Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「はぁ……はぁっ……はぁっ……」

 左脇腹に手をあてがい、ディオゴは脇腹から手を離すとその手のひらを見つめる 真っ赤な血が手のひらを染める。

失血のせいか 頭は冴えていた。先程まで頭にのぼっていた血が引いたせいだろうか。 ディオゴは据わった目でゲオルクを睨みつけた……
軍としては小隊~中隊規模の小規模な軍団といえど、多勢であることに変わりはない。
この失血では最早皆殺しにする前に息絶えるだろう……

ならば せめてこのゲオルクと呼ばれているこの武将の首をとろうと考えた。

(モニーク……俺も直ぐ逝く……この男の首を手土産にお前の許へ旅立とう……)

この男の首をとったところで、モニークが喜びはしないことは分かっている
だが、何一つ彼女に幸せを与えてくれなかった神とやらの目前に
この鬼の如き大男の血塗られた首を突きつけてやりたい気分だった。

石弓兵たちが装填を終え、ガザミもバブルマシンガン発射のために水筒の水分を補充し終えたのと
同時にディオゴはその場で直上へと跳躍した。
天へと昇る龍の如く、人の背の何百倍にも思えるような高さまで跳躍したかと思うと、踵を返すかのように、宙を蹴り、急降下を始めた。

「まずい……あの方角は!!」
今から恐ろしい攻撃が襲いかかるのをゲオルクは察知した。
ディオゴの落下地点には無数の砂利と岩が転がっていた。

「総員、ファランクスにて退避ー!! 退避ーーーっっ!!」

ゲオルクが天を見つめながら怒号をあげる。
周囲の部下たちが一斉に盾兵の背後に飛び込み、盾兵もそれに呼応するかのように一斉に固まり始める。ガザミも慌てて負傷したヒザーニャを抱き抱えると大急ぎで盾兵たちの背後に向け、二人三脚で可能な限りの全速力で猛進を開始する。

セキーネから尋ね聴いていた兎人族格闘術の一つ「流星飛翔蹴殺 (メテオ・レッグ・ストライク)」の応用技「流星飛散弾(メテオ・ショットガン)」である。超高速で降下し、敢えて標的を狙わず地面を粉々に砕く蹴りを放つ・・・地面に当たればそれが爆発となり周囲を巻き込み 無数の砂、石、粉塵がショットガンのように敵に襲いかかる。
特に、砂利道や岩場を着地点とした場合の威力とその速度は火山弾並に匹敵するとされている。喰らえばひとたまりもなく、一瞬でミンチにされる。

凄まじい速度の砂や石の群れが まるで小惑星群の如く、ゲオルクやその指揮下の兵たちに牙を向く。

「おゎあ!」
「うぉあッ!!」

槍兵も銃兵も 剣兵も 弓兵も 盾を持っていない兵士たちは
耳も塞ぎ、目を塞ぎ、身体を丸め、盾兵の背後に隠れて 避難した。
ガザミが間一髪のところでファランクスの背後に飛び込み、ヒザーニャの上に覆い被さる。ゲオルクも咄嗟に両手を交差させて防御する。

砕けた砂利と岩の跳弾がまるでガトリングガンのように襲い掛かり、
辺りを切り裂き、岩や盾をバターのように切り削っていく。

だが、それほどの猛攻にも関わらず流石はハイランド兵だ。怪我人は一人も出なかったようだ。

だが・・・ゲオルクは無事ではすまなかった。逃げ遅れた兵士たちの盾となり、無数の砂利や岩の散弾や跳弾から彼らを救った。
無論、その姿は血まみれだ。

「陛下ァアっ…!!」

「私のことは気にするな!! 次が来る!!
総員は引き続き ファランクスにて避難せよー!!!」

散弾は終わったものの、今度はゲオルクの周囲が入道雲の真っ只中に突入したかのような土煙に包まれる。
ディオゴが大きく何度も地面を蹴りつける音が聞こえた……


ザシャア ザシャア

踏み固められた筈の荒野の地面がまるでアイスクリームのように抉られ、砂たちが更に粉塵をあげ、彼の後方へと岩肌に叩きつけられた波飛沫の如く、飛び散っていく…


「……スタンピングか」

経験豊富なゲオルクはその行為の意味を知っていた。
怒りを示し、相手を威嚇するため、兎は後ろ足で地面を強く踏み鳴らす習性がある。
それは、人の血やコウモリの血が混ざっても受け継がれる兎人族の感情表現なのだ。

ダン!ダン!ダン!

この怒りの行為の後に行われるのは恐るべき
クリティカルヒットの前触れにほかならない。

「まずい・・・狙われてるぞ!!! ゲオルクのおっさん!!」

ガザミもディオゴの狙いがゲオルクであることを察知した。

「姿をくらまして、突撃してくるか……!」
ゲオルクは剣を交差させ 構えた。ディオゴの攻撃を迎え撃つ気だ。

「何やってる・・・! 馬鹿な真似は止せ!!」

ガザミの目には常軌を逸した行為に映る。今のディオゴは弾丸のような速さと大砲の破壊力を持つ猛獣だ。
おまけに奴と来たら火山の噴火の如き、煮え滾らんばかりの憤怒りでとても言葉など意に介さない状態だ。

だが、あれほど苦戦を強いられた猛獣の突撃をまた受け止めるつもりだ。今の負傷では明らかに無謀すぎる。

「ゲオルクー!バカな真似はやめろー!! さっさと逃げろおッーー!!」

ガザミの脳裏に浮かぶのは飛びかかるディオゴに背骨をブチ折られ、力無く葬り去られるゲオルクの姿と ゲオルクの首を掲げ 勝利の雄叫びをあげてそのまま力尽きたディオゴの姿だった。ガザミは腹の底をしぼりあげ ありったけの大声で ゲオルクを制止する。

だが、ゲオルクは逃げるつもりはなかった。

(何処へ逃げても無駄だ……!
奴は全身全霊でこの俺 目掛けて突入してくるだろう……
退却して無防備な背中や横腹を晒すリスクは犯せない!
正面で奴の攻撃を受け 仕留める……!!)

勝算など無い。あくまでも確実だからこその決断だ。
ゲオルクも果たして次の攻撃を受け切れるかどうか……
内心疑いを感じていた。
先ほど食らったディオゴの後ろ蹴りの激痛が徐々に襲ってきたのだ。
ディオゴにねじ伏せられないようにと懸命に耐えたり、押し返そうと奮起したりしていたせいか、アドレナリンとエンドルフィンが全身を駆け巡っていた。先程まで痛覚神経が麻痺していたが
ディオゴに一矢報いて気が緩んでいたせいか、徐々に麻痺していた痛覚神経が回復してきていた。

(く……そ……何もこのタイミングで……)

気にするなと念じれば念じるほど、激痛は増していく……
正直、このまま倒れてのたうち回りたいぐらいの痛みである。
吐き気もする。
このままケツから大腸を出すことができたら……嘔吐の如く口から胃をブチまけられたら、
どれほど楽になれるだろうか……そう考えてしまうほどの激しい圧迫感だった。
ゲオルクの顔面が蒼白となり、まるで土のような色になっていく。

(……く……そ……完全に内臓を損傷しておるな…………奴め……)

これならまだ胸板を蹴られた方がまだマシだった……胸骨と肋骨が臓器をカバーしてくれる……よりによって、そのどちらも無い腹部を蹴られるとは……戦いの中で、無意識に培われたディオゴなりの格闘術が成す結果だった。
これほどの代償を払ってようやく奴の脇腹を串刺しに出来たのだ……
しかも、こちらは仲間の援護があってのものだ。
ゲオルクも兎人族と戦ったのは初めてではない。むしろ、今戦っている黒兎人族よりも
素早い兎タイプの兎人族を相手にしたこともある。だが、こいつはそんな連中とは比べ物にならないほど……強い……それは信念のもたらす強さ故か・・・

(下手をすれば……ここでこのゲオルク……死すかもしれぬな……エレオノーラ……すまない)

死を予感し、故郷に残してきた妻エレオノーラを想うゲオルク……思えばこれが彼の勝負の明暗を分けたのかもしれない。
もし、ここで彼が愛する妻のことを想わなければ 神は彼に救いの手を差し伸べなかっただろう。
一方、愛する妹のため、死を受け入れたディオゴ……思えばこれが彼の生命を善導したのかもしれない。
もし、ここで彼が愛する妹のことを想わなければ 神は彼に救いの手を差し伸べなかっただろう。 

愛刀を構え、ディオゴの突撃に備えるゲオルク……
スタンピングをし、ゲオルクの首をかまいたちの如く掻っ切ろうとするディオゴ……

そんな両者の緊張の糸が弾けとんだその刹那だった……

「グルゥアァァァああアアアアああアアああ!!!!」

黒い弾丸と化したディオゴの神速の突撃が、ゲオルクに襲いかかる……
時間にしておそらく1秒にも満たぬ短く細い時の中で、
両者は全てを決するその一瞬のため、ただ祈っていた……

(モニーク……どうかお兄ちゃんに最期の力を貸してくれ!!!!)

(我が最愛の妻エレオノーラよ……どうか俺に力を貸してくれ!!!!)

両者が戦いの最後に思い浮かべた光景は 愛した女の微笑みであった。
不器用な男の哀しいサガを許し、包み込んでくれるあの微笑み……

女の微笑みこそ 男の天国なのだ。
おそらく、この瞬間、両者の魂は天国へと足を踏み入れていたに違いない。
愛する女の微笑みのある温かい世界……それこそが天国だ。

両者の魂が、現実へと引き戻されたその瞬間だった……
勝負はその瞬間に決したのだった。

       

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Neetsha