Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 ひとまず、マルネは筆を置くことにした。
「ふィ~~」
溜め息をつく、マルネの側には数十冊にも及ぶ書物が置かれていた。
その書物は黒兎物語と書かれていた。
側には素足で天井の柱を掴み、逆さになった半裸姿のダニィがその黒兎物語を読んでいる。
黒兎人族でありながら、コウモリの血を引くダニィは時折こうして逆さになり翼を広げ、休憩することが多い。彼と同じ、人間タイプのディオゴとモニークには無い特徴である。

「あぁ~ こんなこともあったねぇ~・・・ それにしても、よくここまで調べあげたモンだよ。俺でも知らないことばっかりだ。」
哀しげに微笑むダニィの顔に、マルネは涙していた。
最愛の恋人を失い、辛い過去を持つダニィのことだ。過去を思い出し、涙を流してもおかしくはないのに、
むしろ過去を懐かしみ、微笑んだ。
マルネは思った、この微笑みは人生への諦めの笑みなのだと、モニークを失なった深い悲しみが、彼から涙を奪ってしまったのだと。
「泣いてくれるのかい?」
マルネの頬をさすり、ダニィは彼の涙を人差し指で拭った。そして、その涙を口へと運び、自らの喉を潤すかのように啜り、目を閉じ、飲み込んだ。
「自分の為に涙を流してくれる友を大事にせよ、そして自分の大切な人の為に涙を流してくれる友は更に大事にせよ・・・亡き義父ヴィトーの言葉だ。心の友マルネ、君と友人になれたことを誇りに思う」

黒兎人族がどうしてこれほどまでミハイル4世に恐れられたのかマルネは分かったような気がした。彼らにとって、絆は神と同等なのだと。
迫害の苦難の涙を舐め続けてきた彼らにとって、絆は狂おしい程求められてきた。故に、他者との触れ合いにおいても自然と愛情が生まれるのだ。黒兎人族の恵む友情や恋、家族愛は涙よりも辛く、血よりも濃いのだ。

マルネは尋ねた、ダニィよこれから何処へ行くのか、何をするのかと。

「・・・心の友マルネよ 君には打ち明けよう。」
ダニィは逆さになっていた自身の身体を翼の羽ばたきによる浮力でぐるりと一回転させ、戻した。
「今から・・・俺はガイシに向かおうと思ってる」
「あの甲皇国入植地ガイシか・・・?」
「ああ、そうだ。これは俺の予感だけど、あそこになら人職人人が居るかもしれない。」
人職人人という言葉を聞き、マルネの顔から血の気が引いていった。
「・・・死者すら蘇らせることの出来る あの職人人のことかい・・・?!」
言葉を紡ぎながら、マルネはダニィがガイシへ行き、人職人人を求めているかその動機を察知してしまった。
「・・・そうだ」
ダニィの人生を諦めた微笑みの顔が
焔のついた暗黒の決意の顔へと変化したのをマルネは見逃さなかった。
「・・・心の友ダニィ まさか君はモニークを・・・取り戻そうとしているのかい?」
「・・・ああ」
「・・・ダニィ! 人職人人を追い求めた者の末路を・・・君が知らない筈はない! そうまでして、モニークは生き帰りたくはないはずだ!」
マルネはダニィの両腕を握り締め、迫るように揺さぶった。
「・・・すまない マルネ。
だが、どうしても俺は・・・モニークを諦めることが出来ない。死者を取り戻すことが、神への冒涜だと言う者もいる、人の道を踏み外した行為だと言う者は言う・・・だが、俺は愛した者のことを忘れて自分一人だけ幸せになれる程、薄情な恋をした覚えは無い。」
ダニィの優しい微笑みを抱いた諦めの眼差しは何処かへと消え失せ、熱い漢の決意を抱いた信念に殉ずる眼差しへと変わっていた。

「・・・愛した女一人すら守れず、ただ哀しみに生き続けて何が男だ。愛した女の屍を踏み越え、のうのうと生きてきた自分を恥じなかった日は無い・・・今こそ、男の恥に塗られてきた俺の人生に終止符を打つ時だ・・・!」

ダニィの瞳に哀しい男の滅びの光が差し込んでいた

       

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