Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
81話 魔神獣

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81話 魔神獣






「な、なんだ───何が起こったというのだ…!?」
「急に…昼が夜に変わったぞ…!?」
 アルフヘイムの戦士たちも、甲皇国の軍人たちも、一様に戸惑っていた。
 剣を振り、銃を放ち、殺し合いをしていた彼らだったが、戦うことを忘れ、呆然として夜のようになった暗闇の空を見上げて立ち尽くしていた。
 だがそれは、夜ではない。
 “闇”である。
 ユリウスが使っていた闇のオーラと同質のものが、見える範囲すべての空に広がり、日光を閉ざし、夜のように見せているのだ。
「う、うわあああ!」
 戦場を駆けていた騎兵が落馬した。
 馬が足を取られ、バランスを崩してしまったのだ。
 落馬した騎兵は、固い地面に叩きつけられることを覚悟したが、身体に伝わった衝撃は柔らかいもので、一瞬ほっとする。だがすぐに違和感を覚えた。先程まで平原を走っていたのに、この妙な柔らかさはどうしたことか。
「ど、泥…? いや……腐って…いる…? これは…まさか…?」
 その甲皇軍兵士は、土を手に取って感触を確かめてみた。その土に、妙な懐かしさを感じたのである。兵士は甲皇国の北部にあたるウルフェルト地方の出身だった。ウルフェルトは甲皇国でも特に厳しく貧しい土地で知られているが、その更に北部は、人が住むことのできないような荒涼とした大地が広がっている。それが。
「“遺灰の地”の土に…そっくりだ」
 遺灰の地。甲皇国がある骨大陸最北端の地方名。古代ミシュガルド時代に荒野となったその土地は、千年の時を数えても草木一本生えてこず、腐った土の荒野が広がるだけの不毛の土地。伝説では、古代ミシュガルドを滅ぼした禁断魔法による余波がその土地をそうしてしまったという。その後、骨大陸を支配していたエルフの王に抵抗した人間の英雄の遺灰が投げ捨てられたことから「遺灰の土地」と呼ばれるようになり、今では罪人の流刑地になっている。
 その遺灰の地と同じ光景が、ここアルフヘイムにも広がっていた。
 ニフィルの放った禁断魔法により、闇が日光を包み隠した瞬間に、緑豊かなアルフヘイムの草原の光景が一変していたのである。
 草木は枯れ、大地は腐り、岩さえも砂のようになって崩れ出していた。
 ゲーリング要塞は、岩山に堡塁やコンクリートでできた人工物の城壁が構築され鉄壁の防御力を誇っていたが、土台となる岩山が崩れたことによって、地震が起きたかのように崩落を始めていた。
 一体どれだけの広さの土地がそうなっていたかは、この時はまだ、禁断魔法を放ったニフィル以外、誰も何が起きたのかは理解していなかった。
 大地から、木々から、岩山から、そして大気から。
 精霊の加護が失われ、あらゆる精霊が闇の魔素へと変換されていることに…。




「禁断魔法が発動されたのか…!?」
 前線で戦斧を振るっていたニコロだったが、周囲の景色が一変したことに驚き、さすがに手を止めていた。
「ニ、ニコロ将軍! ど、どうすれば…!」
 周りの兵が狼狽えている。
「……」
 ニコロは空をにらみつけるように見上げ、しばし無言となった。
 まだ自分たちが戦っているというのに、エルフのばかどもが自分たちごと敵を吹っ飛ばそうとしたことへの怒りがまず湧き上がる。
 だが、幸いなことにこの禁断魔法とやらは、天候を変え大地の景色も一変させたとはいえ、何かが爆発したりして即死させられるようなものではないらしい。
 ニコロ自身もピンピンしているし、周りの兵も健在だ。
 甲皇軍の兵士らも戸惑っているが、いずれも無事らしい。
 だが、このまま戦っていても良いものか…。
 いや、戦うこと自体が難しそうである。
 禁断魔法が発動されるという話は末端の兵士らにも伝わっていたが、それがどんなものなのかは知らされていなかった。
 いざという時に敵兵を一掃できる心強い切り札、というぐらいの認識だった。
 だが、蓋を開けてみれば、甲皇軍とアルフヘイムの前線の兵士それぞれが同じ立場に立たされてしまった。結局、自分たちは使い捨てにされようとしている。そんな時に、上に義理立てして戦うことはできないし、兵士たちも動揺していて恐慌状態になる一歩手前だ。
「ニコロさん、ニコロさん!」
 ニコロの元に駆け寄ってくる緑色のもじゃ頭をした兵士がいた。
 SHW経由でアルフヘイム軍所属となっている人間族の傭兵ハーゴだった。
 小銃やリボルバーを持っている銃兵である。
 弓や魔法が主力のアルフヘイム軍だが、銃器の性質を知り対策を練るため、SHW経由で少数の銃兵を雇い入れていた。甲皇軍兵士と見分けがつくよう、灰色の軍服にアルフヘイム軍所属ということを表す赤色のジャケットを重ね着してもらっている。青色のジャケットだったら甲皇軍所属になる。それがアルフヘイムで戦う第三国の傭兵の流儀である。
「ど、ど、どうしましょう。傭兵部隊のみんな、びびってしまって前線から逃げるぞって騒いでいます。僕、お世話になってるアルフヘイム軍の皆さんを裏切って逃げるなんてできません。みんなを落ち着かせてください!」
「……まずはお前が落ち着け」
 ニコロは苦笑する。
 ハーゴは傭兵には珍しい人の良さがある。実直で嘘もつけない。自分の愛銃をやけに偏執的に手入れしているマニアックなところがあり、それ以外に興味がないというか、おかげで人と話すのが苦手なようだ。
「…まず、傭兵部隊が逃げるのは構わん。俺たちだってこんな異常事態だから逃げ出したいんだよ」
「あ、そうなんですか」
「だが、一斉に逃げ出すと、これが好機と思われて甲皇軍に背中を撃たれかねないだろう? 連中と一時的にでも停戦する必要がある」
「はい、そうですよね…」
「そこでだ。ハーゴくん。きみを見込んで頼みがある」
 ニコロはがっしりとハーゴの肩を掴んだ。
「へ!? ぼ、僕なんかに何ができるって言うんですか!?」
 ハーゴは後ずさりしようとするが、ニコロは物凄い力で肩を握りしめており、微動だにできなかった。
「甲皇軍のえらい人に会ってきて、停戦を呼び掛けに行ってくれないか?」
「え…───」
 ハーゴは絶句する。
 自分が何を言われているのか理解するのにたっぷり六十秒はかかった。
 その間に、ニコロは素早く懐から書類や印鑑を取り出し、さっさと停戦を呼びかける書類をしたためた。捺印し、紐で結んだ伝書を作ってしまう。僅か六十秒だった。
「じゃ、これ失くすなよ? そうだな、最低でも敵の士官、それも佐官級に取り合ってもらうんだ。使者を表す白旗も用意させた。これで安全に甲皇軍本陣に行けるだろう。きみの働きにアルフヘイム全軍の命運がかかっている。成し遂げれば莫大な報酬が約束されるだろう…まぁ、アルフヘイム軍が支払うだろうたぶん」
「ええええええ!!!!????」
 ようやくハーゴが事の重大さを理解し、驚愕の声をあげている。
「同じ人間族だ。すぐには攻撃されんだろう。頑張ってくれ! フレー、フレー! ハーゴくん!」
 ニコロはハーゴの腰に白旗をくくりつけ、「これでばっちりだ!」と力強く言った。
「じゃあ行ってこい!}
 ばしーん!と、ニコロに思いっきり尻をぶったたかれ、ふらふらとハーゴは前のめりに歩き出した。
「な、な、何で僕が~~~!?」
 理不尽な命令だ!そう抗議しようと、後ろを振り返るが、既にニコロたちの姿は無かった。ハーゴに任務を押し付け、自分たちだけさっさと逃げ出していたのだった。




 …ということで、ハーゴ・ナインファイブという人間族の傭兵が、ふらふらとおぼつかない足取りで甲皇軍本陣にのこのこと姿を見せたのであった。半泣きになりながらも任務をこなすあたり、芯はしっかりしており善人であった。
 それに、ハーゴの余りに頼りない様子に、甲皇軍の兵士らもちょっと同情して攻撃の手を控えてしまったというのがあった。
「ご、ご、ごれぇ~~~あ、ア、アルブベイブのぉ~~~」
「落ち着け」
 甲皇軍の大柄な体格をしたひげもじゃ士官は苦笑した。
 まるで巌のようにどっしりした相手に、ハーゴはますます委縮する。
「きさま! ダーク・ジリノフスキー少佐の前であるぞ! もっとしゃんと喋らんか!」
「で、で、でもぉおぉ~~~」
「まぁまぁ、アンネ・イーストローズ中尉。そう堅苦しくするな。どう見てもびびりながらも任務をこなそうと必死にやってきたってところだ」
「……そうですね」
 ダーク少佐の副官である金髪女性のアンネ中尉は、じっとハーゴの瞳を見つめた。
 彼女は若いながらもダークの部隊の参謀であり、信頼できる人間を見分ける能力に長けている。
「は、はわわ…美人さんだぁ~~余り、見つめないでください…」
「あ、ふーん」
 アンネは察した。ハーゴからはダークと同じ匂い童貞臭がするというか、同じタイプの人間だ。ハーゴを幾分かましな人物にしたのがダークというところか。つまり、少なくとも悪人ではない。
 ハーゴが迷い込んだのは、甲皇国でも穏健派で知られる乙家家臣であるダーク少佐の指揮する部隊であった。かつては第四軍バーナード司令指揮下だったが、上官が次々と戦死していったことから、現在では戦時任官で少佐にまで出世しており、副官のアンネと共にゲーリング要塞正面の防衛にあたっていた。
 甲皇軍の第四軍といえば、アリューザで見殺しにされ、アルフヘイム軍の多くを道連れに抹殺された部隊でもある…。
「理解した。つまりこれは、アリューザの仕返しというわけだな。かつてのアリューザと同じく、アルフヘイム軍が自軍を巻き添えにしてでも甲皇軍を撃滅しようというのだ。そこで前線で死にたくないニコロ将軍が、この情報を我々に伝える見返りに、攻撃の手を控えて欲しいと書状にはある。そして、我々にも早期撤退を促している」
「信用できますか?」
「書状だけなら信用していない。だが、この周囲の光景、アリューザの件、そして目の前にいるこの嘘が付けないタイプの男。これだけの状況証拠が揃っているのだ。信用に値するだろう」
「そうですね…では」
「ああ、全軍に撤退命令を。ゲーリング要塞は放棄する。ただちにこの戦域から離脱するのだ! ユリウス皇太子やホロヴィズ将軍が何と言おうと、これは異常事態だ。断固として我々は撤退するぞ! 他の部隊にも伝達するんだ。アルフヘイム軍から信用のおける停戦の申し出があったことを。甲皇軍すべてに停戦を促す!」
「了解です!」
 もしハーゴが別の甲皇軍部隊のところに行っていたら…。
 もしくは、ダークがアリューザで見捨てられた第四軍所属の士官でなければ…。
 展開は違っていたかもしれない。
 だが、幸いにしてこの二人が出会ったことにより、アルフヘイム軍も甲皇軍も速やかに戦闘を停止することができたのであった。





 ただ、ただちに撤退を決められた者たちもいれば…。
 周囲が不気味な光景になってはいたが、ただそれだけであり、そのまま戦うべきか逃げるべきか判断をしかねている者たちもいた。
「これは只事ではありません。そして、つい先程…残念ながら、皇太子殿下がゲオルクによって討たれたところを目撃しました。潮時です。軍の統制が取れなくなる前に、兵士どもを撤退させるべきです」
「何を言うか、ゲルよ。わしは認めんぞ」
 甲皇軍でユリウスを除けばツートップとなる二人。
 第一軍司令ゲル・グリップ大佐と、陸軍大臣にして丙家総帥のホロヴィズ大将である。
 これまでの戦いにおいて主だった将軍は軒並み戦死しているか、負傷して前線から離れてしまっているが、この二人だけは常に健在であった。また、ゲーリング要塞に来ている将兵の大半は丙家の者たちである。乙家の将兵は先程の要塞正面口のダーク少佐の部隊のみ。軍の指揮系統以上に、丙家総帥の言葉は重い。
「しかし…どう戦うというのですか。皇太子殿下が討たれた事実は隠しおおせません。兵たちの動揺は大きい。これ以上、意地を張っても……」
「意地と言うたか? ゲルよ、生意気な小僧が」
 撤兵を具申するゲルに対し、ホロヴィズはあくまで継戦を主張する。
 ホロヴィズの鳥仮面に隠された目が凶暴にぎらついた。
「たかだか三十数年しか生きておらん小僧が、早々に戦いを諦めて国に帰りたいか? わしはお前の親代わりとなって育ててやったが、そんな腰抜けに育っていたとは情けない。いずれは丙家を背負って立つ男と見込んでいたからこそ、バーンブリッツ家の小娘も与え、ここまで手塩にかけて育ててやったものを!」
「……ッ」
 ここまで面罵されることは、ゲルも今までになかったことだ。
 そういえば、ホロヴィズがここまで怒ったのは、実の息子の方のメゼツが、訓練で捕虜の亜人を斬り殺せと言われた時に躊躇していた時ぐらいか。
 だが異常だ。
 こんな状況になってまで、なぜそこまで…。
「エルフをはじめとする亜人を皆殺しにする。それがわしの悲願じゃ。そのためなら、どのような犠牲も厭うものかよ。わしの五百年に及ぶ想いは───」
「ご、五百年?」
 ゲルが驚き目を見開いて問い返すが、ホロヴィズはハッとなって咳ばらいをした。
「……。ともかく、わしは撤退は認めん。皇太子殿下の死は隠せないかもしれないが、まだ全軍に伝わってはおらんはずじゃ。それに見よ、亜人に味方する愚かな敵兵どもも、この状況に戸惑って足を止めておるわ。今こそ撃ち殺す好機よ!」
 そう吠えるホロヴィズだが、指さした方を見て硬直してしまった。
「な……っ何じゃと……!? なぜ、あやつらが……!?」
「どうされたのですか!? 閣下!?」
「ま、まさか……これがエルフどもの切り札たる禁断魔法とやらなのか。信じられん……地獄の亡者どもが……」
 ホロヴィズは頭を抱えて膝をついた。
「ゲッ…ゲルよ。撤兵を認めよう。じゃから、わしを早くこの地獄から連れ出してくれ。わしはもう、一瞬もこの場にはいたくない」
「……!? は、はい」
 なぜいきなりそこまで百八十度心変わりしたのか。
 ゲルには理解できなかったが、ホロヴィズが指さした方には…。
 確かに、地獄の亡者が蠢いていたのだった。

 



 撤退すべきかどうかで揉めているゲル・グリップとホロヴィズ。
 そのすぐ近くでは、ゲオルクとアーベルが、闇を吐き出し続ける死んだはずのユリウスと対峙していた。
「ち、父上、これは…!?」
「…恐らく、禁断魔法が発動されたのだな…」
「おおおおおおおーーーおおおおおおおおーーーーー」
 死者の雄たけびである。
 声を出そうと思って出しているのではなく、とめどなく溢れる闇に声帯を無理矢理震わさせられているかのうようだった。
 何ともぞっとする光景に、アーベルは身震いをしながらもゲオルクに問う。
「き、禁断魔法とは!?」
「大規模な死と破壊をもたらすと言われていた大魔法だ。アルフヘイム軍の秘策として発動される予定だったが、わしがユリウスを討てばその予定は白紙となるはずであった。しかし、わしを信じて待つことができなかったようだ…愚かにも」
 ゲオルクはルネスの聖剣を握りしめる。
 不思議なことに、フォデスの魔剣に唯一対抗できるルネスの聖剣は、このような時だからであろうか。ゲオルクを護るように刀身に強烈な光を帯びている。
(───この聖剣が、これほど頼もしく感じるとは…)
「アーベルよ、わしの側を離れるな!」
「は…はい、父上!」
 何が起ころうとしているのかは分からなかったが、とにかくアーベルだけは守りぬく覚悟であった。
 ユリウスから吐き出された闇は、宙で一塊となっていた。いや、ユリウスからだけではなく、様々な場所から伸びてくる闇の奔流があり、それらが合流して一塊となって膨れ上がっていく。
「おおおおお!」
 ユリウスが最期の雄たけびをあげる。
 次の瞬間、彼の頭部がひしゃげて破裂した。
「ぬうっ…!」
「に、兄さん…!」
 死んだとは思っていたが、死体がそのように冒涜されるのは、ゲオルクにもアーベルにも耐えがたいことだった。
 首無しのデュラハンとなったユリウスだが、何かに操られるように魔剣フォデスを高々と掲げた。
 魔剣は、ゆっくりとユリウスの手を離れて浮遊していき、直上にある闇の塊へ吸い込まれていく…。
 そして、魔剣と闇が融合し、生き物らしき何かに変わっていく。
 生き物だとしたら、実に奇妙な姿をしている。
 黒々とした涙滴型の身体に足だけついたような奇妙なフォルム。頭らしきものに小さな両目がついており、ぎょろりとゲオルクたちを見下ろしていた。今は全長20メートルほどの大きさとなっているが、益々巨大化をしている。
「魔王でも降臨するというのか? しかし…」
 忌々しそうに、ゲオルクはふんと鼻を鳴らした。
「不細工な姿をしているな」
 ゲオルクには、それは黒々とした植物の芽が成長していくかのように見えた。
 いうなれば、“悪魔の肉芽”といったところか。
「来るなら来い。この剣で叩き切ってくれるわ」
(───それは、さすがのあんたでも無理だよ)
 何者かの声が、ゲオルクの脳内に響き渡る。
 ちょっと人をばかにしたような、かつ緊張感のない間の抜けた声。
「なっ…!?」
 ゲオルクはルネスの聖剣の光る刀身を見た。
「……も、もしや……」
(───そうだ。あんたが持っている剣…ルネスだよ)
「どういうことだ? 剣が意思を持つとは……」
(───お前らがフォデスの魔剣と呼んでいるあの剣がああなったからな。俺も黙ってはいられなくなった。俺たちは対となる存在だから)
 剣が口をきくという異常事態だが、魔法の国のアルフヘイムである。
 いや、古代ミシュガルドから伝えられる伝説の武器だ。
 このようなこともあるのだろうと、ゲオルクも理解と順応は早かった。
「分かった。しかし、ならばわしがユリウスを討ち果たしたように、お主の力があればあの闇の塊にも勝てるのではないか?」
(───いやいや、勝てないこともねぇよ? だが、俺をもっと上手く使えるやつが近くにいるんでな。できればそいつに俺を使ってもらった方がいいだろう)
 聖剣と呼ばれるにしては、ルネスは随分とざっくばらんであけすけに物を言うのだった。
 ゲオルクは面白くなさそうに髭を指で絡めた。
「……そうか。そのような者がいるのか。くっ…わしもこの年まで戦場を生き残ってきたというプライドはあるが、そのような者がいるならやむを得ない…勝てる可能性のある者に託すべきか……不本意だが」
(───そうだな。じゃあ、そこのあんたの息子も含めて転移してやる。俺を持ったまま、その息子も近くに寄ってくれ)
「こうか?」
 ゲオルクはアーベルの首根っこを?む。
「ち、父上…この持ち方は、まるで子猫のようでは…」
(───いいだろう。じゃあ行くぜ)
 次の瞬間、ゲオルクとアーベルは、その場からふっと霞のように消え失せた。





「おおおおおおおーーーおおおおおおおおーーーーー」
 死者の雄たけび。
 ユリウスとまったく同じように闇を吐き出し続ける黒騎士の兜。
 だがそれも終わろうとしていた。
 膨大な闇が放出されたかと思えば、ふっとそれはいきなり途絶えた。
 がらん、がらんと…黒騎士の兜は力を失ったかのように地面に転がった。
「な、何が起きたっていうんだ?」
 メゼツが恐る恐る、黒騎士の兜に近づき、剣でつんつんとそれをつついた。
 特に何も起こらない。
 だが次の瞬間。
「ぬおおおお!」
 どさり。
 雄たけびと共に、ゲオルクとアーベルが空中からパッと現れ、地面に叩きつけられた。
「うわびっくりしたなもう」
 そう言いつつ、余り驚いてもいないメゼツ。
 一方、クラウスやビビやアメティスタらは盛大に驚いていた。
「傭兵王!? 何でここに!」
「え、傭兵王だと? 彼がそうなのか、ビビ」
「私も初めてお目にかかります。ですがあの風貌は間違いなく、ゲオルクどのですよ」
 ゲオルクは転移の衝撃で眩暈を覚えていたが、目の前にビビやクラウスやアメティスタらがいるのを認め、ふっと苦笑いする。
「ぬうう……聖剣め。もそっと丁寧に運ばぬか。だが、合点がいったぞ。精霊戦士だな? わし以上にお主を上手く使えるというのは……」
(───ちげぇよ。あっちの兄ちゃんだ)
「クラウスどのか? しかし、彼は中々の剣士だとは聞くが、戦場での指揮能力に定評があるのであって、剣士としてはそれほど名高いとは…」
(───違う違う。あっちの兄ちゃんだよ。ほれ、そのオレンジ髪の)
「……あの小僧か?」
 ゲオルクは怪訝そうにメゼツを見る。
 どう見ても十六か十七かそこらの鼻たれ小僧の悪ガキである。
 それを言えばビビは精霊戦士とはいってもまだ十四歳なのだが。
 ゲオルクは渋々ながら、メゼツの前にすっと立ち上がる。
 堂々とした大木のようなゲオルクに前に立たれると、男としては少し小柄なメゼツなどはもう小枝にしか見えない。
「お主、名は何と言う?」
「な、何だよおっさん……インネンつけよーってのか!?」
 いきなり大男のゲオルクに立ちはだかれ、メゼツとしては威圧感を感じていた。
 が、ゲオルクはがしがしと髪を掻き、不本意そうにしながらも膝をついた。
 初対面の少年メゼツに対して、礼を尽くした対応であった。
「……違う。お主の力が借りたい。申し遅れた。わしはハイランドの王ゲオルクという。先程、甲皇軍の総大将であるユリウスを討ってきた。しかし、ユリウスは魔剣フォデスごと何らかの超常現象により、更なる悪魔へと進化しようとしておる。それを倒し、この状況を覆させられるのは……お主しかいないようだ」
「はぁ!? 何で俺が!?」
「これを持て」
 戸惑い驚くメゼツに、ゲオルクは有無を言わさずルネスの聖剣を押し付けた。
「ただの剣じゃねぇか……ん?」
 メゼツが聖剣を持った瞬間であった。
(───おおっ、来た来た! これこれ……ゼロ魔素マナの人間だ!)
 メゼツの脳内にそんな声が響いたかと思えば、ルネスの聖剣が発光し、まるで飴細工のようにぐにゃりとねじ曲がった。
「あ、あちちっ」
 剣の柄部分まで物凄い熱を帯びたので、メゼツは慌てて聖剣を手放す。
 どさりと落ちた聖剣はどんどん形を変えていき、両足を持った不思議な白濁とした形へと変わっていく……。
「ふいー。ようやく表に出られたぜ」
 ゲオルクやメゼツの脳内に響いたのと同じような、間の抜けた緊張感の乏しい声だった。
「な、何だこいつ……」
 メゼツが驚くのも無理はなく、まるでそいつは……。
「ま、ま、まさか!」
 叫んだのはアメティスタだった。
「知っているのか、アメティスタ!? あのへんな生き物のことを!?」
「え、ええ…。私は南方出身ですので……南方を領域とするドワーフ族の間で崇められているゴドゥン教というものがあります。それで崇められている魔神獣というのがありまして」
「魔神獣……これが?」
「おそらくは……しかし、実際に目の当たりにすると神々しいお姿ですね」
「正気か、アメティスタ? どう見てもこれは───」
「おい、おまえら」
 やはり、間の抜けた声である。
「この俺を誰だと思ってやがる。そこの女が言うように、伝説の魔神獣さまだぞ。その名もゴドゥンバドゥンバ=オンドゥルルラ=ウンチダスなるぞ! どうだまいったか。ひかえおろう!」
 1メートル少しぐらいの小さく白濁とした体つき。
 手足も首も耳もなく、ただ両足が生えているだけ。
 頭部には緊張感のかけらもない小さくつぶらな瞳と口があるだけ。
 小突けばすぐ倒れそうな不安定で弱そうな生き物。
 というか、ゆるキャラ?
 それが、ゴドゥン教に伝わる魔神獣ウンチダスであるとは、さすがに歴戦のアルフヘイムの戦士たちでも、にわかには信じられぬ思いであった。







つづく

       

表紙

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Neetsha