Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
117 再起

見開き   最大化      


獣神将エルナティとロスマルト……両者の身体から抽出された血液はそれ自体が生命のように行動を開始し、彼らの搭乗している軍艦車両
「コヴェナント96」にて 大勢の兵士たちや研究員たちを食い尽くしていた。やがて、エルナティとロスマルトを形どっていた肉体はやがて溶解を始め、いつしかその血液自体が本体と化していた。


やがて、その血液の姿をしたクリーチャーは96の人員を全て喰らい尽くすとやがて元のエルナティとロスマルトの形を模した姿になっていく。

「まダだ……」

「こ……んなんじゃ……足りなィ!」

両者は再び血液の姿に戻ると まるで津波のような液体へと身を変え、内側から「96」の内壁を外へと押しのけるように肥大し始めた。


やがて、「96」から真紅の赤色をした間欠泉が吹き出し始めると、
その間欠泉は「96」に隣接した軍艦車両に その自らの飛沫を
ぶちまけ始める。やがて、その飛沫たちは車両の傷や換気扇などの隙間から内側へと侵入し、また先ほどのように車両内の人員を喰らい始めるのだ。

時を同じくしてエントヴァイエン将軍指揮下の丙武が搭乗する
「69」も後方を走る「96」やその隣接車両たちの異常を嗅ぎつけ、事態の収拾のため 丙武を含めた部隊の大部分が鎮圧のため車両の外へと出動することとなった。


「コヴェナント69」の「亜人収監および実験室」にて

十字架型の拘束具に囚われている全裸の黒兎人族の男が目を覚ました。

「ぐッ……」

重たい瞼を開け、そして頭を首で持ち上げる。
背骨ごと前に持って行かれそうなほどの重みが首にかかるところから
かなり長い時間気を失っていたことを実感させる。

「こ……こいつ!! 目を開けてるぞ!!」

自分が意識を覚ましたことに気付いた研究者の一人が

慌てて麻酔を打とうと注射ガンを発射してくるが、

男は足首の枷を引き剥がすかのように その右足を高く蹴り上げる。

その勢いを利用したせいか、右足首を拘束していた枷の部品がバラバラに砕けて飛び散り、研究者の顔面を叩きつける。

兎人族の蹴りは人間族の6~8倍である。
もはやその威力から蹴り出された部品はまるで弾丸ライナーの投げるボールのように当たりに飛び散っていく。

顔面にあたり、卒倒した研究者の注射ガンの麻酔があさっての方向にいた別の研究者の胸にあたり、研究者は泡を噴いてそのまま倒れこむ。


男は残った研究者たちを睨みつける。

「あわ…あわわわ」

「ば……ばけものぉおおおお!!」

研究者たちはおしっこを漏らしながら、慌てて部屋から

飛び出していく。


「化物か……」


そう言いながら、男は残りの足かせや手枷を外していきながら
自分がディオゴ・J・コルレオーネであることを少しずつ思い出す。

咄嗟に枷が外れた勢いで彼は四つん這いになって倒れ込んだ。

「はぁ……っ はぁ……っ」

麻酔を打たれていたせいか、あるいは眠りから覚めたばかりというのに突然の神速蹴りをかましたせいでバテたのか……
彼は地面に肘と膝をつき、乱れた呼吸を整えようと 
その縮み上がった肺に酸素を送り込んでいた。

死者のように冷たくなった身体が熱を帯び始め、
生者のような温もりと張りのある身体へと戻っていく。

皮膚や肌を内側から針で突き破ろうとするようなこの不快感……

彼ディオゴはこの感覚がとてつもなく嫌いだった。


幾度とない夜に瞼を閉じ、そして幾度とない朝に瞼を開けるとき

この不快感を肌で 心で感じながら 

夢の世界から 現実に引き戻された絶望を味わう。

その度に 彼は自分が紛れもなくディオゴ・J・コルレオーネであることを想い出させられ、ため息をつきたくなるほどの落胆を覚える。

(まったく……やれやれだ………いつまで経っても慣れやしねぇ)

いつまでも 意識の無い この暗黒の宇宙に漂っていれば

目覚めることのない漆黒の大海原で眠り続けていられれば

どれほど 安らかに眠れるのだろうか。

幾度となくディオゴは想った。

目を開け、現実に引き戻される度に彼の脳裏には

過去の記憶が めまぐるしく再生される。 


自らの目の前で傷つき、命を奪われていった者たち

そして自分が傷つけ、命を奪っていった者たち

自分が救えなかった命と、自分が殺めた命や、

自分が傷つけ陵辱した命……


自分の生命が彼らや彼女たちの犠牲のお陰で回っていることが

もはや普遍の真理の如く 刻み込まれたこの世界は

暗く 穢れ 荒みきっているように

このディオゴの目に映る。

砂埃色や土煙色のような見た目と

肺や胃を焼き焦がすような臭いのする

この世界を歩くたび、ディオゴは泥濘のように 

自らの足にまとわり付く罪を嫌というほど思い知らされる。

それらはたとえ馴染みのバーボンウィスキー、人参葉巻、スパイスたっぷりの料理で誤魔化したとしても償えるものでは無い。


だが、それでもなお 彼の生命がこの世界を歩むことを止めないのは

彼の一縷の願いのせいかもしれない。

(ダニィ……)

自分の妹モニークを愛してくれた義弟ダニィの憤りは身に染みていた。

この身を焦がすほどの愛情、自身の青春のその全てを捧げた我が妹モニーク。

儚く散っていった彼女の生命に報いるために ただ只管突き進んだディオゴ……

そんなディオゴを知っていたダニィは、今のディオゴに深く失望した。

妻を手に入れ、娘と息子を手に入れ 社会的地位も 金も 何もかもを手に入れた。

まるでモニークのことなど忘れてしまったかのように

牙の抜かれた 今の自分の姿に ダニィは同じ女を愛した男として激しい憤りを覚えたことを

ディオゴは闘いの中で感じた。


かつての自分であれば 決して敗北することなどなかった筈の義弟ダニィ。

その彼に敗北した自分の姿が まるで自分の薄情さを象徴するかのように

今のディオゴには痛感できた。

あれほど 鮮明だったモニークの顔も 
今では薄らとぼやけてしまっている……

自らが犠牲にしてきた者たちの顔は今でもはっきりと思い出せるというのに……


愛した人との別離……気が狂うほどの哀しみ……
その哀しみを燃やすかのような復讐と憎悪に明け暮れた毎日。
今ではあの頃の自分が輝いて見える。

(ダニィにも怒られて当然だな……こりゃ)


今、もう一度彼に会って謝りたい。

モニークを忘れようとしていたこと。

モニークを失った哀しみから逃げるために 彼女を忘れてしまったこと。

同じ女を愛した男の心を傷つけてしまったことを。 

(こんなところで弱音吐いてる場合じゃねぇな)

贖罪のために 自らの過去を嘆き、今手に入れたものを失う恐怖に

怯えて 神に許しを乞うて地面にうっ伏している暇は

もはや今の彼には無い。

彼ディオゴはその重い身体を持ち上げた。

鉛のように重い身体を両足の指一本一本に力を入れて支えて踏ん張り、両手の指一本一本にも力を入れ、そして流れる血液の勢いを利用して立ち上がろうと考えるほどの意識を研ぎ澄ませ、ディオゴは立ち上がった。

その立ち上がった身体は筋肉こそ太く盛り上がってはいるものの、

股間はその筋肉たちとは不釣り合いなほどすっきりと

丸くなっていた。

自分が犯してきた白兎人族の女性たちへの償いのために

彼ディオゴは金玉を2つとも切除し、去勢した。

去勢すると 基本オスは大人しくなり、女々しくなるとされている。

だが、それでも今のディオゴの身体から再び立ち上がる力が

全て奪われたわけではなかった。

(ドン・コルレオーネの座にあぐらかいて ぬるま湯に浸かるのはここまでだ……
またあのディオゴ・J・コルレオーネの頃に戻って 血風呂に浸からなきゃならねぇ……


とまあ、気持ちだきゃア いっちょまえに 先走り汁が全開だがァ

チンコもタマも勃たねぇ原液すら出せねぇこの身じゃ

現役復帰は難しいな……)


老い、傷、そして自らに課した罰……

色々とハンディキャップは多いが、それでもやらねばならないことがある。

重い足取りの中、ディオゴは近くのロッカーをこじ開け、男性用の下着の置かれた棚を漁る。

あるのは当然人間用の軍用下着だけだ。


(……やれやれ、去勢したのをこれほど感謝したことはないぜ。

昔みてぇなチンポがあったらこんな下着 絶対ェ入らねぇな)

去勢したお陰か 少しばかり小さいサイズの下着も入るようになったことにディオゴは少しの喜びを感じる。

失ったお陰で見える楽しみや喜びのあるこの世界も悪くはない。

この軍用下着はかなり便利で裾を軍靴に入れ込んだままでも

下着を取り替えられるようにボタンで両方の腰骨当たりにボタンがついており、前布をチンコおよびマンコに、後布をケツに充てがい、止めることで足を抜き差しせずに下着をつけることが出来る。

(この軍用下着、地味に足のでけぇ獣人族にも使えるんだよなぁ……)

獣人族は足先が鋭くなっていたり、足だけが太くなっていたりする者が多く、足を抜き先するタイプの下着が履けない者たちが多い。
そんな彼らの間でもこの軍用下着は愛用されていた。

次は服と靴だ。

ハンガーにかけられた青い迷彩柄の軍服を手に取り、その身に羽織る。

サイズは少し大きめだが、今のドン・コルレオーネの体格にはちょうどいい

(やれやれ、俺も贅肉がついたか……)

少しばかり落ち込みながらも 昔の自分であればブカブカであるはずの

サイズの軍服に身を羽織っていく。

まあ、それなりに映える格好にはなっただろうか。

長い兎耳さえ無ければ 別に人間族の兵士として普通に映える姿だ。


最近、黒兎人族特有の兎足の要素が強くなってきたのか

手足が熊の毛のように分厚い毛皮に覆われてきている。

かつてのディオゴ・J・コルレオーネの足なら

人間族の靴でも余裕で履けたのだが、今のドン・コルレオーネの獣人化し始めている足では

履くのも難儀だ。

(やれやれだ……パンツは履けるってのに靴が履けねぇとはな……)


そう言いながら、靴の紐を限界まで緩め……というより、もはや靴ひもを一気に引っこ抜き、

両手でガバッと開けて 最大まで広げた状態で 足を突っ込むと

かなりキツキツではあるが、なんとか指を広げても大丈夫なほどの空間は出来た。

(ったく……処女のマ●コみてぇにきっついな こりゃ…… 

靴ひもがなくても履けるとはな……俺も歳かな)


かつての勢いにも陰りが見えてき始めているのを

その身に実感しながら ドン・コルレオーネことディオゴは身支度を整えると、

ホルスターの中に収納された

クンペル・カマラーデン42口径を見つけ、手に取り始める。

(俺の愛用のイチモツよりかはファック度は弱ぇが……ないよりマシか)

彼の愛用する48口径よりは低威力のカマラーデンの入ったホルスターを腰に巻きつけると

ディオゴはそのまま部屋を後にするのだった……

       

表紙
Tweet

Neetsha