Neetel Inside 文芸新都
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背後で扉の開く音がして俺はコンセントから指を離した。やっぱり来たか。振り返ると細い人影が俺の足元まで鋭く伸びて、真っ黒な誰かが声を放つ。俺はそれが誰だかもうわかっている。
「殺そうとしたんやね」
奈津美の顔は薄暗い闇の中に隠れてその表情を読むことはできない。
「うん」
「なんで?」
「憎いから」
「違う。なんで殺さへんの?」
「殺さんのがおかしいみたいな言い方やな、別に理由なんていらんやろ」
「殺そうとしたのを寸前で止めるのは理由いると思わん?」
「...色々めんどくさいやろ、後々」
「まぁ犯罪やしね」
奈津美はベッドの隣に近寄って波打った白いシーツの上に腰を降ろし、眠っているお袋の顔に手をかざし優しく撫でる。俺はただ突っ立ってその光景を見つめている。
「綺麗な顔......」
そうしている奈津美はまるで寝る子をそばで見守る母親のようにも見えるし、死んだ人間の顔を冷静に確認する警察のようにも見える。俺よりも家族らしいといえるし他人らしいといえる。どっちとも言えないような俺はどっちなんだろう。
「奈津美、お前変わらへんな」
「そう?」
「うん、変わらへんよ全然」そこらに積まれた機器同士の間にパイプ椅子があって俺はそれを取り出して座った。「お前なら来るやろな思っとったわ」
「少しは変わってたら良かった?」
「さぁ」目の端に床と床に根を下ろすベッドの脚が入る。「どうやろ」
しばらく俺たちは何も喋らずただ時間を一秒一秒を確かめながら過ごす。奈津美はずっとお袋を見ていて、ある時堰を切ったように口を開いた。
「私徹と付き合ってるん聞いた?」
「6月に式あげるんやろ?」
「うん」
「おめでとう」
「それだけ?」
「それ以外に何があるっていうんや」
「徹は私のことはあんま知らんで」
俺は少しだけ驚いて奈津美のほうを見た。やつはお袋に目を落としていて目を合わさない。
「話してないんか」
「そんなエラいことようせんわ」
「そう、そうか......」
徹は昔からいい奴だというのは俺たち同世代の共通の認識であるし俺だってその例外じゃない。ただ少し馬鹿なところがあるのは否めないし馬鹿だからいい奴であれるとも思うがそんな馬鹿だからこそ純粋なのだ。傷つきやすくある。徹は奈津美を知らないのか、そうか。
「なぁ啓介」
「なに」
「私がお母さん殺してあげよか?」
うつむき加減の目線を上げると知らないうちに奈津美は俺を見ていて俺はただその瞳を見つめ返している。なにも変わっちゃいない。奈津美は淡々と言う。
「事故に見せかけることもできるし、大丈夫やで」
「いや、待てや」
「だって殺したいんちゃうん」
「そうやけどもやな」
俺はそれ以上言葉を発することができずにいる。そしてさっきまで殺そうと息巻いていた自分とは裏腹に心のどこかでお袋を殺しきれずに葛藤している自分がいるのがわかる。なんでだ? 事故として殺せるならなんの心配もいらないじゃないか。でも俺は悩んでいる。ここにきてお袋への愛に目覚めた? いやもっとありえない。ありえないことだとわかっていても否定しきれない俺もいるし殺してもいいじゃないかという俺もいる。
「そんじゃ今はやめとこ」
奈津美はベッドから降りて部屋をでて行こうとする。
「奈津美」俺が呼ぶと奈津美は振り返らずにいう。「なに?」
「お前墓参り行ってるか」
「行ってるで」
そう言い残して奈津美は出て行った。そうか。俺と死んだようなお袋だけになって再び世界が2人になって取り残される。奈津美に触れられていたお袋の顔は俺が見ていた時と変化はない。ケータイを使って皆に入って来たときの裏口で待ってるように伝えて、俺も薄暗い部屋を出た。せめてお袋が今までみたいに目を開かないようにひっそりと静かに注意を払って。誰か俺の代わりに俺には言わずに殺しておいてくれないか。

       

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