Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
105 全ての終わりに 全ては始まる

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 こうしてセントヴェリア暗殺計画は幕を閉じた。
エルフ至上主義を掲げ、エルフと獣人との団結を妨害し、
甲皇国との戦いを不利に導いたミハイル4世とラギルゥ一族、そして
ゴールドウィン、シャロフスキーはクローブ・プリムラと黒騎士団(のちのエルカイダ)、
ダート・スタン率いる穏健派と獣人の連合勢力により滅ぼされた。だが、戦いがこれで終わったわけではなかった。
結局のところ、味方同士で足の引っ張り合いをしていた状況が終結を迎えただけだった。

依然として、残されたアルフヘイム陣営は強大な甲皇国軍との戦いに挑むことを強いられた。
甲皇国軍の進軍は依然として留まることを知らず、遂にセントヴェリアまで迫ろうとしていた。
クローブとダート・スタンはミハイル派に属していた兵士たちの処刑を取り消し、
協力に応じる様に呼びかけた。今はセントヴェリアを直ちに復興し、甲皇国軍の進軍を
防ぐための要塞とするために莫大な人手が必要であった。
兵士たちはもはや抵抗などせず、全面的に協力の手を差し伸べた。
ようやくアルフヘイムは団結することが出来たのだった。

もっと早くにこうしていれば……

だが、全ては遅すぎた。

西北からは甲家の皇太子軍人ユリウスが、南からはレドフィンと激戦を繰り広げたゲル・グリップ大佐、
南東からは乙家の総本家アンセルム・ホロヴィズ将軍が率いる甲皇国軍が迫りつつあった。
そして、更に追い打ちをかけるかのように東からは鬼家のロンズデール中佐が
フローリアからの難民を押し返し、虐殺しながら首都へと上りつつある。
もはや首都の陥落は時間の問題だった。

ミハイル4世の命によってスカイフォールを占拠していたソフィア・スブリミタスは
戦況の不利とミハイル4世の暗殺を知り、セキーネの許嫁であったマリーと
フレイアを連れて共に、セントヴェリアまで怒涛の帰還を開始した。
だが、状況はすでに手遅れだった。

もはや首都は甲皇国軍によって包囲され、ソフィアたちは陥落する首都を見届けることを
強いられた。もし、これ以上接近すればたちまち甲皇国軍の警戒網に突入することになる。
筋骨隆々の野獣のような飢えた大男が閉じ込められた檻の中に、
か細く華奢な全裸の美女を放りこむようなものだ。

ソフィアはテレパシーを使い、セントヴェリア内にいるクローブと連絡をとることに成功する。
クローブは万が一、自分たちが破れた場合直ちにセントヴェリアを放棄し、
兎人族のスカイフォールに陣を張り、篭城すること。そして、そこをアルフヘイム第二の首都として
名乗り、首都陥落を何としてでも防ぐことを伝えた。
ソフィアの怒涛の帰還は、とどのつまり徒労に終わっただけであった。


もはや、クローブは死を覚悟していた。
セントヴェリアに居るのはミハイル派との戦いと、要塞の建設で疲労したエルフたちと
セキーネ・ディオゴたちを代表とする獣人族の連合軍だけだった。
守りきる以前に、美しく散れるかどうかすら分からない状況だった。

もはや、セントヴェリアに居る全員が死を覚悟していた。

そして、そんな彼らに更に追い打ちをかけるように
北から新たなる勢力が迫っていた。





丙家総大将アンセルム・ホロヴィズの息子であり、あのディオゴやヌメロたちと死闘を
繰り広げたメゼツ・ホロヴィズ……その人であった。
メゼツはヌメロによって潰された右目に眼帯をはめ、顔を血塗られた包帯で覆っていた。
血塗られた包帯はところどころよつれ、破れ、天女の羽衣のようにひらひらと風を受けてなびいていた。
紅茶のように鮮やかだった赤い髪は、木炭の中で揺らめく灰のような銀色に輝き、
メッシュのように走る一筋の赤い髪の毛が、銀髪をより一層際立たせていた。
全身はバラのように真っ赤なローブに身を包んでいた。
その姿たるや闇の世界で生きる邪教の僧侶のようであった。

黒兎人族との戦いで戦死したと知らされ、復讐のためにアルフヘイム本国へと上陸を
果たしたアンセルム・ホロヴィズ将軍にとって、これほどの吉報はなかった。
夜な夜な涙を流し、夫であるメゼツの帰りを待つアリエルの近況を知らせ、
妹メルタの奇跡的な回復ぶりを報告してやりたかった。
だが、メゼツは将軍ホロヴィズを父と認識してはいなかった。

「殺す殺す殺す殺す」

メゼツはもはや人ではなくなっていた。目は遥か彼方を見つめ、ただひたすら殺戮を求めて
彷徨う鬼神と化していた。

後に判明したことであるが、黒兎人族との戦いの後に
襲いかかってきた魚人族を撃退した後に彼は近隣の住民に拾われ、
記憶を失い、シャーレと名乗り暫くひっそりと暮らしていたらしい。
軍人時代の悪夢と、祖国に残してきた妻や父、妹の声に苦しみ、
苦悩するシャーレだったが、老夫婦(夫は人間とエルフのハーフ、妻は猫の獣人)の下で
息子のように可愛がられ、安らかに暮らし、つかの間の平穏を過ごしていた。

だが、彼が暮らしていた村はその後 甲皇国軍とアルフヘイム軍との交戦地帯となり、滅びた。
老夫婦を目の前で巻き添えにされたメゼツことシャーレはその場にいた甲皇国軍とアルフヘイム軍を皆殺しにし、
そのどちらをも殺戮してアルフヘイム中を放浪していた。
シャーレとなったメゼツにとって、甲皇国だろうかアルフヘイムだろうが
クソッタレな軍人どもをこの世から抹殺することこそ、生きがいとなっていた。
その復讐心をあろうことか、魔紋に乗っ取られてしまっていたのだ。
セントヴェリアに着いたのはより多くの軍人どもを殺すために
臭いを嗅ぎつけ、到着しただけのことだった。

もはや暴走したメゼツを誰も止めることは出来なかった。
元より強化人間だった故に、触れるだけで甲皇国の兵士たちは肉の塊と化し、
ミンチのように散らばっていった。そのメゼツを止めようとユリウスも、ゲル・グリップ大佐も
多大なる負傷を負ってまで止めようと試みた。だが、メゼツはその2人をも振り切り
セントヴェリアまで前進する。

「苦しい! 許さない! 戦争が憎い! 
憎い!!どいつもこいつもおまえらも!滅ぼす!」

鬼神と化したメゼツの侵入をもはや止めることは出来なかった。
要塞に入り込んだメゼツはアルフヘイム軍を八つ裂きにしていく。

「あぁ……なんてこと……」
黒騎士団の一員となったニッツェは、乱舞するメゼツを見ながら濡れていた。
ニッツェは黒騎士への敬愛の精神を失ったわけではない。
だが、襲いかかる敵兵をミンチのようにバラバラに屠殺していくメゼツを美しいと思った。

「このわたしが……濡れるなんて……」

これまで多くの男たちの我慢汁を沸き立たせ、股間を濡らしてきたハズのニッツェは
ここに来て初めて股間を濡らされたのだった。

メゼツの侵入に便乗して、残った甲皇国軍がセントヴェリア要塞へと侵入。
もはや、首都陥落は目前であった。

セキーネやディオゴたちも心ゆくまで闘った。
だが、もはやなすすべはなかった。



ダート・スタンはエルフ族で最高位に付く巫女ニフィルによる
消滅魔法「白の狂風」の発動を決意する。



こうして首都セントヴェリアを含む半径100kmが一瞬にして焦土と化した。



この事件は『黒の災禍』と呼ばれている。

本来であれば、ニフィルの使った消滅魔法「白の狂風」は
敵…すなわち甲皇国軍のみを消滅させる魔法であった。

だが、発動途中この消滅魔法は突如として黒の災禍へと変化した。

その理由を巫女ニフィルだけが知っていた。


「ああ……あの時わたしは……穢れてしまっていたのか」

心当たりはある……

甲皇国軍のバルザックによって両親を殺され、その復讐を遂げたあの時か。
愛する両親を奪われ、芽生えてしまった怒りという感情。
あの時から私は巫女として必要な清らかなる心を失ってしまったのかもしれない。

あるいは……あの思い出すだけでもおぞましいあの出来事か。
甲皇国軍のクンニバルに囚われ、全裸に剥かれた後に
穢らわしい陰茎を毎日犬のように銜えさせられ、精液を浴びせかけられ、飲まされたあの屈辱の日々。
性奴隷として尊厳を奪われ、芽生えてしまった屈辱という感情。
そして、男たちへの憎しみ。
処女として貞操は守り抜いたが、思えばあの時からすでに私は
処女ではなくなってしまったのかもしれない。

救出されたニフィルは当時、ミハイルの擁立した巫女ソフィアの対抗馬となるべく
ダート・スタンの成すがまま、巫女として祭り上げられた。
人を殺め、陵辱されたことを隠し、巫女としての資格が
もはや無いことを隠したのも、あの穢らわしい過去の自分を忘れ去るためだった。
だが、いくら過去を忘れ去ろうとしても、あのおぞましく穢れた過去は
彼女を離しはしなかった。

戦いと破壊を求め、そのはけ口を女たちへと求めるしかない愚かで醜い男たちの作り出した
戦場への憎しみ。その戦場によって奪われた自分の巫女としての人生。
女としての幸せに満ちた人生。その全てを焼き尽くしたい壊したいという邪念が
一片でも無かったのか? そんなハズはなかった。

清らかなる心を持つ者しか発動することを許されない「白の狂風」を
憎しみの欠片を持つ心で発動させ、「黒の災禍」へと変貌させてしまった。


不幸中の幸いだったのは、アルフヘイム軍の犠牲者の方が甲皇国軍に比べ
僅かに少なかったことだけだった。

甲皇国側はユリウス、ゲル・グリップとアンセルム・ホロヴィズ将軍を含む数名と
その他数人の部下だけだった。アンセルムの息子メゼツの姿は何処にも無かった。
戦争が終わった現在でも、メゼツの捜索は続いているが未だに進展はない。


アルフヘイム側でかろうじて生き延びたのはセキーネとディオゴ、ニッツェ含む黒騎士団の数名と
クローブとダート・スタン、そして発動者のニフィル。その他は現在でも行方不明あるいは
廃人となり今も生死の境をさまよっている。
ワーカァからの想重によって、魂を腐敗させていたネロとヌメロは黒の災禍によって
完全に廃人となり、ただの生きる屍と化した。

黒の災禍によって甲皇国軍は主要部隊を失い、撤退を決断。
こうして70年にも渡る亜骨国大聖戦は幕を閉じたのだった。

だが、戦争が終わろうとも憎しみは消えず黒騎士団はその後エルカイダと化し、甲皇国軍を殺戮するテロ組織へと変貌してゆく。



戦争が終わってから数年後、セキーネはネロとマリーを連れてSHWへと亡命。
いつの日かアルフヘイムへと帰国することを望んでいたが、叶わず止むなく
新大陸ミシュガルドへと渡った。それから数年後、もふもふランドを建国し多くの人種・種族が分け隔てなく暮らせる理想郷を建設に尽力した。
だが、セキーネは廃人と化したネロを治療すべく人職人人を探し出した。
ネロの魂は既に黄泉の国へと沈み落ちており、セキーネはネロを蘇らせることが出来た。だが、その代償としてセキーネは怒りという感情を失い、まったくの別人とも思える性格に変わり果ててしまった。
それが本人によって不幸かどうかは分からないが、今のセキーネはかつてアルフヘイムでディオゴと
共に戦場を駆けたあの武人たる性格は失ったものの、大変ひょうきんで女好きな性格となった。
だが、武人たる性格だった頃の彼に比べ、苦悩に満ちた表情は見られなくなったと妻のマリーは微笑みながら語った。

ディオゴはその後、廃人と化したヌメロを連れてSHWに渡りダニィと、ツィツィと再会する。ディオゴが到着した時、ツィツィは1か月前に双子を出産したばかりで身動きがとれず、我が子たちと共に父親の帰りを待つ日々を送っていた。
ディオゴは我が子たちを抱き抱え、心の底から笑った。涙も溢れてはいたが、その顔に悲しみも憎しみも残ってはいなかった。全てを投げ出した復讐を終え、
妻とわが子との日々を生きようとディオゴは誓った。だが、ディオゴは知らなかった。
幸せそうなディオゴとツィツィたち家族の姿を ダニィは虚ろげに見つめていることに。
当初ディオゴは妻子とヌメロ、義弟のダニィを連れて祖国アルフヘイムへの帰国を望んでいたが
生物の住めなくなった大地と化した祖国の現状を知り、新大陸ミシュガルドへと渡ることを決意した。
その決意の数日後、ダニィはディオゴたちの前から姿を消した。
おそらく、ダニィは耐えられなかったのだろう。
愛する恋人を失った自分と対照的に愛する妻子を得たディオゴの姿に。
ディオゴは深い悲しみの中、妻子とヌメロと共にミシュガルドへと渡る。
ディオゴは2人の息子ディアスと娘モーニカ、姉さん女房のツィツィ、そして廃人となったヌメロを抱え、放浪と苦労を重ねる日々を過ごした。
あちこちの村を転々とし、餓死寸前の日々を過ごしている内に
洞窟で原始時代のような質素な暮らしをしていた黒兎人族の仲間たちと出会い、
救われることとなる。贅沢は出来なかったが、それでもかつて
コルレオーネ村で暮らしていた時の日々を思い出したようで
ディオゴは穏やかに暮らすことができた。
やがて、それから2年後 質素な暮らしをしていた黒兎人族の許に獣神帝が現れる。
ミシュガルドの天然だけを利用し、アルフヘイムから持ち込んだぶどうによって
ぶどう畑を作っていた黒兎人族は、獣神帝の来訪を恐れ畏怖した。
だが、当初黒兎人族を外来種とみなし、皆殺しにしようとしていた獣神帝であったが
ディオゴはぶどう畑で採れたぶどうを貢物として差し出し、許しを乞うた。
ディオゴの対応に獣神帝はひとまず怒りの矛を収め、ぶどうを試食。
アルフヘイムのぶどうから持ち込まれ、ミシュガルドで育ったぶどうを大変気に入った。
森林伐採や自然破壊を行ってミシュガルドへの入植を進める
アルフヘイム・甲皇国・SHWの輩と黒兎人族は違うと感じ、特別に黒兎人族の入植を許可した。
ただその見返りとして、黒兎人族は今後 獣神帝の活動に協力するように命じられた。
そのために、ディオゴは既にミシュガルドに入植し、文明を作り上げている
外来種を先ずは社会的に支配することを提案する。獣神帝はこの提案を受け入れ、
後にディオゴは黒兎人族を率いて入植地へと進出。
ぶどうワインの会社を設立し、そこを元手に勢力を拡大し、コルレオーネファミリーを
築き上げることになる。ディオゴの活動を受け、セキーネは絶縁状を送りつけることになる。
ディオゴは絶縁状を見つめると、ただそれを受け入れるように読み、デスクの棚にしまった。

こうして、時は流れる。


ミシュガルドのガイシの地下都市をダニィは突き進んでいた。
全ては愛した女モニークのために。
途中で遭遇したエイリアの幼生たちをクワァンタムでなぎ払い、
ようやく人職人人を見つけ出したダニィの許に、かつて義兄と呼んだ男が姿を現した。

「義兄さん……」
かつて暴れ狂う野獣だったディオゴの姿はそこにはなかった。

「ダニィ……久しぶりだな。出来ればこんな形では会いたくなかった。」


そして、かつて心優しいダニィの姿もそこにはない。


あるのはただ変わり果てた2人の姿だけだった。

「狙いはその娘のようだね?」

「……」

ディオゴは何も語らなかった。
たとえ、目的は違えど目指す狙いは同じ。
ディオゴにはどうしても償わねばならないものがあった。
それを取り戻すため、ディオゴはここにいる。

「おぉ~~??? どうやら感動の再会ってわけじゃあないみたいだねぇ~???」

その様子を人職人人はその死人のように青白く、どこかツギハギだらけで一本足しかない不健康極まりない姿とはまるで正反対の陽気で愉快げであった。
大戦後、人職人人の許を訪れるものは多く、正直あまりの多さに一時期疲れ果ててガイシに引きこもっていたが、いい加減飽きていたところだ。
目の前のこの2羽の兎たちはなにやら面白いことを持ち込んできてくれたようだ。こいつらのウチのどちらかが何を願うのか正直興味が沸いてきた。

人職人人は股間を我慢汁で濡らし、
どこか楽しげに意地悪な微笑みでディオゴとダニィの2人を見つめていた。













黒兎物語・第一部・完

       

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