Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
82 セントヴェリア暗殺計画

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 セキーネ、ディオゴ、ネロ、ヌメロの4名が
ゲオルク軍から離脱してセントヴェリアへと旅立って1週間が経った。
8日目に差し掛かろうとした夜中の未明……4人は
セントヴェリアを一望出来る高台へと到着した。
「あれは……」
セキーネがセントヴェリアを見下ろした時には
街はただならぬ雰囲気となっていた。

「ほぉ~……やってるねぇ……」
右手を額に添え、セントヴェリア城を眺めるディオゴ。
彼の眺めた先には ただ暗闇の海の中に孤島のように浮かぶ城があった。
そして、暗闇の中には無数の明かりが宝石のように散りばめられている。

「……既にセントヴェリア城は包囲されたようだな。」
「クローブ派は遂に民衆を掌握したようだな。」

ネロとヌメロが口々に言う。
彼等の予想は間違ってはいなかった。
彼等がフローリアを旅立って2日目にはクローブ派がコンスタンティヌス王立刑務所を襲撃、
ミハイル4世とラギルゥ一族の手により囚われの身となっていたダート・スタンを救出した。
その後、クローブ派はダート・スタン救出後、政治犯として投獄されていたエルフ、獣人たちを解放し、
自らを民衆の味方であると大々的に主張した。翌日にはミハイル4世の腹心で、代理として城を護っていたニッツェシーア・ラギュリがクローブ派に投降。大衆の面前で彼女は処刑されることとなった。
(だが、ここで処刑されたニッツェは影武者であり、本物の彼女がエルカイダに亡命するための偽装工作だった。)

翌日にはアルフヘイム北方戦線の遠征より帰還したミハイル4世が
セントヴェリア城を奪還し、形勢は逆転したかに思えた。
だが、それも全てクローブ派の計算通りであった。
セントヴェリア城を拠点に、街の奪還を行う筈だった作戦はことごとく失敗し、
気が付けば奪還どころか、ミハイル4世は城に篭城するハメとなり、まんまと包囲されてしまったのだ。
戦闘力では遥かに勝るミハイル派がクローブ派に敗北したのは4万人という民衆を味方につけることが出来なかったからではない。
確かに圧されてはいたが、当初はミハイル派は街の北部と北東部を制圧したクローブ派と民兵を掃討することが出来た。
だが、それを境にミハイル派は奪還した北部と北東部をも手放さざるを得ない事態に追い込まれる。
それは、クローブ・プリムラが発明したゼロマナ・ダーツという武器が民兵の間で流通し始めたことが理由である。
魔法を駆使した戦いではかなり手強いエンジェルエルフの軍隊は、
このゼロマナ・ダーツによって魔法が使用不可能となり、ただのエルフ兵に成り下がったのだ。
ただのプライドが高いだけのエルフ兵など、4万人もの大勢力を味方につけたクローブ派の敵ではなかった。
各人が持つ魔法の力をゼロマナ・ダーツは掠っただけでも無力にしてしまう。
解毒方法もとい解除方法はクローブ・プリムラしか知らない。だが、魔法を使えるのはクローブも同じであり、
ミハイル派の中には使用されたゼロマナ・ダーツをお返しと言わんばかりに
投げ返してくるものも居た。だが、このダーツは特別製であり一度使用されたら二度と効果を発揮しない仕様となっていたため、
いわばこのダーツによる攻撃はクローブ派の一方的なレイプ状態となっていた。

「……ミハイルもおしまいだな。これじゃあ、俺たちの出る幕はねェかな。」
ディオゴが仇を取れず、さぞかし残念な顔をする。

「……ディオゴ。状況が分からない以上、勝手な推測はやめましょう。
今はとりあえず仮眠です。明日の朝0550、ここを出発してレジスタンスと合流しましょう。」

セキーネがそう言うと、すぐに仮眠の準備を整える。
高台の中には罠も仕掛けられておらず、4人で寝るには丁度良いスペースとなっていた。
4人は長旅の疲れもあってか直ぐに眠りについた。
まるで射精を終えた鮭のようにぐっすりと。
翌日、セキーネたちは高台を出発し、セントヴェリア付近にある廃屋へと到着した。

その現場に居たのは
クローブ派リーダーのクローブ・プリムラとローブに身を包んだプリムラの愛人らしき女……
…彼女は額から鼻までの紫仮面を被っている怪しげで妖艶であった。
彼等の他にはノースエルフ族族長ダート・スタン、その護衛メラルダ・プラチネッラ、ユニコーン族代表のゼルドラ・モノケイロス、
オウガ族のニコロ、そしてエルカイダのリーダーである黒騎士、ロー・ブラッド、ドワーフ族代表のフメツ・バクダンツキ、
竜人族代表のヴァルギルアであった。

「ようやく到着したか、セキーネ殿下」

クローブ・プリムラがセキーネと握手を交わしながら言う。紫色に近いロングヘアーをしており、頭部には緊箍(きんこ)状の金の輪っかがかかっている。
肌色に近い茶色のフードに灰色の生地のローブ、所持している杖がこれまた奇妙であった。真っ赤な球体を蜘蛛の足の
ような多い柵が覆っている。土台となる金色の杖部分と球体部分は そしていったいどんな原理かは知らないが
くっついておらず、つまり球体が浮いているのだ。
(……どんな原理なんだろう)
ヌメロはその球体が気になって仕方が無かった。そう、パンツが見えていることに気付かない女の子に何とかして
知らせてあげたくてもあげられない時のようなあんな感じの気になり方である。


そんなヌメロのマイナーな気になり方を他所に、ネロとディオゴが気になったのは
エルカイダの黒騎士と、ロー・ブラッドである。
ダート・スタンと握手を交わしつつも、ディオゴはこの2人から目を離さずにいられなかった。
黒騎士は黒い甲冑に身を包み、今にもゲオルク並みの大男が甲冑を突き破って出てきそうなオーラを醸し出していた。
ロー・ブラッドは、熊と狼と……様々な獣人が入り混じった風貌をした大男であり、全身は黒騎士のような真っ黒な毛並みで
覆われていた。両目には痛々しい刀傷が刻まれており、その傷跡の途中にある両目は真っ白な精子のように白濁としていた。
それ以外にも腕や腰布から艶かしく覗く大木のような両足には傷が点在しているし、両腕は包帯が蛇のように巻きついていた。
その風貌から彼が辿ってきた残虐な人生が見て取れた。


「では、始めよう。」
クローブ・プリムラの言葉とともに軍議は進んだ。軍議の内容はアルフヘイムを裏切った者たちの
処刑リストについてである。

「……この度、我々は祖国アルフヘイムの調和を乱し、祖国のために戦う獣人族の足を引っ張り、
祖国を敗北へと導いた恥知らずの裏切り者共の始末を行う。戦争状態にある我が祖国において、
今は少しでも戦力が欲しいところではあるが……一番の敵は足を引っ張る味方だという諺もある。
よって、敵の始末よりも裏切り者の始末の方が重要だ。
奴らの始末無くして 祖国の勝利は無い。」
振り下ろした拳を机の上に叩きつけ、クローブは訴えた。
セキーネ、ディオゴ、ロー・ブラッド、ゼルドラ、フメツ、ヴァルギルア、ニコロはうなづく。
白兎、黒兎、狼熊、ユニコーン、ドワーフ、竜人、オウガ族……彼らは祖国アルフヘイムのために戦った
獣人族の代表なのだ。エルフ共に獣人如きがと馬鹿にされようが、アルフヘイムのために戦ったことに関しては
馬鹿にされる筋合いなど無い。そんな彼らをこともあろうか、エルフに邪魔されたとなっては
彼等の怒りはかなりのものであった。

彼等の滾る怒りの空気の中、紫仮面の女がタロットカードのように写真を並べていく。
ラギルゥ一族……ミハイル4世、フェデリコ・ゴールドウィン、そしてニコラエ・シャロフスキー将軍……
アルフヘイムの中枢の闇に潜み、エルフ至上主義の名の下に獣人たちを滅ぼそうと企み、
結果としてアルフヘイムを敗北へと導こうとした者たちの顔写真だ。

クローブはラギルゥ一族の3兄弟の顔写真を整列させると、彼らを指差しながら、その罪状を述べる。
「……先ずはラギルゥ一族を取り仕切る3兄弟スグウ、マタウ、ソクウ……
奴等はミハイル4世をそそのかし、精霊樹の利益を独占しようとした……
さらに、その独占した精霊樹を甲皇国に売りさばく協定を
甲皇国の将軍のエントヴァイエンと勝手に結び……
おまけにその協定をだしに甲皇国へと亡命しようと企んでいる……救いがたい売国奴だ。
奴らは祖国の利益よりも己が一族の利益しか考えない……生かしてはおけない。
幸いなことに奴らは まだセントヴェリア内に居る。」

「こやつらはわらわに任せてはくれんかのう?」
竜人族族長のヴァルギルアが名乗りをあげた。彼女は戦争を利用して獣人族を滅ぼそうとする
ラギルゥ一族の排除を優先し、はるばる南方戦線から駆けつけてくれたのだ。
そもそも、優勢だった筈の南方戦線が敗北したのもラギルゥ一族が
その情報をリークしたのがきっかけだとも言われている。

「俺もだ……奴らが逃げるのを指を銜えて見過ごしちゃいられねぇ……」
ユニコーン族代表のゼルドラが手を挙げ、名乗りをあげる。。彼の一族は東方戦線で敵の侵入を防いでいた
獣人戦線の一人であったが、突如として食料の供給を絶たれ、危うく敗北寸前まで追い詰められかけたことがある。
食料の供給を司っていたのはラギルゥ一族だった。過去の恨みを晴らすためにも、生かしてはおけない。

「俺も頼む……こいつらはドワーフ族の戦線への参加を拒否し、
ドワーフ族から戦士としての誇りを奪った。そんな奴らを生かしちゃあおけない。」
ドワーフ族代表のフメツも名乗りをあげた。

「では、ラギルゥ一族の始末は、ヴァルギルア、ゼルドラ、フメツに任せる。異論は無いな?」
誰もがうなづいた。

続いて、クローブはフレデリコ・ゴールドウィンの顔写真を指差す。
「将軍フェデリコ・ゴールドウィン……こいつは無謀な作戦にわざと獣人族の兵士を
放り込み、多くの獣人兵を無駄死にさせた外道だ……更に許されないことに、
こいつは西方戦線を任されていたクラウス将軍に嫉妬し、甲皇国のスパイとラギルゥ一族と
共謀してクラウス将軍の暗殺に手を貸した。己の嫉妬のためにアルフヘイム西方戦線は危機的状況に
追い込まれつつある……奴には死を以てその罪を償ってもらう。」

クローブが始末を担当する者を募る前に、オウガ族のニコロが手をあげた。
「……こいつは俺にやらせてくれ。こいつに見殺しにされたクラウスは……俺の親友だった。」

ニコロが涙ながらに訴えた。一時は甲皇国に占領され、アルフヘイム西方を取り戻すことが
出来たのも親友クラウスのお陰だった。そのクラウスを卑怯な…あろうことか己の嫉妬のために
謀殺したフレデリコを生かしてはおけない。

「……貴殿とフレデリコの因縁は存じているぞ。ニコロ。
今、奴はセントヴェリアのシェルターのいずれかに潜伏しているらしい。
なんでも西方戦線から帰還する途中で、城が包囲され、帰りそびれたそうだ……
なんとも奴らしいな……いい加減、奴も民衆に引きずり出されて処刑されるのにも疲れただろう。
貴殿の手で引導を渡してやれ。」

ニコロは右手の握りこぶしを左手で受け止め、頷く。
ボキボキボキと枝が折れたのかと思うほどの激しい音が
指から鳴り響く。

続いて、クローブはシャロフスキー将軍の顔写真を指差す。
「……そして ニコラエ・シャロフスキー将軍。
こいつはラギルゥ一族とフェデリコを操っていた黒幕だ。ミハイル4世の企みを
いち早く察してラギルゥと組ませたのも奴だ。
こいつは獣人族を囮にして何度戦場から逃げ帰ったか分からない……
こいつはフェデリコを囮に、セントヴェリアの東部から逃亡を図っているという
情報が入った……おそらくイーストウッド港からこの国を脱出してSHWに
亡命を図る算段だろう。」

「……こいつは俺に殺らせてくれ……!」
突如としてロー・ブラッドが吠えかかるように懇願した。

「……頼む……プリムラ!こいつが他の奴らの手にかかるのだけは我慢がならねェ……!」
その場に居た者はロー・ブラッドとシャロフスキー将軍のただならぬ因縁を感じ取った。
シャロフスキーは彼の妻であるエルフ人女性を、亜人に心を売った穢らわしい売女、魔女と侮辱し、
魔女狩りのように彼女を火炙りにした男だったのだ。
「……いいだろう。同志ロー・ブラッド。こいつの始末は貴殿に任せよう……ただし、
貴殿の組織のリーダーである黒騎士……彼の同意も得なければならない。それは分かってはいるね?」

「……心配するな、こやつの面倒は私が見る。
復讐心にかられ過ぎたこやつが、周りの足を引っ張らぬようにするのが私の責任だ。」

クローブはそれを聞き、安堵した。
そして、クローブはセキーネとディオゴを見つめながら、ミハイル4世の顔写真へと指を動かす。
「そして、ミハイル4世……この女はエルフ至上主義の名の下に
獣人族が所有している精霊樹を占領しようとした。その足がかりが
アルフヘイム北方戦線のスカイフォールだ。この女は兎人族を仲違いさせ、
北方戦線を崩壊させた。そして、その混乱に乗じて兎人族の精霊樹を占領した。
祖国が戦争状態にあると言うのに、この女は自らの選民思想のために
多くのアルフヘイムの兎人族の足を引っ張った……
我がエンジェルエルフ族が祖国に顔向け出来なくなったのは、この女の暴走が理由だ。
我が一族の罪はこの女の命を以て償われるであろう……」

「……彼女の処刑は我々が。」
セキーネに続き、今度はディオゴが。

「くっくっくっ……腐った蛆虫共を始末出来ないのはちっと物足りねェが……
この女の腐れマ○コをぐちゃミソにすることに専念出来ると考えりゃあ
釣りが来る………せっかく着替えたってのに股間が我慢汁でネトネトになっちまったぜ……」

ディオゴは犬歯をむき出しにして不気味に微笑んでいた。
更に驚くべきは、その股間は


勃起していた。


そう、ミハイル4世を暗殺するという大役を背負ったことへの喜びのあまりに……。
更にそのズボンは彼の言う我慢汁でシミが出来始めていた。

「クックックックッ……あのババアの腐れマ○コをぶち抜いて背骨から脳天まで突き抜けるほど
ファックしてやるぜ……クックックッ……この恨み、我慢汁をぶちまけた鮭のように
全身全霊尽くして晴らしてやるぜ。」

その様子を見ていたヴァルギルアはやれやれと呆れ眼で、ディオゴを軽蔑の眼差しで見つめ、
唐辛子の葉巻に自身の身体から静電気を発生させて、火を付けた。
ダート・スタンの付き添い人であるメラルダはその様子に激しい嫌悪感を示した。
こうまでオスを剥き出しにした男は見たことが無かったからだ。
第一印象としては、獣人族ながらハンサムな美青年だと思っていたのに
メラルダの儚い恋は一瞬で崩れ去った。

「おほほほほ……男性たるもの健全なのはいいことですわね。」

紫仮面の女だけが その様子を微笑ましく見つめていた。
そう、おそらく予想はついているだろうが彼女はニッツェである。
彼女も黒騎士を思うが故の性欲はディオゴ並に強い。
いわば、この場所に居る我慢汁要員の2人の内の一人といっても過言ではない。
彼女は、かつてセキーネの母ヴェスパーをミハイル4世の命令で毒殺した時に
セキーネに既に顔を見られており、もしこの場で正体が暴露すればセキーネに殺されかねない。
黒騎士には一部事実を脚色してはいるが事情は説明しており、セキーネと顔を合わせぬように
仮面をつけ、ローブを羽織るという配慮がなされた。


とにもかくにもこの暗殺計画はダート・スタンの同意を得た。
こうして、波乱の巻き起こるセントヴェリアにて獣人族族長・代表者による
アルフヘイムを裏切ったエルフ族要人たちの暗殺計画が遂行されようとしていた。

       

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Neetsha