12 許し合うこと…

 和平交渉が進み、白と黒の兎人族同士が聖地ブロスナン死守のため共に手を取り
甲骨国と戦うこととなった。

このニュースはアルフヘイム中を駆け巡った……
297年もの歳月を越え、先祖代々憎しみ合ってきた白と黒の兎人族はこうして和解したのだ。
兎人族統一への道も近い……
黒兎人族が彼岸花へと悲願を込め、いつか実ることを信じて育ててきた明るい未来の種が
今、実ろうとしていた

だが、その明るい世の中の裏側で暗い道を歩んできた男の人生が
終焉を迎えつつあった。

 陵辱された妹の仇のために人生を捧げ、彼女と同い年ぐらいの女子供の
白兎人族を陵辱し続けてきた男ディオゴ・J・コルレオーネ……
彼の復讐の人生が今、終止符を迎えようとしていた

「……どうしたのです?ディオゴ大尉」

集会所のバルコニーから見える夕日を眺めながら、
目を細めるディオゴにセキーネは心配そうに声をかけた
ディオゴの目が夕日の眩しさで細くなっているのではないことを
セキーネは瞬時に悟ったのだ

「……セキーネ王子……こんな話をして貴方は著しく気分を害するだろう……
だが、敢えて話をさせて欲しい……もし、今そんな気分になれないのなら
この話はもう二度としない」

「……聞かせてくれ」

セキ―ネとディオゴの間には不思議な感情が芽生えていた
互いに敵同士であるという感情はまだ拭いきれはしないものの、
男としてどこか分かり合いたいという男同士の絆のようなものがあった

「今まで甲骨国の仕業とされてきた白兎人族の村々の女子供の陵辱事件……
 あれの首謀者は実は俺なんだ……」

「…………」

心にまるでレイピアを突き立てられたかのような衝撃をセキ―ネは受けた
彼が十六夜部隊の隊長として現地を訪れた時、
泣き叫ぶ女子供たちの姿に彼は怒りの涙を流したこともあった。


「……俺は白兎人族のゴロツキ共に最愛の妹を陵辱された……
俺は必死に犯人を捜すために白兎人の村々を渡り歩いた。
だが、彼等は犯人を差し出すどころか匿っていたんだ……
いや、むしろ彼等は犯人を英雄扱いしていた……薄汚い黒兎人のメスガキを
痛い目に遭わせたって名目でな……俺は憎しみで狂った……
そして、村を焼き犯人を八つ裂きにした……だが、妹はそのせいで
男に触れることが出来ないほどの傷を負った……今では婚約者と……
兄の俺にすら触れるだけで泣き叫ぶ程だ……妹の姿を見て俺は確信した…
俺のこの憎しみを消すためには、白兎人の女子供を陵辱するしかないと思った。
そうすれば、あの白兎人たちにも俺の気持ちが分かるだろうと……
来る日も来る日も……俺は女子供たちを陵辱した……俺のこの憎しみが消えると信じてな……」

ディオゴはどこか芽生えつつある慙愧の念を握り締めるかのように
開いた右手を締め付けるかのように握り締めた……

「だが、そんな人生を突き進めば進むほど……
陵辱されて血まみれになった妹の姿を 鮮明に思い出すようになった……
そして、俺は想ってしまった……妹のように陵辱された女子供たちを生み出した俺は
妹を地獄に突き落としたあのゴロツキ共と同じなのだと……」

同胞を陵辱したディオゴの顔を見つめるセキーネの兎面には、
突き刺さる憎しみを……ただその憎しみを耐えようと噛み締める
哀しき平和の宿命を背負った男の表情があった。

「……あの時 貴方が言っていた言葉の意味がようやく分かりました……」

セキーネはディオゴへの憎しみを耐え忍ぶかのように哀しい表情をしていた…
まるで深い哀しみを胸の奥へと封じ込めて、何も感じないように
してしまったかのような哀しい哀しい表情だった

「……平和というのは苦しいものですね……
私は……あなたが憎い……だけど……私は貴方を許さなければならない……
平和を望んだ以上……貴方を憎むことは許されない……
今は……それが……ただ……苦しい……!!」

セキ―ネはバルコニーの手すりに手をつき、たまらず涙した……

「……すまない」

ディオゴは涙を流すセキーネの背中をさすりながら、謝罪の言葉を述べた
謝罪の言葉を口にした以上、最早2人は政治家同士ではなく……血の通った男同士であった。
背中をさすられて、セキーネはたまらず嗚咽し始めた……

「…………許してください……あなたの妹さんを傷つけて……本当に本当にごめんなさい……」

セキーネも辛かった 
彼自身、愛する従妹のマリー・ピーターシルヴァニアンが居る。
きっとディオゴも自分が従妹を愛するのと同じぐらい妹を愛していたのだろう……
そんな彼が愛する妹を陵辱され、その憎しみを……消えることのない心の傷を
必死で堪えながらこの場に赴いたのか……
自分なら愛する従妹を陵辱され、同じ憎しみを……消えることのない心の傷を抱えて
果たして……この場に赴けたのだろうか……
断腸の想いで今回の和平に望んだディオゴのそんな哀しみを分かってやれなかった
自分の浅はかさが……ただ悔しかった……
セキーネはディオゴの胸の中に顔を埋め、泣いた

ディオゴもセキーネを抱きしめながら、耐え切れず泣いた……

「……許してくれ………許してくれ……本当に……本当にすまなかった……」

ディオゴはセキーネの頭を抱き抱え、許しを乞うた……
いくら復讐という大義名分はあれど、自分のせいでたくさんの女子供たちが涙を流してきたのだ……
今こうして自分の胸の中で自分の妹への謝罪のために涙を流してくれる男の
大切な大切な女子供たちを陵辱してしまった自分の弱さ……
いつの日にか愛する義弟ダニィに言われた言葉が今、ようやく胸に突き刺さった……

「アンタは最低なクズ野郎だ!!
自分が哀しい目に遭ったから、他人も同じ目に遭えばいいって思っている!!」

自分の憎しみのために、誰かの大切な女子供たち傷つけてしまった……
何の罪も無い女子供たちに八つ当たりしてしまった……
それがただ辛かった


許し合うことは残酷だ……
憎しみには憎しみでしか交換できない世の中だからこそ
憎しみを許しで交換することは辛くて哀しい世の理に反するものなのだ。

涙で顔を晴らした2人の男は日が落ちた
冷たい月を眺めながら 同じ方向を見つめていた……

「憎しみを糧に生きてきた者に、許してやれと言うことは残酷なのでしょうか……」
「…………だが、許してくれと言うことは出来る……」

人参の葉を乾燥させたタバコに火をつけながら、
ディオゴは胸の奥にしまった筈の憎しみを少しずつ吐き出すかのように
タバコの煙を吐き出した……煙にこめられたほのかな人参の香りが
セキーネの鼻には虚しく香った。

自分の肉親を 親友を 師を殺した者を許さなければならない気持ちが
どれほど悔しくて 辛いことなのか
平和というものが どれほど残酷な言葉なのかセキーネはようやく知った


こうして両者にとって哀しい夜は終わりを告げた……



両者の憎しみを犠牲にして白と黒の兎人族は平和へ一歩を歩もうとしていた……
だが、それを面白く思わない人物が居た……

「……おのれ セキーネ……貴様は大人しく女共の尻でも追い掛けていれば
よかったものを……!!」

ミハイル4世である。
白と黒の兎人族の和平交渉を壊滅させる
彼女の思惑はダート・スタンと、その部下メラルダ警備隊長によって阻止された。

「あの死に損ないのエロボケジジィめ……メラルダを利用して来るとは……」

ミハイル4世が差し向けた暗殺者はメラルダにより、捕獲された。
だが、万が一ということも考え、彼女は暗殺者に口封じのための
遠隔魔法を仕掛けていた。その魔法は作動次第、暗殺者諸共
周囲の人間を巻き添えにする自爆魔法であった。甲骨国が開発している
空襲用の投下爆弾ぐらいの爆発力はある。そのため、作戦が失敗してもこの自爆魔法により、
証拠は隠滅出来、邪魔者である和睦者2名、セキーネとディオゴの始末も可能だった。
後は、ミハイル4世が世論を操作して甲骨国の仕業にでも、あるいは
兎人族同士の過激派勢力の仕業に見せかける手筈だった。
しかしながら、メラルダは咄嗟に自爆寸前の暗殺者をバリアーで覆い、
その爆発を手榴弾程度の爆発に抑えたのだ。

この事実が公になることを恐れた
ダート・スタンおよび兎人族代表2名は徹底した箝口令を引き、
爆発は調理室の火災による事故であると発表した。

「幸い連中は儂の仕業と分かっても手出しは出来んが……
これはこれで何とも言えない敗北感を味わったぞ……」


無理も無いエルフ至上主義者の彼女にとって
今回の和平交渉が成功したのはかなりの痛手であった。

アルフヘイムで第2の人口を誇る白兎人族……これが
黒兎人族を加えることによってエルフの人口を凌ぐという危険性が出てくる

しかもそれを色付けするかのように
ダート・スタンが亜人の中で初めて彼らにアルフヘイム集会所への立ち入りを許した
この事実は将来的にも兎人族が亜人族の中でも
リーダー的存在になっていく危険性を大いに孕んでいた

「売国奴のダート・スタンめ……
これまでエルフ以外の立ち入りを許したことが無い
あの神聖なるアルフヘイム集会所に……!
よりによってあの薄汚い兎人共が立ち入るとは……
この儂にとって、これほど悔しいことがあろうか……!」

まるで処女を薄汚いケダモノ共に奪われたかのように
身体中に悪寒を走らせるミハイル4世は、
あまりの屈辱に歯を食いしばっていた。その歯からは血が滲み、まるで血の涙が目からではなく、口から出ているかのようだった
だが、彼女はふと冷静となった

「……今回のことが面白くないのは儂だけではあるまい……
あのピアースの阿呆も同じことを思っておるじゃろうて」

下卑た微笑みを浮かべながら、ミハイル4世は遣いを走らせる。

「ピアースは白兎人族の中でもタカ派の人間じゃ……
今回の和平交渉成功によって、白兎国の国民たちは
ハト派のセキーネ王子を支持し始めている……
国王の座を脅かされるのではないかと内心は
冷や冷やしておるじゃろう……そこに付け込む!!
愚かな兎人共よ……和平によって戦争の火種を潰したつもりが、
むしろ逆に新たな戦争の火種を生み出してくれたのう……
本当に……本当に……感謝するぞ……」

不利に立たされたミハイル4世の野望が今始動しようとしていた……