Neetel Inside 文芸新都
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ダニィのコンサートのリハーサルはいよいよ大詰めを迎えていた。
本番に備えてのウォーミングアップのため、一度 アルフヘイム交響曲を
全て演奏し切らなければならない。
24番まで成るこのアルフヘイム交響曲は全てを休むことなく演奏し切ろうと思えば
最低でも一週間を要する超大作だ。途中の休憩や就寝を考えれば2週間近くにはなるだろう。
気の遠くなるようなリハーサルの日々に、ダニィのロンロコを弾く指は悲鳴を上げていた。

幼少の頃からロンロコの弦を引き続けてきた彼の指は
弦を弾くことによって出来た度重なる傷のせいで、再生と損傷を繰り返し、
皮が分厚くなるほど強固なものへとなって言った。

アルフヘイムのギターリストを捜しても、彼ほど丈夫な指を持つ
ギタリストがいるだろうか……?

それほどまで丈夫な指を持つ彼ダニィですら
これほどの超大作の交響曲を引いたことは未だかつて無い。

合間合間に他の楽器のパートがあり、彼が休む暇が全く無いわけではないが、
全回復するほどの暇は無い。さすれば、後は疲労が蓄積されていくだけだ。
流石の彼の指も、少し古傷が裂けつつあった。
更には、右手の指は弾きすぎたせいで腱鞘炎を起こし、曲げただけで
パキパキと音を立てるほどだった。

ダニィは職業上、指先と手首だけでなく肩にかけてまでの腕のストレッチを欠かさない。
「ギターは指で弾くだけではなく、肩で弾くものだ。」とダニィは言った。
実際、そのとおりであった。長丁場の演奏となれば、最早指だけでは足らず、
手首まで動員するようになる。やがて、その手首が悲鳴を上げてくるようになれば
腕、肘、それでもダメなら肩へと負担がせり上がってくる……
ダニィのようなギタリストは常に最高のパフォーマンスで
臨まねばならない以上、肩まで負担が到達するのを避けなければならない。
だが、到底ストレッチどころでは追いつかない疲労に
ダニィは演奏終了後、とうとうヨガにまで手を出すほどだった。
ヤタレッタ族のヨガの修行僧の音楽家のサポートもあって、
やっている最中は激痛を伴うものの、終わった後は身体から疲労と痛みが抜けた。
それでも、疲労はマシにはなるが、ゼロにはならなかった。
日を重ねていく内に疲労と痛みが排出しきれない激務であったが、ダニィは
弱音を吐くことが出来なかった。
このコンサートをいつか実現しようと言い出したのは自分だ。
自分の平和への想いを信じて、楽譜を買ってくれた
アルフヘイムの音楽家たちに申し訳が立たないからだ。

パキパキと右手を鳴らしながら、彼は血の滲んだ指を見つめる……

「モニーク……」

ダニィはふと、モニークの名を口ずさんだ。
疲労と痛みで疲れきった手だったからこそか……
この冷たい手を愛する彼女の温かい手で癒して欲しいと切実に願った。

「お前の手こそが……俺の故郷だ……」

故郷に残してきたモニークの手の温もりへの郷愁を胸に
彼はそれを押し殺すように 右手を握り締める。
握り締めた右手からは相変わらず腫れ上がった腱が腱鞘をパキパキと押し広げ、
通り抜ける乾いた音が立った。乾いた音が激痛となり、ダニィの指に共鳴したが、
それでも、彼ダニィの握り締めた右手の拳からは
恋人モニークの手の温もりを感じられずにいられなかった。

たとえ、過去に 遠くの地へと置き去りにしようとも
互いの手の温もりは ダニィとモニークの心から決して消え失せはしなかった。
2人の「故郷への想い」が今 一つになろうとしていた


       

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