Neetel Inside 文芸新都
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駅下のトンネルを歩いている俺たちの頭上をうるさく電車が走っていく。見上げた錆の浮いた線路を鉄の車輪が火花を散らしてすこしその場を跳ねて手を伸ばせば届きそうだがそうはしない。古いコンクリートでできたトンネルの出口は構内に眩しく光を放っていて、はじめの内は物寂しく思われていた周囲のグレイもそう悪くはないとも思える。壁を擦るとひんやりと冬の気配を色濃く残していてトンネルとは言えど周囲に雪の景色がないことが不思議に感じられた。
 奈津美は店を出てからずっと口数が少なく、物憂げな顔で、たまにうわ言の様に空がキレイだとか、ここに来るのが久しぶりだとかと独り言を呟いて、しかし俺には顔を向けず俺も何も言わなかった。
 トンネルを抜けると緩やかな坂道を老婆がカートを押しながらこちらに下ってきて、俺たちを見てお辞儀をしてくる。それに俺たちもお辞儀を返すと笑って、入れ違いに老婆はトンネルの中に入っていく。もしかしたら知っている人物かもしれない。俺が考えていることを察したのか奈津美がトンネルへ吹く風でなびく髪を片手で押さえつけながら俺に言う。啓介、誰かわかる?
空は青く青く澄んで雪が溶けた大きな水たまりも同じぐらい青い。どっか近所の人やとは思うんやけどな。老婆の曲がった背中にはこの辺では心当たりがありすぎて当てにならない。もしかしたら俺のいない数年間で腰が曲がってあんな風に杖代わりにカートを押しているのかもしれない。それともなにか事故を起こして、腰か何かを悪くして、曲がった背中になることを余儀なくされたのだろうか。なんにせよ俺のいないところでそうなったのは覆しようのない事実である。
 坂を上り、陸橋の影に足を踏み入れると奈津美が重たげな口をまた開く。
「コーちゃんどないしはったん?」
「ああ、たぶん今頃ホテルでゆっくりしてんちゃうんかな」
「そういうことちゃうくてさ」
二の句が告げられるのは影を出て日に目を細めてからだった。
「どこか悪いんちゃうん」
「なんで?」
「なんでってあんなに痩せてて、髪だって真っ白やない、私らよりまだ2、3上やろ? どう見たっておかしいよ、わからんの?」
「・・・・・・」
「コーちゃんって結婚してはるっけ」
「やめろや縁起でもない」
「言うよ、だって心配やもん。それにもしものことがあったらどないするのよ」
「そりゃ」まだ三月だというのに立ち止まった赤信号のもう少し向こうは陽炎が揺れて歪んで見える。今日は異様に暑い。俺は上着の袖を肘の手前まで捲くった。「それは本人らの問題やろ、俺らがとやかく言うことちゃうよ」
 信号が青になっても奈津美は何か言いたげな顔をして立ち止まっていて、道路の対岸に渡ってから俺は傍に奈津美がいないことに気付いた。後ろに振り返るとようやく奈津美は歩を進め始めたが信号はもう赤になっていて停まっているトラックの運転手が苛立ったように奈津美を見ている。
 通りに立ち並ぶ見覚えのある住居は、いくつかがどこかのモデルハウスみたいな真新しいものに立て替わっている。古い家屋の二階で洗濯物が風に揺れてその向こうからは幼い子供の歓声とその母親が何か言う声が聞こえる。いったい何がおかしいんだろう。また違うどこかの家からは掃除機の音が響いて忙しない。

       

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