Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
83 スグウ・ラギルゥの死

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獣人族の族長・代表者たちがいなくなったアジトでクローブは一人座り込んでいた。
目を閉じ、クローブは暗殺命令を下された哀れな裏切り者たちの不幸な未来を思い浮かべる。


先ずは長男スグウ・ラギルゥ……
彼が立て籠っていたセントヴェリア西部のティミショアラ司令部は
司令部を包囲した民衆とレジスタンスの罵声に溢れていた。

「ミハイル派は投降せよ!!繰り返す!!ミハイル派は投降せよ!
既にお前たちは包囲されている!!」

「スグウ・ラギルゥは我々に投降せよ!繰り返す!
スグウ・ラギルゥは投降せよ!!」

その罵声を無視し、スグウ・ラギルゥは部下を連れて司令部を棄てる決意を固めた。
逃げるは地下水路以外にはない。

「ここを通って脱出しよう……」

「ラギルゥ将軍、シャロフスキー将軍閣下と合流しましょう!
閣下と合流し、体制を立て直すのです!」

部下たちにとってシャロフスキーは伝説の存在となっていた。
シャロフスキーは表の世界から姿を消し、裏の世界で暗躍している男であった。
彼は絶大な権力者であり、彼独自の秘密警察セキュリターテを組織していた。
セキュリターテは凄腕の暗殺者を揃えた特殊部隊であり、多くの政治犯を処刑してきた
実績があった。故にどんな騒乱も全て制圧出来るとされていたし、
ミハイル派はセキュリターテが事態を鎮圧してくれると信じて疑わなかった。
なにせ、ミハイル4世の命令で恐怖政治を実現し、彼女の意志に従わぬ者たちを粛清していった時代を
築き上げた人物なのだから。だが、事態は一向に鎮圧されることはなくむしろ悪化の一途をたどっていた。
それはクローブのゼロマナ・ダーツが大きな役割を果たしていたといっても過言ではない。

「……いや、将軍閣下が生きているという保証はない。
我々はこのままセントヴェリアを脱出するのだ。」

革命に突入しているセントヴェリア内では情報が錯綜していた。
彼の支えであるマタウとソクウは既に捕らえられ、シャロフスキー将軍は処刑されたという
噂が飛び交い、混沌と化していた。シャロフスキー将軍が民衆を押し返して北部を制圧しているという噂も
あったのだが、この状況において楽観的な思考はかなり危険だ。
少しでも悲観的な思考で行動し、最悪の事態に備えることこそ大切である。

投降への呼びかけから3時間30分の後、スグウ・ラギルゥは
部下と共に地下水路へと逃げた。

「クソッ……なんて無様だ…まるでゴキブリやドブネズミのようだ……」

スグウは心底から自らの無様な有様を嘆いた。
かつてはシャロフスキーと共に恐れられたラギルゥ一族の長男が
今やちっぽけな民衆如きにビビリ上がり、薄汚いドブネズミやゴキブリのように逃げ回る有様だ。


セントヴェリアは市街地の中央部に根を張る精霊樹が街中に根を張り、
根から新鮮な水を吸い上げ、貯水タンクに貯めていつでも使用できる状態にして
使用済みの水を下水道のパイプへと誘導して、地下水道へと流すシステムとなっていた。
よってアルフヘイムといえども、甲皇国やSHWの水道システムと変わらぬものとなっている。


「ちきしょう……臭い……気持ち悪いぞ……畜生」

スグウは下水道のひどい臭いに嘔吐した。
部下の兵士たちはその吐瀉物を避けながら後を尾いていた。
軍靴で汚水を掻き分ける足取りも鉛のように重い。
最初のうちも水を弾いていた軍靴も徐々に水が染み込み、足は手淫された女の陰部のようにジメジメと濡れあがっていた。
絶対に水虫になるか、蜂窩織炎(ほうかしきえん)になるだろうなと思っていた。

「久しぶりじゃのう。ラギルゥ。」

彼の目の前に現れたのは 竜人族の族長ヴァルギルアであった。

「おっ……おまえは……ヴァルギルア……!!」

「南方戦線の借りを返し忘れておったのでな。」

突如として現れたヴァルギルアにスグウは金玉が縮み上がって脊椎をぶち抜き、脳天の裏側まで
叩きつけられるほどビビリ上がった。なんせ、ヴァルギルアはスグウを憎悪している。
というのも、彼女が率いていた南方戦線を崩壊させるのに加担したのはスグウだったからである。
彼女が信頼していた部下である暴火竜レドフィン。
傷を癒していた彼の潜伏先にあの宿敵ゲル・グリップ大佐の部隊が送り込まれた。
そのために、レドフィンは癒していた筈の傷を更に悪化させるハメとなり、
泣く泣くプロメテウス自然公園のリプリー山脈に非難するハメとなった。
ゲル・グリップ大佐はレドフィンとかつて戦ったことがあり、彼の手の内を知り尽くしていた。
まあ、これだけならまだ人員の配置が悪運だったのかもしれないと思いかねないだろうが、
なんと、ゲル・グリップの部隊はこともあろうに彼の妹であるアーリナズを人質に取ったのだ。
さらに、調べていくと家族を人質にされたのはサラマンドル族のエイルゥやトーチと言った
有能な戦士たちも同じであった。
レドフィンは人質にされたアーリナズやエイルゥ、トーチの家族諸共
ゲル・グリップの部隊を焼き尽くそうとしたが、既のところでヴァルギルアが助け出し事なきを得た……
なぜ、レドフィン、エイルゥやトーチの家族構成をゲル・グリップは知っていたのか。
こんな情報を一つならまだしも、何十と教えられるのは身内以外には居ない。
ヴァルギルアは逃亡を図ろうとしていた裏切り者の竜人を捕らえ、拷問した。
金玉に高圧電流を流した鉄の棒を押し当てるところまで来て、遂にその竜人は暴露した。
スグウ・ラギルゥの命令でその情報を提供しろと。その提供した情報をゲル・グリップの部隊に引き渡すからと。

「まっ……待ってくれ。あれは……違うんだ!」
ラギルゥは見苦しく掌を翳して命乞いをした。だが、そんなことをしたところで無駄である。
兵士たちも手持ちの銃を向けようとしたが、ヴァルギルアにそんなものが効くはずが無いと見て察すると
彼らは絶望の表情のまま銃を下ろした。

「……質問に答えよ。レドフィンやエイルゥ…トーチたちの家族の情報を
 ゲル・グリップ大佐にリークしたのは貴様か? 嘘偽りは許さぬ。」

ヴァルギルアの身体からは電気が迸っており、バチバチと火花をあげていた。
彼女の髪も静電気で所々浮き始めており、まさに電気を我慢汁のように
溜め込んでいる状態であった。彼女は右手に握る鉄の棒を汚水に浸そうとしていた。
正直に答えなければ、即感電死だろうなということは予想がついた。

「……そうだ。」

「……ギルティ(有罪)じゃな…………なら、死ぬが良い!」
元よりヴァルギルアはスグウの罪を許すつもりもなかった。


「よせ……っ!!やめ」

スグウが言い切るのを待たず、ヴァルギルアの手に握られた鉄の棒は汚水に浸された。

「ぐぎあやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

彼女の身体から発生する電気が鉄の棒を通じて、汚水へと流されスグウは部下諸共感電させられた。
ムチで叩かれながらも踊り続けるダンサーのように、スグウたちは電気で身体を焼き尽くされながらも
ピクピクと身体を震わせ、痙攣させ、そのまま汚水の中へと沈んでいった。

(ラギルゥ一族の長男の……この私が………こんな死に方なんて……)
かつて栄華を極めたラギルゥ一族の長男スグウは汚水の中へ沈みながら、己の無様な死に様を悔いた。
彼等の傍を感電死したゴキブリや、ドブネズミの死体が流れていく。

(くそぉ……やめろ……いやだ……ゴキブリとドブネズミに……
……囲まれて……死ぬなんて……いやだ……)

スグウ・ラギルゥの肥え太った身体に流れ着いたゴキブリとドブネズミの死体が
引っかかり、彼の身体はゴキブリとネズミの死体に覆われた。
スグウは電気を受けたことによって心室細動……つまりは心臓麻痺を起こし、
絶望と屈辱の中、彼はそのまま息を引き取った。

「……フン 下水道か……おまえの墓場には相応しい場所じゃが、
わらわをこんな場所まで出向かせた罪は重い……その罪も悔い改めるが良い。」

ヴァルギルアは唐辛子の葉巻を取り出すと、火を付けて煙を吸い込む。
ピリピリとした香りが肺に染み渡るのを感じると、そのまま彼女は煙を吐き出した。
彼女なりの消毒方法である。下水道の臭いを嗅いだままでは彼女自身が耐えられなかったからだ。

葉巻を完全に吸い切ることなく、スグウの遺体の傍へと指で弾き飛ばすと
ヴァルギルアはそのまま地下水道を抜け、セントヴェリアから脱出したのだった。

       

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