Neetel Inside 文芸新都
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そんな風にしてコンビニに入り弁当や鮭やまぐろなんかの妙に金額設定が高いお握りを物色していた時だった。レジのほうから怒号が聞こえてくる。振り返ると肩にかかるぐらいの長い金髪の男が足元にいるガキに向かって何事か怒鳴り散らしていた。黒いレザージャケットに趣味の悪いワインレッドのカーゴパンツでその服装は昔のハードメタルバンドを連想させられた。おそらく察するに息子であるだろうガキは糸のほつれたジャージで俯いて目線を白い床に落としている。人目もはばからず男が叫ぶ。
「だから家いろっつったよな俺よおい!」ガキは何も言わない代わりに肩を震わせて大粒の涙をボタボタ落としている。履いているプーマの薄汚れたスニーカーに濃い染みが出来ていく。周りの人間はスーツのおっさんや店員も含めてチラチラと様子を窺っていたがすぐに自分の世界に意識を戻していく。例え男の行為を止めにいったとしても逆に絡まれたりするのが嫌なのだろう。臭いものには蓋、君子危には〜なんて言葉が往々とまかり通る日本じゃ珍しくもないし当たり前。俺も何も思わないわけじゃないしイライラするけど飛び火するのは嫌だ。でもな〜うーんなんて腕を組んで悩んでると泣きじゃくるガキが180度方向転換して自動ドアの方へ歩いていく。家とやらに帰るのかななんて俺や周囲の人間が横目で眺めていると、金髪の男が「待てケンタこっち来い」なんて言って俺たちも来るなとか来いとかどっちなんだよとか心の中で突っ込んでいたら男はガキの肩を掴み勢いよく振りかぶった右拳でガキの頬に一発入れた。店内を骨を打つ鈍い音が走ってガキが床に叩きつけられる。
「なぁ、なんで俺のゆーこと聞かねーのよ、なあおい聞いてんのかカス!」ガキの口からは色の濃いドロッとした血がつつと唇を濡らしながら垂れてくる。その光景を見た瞬間俺は俺の中の何かが飛ぶ。手に提げていた買い物カゴを捨てて男の方に駆け寄りやつがガキにしたように男の細い肩を掴み、男が驚いて振り返り俺に何か言う前に俺は奴の頬を思い切りぶん殴ってしまう。男のモヤシのような体は勢いで飛んで近くのお菓子の商品棚にぶつかって棚ごと床に倒れる。
「テメーのガキに何してんじゃゴラ!」
倒れてひかれたカエルみたいな体勢になった男は目を白黒させて起き上がらない。ふと周りを見渡すと店内は静まり返って皆一様に俺の事を目を丸く、驚愕して見ていた。鼻と口から血を流すガキも含めて。ここで俺はやっと冷静になって自分のやった事の重大さに気付いた。倒れたままピクピクしている男に近づいて肩を叩き「あの、大丈夫ですかー」と言ったけど反応はピクピクで変わらない。やべーこれ警察沙汰じゃねーのとか冷や汗をかきながら考えていると外から事態を目撃していたらしき光太郎がダッシュで入ってきて俺の手を取る。光太郎の目も丸い。
「おいなにしてるんやアホ!」
「いや、こいつがなんか」
「ええから来い!」俺は光太郎に引っ張られて唖然とする店内を尻目に車に向かう。どこかから「もしもし警察ですか」なんて聞こえてきて俺は気が気でない。「逃げるぞ啓介!」急いで駐車場の車に乗り込み光太郎がエンジンをかけた。助手席の俺はなるべく顔を伏せながら、元いた所を見返す。店内は騒然と沸き立っていてどこかの国のパーティみたいだ。猛然と出発する車からその光景をヒヤヒヤしながら眺めてると、さっき殴られた男のガキが店内から出てきて笑って手を振っていた。
「おいアホ啓介、あんま外見んな!」
不機嫌全開の光太郎の声。俺はまだ殴った時の不思議な感覚が残る拳をさする。あのガキはまるで昔の俺を見ているようだった。何も言わなくても殴られ誰からも救いの手を差し伸べられず、1人泣いていたガキの俺だ。俺はさっき男を殴って正解だった。俺はあいつを殴らなければいけなかった。俺のやったことは暴力罪でもしかしたらあの男にもなんらかの後遺症とかが残るかもしれない、でもそんな事はまるで関係が無い。あのガキは俺なのだ。俺はあのガキを守るためでなく俺を守るためにこの拳を振るったのだ。言うなれば心の正当防衛だ。トラウマとかではなく、俺の中に残る僅かなプライド、過去のガキの俺を守るために。

       

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