Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
50 かつての恩義

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 ゲオルクは騒然とした城内の異常事態を察知した。異常事態を知らせる鐘の音だ……
ダート・スタンに掛け合い、正規軍に加わろうと要請すべくヴェリア城に踏み込んでいたのだ。
ヤーヒムに案内され、先客の使者の謁見が終わるまで応接間にて待機せよと言われていた。
その矢先にこの騒動である。

「何事だ!」

応接間の警備兵達も状況が飲み込めないでいる……すると、そこにヤーヒムが入ってくる。

「お前たちも手を貸せ!!」

「モツェピ大尉!! 一体、何が起こって…?」

「とにかく付いてこい!!」

ヤーヒムに連れられ、警備兵達はその場を後にする。

「……おいおい このまま待ちぼうけを食らわされるのはゴメンだぞ」

そう言いながら、ゲオルクは応接間を出て城内を散策することにした。
通り過ぎる警備兵たちが大急ぎで東棟へと向かって行っていた。

「ジィータ・リブロースを捕らえるんだ!! 急げー!!」

「奴はミハイル陛下を殺そうとした朝敵だ!!逃がすんじゃあない!!」

警備兵たちが大声で叫んでいるのがあちこちで聞こえる……
ゲオルクは大体の状況を把握した

「ジィータ…? リブロース?」
ゲオルクはその名に聞き覚えがあった。
いや、むしろその人物は彼にとって恩人にも近い存在の人物だった。

「いずれにせよ 彼女の危機を見過ごすことは出来ぬ……」

警備兵たちに先を越される前に彼女を確保しなければ……
必要とあらばここの者たちとも対決しなければならない。

「無事で居てくれ…リブロース殿下…!!」
剣を抜き、ゲオルクは警備隊たちの向かう東棟へと向かうのだった。







ヴェリア城東棟3階の廊下を駆け抜けるリブロース……
彼女は道中出くわす使用人たちを回避したり、突き飛ばしたりしながら
出口である正門のある南棟へと向け、疾走していた。
だが、途中で敵兵たちが横入りしてくるため、そのまま真正面から南棟に行けるわけではない。
途中、2階へと降りたり、3階に戻ったり…またバルコニー伝いに外から内部に侵入したりとを繰り返す。
3階がヤーヒムとニッツェの率いる敵でいっぱいとなり、止む無く4階まで駆け上がった時に
目の前の部屋の扉を蹴破ってクルトガが現れる。

「クルトガ…!!」

「ジィータ様…ご無事で!!」

お互いに疾走を続けながら再会を喜び合う2人だったが、やがて4階にも追っ手が迫ってきた。

「リブロース殿下!!直ちに武器を捨てて投降してください!!」
ヤーヒムの声が階下から聞こえてくる。だが、応じれば待っているのは死。
投降を勧めるヤーヒムの声に耳を貸す余地などこれっぽっちも無かった。

「……ジィータ様…!」

「耳を貸すだけ時間の無駄よ……行くわよ!!」

そう言いながらも廊下を南棟に向けて走る2人……だが、この4階も至るところで先回りされる頻度が多くなりつつあった。

「マズイ……!」

引き返そうにも、背後からも敵が迫りつつあった。

「完全に追い詰められたか……」


最早進むことも引き返すことも困難となった2人に
残された道は外の中庭だけであった。

「万事休すですね……どうしましょうか?ジィータ様」

「……決まってる」

そう言うと、リブロースは見下ろしていた中庭へと猛ダッシュし、
手すりを飛び越えた。

「南無三!!」

後を追うようにしてクルトガも飛び込んだ。

「ぐぁあッ!!」
植え込みがクッションとなり、骨折は免れたものの着地による衝撃で
襲いかかった激痛に2人は身をよじらせ悶え苦しんだ。

「痛~~~~~~~~ッッ」

「……このまま一生寝ていたい……」

だが、そうも言っては居られなかった。
中庭の方からはニッツェの率いるエンジェルエルフ族の弓兵が迫ってきていた。

「逃がすな!!追えーッ!!」

ニッツェの声だ……
このままでは捕まってしまう……

地面に叩きつけられ、不気味に筋肉がピクピクと波打っている…そんな身体を引きずりながら
2人は正門へと向かおうとしていた。


だが、そんな身体ではなかなか走り出すことが出来ない。
何せ痛みで身体の平衡感覚がマヒしている状態なのだから……
クルトガに至っては脚を引きずっている。

「クルトガ!!」

「ジィータ様…!私のことは構わず早くお逃げください!!」

もはやクルトガが捕らえられるのも時間の問題だった。
正門までもう少しだと言うのに……
正門へ向かうか、それともクルトガと共に囚われることを選ぶか……
史上最悪の選択を迫られていた時だった…

……正門方向にラギルゥ一族の長男スグウが48口径の大型拳銃を突き付け、
リブロースの前に立ちはだかった。

「リブロース殿下……貴女の些やかな反逆もここで終わりだ」
銃を突きつけられ、リブロースの脳裏に絶望の文字が思い浮かんだ
もはやこれまでかと……だが、彼女の本能は素直に絶望を受け入れることは無かった。
瞬時にリブロースは、スグウの48口径の銃口から顔を逸らすのと同時に、そのままスグウの右手首を
剣のグリップで強打し、銃を叩き落とした。叩き落とすと、リブロースはスグウの右側へと回り込んだ。
軍人と言えども、事務屋に鞍替えしていて実戦から遠ざかって長かったせいか、
スグウはまんまとリブロースの動きに翻弄される間も無く、
彼女に人質に取られることとなった。


「なっ……何をするか!!!」
リブロースは左手でスグウの首を引き寄せ、右手に持っていた剣をスグウの顔面に密着させた。
いつでも斬り殺せるようにと……

「そこまでだ!!!!」

スグウを人質にとったリブロースが振り返すのと同時に、
そこにはヤーヒムに後ろ襟を掴まれ、後頭部に銃を突きつけられたクルトガの姿があった。

「クルトガ…!!」

「ジィータ様!!お逃げ下さい!!」

両者が互いに人質をとる緊迫した状況の中、ニッツェ率いるエンジェルエルフ兵たちが
たどり着く……

「よくやりました……モツェピ大尉。」

ニッツェが不気味に微笑みながら、リブロースに向けて言い放つ。

「銃を下ろした方が身の為ですわ……リブロース殿下」
そう言いながら、ニッツェはスリットに忍ばせたナイフを引き抜きクルトガの首筋に近づける。

「彼女を離せ……でなければこいつを殺す」

「ひぃっ!!!」
スグウの頬に刃先を近付け、リブロースはニッツェに向けて威嚇する。
ニッツェも負けじと睨み返す……
リブロースとニッツェの睨み合いによる火花が飛び散っているのが
周囲の目から見ても明らかであった。

突如として、ニッツェの部下の弓兵がリブロース目掛けて矢を放った。

「おわぁっ!!」

リブロースとスグウの右こめかみ付近を天使の弓矢が通り過ぎていく……
当たれば心臓麻痺か心筋梗塞か……いずれにせよ、激しい胸の痛みに身をよじらせ、死ぬしかない。

「……やれやれ」

そう言うと、ニッツェはヤーヒムの左腰のホルスターに収納されていた
もう一丁の48口径大型拳銃を引き抜き、先ほどの弓兵の額に銃弾を叩き込んだ。
この状況で、自分の部下を殺したニッツェの行動に一同はただ唖然とするしかなかった。

「誰が撃てっつったんだよ!!!!このボケが!!!!
勝手に動いて碌な働きも出来ねェんなら 大人しく指示待ちしとけっつったろォが!!アァん!?」

突如として、響き渡るニッツェの怒号にリブロースだけでなく、スグウもヤーヒム達も驚いた。

(なんだ……この女……!?)
リブロースはニッツェの突然の口調の変化に驚いた。初対面であるが故に、リブロースもそこまで
ニッツェの性格を把握しているわけでもなかった。だが、第一印象では
ですます口調の語尾にわをつけたお嬢様気取りの口調だった筈なのに、今の口振りからは全くその面影は見えない。

「……ふー……おほほほほ 私としたことがいけませんわね……」

「血気盛んな女は お下劣じゃなかったのか……?」

「……おほほほほ 面目無い」

ヤーヒムはこの女たちの突如として爆発する怒りに
やや辟易しつつも、ニッツェから自身の銃を受け取った。

「……リブロース殿!!」

互いの金玉を握り合うこの緊迫した状況の中、
現れたのはゲオルクであった……

「…あ……あなたは……」

「久しいな……ハイランドのゲオルクだ。」

ゲオルクはリブロースの傍に寄り添い、ニッツェ・ヤーヒム達に向けて剣を突きつける。
もし、エンジェルエルフの弓兵たちが矢を放っても、ゲオルクの大木の如き豪腕から繰り出される剣の薙ぎ払いが
あれば充分に盾の役割を果たしてくれるであろう。

「……傭兵王ゲオルク・フォン・フルンツベルク……その女の味方をするつもりか?
その女はミハイル陛下に刃を向けた朝敵だぞ」

ヤーヒムがゲオルクを睨みつける。

「傭兵王……貴方の雇い主はダート・スタン陛下……朝敵の味方をするということは
陛下に逆らうと言うことになるぞ……」

「勘違いは困る……モツェピ大尉。
貴方の傍に居るその女の雇い主は私の雇い主と対立している。
肝心の貴方は その女の傍に居る……ということはだ。ここで私がリブロース殿下の味方をしても何ら問題は無いということだ。」

聡明なゲオルクである。ただの傭兵業で一国の王となった訳ではない。
いや、むしろこういう利害が複雑に絡み合う傭兵業をしているからこそ、
こういう利害関係の掌握に長けるようになったのかもしれない。

「……いずれにせよ スグウ殿は解放してもらう。」

「……その前に そこの彼女を解放してからだ。」

「……何故だ?お前にはこの女を助ける理由などない筈だ…」

「いや、以前親しくなった仲なのでね……」

そう言いながらゲオルクはクルトガを見つめ、フッと微笑みかけた。
クルトガはかつてセントヴェリアの城下町の酒場で、ゲオルクと揉めたことがある。
その際に決闘となり、クルトガは敗北。ゲオルクの凄みに思わず、失禁してスカートを濡らしてしまった恥ずかしい過去がある。
その過去を思い出し、クルトガは顔を真っ赤にして不貞腐れながら顔を横に逸らす。
詳細はミシュガルド戦記第3話「戦場は踊る、されど進まず」に記述がある。

互いに金玉を握られた状況である。
ちょいと力を込めれば、どちらの金玉も潰れかねない緊迫した状況に
睨み合うゲオルクとヤーヒムの顳かみから一筋の汗が流れていた。

彼等と並行して睨み合うリブロースとニッツェ……
彼女たちの顳かみには一筋の汗すらも流れてはいない。
ただ、女同士の意地の張り合いがそこにはあった。

女という生き物は、時として異性の男に対しての怒りよりも
むしろ同性の女に対しての怒りが勝る時がある。
今のリブロースと、ニッツェはまさにそれであった。

一歩も譲る訳にはいかない。
あの天下のヴェリア城でこともあろうかあのミハイル4世に逆上して刃を向け、
今もこうしてスグウを人質にとっている。 
更に敵に自分の愛する護衛のクルトガ・パイロットが人質に取られている。
リブロースはまさに崖っぷちに立たされていた。

ニッツェも譲る訳にはいかない。
ここでもし、リブロースを逃がせば主人であるミハイル4世の受けた屈辱を晴らすことは出来ない。
更には、主人と日頃から交友のあるラギルゥ一族の長男スグウが人質に取られている。
しかも、朝敵リブロースを生かして帰せばアルフヘイム政府は一生の恥と罵られるであろう。
ニッツェもまさに崖っぷちに立たされていた。

ゲオルクにとって、正規軍に加わるという目的はこの時点ではとうに消え失せていた。
正規軍を司るアルフヘイム政府は今や 彼の雇い主のダート・スタンの敵対者であるミハイル4世やラギルゥ一族の手中に堕ちている。
今更ながら何故このような政府に正規軍に加わりたいなどと要請しに行こうと思ったのかとゲオルクは思っていた。

今目の前に繰り広げられている光景は、
かつての恩人であるジィータ・リブロース殿下がまさに生命の危機に瀕している状況である。
いずれにせよ、ここは彼女の脱出の手助けをしてかつての恩義を返すのが仁義というものだ。



※この物語ではクルトガ・パイロットをフローリア出身としています。
理由としては、元々リブロースの護衛役として当てたラビット・フォストレイザがこの時点ではまだ13歳の子供であり、
傭兵どころか兵士としても活躍していない状態であったことに気付いたのが発端です。
読者の方にも、「設定を読んでないだろ」「しっかりしろよ」というご指摘を受け、もう一度ラビットの設定を読み直していました。
すると、そこに「クルトガと同じ傭兵団に所属している」「先輩後輩の関係」という設定がありました。
また、ミシュガルド戦記においても「ラビットはフローリア出身」という設定があったため……これらの設定を
融合させることにした結果、黒兎物語では
「クルトガはゲオルクとの酒場での一件後に、リブロースの護衛として雇われた。その時期にラビットと面識があり、ラビットと親しい関係となった。
休戦後にラビットが同じ傭兵団に入ったのも、このフローリアでの出会いがきっかけ」という設定となりました。
ミシュガルド戦記、クルトガとラビットの設定に矛盾が生じないと判断致しました。
しかしながら、それではミシュガルド大陸発見時のラビットの年齢とそぐわないであろうというご意見があると思います。
公式と、ラビットの設定では戦争から5年後に大陸発見となっているためです。
そこで黒兎物語におけるミシュガルド編は大陸が発見されてから5年後の設定としております。


       

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