Neetel Inside 文芸新都
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気づかない間に俺は眠ってしまっていて、泥の中にいるみたいにはっきりしない意識の底にインターホンの音が連続して、はっとして目を覚ました。壁の時計を見上げると短針は午後の2時を振れ、慌ててカレンダーを見て今日が土曜なのを思い出す。土日休日で心底良かったと感じた瞬間だ。ケータイの電源が落ちているから、そのせいでアラームが鳴らず起きるのが遅れたのだ。
玄関のドアの向こうからは変わらずインターホンのチャイムがマシンガンのように飛び込んでくる。連打しているのだろう、俺の知ってる郵便配達やセールスはこんなことはしない。少し警戒しながら壁の受話器をとる。
「どちら様」低い声で言うと向こう側の人物は甲高いトーンで返す「啓介か、おい、お前啓介か」聞き覚えのある声だった。ずいぶん会っていないから、多少喉が経年劣化しているかもしれない。沈黙している俺に苛立ちを募らせたのか少し怒鳴るように叫ぶ「おい聞いてるやろ」「コーちゃん久しぶりやな」
伊角光太郎は俺の母方の従兄弟で俺より二つ上の男だ。近所に住んでいたから幼い頃は毎日のように遊んだけれど、親父が蒸発して行方をくらませてお袋が精神不安定になってから大人たちの間で色々あったのか疎遠になり、俺たちも2人で仲良くすることは少なくなった。それでもちょくちょく顔を合わせることはしていたけど高校に上がるぐらいの時期にどこか他府県に引っ越したとお袋から告げられた。突然いなくなるもんだからショックを感じなくもなかったが、時間も経つにつれて記憶の片隅に追いやられていた存在だった。
「コーちゃんやろ」「おう、久しぶりやな啓介、いやちゃうねん」「東京引っ越してたんか、知らんかったわ。あれ、なんで俺の家知ってんの」受話器からボリボリと頭をかいた音が伝わってくる。「まぁちょっと待って、話すと長なるから。お前の部屋片付いてるか」俺は部屋を見渡した。昨日のムシャクシャで床は物やゴミで散乱している。「少なくともキレイじゃないな」「なら外出るで、早よ用意して出てこい」「用意って」「あああるだけの金、あとなんか大きめのカバン。全部いれや
。あと今寝巻きやろ、着替えてな」「え、今金ないからあとでコンビニ寄って。つかなんやねん旅行でも行くみたいやんけ」「まぁ旅行やわな」俺は久々にあった従兄弟の言ってることがわけがわからない。言っちゃなんだけど昔はもう少し単純なやつだったはずだが。「早よ出てこいや、俺下で待ってるで」何か言おうとする間にドンドンと足音を鳴らしながら光太郎が階段を降りていく。問答無用というわけか。
わけがわからないままとりあえず俺は言われた通りに適当なカバンに適当な物をほおり込んでいく。服と替えの下着、ノーパソと充電器、あとそこらに散らばっている無駄なもの。こうしていると小学生だった頃の遠足にいく前日の夜を思い出した。あの時のワクワクはもうどこへ行ってしまったのだろうかと考えるけど、俺には皆目見当がつかない。

       

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