Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
80 裏切り者たち

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 目が覚めたディオゴの目に映っていたのは幌馬車の天井だった。幌は所々破れ、隙間からは空が覗いている。愰はミカンのようなオレンジ色に染まっている。こちらを覗き見る空はどこか薄暗い青さだった。
(・・・夕方か?)
それを確認するためにディオゴは身体を起こし、 辺りを見渡した。横にはヌメロが眠っていた。目に入ってきたのは馬車の操者の背中だった。操者は白いコートを羽織っており、男の耳は長く白い兎耳である。
「セキーネか・・・」
自分が宿敵と付け狙っていたセキーネ・ピーターシルヴァンニアン、その人であった。
「お目覚めになられたようですね・・・」
セキーネは振り向かずに言う。
「どうしたのです? 今なら私を背中から殺せますが」
「……ケ 道化が。見え透いた罠なんざァ仕掛けやがッて……天井にネロの野郎が潜んでるだろ。
殺気が我慢汁みてぇにダダ漏れだぜ・・・」
「フ、お気付きでしたか・・・」
相変わらずのドギツイハードな黒兎語にセキーネは思わずフッと笑った。

「おまえの部下は護衛は出来ても、暗殺業に関しちゃてんで不慣れなようだな・・・」
と言い切ろうとしたその時だ。ディエゴの手首からうっすらと血が流れ出す。
かつての躊躇い傷の古傷が
まるで女子の股に咲く花の開花のように開いたのかと思ったが、そうでも無いらしい。
血の直後、ディオゴは手首に何かが絡みつくのを感じ、状況を察した。

「…ッてェ思ったが、成る程な。道理で殺気がダダ漏れだと思ったぜ・・・」
ディオゴの手首にはワイヤーが絡みついていた……そう、引き剥がせば爪を引き剥がされる算段である。

「……ご丁寧に手首にワイヤーなんぞ縛り付けやがって・・・おめェンとこの
部下の殺気に気付いて動きゃァ最後、その勢いで手首が切断ッてわけだ。」

カモンカモンこっちへおいでと手招きをし、くぱぁと股間の花を押し広げる女子に吸い寄せられ、チンポを差し出せば最後、見事に去勢される。そんな古典も甚だしく、博物館行き確定の古臭いハニートラップのような誘惑ぶりである。あからさまに罠に掛かるのを待ち受けていたのがバレバレであるが、それでもディオゴのような攻撃的な輩にはいい牽制になっていた。

「・・・ええ 私も流石に今の貴方に背中を向けていられる程の度胸はありません。」
地平線の彼方を見つめながら、セキーネはいじらしく微笑む。
背中越しでもディオゴは、それが分かり、悔しそうに片膝を立て片膝を横に寝かせて座り込む。
「・・・おまえらしいぜ、セキーネ。どうせ、ヌメロにも仕掛けてあるんだろ。」
「・・・そうですね このまま大人しく居てくだされば 一人モフモフ出来ない身体には
ならずにはすみますね。」
一人モフモフとは……まあ、つまりはオナニーのことである。
兎人族にとって性器をしごけないのは命を取られることよりも残酷なことである。

「……ケ 分ぁーたよ。こんなに縛ってたんじゃ無理やり斬ろうたって 肉まで斬る羽目ンなるからよ。」
暴れる気を失い、ディオゴはそう言うと そのまま壁にもたれかかった。
「・・・とりあえず、俺が寝てた間に何があって、俺は今どこにいるのか教えてもらおうか。」
ディオゴは絡みついたワイヤーで手首を切らないようにゆっくりとポケットの葉巻入れとマッチを取り出し、
人参葉巻に火をつけ、女の陰部を堪能するかのように、香りを楽しむ。しばらく、楽しむとディオゴは天使の輪っか状の煙を吐き出し、だらしのない目でそれを見つめていた。

「まず、最初の質問から答えましょう。
あなた方はゲオルク軍の指揮を解かれました・・・軍務中の大麻乱用と飲酒・・・加えて指揮下から外れた単独行動及び味方への拷問と性的暴行の責を問われ、兎人族の指揮も剥奪されました。」

「・・・んで それがアンタがここにいることと何の関係がある?」

「・・・話は終わっていませんよ・・・早漏ですか貴方は。」
「生憎と遅漏だ、バカヤロォ。」
これは白兎人族と黒兎人族間のカルチャーショックの良い例である。
「早とちりする」を黒兎語では「我慢汁が出ている」「カウパーが出ている」といった表現をするが、
白兎語ではこれを「早漏」と表現する。白兎人族曰く、黒兎語よりも上品な言い方らしいが
どちらにしろ下ネタであることには変わりはない。
故にディオゴにはこれが通じず、まともに返されてしまったのだ。
「・・・あなたが早漏かなんて聞いてません、比喩表現相手に真面目に答えないで下さい。」
冗談が通じないとはまさにこのことかと呆れながら、セキーネはため息をつく。
「? 早漏か聞いたのはそっちじゃねぇか……ワケわかんね一奴だな。もういい、さっさと続けろ。」
やれやれと言うように、セキーネは続ける。
「オッホン・・・つまり、身分を剥奪されたあなたは私の指揮下に入るという形で これから行動することになりました。 」
ディオゴはうんざりするように左手で頭を抱えながら、舌打ちをした。
「おいおいおいおい、マジかよ。 こいつァ悪夢だぜ ォイ。てめェのチンポしゃぶった後みたいな気分だぜ。」
つまりは、「胸糞が悪い」という意味である。嫌いな男のチンポを舐めるのは屈辱的で不愉快なものだからだ。
ただし、淫乱女か、おチンポ大好きホモ野郎、あるいは大好きな相手のチンポを舐めるのが大好きな女
が言うと最高の気分という意味になる。覚えておくように。

「ただ私が引き取らなければもっと非道い気分になっていたかもですよ・・・ムザファールは貴方を野放しにするなら、
貴方の睾丸を引き千切って 串焼きにしてやると喚いていましたよ。」
「・・・やれやれ その結果、てめぇに金玉握られたってわけか・・・」

金玉を握るとは、まあ早い話が「相手の急所を握る」ということだ。
転じてそれが、「足元を見る」、「弱みを握る」と言った意味になったというわけだ。
ただ、この状況の場合では意味が異なる。
ムザファールがディオゴの金玉をもぎ取って串刺しにする未来を回避し、
セキーネがディオゴの金玉を握る程度で済ませたということで「金玉を守ってやった」、
つまり「尻を拭いてやった」という意味になった。

「・・・おあとがよろしいようで。」
上手く金玉繋がりでまとめたことにセキーネは微笑むと、馬を止める。
「ここで泊まりますか・・・ヌメロさんを起こして下さい。」

馬車を止め、4人の獣人の男はもくもくと
乾燥させた人参や白菜の芯をカリカリと頬張る。
その様子をオリックスが見つめていた。
「!?」
それを察知したヌメロが振り向きざまにベングリオンナイフを投げ付け、眉間にヒットさせた。
オリックスは目を見開き、即死する。
「・・・っ!」
ヌメロの右手にくくりつけられたワイヤーはいつの間にか解かれていた。それを見たネロが驚いた顔をする。
「・・・ベングリオンナイフだよ。ワイヤーだって切れる」
ヌメロはそう言うともう一度縛れと言いた気に再びネロに右手を差し出す。
「ヌメロー! 肉捌いてくれー たのむー!」
ディオゴがそう言うと、ネロは無言でディオゴのところに行けと言いた気に指を払い、ヌメロをディオゴのところへ行かせる。オリックスの皮を剥ぎ、肉を裂き、腹を開くと内臓を取り出す。
「うっひょォオォ~~~ いい具合に引き締まった肉だな~ 久しぶりの血肉だぜ!」
コウモリの血を引く黒兎人族は肉食であることでも知られる。元々は吸血だけであったが、人と混ざり肉を咀嚼するのに充分な骨格の歯を得たことでやがて肉も食らうようになっていった。
水を得た魚のように血を飲み、絶世の美女を貪る初夜の少年のように肉をがつがつと食らうディオゴとヌメロを前に、ネロは涎を垂らしながらその様子を見つめていた。
ただ、セキーネに自分が黒兎人族であることを知られたくないがために必死にネロは耐えている。
「・・・ネロ。」
セキーネの言葉にネロは慌てて「はい」と返事をした。

「殿下、何をおっしゃるのです!
あんなもの!! 野蛮で穢らわしいこと
この上ありませぬ!」
「そなたの過去は知っておる・・・そなたの働きに血肉は必要だ。良いから食べなさい。」
ネロは鳥肌を覚え、知った。自分の過去を知りながら、セキーネが自分を傍に置いてくれていたことにネロは感動した。


「・・・そういやァ、セキーネ。2つ目の質問にまだァ答えてねェぞ。ここは何処なんだ?」
オリックスの足をつかみ、肉を頬張りつつ裂きながらディオゴは尋ねた。その様子にセキーネは少々眉間に皺を寄せながら、答える。
「ここはモビ荒原です、フローリアの南東にある荒野ですね。」
肉を噛み千切り、ムシャムシャと頬張るディオゴを他所にセキーネは水筒の水を飲みながら答える。
「3つ目の質問だ・・・ここに来なりゃァならん理由は?」
「・・・? セントヴェリアに向けて前進するためです。」
「おいおい、セントヴェリアはフローリアの南西だぜ方角逆だろォ?」
「ええ、確かに本来なら南西の森をずーっと下っていけば そのまま直進で行けますね。
その森が洪水で水没してなければの話ですが・・・」
水没した森を指差し、セキーネはディオゴを嫌味を含んで責めるように言った。
ディオゴには心当たりがあった。確かその辺りはガザミとヌメロに命じて水に沈めさせた場所だったからだ。
「甲皇国軍の奴等をせき止めるためには仕方が無かった。」
苦しそうにディオゴは弁明する。
「ええ 分かっています。セントヴェリアに攻め込めなかった甲皇国軍が近くのフローリアに流れ込んでくることは予想出来ました、戦略に問題はありません。」
セキーネもディオゴが馬鹿ではないことは分かっていたが、
お陰で南東の方角からかなり迂回してセントヴェリアまで行かねばならないことに
少しばかり面倒だなと辟易していた。

「セントヴェリアには何をしに行くんだ?」
「暗殺です、貴方の仇のね。」
仇という言葉でディオゴの目の色が変わった。

「俺の仇ねぇ・・・それはてめェだと思っていたが……」
「そうですね 先ずはその誤解を解かねばなりません。」
神妙な面持ちでセキーネは語った・・・
アルフヘイム北方戦線を崩壊させた元兇ミハイル4世のことを……
白兎人族と黒兎人族を分断させ、ディオゴの妹モニークを死に追いやったピアース3世を裏で操っていたのはミハイル4世であること……
そのピアース3世は不治の病に倒れたセキーネの母を愛していたことを……
愛する彼女を救うためにミハイル4世と取引をしたことを……
そのために、セキーネは連れ戻され戦線は崩壊したことを……

愛する彼女のために全てを犠牲にし、ようやくミハイル4世から手に入れた霊薬。
だが、それは毒であり彼女はミハイル4世に毒殺されてしまった……

謀らずとも結果的に母を死に至らしめ、北方戦線を崩壊させた
愚かな白兎の王 ピアース3世……彼はセキーネが殺した。
これにより、ピーターシルヴァンニアン王朝は崩壊し、その領土をミハイル4世が占領下に置いた。
そう……全ては兎人族の精霊樹スカイフォールを奪うための策略だった・・・

全てを語るセキーネの目をただディオゴは見つめていた。


かつて仇として憎悪し、呪った男の瞳を見つめ、ディオゴはその男の言葉に聞き入る。
果たして それが真心のものかどうか……


「・・・・・・俺たちはまんまと踊らされていたってわけか……」

ディオゴは理解した。
セキーネもまた、自分と同じミハイル4世に操られていたのだと。

「………理解していただけて何よりです。」

セキーネは心底安堵しつつも、どこか浮かない顔をしていた。
この誤解を解くために、お互いどれほど無益な争いを繰り返し、血を流してきたのだろうか。
払った代償の重みを考えると、とてもとても心の底からは安堵出来るはずもなかった。

「・・・俺もアンタに協力しよう。ただし、そのクソババアをブチ殺す時は俺にもやらせろ。 分かったな?」
「・・・ええ、当然です。 彼女のせいで兎人族統一が邪魔されたのですから。」
両者は手を握り締める……心の何処かで両者が望んでいた和解の握手だった。

「……そのババア以外に黒幕はいねぇのか?」

「ラギルゥ一族です、ミハイル4世と組み、北方戦線の崩壊に手を貸した者達です。」

「ラギルゥか・・・聞いたことがある。エルフ族の中でも超が付く程のおえれェさん方達だろ?」

「そうですね、ただ彼等はミハイル4世と違ってエルフ至上主義者ではありません。彼等はミハイル4世の目的に便乗しただけです。」

「どういうことだ?」

「ミハイル4世の目的はエルフ絶対王政時代の再来でした。
全ての民族をエルフに従属させ、アルフヘイム中の精霊樹を独占する…そのためには民族浄化をも厭わないやり方です。
だが、時代はダート・スタンが掲げる民族融和を求めていた。
エルフと獣人たちが同じアルフヘイム国民として団結することを推進するやり方です・・・」

「…ミハイルのやり方に誰もついていかなくなったという訳だな。」

「そうです、ミハイル4世は焦りました。
そんな彼女に入れ知恵を仕込んだのがラギルゥ一族です、
彼等は敵国に占領されかけた獣人族の領土をエルフが奪還するシナリオを
提案したのです。」

「・・・なるほどな、とんだ八百長芝居を仕組んだというわけだな。」

「自分の領土も守れない力及ばずの獣人族の代わりに、
エルフ族がこの領土を守る・・・同じアルフヘイム国民として……大義名分としては充分でしょう。」

「ずる賢い手を考えやがって……だが、そう都合良く獣人族が無力で居てくれるものか? 獣人族一人一人の力は強い。Mr.レドフィンやウッドピクス族のようにエルフの手を借りたがらない奴等も居る……シナリオ通りに進めるには えらく杜撰な計画だ。」

「……誰かが敵と内通していれば話は別です、そのシナリオを描いた本人が敵と内通していれば特に。」

「そういうことか・・・ラギルゥ一族は甲皇国のスパイだったというわけか……。
だとしたら 連中は祖国を裏切った売国奴だ。生かしちゃァ置けないな。」

「・・・ええ、その通りです。」

「・・・面白い。 ミハイル4世だけじゃ物足りねぇと思ってたとこだ。
裏切り者のラギルゥ一族を根絶やしにしてやる。」
指という指をボキボキパキパキと鳴らし、ディオゴは不気味に笑った。

「・・・だが、そんな情報を何処で手に入れたんだ?」

「身内に不満を抱く者はどんな組織にもいるものです。
クローブ・プリムラ……その男が我々に接触を求めてきました。」

名前を聞いたヌメロが目をぎょっとさせ、思わず尋ねる。
「プリムラ……?もしかして魔封の賢者の…?」

「……ヌメロ、知っているのか?」

「知っているも何も魔法監察局の長官ですよ……」

「ヌメロ君が知っているのなら、話は早いでしょうが
一応説明を。彼はエンジェルエルフ族で数少ない男性であるため、
名付け親のミハイル4世からは寵愛を受けていました。しかしながら、彼女のやりすぎる選民思想に嫌気が差し、彼女と激しく対立。エンジェルエルフ族から離反し、ダート・スタンに仕えるようになりました。何度も暗殺されかかり、流刑に処されたこともありました。そんな中、彼は彼女がアルフヘイム北方戦線を崩壊させた情報を入手し、彼女を祖国の裏切り者として告発したのです。」

「なるほどな……クローブとしても、ミハイル4世を老害として
始末したいと考えているわけか。」

「……ええ。そう考える者はクローブ以外にも居るようです。事実を知ったエルフたちの中にも、彼に付くものが出始めています……今、セントヴェリアはクローブ派とミハイル派が互いに啀み合っていて一触即発の状態にあります。いつ、市街地戦が始まってもおかしくない状況です。セントヴェリアに潜入次第、直ぐにクローブ派のレジスタンスと合流しましょう。
セントヴェリア城への潜入経路を手引きしてくれます。」

「……面白い。しっかりと前戯は済ませてある状態というわけだな。
あの女の腐れマ○コに、ギンギンのチ○コをぶち込んでやるぜ……」

       

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Neetsha