Neetel Inside 文芸新都
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「ああうん」自分から白状したとはいえ気恥ずかしく言いにくかったが、なんでもない風にさらっと言ってしまうことにした。「浮気」
「あら、あんた何してんの」
「俺ちゃうわ、相手のや」
「ああ、なんやアホらし」
「そうやな」
 そうだ、まるでアホらしい。
 近くを車が通り抜けてビュウウと風が往来に吹き荒んだ。それがあまりにも寒いもので全身の産毛が逆立ちそうなくらいだったからかえって奈津美の握る手が暖かく俺の中で目立った。温もりの中に違和感を覚えて見ると銀色の指輪が薬指にはめられている。奈津美の透き通るような白い肌の下には青く静脈が走っていて、銀色はその肌に相応しく似合っていて綺麗だと俺は思う。俺は腕に力を込めて無理やりにその手を振り払った。
「なにすんのよ」奈津美が二重の目を細くさせて俺を睨む。
「誰かに見られて変な噂たてられたら、お前困るやろ。ただでさえ田舎やのによ」
「あかん?」
「そりゃあな、もうガキの頃みたいにはできんよ」
「あ、そ」
 奈津美はいかにも不機嫌そうな声で吐き捨てるように言って道路の対岸に向かっていく。横断道路の白線の列を河に浮く石と石の間を飛ぶようにして行き、地面をブーツの踵が踏む度にニット帽の先の大きな毛玉が楽しげに空を揺れる。
「おい、どこいくんや」
 声高に叫ぶと少ないながらもいる人々がさっとこちらを振り向いて歩みをやめていく。きっと痴話喧嘩なのだろうと思っていることだろうがもちろんそうじゃないしそう思われたくもない。
 奈津美が上着のポケットを持て余した両手の手袋代わりにしながら口先を地面に向かって言い返す。「どうでもええやろーガキじゃないんやから」
「ちょお待て待て俺も行くから、部屋で上着着てくるから」
「先行くよー」
「だから待っとけって」時々奈津美はこうしてへそを曲げると放浪する癖みたいな性質みたいなものがあって、それが普通の場所ならいいが大抵ろくな所へは行かないことを俺は覚えている。今にもどこかへ出発してしまいそうな出発したそうな奈津美にもう一度「待っとけや!」と釘を刺して俺は煙草を捨て、ホテルの部屋に戻る。
 部屋の隅のコンセントを見つけると充電器を刺してスマホをつながせておいて、急いで着替えて準備をし部屋を出て行こうとしたとき、光太郎のことが頭を過ぎって俺は電車へ駆け込み乗車をするサラリーマンのように慌ててデスクの上のメモを千切ってボールペンで一筆したためドアの前に書置きを残しておいた。
『数時間散歩をした後に戻るから』

       

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