Neetel Inside 文芸新都
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黒兎物語
46 女どもの戦争

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……話をフローリア王国に戻そう。
ボールボンヘイム条約の破棄によって、窮地に立たされたフローリア王国は
すぐさまアルフヘイムに援軍を要請した。
アルフヘイム北方戦線で活躍したセキーネ・ピーターシルヴァンニアン王子の
身柄を保護している点が大きな交渉カードとなるはずであった。

「何故、援軍を出していただけないのですか!!」
かつてセキーネとディオゴが和平交渉を交わしたヴェリア城、アルフヘイム集会所で
リブロースは悲痛な叫びに近い怒りの声をあげた。
そのリブロースを冷たく見つめる
ラギルゥ一族本家の長男スグウ、次男マタウ、三男ソクウ……そして
ミハイル4世たちのエルフ史上主義者たちの姿がそこにはあった。

「戦況は逼迫しておる…アルフヘイムには他国に構っている余裕など無いのだ。」
スグウが冷たく言い放つ。

「ですから、それに関しては我が国も協力すると申している筈です……
こちらには北方戦線で活躍なされたセキーネ・ピーターシルヴァンニアン殿下が
亡命されています……殿下も協力なされたいと仰っておられます…!!」

「北方戦線で活躍?」
スグウがそれを鼻で笑い飛ばした。
それに応じたミハイル4世が追い打ちをかけるかのように言い放つ。

「その殿下が戦っておられた北方戦線は今や崩壊の一途を辿っているではないか……
聞いた話によると、殿下は聖地ブロスナンの崩壊の責任をピアース陛下に擦り付け、
暗殺したとか…………ピアース陛下が女王陛下の御容態を気になされ、介護に勤しまれていた
ことを戦いに非協力的だったと責め、国家元首として許すまじ行為と批難していたと聞くが……正気の沙汰ではあるまい」

それまでミハイル4世がピアース3世と表向き協力関係にあったことが幸いして、
彼女の言葉は聞くものの心を打っていた。
だが、ことの真相を知るダート・スタンや我々読者や書き手の私からすれば
この時のミハイル4世の態度はあまりにも白々しいものであっただろう……

「自身の力及ばずで招いた結果を、こともあろうか身内に擦り付けるような
男の手など誰が借りたいものか……借りるぐらいならまだ敗北した方が
我らが神に顔向け出来るというものだ」

ミハイル4世の言葉に、リブロースはただ奥歯を噛み締めるしかなかった。


「第一、たかだがフローリアなどという小国を救ったところで我がアルフヘイムに何の得があると
いうのかね?」
突如として三男のソクウが割って入った。

「農業大国フローリアを救った見返りとして得られるものは我がアルフヘイムが得られるものはなんだ?
また昔のように農作物の貢物でもするかね?そうせざるを得ないだろう……だが、お生憎様。
アルフヘイムは世界第一位の農業国だ。たかだか二位の国ごときに支援されるほど
困ってはおらぬのだ。」

ソクウとミハイルの言葉を前に、リブロースにはもはや言い返す言葉も残ってはいなかった。

更にダメ押しの追い打ちをかけるかのように、ミハイルは頬杖で
微笑みのあまりに緩んだ口元を隠して、続ける。

「……無駄な時間を取らせおって…全く貴国の品位を疑うのう……
交渉の場を設けてやったと言うのに蓋を開けてみれば無法者の七光りだけが交渉材料とは……
実に下らぬ。フローリアの政治とはこれほど幼稚なものか。農業しか取り柄の無い国と
揶揄されるのも分からんではないのう。」

「……貴様!!! 我が国を侮辱するか!」
リブロースは祖国を侮辱されて黙っていては居られなかった。
たとえここで切り捨てられても、交渉が破談になろうとも、侮辱されてそのままおめおめと帰っては
フローリア王国に顔向けなど出来なかった。
クルトガ・パイロットの制止も振り切り、リブロースはミハイル4世の首筋を狙い、斬りかかった……
エルフのプラエトリアン達もそのあまりの速さに制止する暇も無かった。
だが、あと一寸というところでリブロースは首筋にナイフをあてがわれてしまったのだ。

「……御無礼を承知で進言させていただきますわ リブロース陛下
血気盛んな女は お下劣ですことよ…‥」

ニッツェシーア・ラギュリであった。
スリットから抜き取ったナイフだけで女騎士リブロースの首筋に音もなく忍び寄り、
制止させるとは凄腕の従者である。

「……殺せ ニッツェ」
頬杖をつき、ミハイル4世は首筋に剣を突き立てられたまま、リブロースを激しく睨みつけていた。
姫騎士のたかだか小国の……エルフの中でも豆粒如き存在のフローリアのエルフの小娘ごときに
剣を突き立てられたのだ。腸が煮えくり返るほどの怒りで歯を噛み潰さんばかりの、怒りの表情をリブロースに突き立てていた。

「……御意ですわ ミハイル様」
「くっ…」

ニッツェは不気味に微笑みながら、
リブロースの首にあてがったナイフをそのまま右に引ききろうと力を込めた。
リブロースも相討ち覚悟で、剣を右に振り回し、ミハイルごとニッツェを切り刻もうとした
その時だった

「落ち着きなされ!!!」

肥満体のマタウが ボンレスハムの如き太い指指をかざした手で彼女たちを制止させる。
「ここは話し合いの場であって殺し合いの場ではありませぬ……
議論が熱くなり、意図せず無礼な言動をしてしまうことになるでしょうが
互いにここは抑えて……」

突如として発せられた女同士の熱い殺気に晒されて冷や汗をかいたせいか、
マタウは頭から流れる汗を拭きながら作り笑いをしながら、彼女たちを制止させた。

「……マタウ殿がそう仰るのならば」
ミハイル4世はそう言うと、ニッツェに目配せをしてリブロースを解放させた。

「おほほほ、命拾いしましたわね」
「……それは こちらのセリフだ」

ニッツェも微笑んではいるが、突如として発せられた相討ち覚悟の
リブロースの殺気に少し焦ってはいた。
また、リブロースの口調もここに来た時のようにか弱い小娘のそれとは異なっていた。
祖国を侮辱されたことによっての姫騎士のスイッチが入ったせいであろうか。


「……もうこうなってしまっては議論など出来ない」
そう言い放ち、リブロースは集会所のエルフ像を切り刻み退出した
崩れ落ちるエルフ像の破片を、鼻で笑いながらミハイル4世はリブロースの背中を
冷たく嘲笑の眼差しで見送った。

       

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