Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
44 餓鬼の群れ

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 ディオゴがモニークを失なった悲しみをツィツィ・キィキィと
ベッドで身体を重ねて癒やすのと時を同じくして……

白兎人族の聖地ブロスナンの北にある精霊樹「シーター」……
近くには多くの結界が張られている、結界を形成する左に右に張り巡らされた
ロープには白い札がまるで木の葉のように何十枚も貼り付けられ、
風になびいていた。大木というよりは本当に山ほどの大きさはある
その精霊樹の麓に、蟻のように転々と這いつくばる者たちが居た。

アルフヘイム政府軍と丙武軍団である。
この場所で政府軍といえば、セキーネ王子率いる白兎軍が考えられるだろう。
だが、実際目を凝らしてよく見てみれば彼等は天使の翼を持つエルフ兵の群れであった。
彼等はミハイル4世の率いるエンジェルエルフ族の兵士たちである。
白髪に、血のように赤い瞳、そしてアオザイ風の白装束に喰いこむかのように被さる
紫色のマスク、胸当てや、肘当て、ガントレットが不気味に混ざり合っていた。


「……くそぉ~~一体なんなんだよぉ~……あの出来損ないの天使みたいな姿した
クソエルフ共は~~~」

丙武は悪態をつきながら、双眼鏡越しにエルフ兵たちを見つめていた。

「あ~…なんでもエンジェルエルフ族っつーらしいぜ……兄貴。」

丙武の悪態を受け流すかのように、メゼツは兄の疑問に答えた。

「いずれにしろ、クソみたいな亜人ってことに変わりはないけどな!!!!!」
麻薬の粉をまぶしたガムをプッと砂に叩きつけるかのように丙武は吐き捨てる。
吐き捨てられたガムを砂に埋めるかのように、彼は半長靴の爪先で2~3回軽く砂を蹴り上げた。

 精霊樹の麓までようやくたどり着いたかと思いきや、そこに居たエンジェルエルフ族の兵士たちに
丙武とメゼツ達は思わぬ苦戦を強いられる羽目となった。三日三晩ほどエンジェルエルフ兵団と丙武軍団は衝突した後、
両者とも援軍を待ち、お互いを牽制しあいながら膠着状態となり、今に至っている。

丙武軍団が精霊樹を狙う理由としては、魔力の宝庫である精霊樹を狙っての動機である。
今や技術の飽和状態となり、これ以上の発展が見られなくなってしまった今の甲皇国の技術に一石を投じるため……
そして 工業発展を繰り返したため、汚染された大地と化してしまった今の甲皇国の自然環境を修復するため……などなど
未知のエネルギーである魔力の宝庫である精霊樹を攻め落とすことは、最重要任務であった。
身寄りの無い孤児を引き取り、兵士を育てる聖灰教会出身の丙武は、いわば養子として丙家に入家した
准丙家の軍人として認識されているが故に、どれほど手柄を立てようともメゼツ程取り立ててはもらえない。
ここを陥落し、掌握すれば丙武もメゼツのような正統丙家の軍人として取り立てて貰えることだろう。

とここまで言えばかなりまともらしい理由ではあるが、
丙武には彼の異常な性癖を満たすためという不純な動機もあった。

「あの聖なる木の枝に クソエルフ共を逆さ吊りにしてぇえ~~……
ズルムケのチンポみてぇに皮ァ剥いで 肉屋の冷蔵庫にぶら下げた逆さ吊りの豚みてェに
あのお高くとまったカスエルフ共を吊るしてやりたいなぁ~……」

相変わらずの異常な性癖まみれの独り言を
「何もそこまで聞いてねぇし」と言いたげに呆れて見つめるメゼツ……

(准丙家の養子ふぜいってどぉしてこうも品性の欠片も無い連中ばっかなのかねぇ…)
完全に左半身をはだけさせ、その肉体を見せびらかしている自身の奇抜なファッションは棚に上げて
メゼツは、丙武を内心馬鹿にするのだった。

彼等、エンジェルエルフ兵は表向きは崩壊した白兎軍に代わって
アルフヘイム政府軍として精霊樹陥落を阻止すべく出動したという大義があったが、
その実は白兎人族の所有している精霊樹を狙っての動機であった。
彼等を率いるミハイル4世の主張によれば、元々この精霊樹はエルフ族に返還されるべきものである。
他国の…しかもよりによってあの野蛮な兵士ぞろいの軍隊ごときに奪われるわけにはいかない。

「今、我々エンジェルエルフ族がこの精霊樹を護ったという事実……
将来的に返還に値する十分な理由になるだろう……」
ミハイル4世は山のように巨大な精霊樹を見上げ、微笑むのだった。

互いに胸の内に各々の想いを抱えながら両者はいがみ合っていた。
いずれにせよ、精霊樹の鍵となる巫女のマリーが居なければ
各々の野望も絵に描いた餅でしかない。

いがみ合いながら両者は剌客をさしむけていた。
とどのつまり、セキーネとマリーはミハイル4世と丙武両方の刺客に
付け狙われ追跡されることとなったのである。

だが、セキーネも黙ってはいなかった。
合流した白兎人族の兎面の者たちを影武者に仕立て上げ、各地にばらまき、刺客を撹乱しながら
戦乱のアルフヘイムの中をマリーと共に駆け抜け、逃亡を続けた。
そして、セキーネの影武者の1人はゲオルクとガザミに接近する事が出来た。

黒兎物語 第28話 戦場の仁義
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18317&story=35
ミシュガルド戦記 第3話 戦場は踊る、されど進まず
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=18210&story=5

参照のこと


その後、多くの影武者伝てにゲオルクはセキーネ本人と出会うことが出来た
ゲオルクは事の真相を知って、マリーの保護を持ち掛けた。

「セキーネ殿下 行くあても無いなら我が軍に来られてはいかがか……?」

「折角の申し出ですが、遠慮させていただきます」

「……何故だ?マリー様を連れて追っ手から逃亡を続けるのもかなり酷であろう……」

「……貴方の軍の一員に コルレオーネ大尉が所属しているのをお忘れで?
……今更共に手を取り合って戦えなどと言えるでしょうか?」

「……そうか」

「それに 聞くところによると大尉は妹さんを亡くされて
復讐心を糧に生きているとのこと……私とマリーが果たして無事に済むでしょうか?」

「……それもそうだな」


白兎人族に恨みを抱く、ディオゴがゲオルク軍に居ると知れば
モニークを失い、復讐に囚われたディオゴが、
復讐のためにセキーネの親族マリーを暗殺または陵辱する危険性は拭い切れない。
ゲオルクと別れたセキーネとマリーは、そのまま行くあての無い旅を続けた。
戦場と化したアルフヘイム各地……
かつて精霊たちの楽園と呼ばれたこの美しきアルフヘイムの姿は見る影も無い。
甲皇国軍や、アルフヘイム政府軍のエルフや、亜人族の遺体が転がり、
肉が腐り、焦げた臭いが漂う……あの澄んだ木と土の香りなど忘れてしまいそうになる程の
強烈な臭いで汚されたアルフヘイムの大地をセキーネに抱き抱えられた
マリーは澄んだ目で見つめていた。

「セキーネ様……」

「どうしたのですか?マリー……」

「……これが戦争なのですね」

「……」
幼きマリーは哀しむことも、顔を歪めることもなく、ただ澄んだ目で
その悲惨なアルフヘイムの大地を澄んだ目で見つめ、呟いた。
セキーネは生涯に渡って マリーのその時の表情を忘れることは無かった。

       

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