Neetel Inside 文芸新都
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黒兎物語
33 コード:ボーン

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「出して!!ここから出して!!」

アルドとロイカが異形化した男と出くわしてから間も無くか、
あるいは見つからなかっただけで元から既に始まっていたのか……
いずれにしろ、感染(パンデミック)は爆発的に広まっていった。
その理由は“感染”者が、無事な者へと種を植え付け始めたからだ。
感染者の身体から飛び出すソイツは、無事な者の顔面に取り付くと口へと
その産卵管をまるでオーラルセックスの如く挿入し、繁殖を開始する。
一度産卵管を植えつけられたら最早引き剥がすことは出来なかった。
足と触手が口内にまるで大木の根っこのように張り付き、
無理矢理引き剥がそうものなら、顎ごと引きちぎれてしまうのだ。
そのため、治療など出来る筈も無く、感染者による大量強姦を看過せざるを得ない
事態となってしまったのだ。

繁殖速度は、かつて一つの島を破滅に追い込んだボロール菌の流行速度の如しであった。
僅か一時間もしないうちに、街の北部は感染者達の群れで覆い尽くされた。
北部からの生存者達がまだ無事な東西南部へと脱出を図ろうとしていた。
ガイシの治安を司る甲皇国丙家主導の特殊撃滅部隊ならびに特殊治安警備部隊は、
これ以上の拡大を防ぐべく、北部の封鎖を行った。
特殊治安警備部隊、正しくは特殊治安警備中隊の中隊長カール中佐は
アレッポ大尉率いる砲撃部隊と共同し、封鎖活動を行った。

「こっから出してくれー!!」
「感染者じゃない!!開けてくれぇええええ!!!」

脱北者たちの悲痛な叫びも虚しく、アレッポは彼らに向け銃口を突きつける。

「……原因が解明されるまで街を封鎖せよとのお達しです
 感染者と見なされた住民の掃討は随時行いますのでご安心を」

非人道的とも見なされかねないこの封鎖活動の迅速さによって、
脱北者の侵入を食い止めることは出来たが、
活動が始まる前に逃げ込んだ脱北者たちの中に、感染者が居たため、
安全で有るはずの東西南部でも感染者が出始めていた。

特殊撃滅部隊、正しくは特殊撃滅大隊の大隊長ヤーヒム・モツェピ大佐は
逃げ込んだ感染者たちの掃討作戦を開始していた。


中でも特に感染者の多い地域には
エルフサイボーグ伊一○六型《逸江》、伊一○七型《華焔》……通称丙式乙女が投入された。

「丙式乙女が投入されるのか……何が起こってるんだ!?」

亜人の血を引くナキシ=オークトン曹長……増援のため駆けつけた
甲皇国ミシュガルド兵団部隊長である彼女は乙女達の姿に事の重大さを一瞬で掌握した。
感染者となった脱北者達が、東西南部にて感染を拡大させているとは聞いていた。
だが、秘密兵器である筈の乙女達まで動員しなければならない程の非常事態に
なっているとは思いもしなかった。

「ジンム地区の感染者達は1700、同地区を完全に制圧……
1725、同地区にて掃討作戦に当たっていた
特殊撃滅大隊のアルファ小隊の撤退命令が発令されました……」

通訳すると17時に感染者たちがジンム地区を制圧し、
17時25分に、特殊撃滅大隊のアルファ小隊が徹底を開始したということだ。

「……こちらHQ……了解した。直ちにジンム地区に丙式乙女を投入する。」
作戦本部でナキシ=オークトン曹長と共に指揮をとる
ヤーヒム・モツェピ大佐は無線にて東西南部の部隊に指示を出していた。

「こちら10β……イザナギ地区の部隊と連絡が取れません。
イザナギ地区に救援部隊を派遣しますか?」

「……こちらHQ 救援部隊の派遣は認められない。現時点において、
派遣部隊の生存は絶望的と推測される……繰り返す……
救援部隊の派遣は認められない……」

残酷な決断を伝えねばならないヤーヒム・モツェピ大佐の
断腸の想いと脂汗で滲んだ苦渋の表情が事態の深刻さを物語っていた。

「……大佐 コード:ボーン発令も想定すべきだ」

ナキシ=オークトン曹長の進言を聞いたモツェピ大佐の目が
カッと見開き、その傍を一筋の脂汗が滑り落ちていった。
コード:ボーンという言葉の響きに背骨を打たれたかのように
鳥肌を立てているのが分かった。
コード:ボーン発令がどれほど回避しなければならない最悪の処置であることは想像する間でも無かった。








       

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