項垂れるディオゴは膝と肘をつき、打ちひしがれた。


ディオゴがモニークをダシに自身の感情のはけ口を作っていたのは事実だ、
だが、それはディオゴ自身もまったく理解できていなかったわけではないだろう。
それでも、ディオゴはそれ以外に悲しみを乗り越える術を知らなかった。
まだ18歳の青年の彼に、愛する者の死は受け止めるにはあまりにも重すぎた。
齢24のセキーネ、三十路手前のネロとヌメロならば受け止める術を知っていただろう。
挫折を知り、人生の苦渋を舐めるにはディオゴはあまりにも若すぎた。
だが、それでもディオゴの行いは許されてはならない。


「ディオゴ……愛する者の死を免罪符にして 
自分の弱さから逃げることは愛する者への最大の侮辱だ……
男としてではない……もはや人間として おまえは乗り越えなければならない……
おまえは……もう子供のように 甘えることは許されないのだ。
おまえの生きる道に ガキは要らぬ。
大人が生と死を賭して戦う修羅の道に足を踏み入れた以上、
おまえは大人にならざるを得ないのだ。」

ヌメロは諭した。そのディオゴの前に片膝をつき、ヌメロは言う。
彼を抱きしめ、手を取ることはしなかった。
もはや主従ではなく、大人としてディオゴを自らの手足で立ち上がらせねばならなかった。

「俺は……そこまで大人にならんといかんのか……」

絞り出すような声でディオゴは言った。
どうしてもこの悲しみを打ち消して戦えというのか。
それはあまりにも残酷すぎる。それは自分の生き様を否定することになる。
これまでの生き様を否定され、ディオゴは絶望のあまり額をつき、むせび泣いた。


その様子をクローブは沈黙して見ていた。正直、この事態は非常に芳しくなかった。
なにせ、この任務に置いて最大のモチベーションは復讐心である。

正直、クローブはディオゴの復讐心を買っていた。

復讐に勝る戦闘本能は無い。
人が 相手を打ち負かすために 
自らの心や身体を悪魔に捧げてまで勝利を得たいのか。
結局のところ、それは復讐にほかならない。

殴られた、罵声を浴びせられた、誇りを穢された、貞操を奪われた、踏みつけにされた、
陵辱された、恥をかかされた、殺された……

とどのつまり、復讐。被害を受けたのが自分あるいはその仲間のどちらに関わらず、
復讐は人を捨て身の覚悟に走らせる。
今回の任務において、ミハイル4世は確実に仕留めなければならない。
甲皇国の侵略からアルフヘイムを守るため、エルフと獣人たちが手を取り団結し、
互いにアルフヘイムの平和と勝利を想い、散っていった。
その無念の死を無駄には出来ない。そのためには、ミハイルに対し
最大限の復讐心を持った者にその任を任せる必要がある。
特にディオゴ……クローブは彼にそれを見出した。

先ほどのやり取りを見ていても、クローブはその選択は間違っていなかったと確信していた。
だが、このままではディオゴはそうなる前にへし折られてしまう。
慌ててクローブは助け舟を出した。

「……ディオゴ・J・コルレオーネ。愛する妹を奪われた復讐のみを動機に
君は戦い続けている。」

項垂れるディオゴを抱き起こしながら、クローブは言う。
悪態を吐き、仲間に叱責され、兄貴と慕った従者にまで恫喝され、
面目も 誇りも もはや復讐への戦意すら喪失したであろう褐色の黒兎を
再び復讐の戦場へと引き戻すために。

「抱えきれぬ憎悪と悪意に囚われ、身を焼かれる業火のような苦しみにのたうち回り、
敵だけでなく味方までも傷つけ、悪意を撒き散らす……仲間にも戦友にも見限られ、
たとえ世界中に見限られても 君は戦い続けるのだろう……ただ愛する妹の復讐を遂げるために。」

ディオゴは顔をあげ、クローブを見つめた。
自分の戦いなど誰にも理解されないと思っていた。
愛する者を奪われた自分の苦しみを 誰もが拒絶し 自分を見限っていった。
ディオゴはそこに天使を見たような気がした。

「君は誰よりも強い……愛する妹の死を免罪符にし悪意を振りまいたのは
事実かもしれない。だが、それは君一人では背負いきれなかっただけのことだ。
愛する妹の死を受け入れるには、君はあまりにも優しすぎたのだ……」

クローブはディオゴを優しく抱きしめる。

「……すまねぇ……俺は……っ! 俺は……!!」

ディオゴは自身を恥じた、愛する母親の命を差し出しての頼みを
自分は激しい侮辱の言葉で応じた。


「……いいんだ……君にそれほどの重荷を背負わせたのは私の母だ……
だからこそ、君に託す……誰よりも家族を愛し、傷つくことをいとわぬ
君の生き様にせめてもの安らぎを与えたい……」

クローブは安堵した。これで、ディオゴは少なからず闘志を取り戻してくれるだろう。

せっかく、我慢汁が漏れ出すほどに陰茎(ペニス)が勃起してくれたというのに、ここで金玉蹴りをしては、おっぱいを露にしてまでお膳立てしたネトネトの膣(ヴァギナ)が台無しである。しっかりと、受精まで至ってもらわなければ困る。

たかだか、小僧一人の成長劇のために戦いを台無しにされては困る。
ディオゴを抱きしめながら、クローブはヌメロ・ネロ・セキーネを睨みつけた。
クローブは空気を読まず、感情に走った3人を沈黙のまま恫喝した。
セキーネを除く2人は、そこにクローブのエンジェルエルフの一面を見たような気がした。
天使という仮面を被った悪魔……まさに、ミハイルに育てられただけのことはあるとネロもヌメロも
身にしみて思った。ただ、セキーネだけはクローブの眼差しなど意にも介さず
別のものを見ていた。

クローブの手に抱きしめられるディオゴの姿である。
セキーネは大変な憤りを感じていた。

セキーネも母をミハイルに殺され、そのために叔父を手にかけた……
挙句の果てに、家族も故郷も失い、愛する従妹のマリーまで人質に奪われた。
それでも、セキーネは周囲に憎悪と悪意を振りまいたことはなかった。
ましてや、自分を支えてくれた仲間に どうしてそのような真似が出来ようか。
なのに、目の前のこの男は自分と同じ境遇に立たされながらも
憎悪と悪意を振りまくことに甘んじ、自分を支えてくれた仲間に憎悪と悪意で応えた。
なのに、それを許されようとしている。

なぜ、この男だけが……セキーネの心に嫉妬がこみ上げる。

「セキーネ殿下……」
その心中を察したのかネロが主の名を呼ぶ。
王族親衛隊隊長のネロに先ほどのセキーネの真意がわからぬハズなどない。
同じ復讐という動機を抱えた戦士なのに、どうして
これほどまでに生き方を強いられなければならないのか。

(私だって……泣き叫びたかった…… 母上の死を……叔父上を手にかけた
この苦しみに のたうち回りたかった……
もし誰かが許してくれたのなら、誰かを傷つけて この苦しみを撒き散らしたかった……
弱音を吐きたかった……なのに どうして俺だけは誰も許してくれなかったんだろう…………
俺だって……苦しかったのに……!)

震えるセキーネの背中が、そう訴えているのをネロは分かっていた。

「……あなたには愛する者がまだいます。」

「……分かっている。」

ディオゴと違い、セキーネにはマリーが居る。
2人は同じ復讐者であろうが、戦う理由は大きく異なる。
失ったものを取り戻せない者と、取り戻せる者……取り戻せる者に甘えは許されない。

「隣の芝生は青く見えるとはよく言ったものだな……ネロ。
全てを失った筈の男に嫉妬している。」

セキーネは堪えた。きっと、ディオゴも似たようなことを思っているだろう。

「アンタが羨ましいよ……失っても取り戻せるものがある。」

ゲオルクの許を飛び出したあの日の晩、ディオゴに戦う理由を聞かれ、
セキーネはマリーのことを話した。
その時、ディオゴはふとセキーネに聞こえるように漏らした。
ディオゴもセキーネに嫉妬していたはずだ。
どんなに憎悪と悪意を振りまいても、愛した妹が戻ってこない苦しみ……
それでも、振りまかなくては正気を保っていられないほどの苦しみを抱える
ディオゴの苦しみを自分は理解しようとしたか?

セキーネはディオゴを妬むことをやめ、恥じた。
人それぞれに苦しみがある、他人を妬むこともある。
だが、妬むのは所詮は無いものねだりに過ぎないのだ。人生の性というものだ。
そんなことで仲間のディオゴを責めても、なんの解決にもならない。

セキーネが一人思う中、その横でヌメロはディオゴの成長をしたクローブを
激しく睨み返し、一人虚しくメンチを切るのだった。