Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 彼はいまどき珍しくノートパソコンとMIDI鍵盤などという骨董品を使う。それは彼がレトロゲーム風の音楽を演奏するからだ。パソコン自体古いが、彼が求めているのはそれよりも前のゲームハード音源であり彼にとってはノートパソコンで代替していることが恥ずかしいとさえ思えた。コールマンはDAWソフト(音楽を作ったり演奏するソフト)のシーケンサー機能を使い伴奏を再生しメロディをMIDI鍵盤で演奏する。彼にとって鍵盤は小さく、黒鍵と黒鍵の間には指が入らない。それでも彼の演奏はよどみなく優雅だ。シーケンサーによる氷を削り取るようなざくざくとしたバッキングに彼はタップダンスのようなリズムでリードを加える。そして彼と呼吸を合わせ音楽に安定とグルーヴを与えているのはベーシストのエイコ、彼女は人工知能である。彼女たちは彼女たちの社会と権利を持ち生活している。彼女が彼と音楽をやっているのは趣味であり、かつ仕事でもあった。彼女たちは人や人工知能とコミュニケーションすることが本能として組み込まれている。話したり歌を歌ったりすることで彼女たちは己自身を維持する通貨を得られるのだ。彼女がベースを演奏するのもその一環である。音楽がサビに入る。コールマンの下がるメロディを追うようにベースが下がっていく。二人にとって音楽はコミュニケーションそのものだった。音楽はメロディとベースのC#のオクターブユニゾンで終止した。
 演奏が終わり、部屋は拍手で溢れる。皆は胸がくすぐったくて手を叩かずにはいられないのだ。コールマンはめがねをはずして顔をハンカチで拭いている。彼は彼女に今日も良かったと賛辞を贈りキスをした。パチパチ、二人の絆にも拍手が起こる。
 『コールマン、もう充電が残り少ないわ。さすがに帰りは私に送らせてよ。心配だわ。今は端末の電源を切りなさい』
 「そうだね。そうするよ」
 コールマンは携帯電話の電源を切って胸のポケットにしまった。イベント主催者が笑みを浮かべ、大きな腹を揺らしながら歩み寄ってくる。腕を開いて抱擁を求めた。二人は初対面だがここはクラブで二人はデブ、その連帯感は二人の距離をぐっと縮めていた。
 「いや、よかった。感動でしたよ! こないかとも思いましたが本当に良かったです」
 彼は興奮した様子でコールマンを抱きしめてそういった。
 「いえ、待たせてすみません。ほんと着いてよかったですよ」
 「次は彼女に案内してもらってくださいよ」彼はコールマンの腹を小突く。
 「あ、あと君の仲間が呼んでましたよ。喫茶へ行くとか。若い者はエネルギーが違いますな。ははは」
 タルクが手を振って呼んでいる。コールマンは主催者の男と握手をして別れた。
 

       

表紙
Tweet

Neetsha