔法を使える者は殆どいません。近年は甲皇軍に対してテロ行為を行うエルカイダという組織の存在も確認されており、彼らによるものかもと推察されます」
 ゲオルクは表情を変えずに頷く。
 シャーロットは片膝をつきながら、熱い眼差しでゲオルクを見上げている。
「陛下。すべてのハイランド軍はいつでも出撃できる準備は整っております。ご命令あらば、ただちに」
 今度の戦いには自分も連れていけ。戦功を焦る新兵シャーロットはそういう目をしていた。
 が、ゲオルクは黙ったまま頷くだけだった。
 それに焦れたように、傍らにいたダンディが言った。
「これは好機かもしれぬぞ、ゲオルク。今の我らは三万をゆうに超える兵力だ。お主が指揮を執ると聞き及び、士気も上がっている。ここは先手を取って攻撃開始しても良いのではないか?」
 ゲオルクの三十年来の盟友、傭兵のダンディ・ハーシェル。彼は快活な笑みを豊かな口ひげからほころばせながら、遠くに見えるゲーリング要塞の出火を鋭い目で睨みつけている。
「ワシも同意見だ。お主の聖剣さえあればユリウスに勝てるであろうことも分かった。ナルヴィア大河の戦いではあと一歩のところでユリウスを討つことができなかったが…あそこできゃつを討てておれば、この戦争は勝っていたのだ。のう、これは好機だゾ」
 エルフ最強の剣士であるシャム老も後押しする。ゲオルク、ダンディ、シャムの三英雄が不思議な縁で再びめぐり逢い、セントヴェリアにて「三剣士の誓い」を立てたことは人々に知れ渡っていて、伝説的な逸話として語られていた。その彼らがボルニア城壁に並び立つ姿も実に絵になり、アルフヘイム軍の兵士らも熱い視線で彼らを頼もしそうにうっとりと眺めている。おお、何と素晴らしい戦士たちだろうか! 彼らがついてくれるなら、この絶望的だった戦争も勝てるのでは…と勇気づけてくれるのだった。
 今や、ゲオルクが先日言ったばかりの状況が実現していた。腰の引けているアルフヘイム正規軍三万が加わったところで甲皇軍七万に勝つことはできない。しかし、士気が高いアルフヘイム正規軍三万がついているなら勝負は分からない。
「傭兵王陛下」
 ゲオルク、ダンディ、シャムの三英雄の傍らには、メイド服を着こんだ青白い肌の可憐な少女が跪いている。ハシタと名乗るその少女は、妖の里を通じて派遣されてきた鵺の亜人。見た目からは想像もつかない戦闘能力を秘めている。また、彼女は常人には見えない小妖怪や妖の里イズモを通じ、アルフヘイム各地に散らばってしまったアルフヘイムの戦士らと交信しているという。
「ハシタ、あてにして良いのか?」
 そこで初めて、ゲオルクは口を開いた。
「準備は整っております。イズモの里を通じ、じきにこちらへ」
「確かなのだな?」
「はい。アルフヘイムの危機を救うため、今一度アルフヘイムびとすべてが結集すべき時と。かつて、クラウス様が号令をかけたあのアリューザの時と同じです。竜人族、オウガ族、兎人族、サラマンドル族、オーク族、ドワーフ族、他様々な種族すべてがこちらへと向かっています。今回は緊急を要するということで、本来ならば常人が立ち入ることは禁忌とされている妖の里に招き入れ、通常行軍速度よりも遥かに迅速に戦場まで辿り着こうとしています。妖の里は、里に招き入れた人々すべてを呑み込み、そして里が望んだ場所へ吐き出してくれる。あと数時間もすれば、彼らは戦場へ現れることでしょう」
 妖の里とはゲオルクも初耳の存在だったが、アルフヘイムに密かに存在する隠れ里のことで、地図にも載っておらず、明確な領地を持たない。それはいずこともなく出現し、蜃気楼のように消えていく。アルフヘイムに伝わるおとぎ話としてしか存在が認識されていなかったようなものだが、確かに存在し、そこに妖という特殊な亜人集団が住んでいるという。俄かには信じられない話だったが、鵺という誰も見たことがない亜人の姿を目にしたゲオルクは、ハシタの言葉を信じることとした。数々の奇妙な魔法や伝説を目の当たりにしてきたアルフヘイムのことだから、そういうものもあるのだろうと。
「彼らを含めれば、我らは数の上でも甲皇軍を上回るでしょう」
 ハシタの言葉に、ゲオルクは力強く頷いた。
「よし」
 ゲオルクはルネスの聖剣を抜き放ち、天高く掲げる。
「今こそ甲皇軍の闇を打ち払い、アルフヘイムに光を取り戻す時である」
 ルネスの聖剣が日光に照らされ、きらきらと輝いている。
 おおおおお!
 人々は熱狂的な雄たけびをあげる。
 最終決戦の火ぶたはこうして切って落とされたのである。







つづく
sage